まるくんの旅は青空 ~徒然なる幸福手帳~

いまは遺産OCNカフェとgooブログの合作です。

エスキス 銀座 フレンチレストラン ESqUISSE シャサーニュモンラッシェ マルキ ド ラギッシュ 2006

2014年12月13日 07時30分55秒 | Weblog
しばらくはさらば ニッポンノフレンチ・・・・・・・・・・・・・・
と思っていた(思い込んでいた)矢先に謹賀新年、夢枕にご啓示があった
東京最高峰、銀座でのキチンとした(笑)フレンチ体験が未完であったこと。
古今、銀座には名だたるシェフが腕を競おうと挑む、また引き寄せる風土がある。
ロオジェ、アシピウス、レカン、レカイヨ、シェ・トモ・レディザン・トトキ、レ・ロジェ・エギュスキュロール、タテルヨシノ、シェ・イノウエ、マノアールダスティン、ベージュ・アランデュカス、
ナキジン、ラール・エ・ラ・マニエール、ラ・トゥール、ル・デルジャン・デサヴール、ドミニク・ブーシェ、
綺羅星の中から選びに選んだ、というより実は他には眼中になく、スウッ~と入ってきたのがエスキス、1軒だけ選ぶのならここしかないでしょう、と断言しておく。
東京ナンバー1(自分のなかではだけど、もちろんこれを証明する自負もあり)の西新宿キュイジーヌ・[s]・ミッシェル・トロワグロから独立したリオネル・ベガ
彼がグランシェフを努めるレストランだ。

銀座でフレンチ、自分史の30年をも邂逅するささやかな旅――――


今でも夢にみることがある。

秋も深まったある日、受験を控えている身ながら、何の準備も心構えもないことに驚愕して目覚める、という夢だ。
目覚めて狼狽えながら浮世をうつつした過ぎ去った日々を取り返しがつかないと後悔しながら暗澹たる思いをするという、目覚めてもなお夢のなかにいる心地悪さ。

 本当に目覚めてから、そのときいつも頭をよぎるのは受験よりももっと大きな人生の岐路についてだ。
あのとき、別の選択をしていたら―――? 
大学4年生になってなお、まわりの誰しも級友たちが就職活動のさなかにありながら私は何もせずにいた。
明日の準備より今の快楽を優先するという抜けきれない性分をいまだに抱えている。
 東京の空の下、私は食べて飲んで恋をして、ときどき旅に出て、そんな日々を謳歌していた。
お金のほんとんどを洋服と趣味の本と音楽と食事と酒に費やしていた。
就職活動はおろか、それまでほとんどの講義にまともに顔をださないままいた私が、あろうことか土曜日に新設された第三外国語ともいうべき自由受講のイタリア語講座に嬉々として通い始めていた。
講師の教授は普段はフランス語講義をしていたが、ロシア語とロシア文学の大家である父をもち、彼に反発してイタリア語を専門の道に歩んだということを伝え聞いていたが、教授自身は飄々として穏やかでとても好感のもてる講義っぷりだった。
土曜日の第三外国語にまで顔をだす奇特な学生は多いはずがなく最初の講義に7名ほど、5月の連休明けには4人ほどに減っていた。
そのなかのひとりに目を奪われるとても可愛いらしいひとがいた。
とても華奢で目が大きく、眉毛のラインが自然に美しく、睫毛の長い娘さんだった。
あとから大学の複数のひとから聞いた話だが、彼女は学年で1・2位を争う美人と評判だったらしい。
当時、私にはちょうどつきあい始めた子がいて、心の中にわずかながら葛藤があったが、私は彼女と近づきになれたことを素直に喜んだ。
土曜日の正午前、渋谷駅までの帰り道は同じ方向だし、他に寄ることもなければふたりは当然一緒になることが多い。
始めて声を交わしたとき、「なんでイタリア語を?」の問いかけに「今年、生協の研修旅行でヨーロッパを巡ったが、イタリアに感動したから」だという。
なんと驚いたことに理由が全く私と一緒ではないか。
かくいう私は、昨年、彼女と同じ研修旅行に参加し、それまで夢見ていた、スイス・ベルナーオーバーラント・グリンデルワルドの地にたてたことに感激しながらも一番お気に入りの国になったのがイタリアだった。
 帰国してからというものの、今からしてみれば滑稽なほどのイタリアかぶれになり、音楽はイタリアンポップスやオペラ、洋服はイタリアのブランド物、ワインはまずはキャンティ、バローロ、バルバレスコ、食べ物も断然イタリアン。
図書館に通ってはイタリア文学、歴史、紀行、建築、デザイン、イタリア関連のものなら何でも読み漁った。
イタリア語のご縁で知り合った彼女は、偶然と必然と当然が重なり合った出会いだと確信した。
私はその引き寄せられるくらい大きな瞳の彼女に魅せられ、彼女を選ぶことを心に決めた。
彼女もまんざらではなかったらしく、2回・3回と渋谷駅や山手線外回りに乗って別れる、というパターンから自然と進化したデートに移行していった。
「土曜だし、ね」とはじめて明治通りを歩き、当時フランスデザイナーが設計した流行の先端をいく話題のカフェでお茶をし(ミス・ティークというカフェバーだった)。
やがて、銀座にでかけ映画を観たり、街を散策したり、夜食事をともにするようになっていた。
夏のさなかになっても、なお就職活動などとんとしない私は、彼女と申し合わせ、私は帰省先から彼女は東京からという逢瀬を京都で敢行した。彼女のすべてが世界で、世界のすべては彼女だった。
彼女とはほんとに趣味があった。というより私と一卵双生児のようだった。
イタリアが大好きで、音楽はブリテッシュポップスで、でも最近はクラシックがよくて、アメリカやフランスの古きよき時代の名画を観るのが好きで、青山界隈や銀座界隈を散策するのが好きで、食べ物は断然イタリアン、でも新婚旅行に行くのは断然ギリシア。
 そんなふたりは10月の声を聴き始めた頃には自他共に認める恋人関係になっていて、毎日のように一日中デートをした。何処へでかけようともたいていの夜はことあるごとに銀座にでていた。
パスタ屋やイタリア料理の店をどんどん開拓していった。
サバテーニ・ディ・フィレンツエ、リストランテ・フレスコ、リトルイタリー、カルトッチョ、カプリチョーザ、シシリア、スケベニンゲン、レナウン・ミラノ、アルフォンソ、
カプリ、イタリー亭、タベルナ・アリベデルチ、青の洞窟、パパ・ミラノ、ヴォーノ・ォーノ・・・・・・・・・・・エトセトラ、銀座だけでもまだまだある。
イタリアワインを飲んで、そのあとバーやカフェに寄って、決まってふたりはガス灯通りや金春通り、西五番街通り、すずらん通りを8丁目まで歩き、新橋駅を横目に大門まで歩いた。
必ず芝公園に立ち寄り、東京タワーのイルミネーションの下で接吻し抱擁を交わした。
浜松町駅まで歩き京浜東北線に乗って大井町で別れるはずが、いつも鶴見まで見送った。
 やがて訪れる離別のきっかけは私が一方的につくり、別れは彼女からつきつけられた。
もうすぐ一年記念日を間近にしながら、お互い硬い覚悟があったはずなのに、そのときは四国と横浜という距離にいかんとも埋めがたいものがあったのだ。



 私にとって銀座はそんな青春の芳醇でかつほろ苦い思い出が、充満しそうなくらいたくさん詰まった「物語」の街だ。
あのときもしああだったら、別の選択をしていたら、別の道を歩んでいたら、そんな人生には実は無いに等しいことかもしれない、それでもあのとき私が岐路に立った時、別の選択をしていたらという忸怩たる想いに、あの寝起きの悪い夢から目覚めた時に走馬灯のとうによぎることと重なり合うのが彼女と数々の逢瀬だ。

 銀座で長女とフレンチレストランをともにした後、はやくも西日が差す並木通りを歩き、これからキャリーパミュパミュのコンサートに横浜アリーナまで行くという長女を新橋駅まで見送った。
長女が銀座口の改札を通る後ろ姿にはたと気づいた。
長女は高知の大学に今年進学し、勉学に励みながらもアルバイトをして父親譲りで大好きな東京に格安飛行機で成田まででてきた。
帰りは四国まで夜行バスという強行軍だ。
レストランでソムリエにそのことを話すと「まぁ、今だからこその経験でしょね」と軽く相槌を打たれた。
私は先月、二女と東京を遊んだばかりだったので長女のことも気にはかけており、今回別便で追いかけるように上京し、「お昼ごはんだけでも」と落ち合うこととした。
彼女は昨夜は駒場のカプセルホテルだったが、予定を変えさせ、私の宿パレスホテルへ招き寄せた。
前日、キングサイズからツインに慌てて変更もした。
そして、明日はまたふたりで銀座でお鮨だ。

新橋駅銀座口改札――――。

彼女の後姿を見送りながら頭を鈍器で打たれたような衝撃が走った。

私は長女のことを何も知らないままでいる。

そして、あのとき愛してやまなかった彼女のこともまるで何も知らないままでいることに。






そんな女性の思い出を重ね、長女と明日を奏でたエスキス


~~~~~~~~HPより~~~~~~~~~~~~~~~~~~

料理人は何よりまず職人(アルチザン)です。素描(エスキス)という手法を使って料理を創作しますが、料理は“ 決定的な作品” にはなりません。
料理人のアイデアひとつひとつが味というはかない形を取るものです。それは私たち料理人の感情やインスピレーション、欲求や情熱が、ある瞬間現れたもの…。
ひと皿が生まれるとき、それは終わりのない道の過程でしかありません。
日本は肥沃な土壌とそのまわりを囲む豊かな海に恵まれています。そこに住む人々は発想が豊かで魅力にあふれています。どんなシェフでも自分を表現するため、最高のキャンバスをそこに広げたいと思います。
すべてがスピードアップして、画一的になり、自然な形から遠くなる一方の現代社会。今私たちに必要なことは、本質的な行動に戻ること、本当に必要なもの、シンプルな生の喜びに回帰することではないでしょうか?
料理は80 万年前に生まれました。人類が火を発見し、それを使うことを習得した時にさかのぼります。食物は火を通す方が身体に消化されやすいということが本能的に分かったからです。そしてそのとき初めて5つめの感覚、すなわち“ 味覚” が呼び覚まされました。以来、食物に栄養を求めるとき、同時に味覚的な欲求や満足を求めるようになったのです。
おいしいものを食べて健康を保つことを求める、このシンプル極まりない関係、美味しい喜びと健康は同一であることを皆様と分かち合いたいと願っています。

リオネル・ベカ
Lionel Beccat
Mシンボルマークに込められた想いESqUISSE(エスキス)
東京都中央区銀座5丁目4-6ロイヤルクリスタル銀座9F
Royal Crystal Ginza 9F 5-4-6 GINZA, TOKYO
TEL03-5537-558
0Lunch12:00~13:00(L.O.)
Dinner18:00~20:30(L.O.)
Closed Sunday.


開けたワインはこちら

 シャサーニュ・モンラッシェ マルキ ド ラlギッシュ 2006


プルミエ・クリュの中でも高い評価を得ているモルジョ。その畑を最も長く、現在まで受け継いできたラギッシュ公爵家の葡萄を用いている。泥灰土と石灰岩質土壌、グイヨ仕立て(19世紀後半にフランス人科学者ジュール・グイヨが開発した垣根仕立ての一種)で、1ha当たりの収量は52hリットル。フレンチオーク樽(新樽率20%)で12カ月の熟成を施した。

 色調はグリーンを含む、やや濃いイエロー。香りは芳醇かつ華やかで、かりんや洋梨のコンフィ、黄色の花に、トースト香やナッツ、発酵バター、ブリオッシュ、ミネラル、白い土や白いきのこなどの香りが調和。まろやかでふくよかな果実味が広がり、酸味は溶け込んでバランスがよい。余韻は非常に長い。





タパスモラキュラーバー マンダリンオリエンタル東京 食のエンターテイメント

2014年11月14日 06時53分28秒 | Weblog
8名様限定の特等席。「タパス モラキュラーバー」は食のエンターテインメント。 モラキュラー キュイジーヌは、斬新な食の実験室のようなエンターテインメント。38階のシックな「オリエンタルラウンジ」内にあるスシバー スタイルのカウンターがシェフのステージです。

2時間のディナーコースは、才能あふれるシェフがお客さまの目の前で、ひと口サイズの料理を20品以上ご用意。新しい食感や香り、斬新なアイデアが驚きを与え、一皿毎に完成された美味に感動することでしょう。 1日2回のディナーのみで、1回につき8席限定です。 ご利用にはご予約をお願いしております。
(ホテルHPより)

ジャンル ダイニングバー、洋食・欧風料理(その他)

TEL・予約 03-3270-8188

完全予約制

住所 東京都中央区日本橋室町2-1-1 マンダリンオリエンタル東京 38F
交通手段 地下鉄東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」駅(A7・A8出口)直結。徒歩2分。
三越前駅から86m

営業時間 1回目 18:00~
2回目 20:30~
日曜営業

定休日 なし

平均予算 [夜]¥15,000~¥19,999
**************************************************************





トーキョー2013年ウインターバージョン
今回は、二女ねずみがお供。
最近勉学にめざめ(?)みるみる成果をあげている。
校内模試はおろか、模擬試験だろうが、英検だろうが、
めきめき力を発揮し、いまや飛ぶ鳥落とす勢い、ハチクの勢い
蜂須賀助六の勢いなのである。
若いうちからツキを使い果たしやしないか、
そんなことをツラツラ、「永遠の大器晩成型」であるチチの悩みどころである。

ツキといえば、長女も違う意味で黄金街道爆走中である。
中学1年生のとき、小中学生向けのファッション雑誌「ニコラ」の懸賞応募で
ハンカチが当たって以来、ニコラに応募しては当選確実。
葉書たった一枚しかだしていないっえいうんですから驚きです。
その後、高校、大学と、購読紙変われど、懸賞応募は欠かさず、欲しいものは
なんでも懸賞応募で手中に収める豪腕ぶりなのである。
つい先月も、なんだか有名な外タレのコンサートに当たったとかで大阪へ。
で、来月17日もナンタラカンタラのコンサートに当たったとのことで東京おひとり様らしい。。。

マイペースな長女を抜きに、また違う意味でマイペースな次女を誘い
そぞろ神に髪ひかれて(笑)トーキョーです。

ちょうど期末試験が終わった。次週の土日からはバブル期も真っ青なホテル高騰時期なので
今回に絞った日程は2ケ月前から。
でもちょうど試験が終わったというラッキーというか、ちょっと危ういタイミングではありまして、
目ざすは、ウィンターイルミネーション、イン トーキョー
ちょっとはずかしいけど、メリークリスマス&ハッピーニューイヤーなのである。
どっちもタイミングが微妙ではありますが。。。。

今回のチチまるくん、二女のための(と、、いうかもちろん内心は自分のためですけど、なにか)
お見立ては以下のとおり。

まずは、全く不釣り合いなんだけど、もぉお年頃ですまるくん、
お宿は立地条件がよく、廉価なビジネスホテルで十分だったのが、とことん勘違い君なんだけど、
ラグシュアリーなホテルに泊まりたい!
そんな恋心が芽生えて、もうハッパが青々としておりまして、、、
春のマンダリンオリエンタル、夏のリッツカールトン、秋のザ・ペニンショラ、、、
とくれば、そおぉぉです。
今回の白羽の矢はシャングリ・ラしかないじゃないですか、奥さん!
予約は正統にいきたいんだけど、12月14日からの土日の価格はホンマに目が飛び出しそうな
もんでして、あえなく初旬に。
スカイツリーにはもう興味なく、皇居・新宿副都心、東京タワー、眼下に東京駅と、
一昔前の青春時代を過ごしたアタシらにとっては憧れのビューばかり。
ホライゾンなんとかとか、クラブなんなんたらかんたらの部屋はパス!
例え「グレードアップできます」のお声かかろうともパス。
だってビン貧乏性のタシですもの、食事は命にかかわる大事w
おざなりなモンなんか時間があってもタダでも食べませんw
一食必勝で日々暮らしております!




つぎに、今秋デビュー仕立てのほやほや、前回から東京旅行には必ず組み入れる!がテーマ。
それは「ザ・江戸前寿司」である。
前回のマンダリンオリエンタル、鮨そらは、デビューとしては上々の出来だったので
今回調子に乗って、銀座デビューを果たしたい。
さいとう(は、赤坂ですが)、あら輝(東京ミッドタウン)は初心者マークにはまだ早すぎる。
っていうか予約なんか無理だし、
すきやばし次郎、久兵衛、きよ田、鮨かくとう、からくには全然興味なし。
青空、青木、むら樹、あたりが次の狙い目なだけど、銀座で昼しかも土日やってる寿司屋って
なかなかみつからないもんだ。同伴飯のクラブのお姉さん方もお休みだから?
でもあった!ありましたよ、しかも見た感じ聞いた感じすごい好みの店が。
鮨いわ・・・・・・・・さいとうと同じく久兵衛一門である。
お昼でも営業、子どももオーケイ、しかも明朗会計、しかも安い!

そして最近、ますます拍車がかかった東京フレンチ、
今年になってドミニク・ブシェが銀座にオープン、ナキジンも勢いがある。エスキスは2年でもう老舗の風格
ラール・エ・ラ・マリエールで注目していた清水シェフがオープしたアニス(でも、初台かぁ~~遠いな。。。)
コンラッド東京のリニューアル、コラージュ、赤坂の立地が悪い場所に開店したライラ。
そして極めつけは10月再スタートした王者ロオジェである。
そんなリストのなかでビビビ♪っときたのがライラ。
3年前、大阪西天満のユニッソンデクール以来、のビビビ♪訪問です。

残るあと一食は随分ココロ替わり。
まずはコラージュを予約していたんだけど、どうしてもパフォーマンス性にかけるので不満がくすぶる。
なにせこの3年間、フレンチ尽くしだったものでホンマに何食べても飽きてまして(不遜jw
二女も昨年みたいにナリサワ、オーベルジュドーリル、レフェルヴェソンスと
超豪華なフレンチ三昧ではあまりにも胃袋と買い物が最大公約数の彼女にとって
時間の無駄!(笑)でもあります。
そこで泊まるホテルを半径2キロに特に定めて、夜営業している蕎麦、仁行、要町の81(エイティーワン)
中華でヘイフンテラス、センス、いっそ次なる標的和食で虎白あたり、いろいろ思案したり予約試みるが
なかなかムツカシイ。
一番行きたかったタパスモラキュラーバーは8名のプラチナチケット、すでに2ケ月前から満席。
う~~~~~~ん。
ヤケッパチで禁じてのおとかつにするか?
でも1週間前!奇跡の2席キャンッセル!すぐ飛びつきましたとも!

あと、夜は、めったに見られない東京イルミネーションを♪
丸の内仲通り、丸の内ビル、ペニンショラ、汐留カレッタ、新橋駅前広場、恵比寿ガーデンプレイス、
表参道、コレド表参道、と、、、これらを食事前の2時間でめぐろうという魂胆、
無理だろう?ええ無理ですね、、、でもかなり満足いく消化でした。
恵比寿ウォーク回廊なんか駅伝選手みたく走り続けたけど(涙


さ、そんなこんな!

でも、欲張りなんでも(ココロの)手に入れたがるイヤシンボウまるくん、
実は東京旅行のいつも最大の楽しみはといえば、ホテル滞在も散策でも、食事でもない”!
こればっかりは譲れない「美女」観察です(あくまでもあくまでもささやかな観察9です。
そもそも、ミラノのヴィクトリア・エマヌエーレ2世通りを散策しようとも、屋久島の縄文杉めざしていようとも、
北アルプスの過酷な山を登山してようとも、カッパドキアの奇巖に囲まれていようとも、
ファミレスで家族で食事していようとも、寝ていようとも、、、
いつも気に留めているのは、、「綺麗なお姉さんはいないかな♪」
なのである。
いつだって、どんな境遇であろうとも、これがなくしゃ枯れちゃうひと、なのである。
ハニーというフラッシュカードをもってるからいいぢゃあないか、と言い聞かせても、なのである。
いつまでたっても、しつこいぐらいに夢見がち。
病気といえば病気なんだけど、しごく健全といえば健全なのである。
とりわけ一番気合が入っているのは、羽田便のAnAのキャビンアテンダント!

でも、今回は旅で大いに念じていて、自分でいまさらながら気づきました。
アタシはもっている!!。
長女じゃないけど、選んだ座席でいつも美女客室乗務員(こんな用語ありませんが)大当たり!な、、お席になるだなこれが不思議なくらいに。
アタシのツキ!はハニーだけで終わってない(笑w
そんな自分本位な旅自慢をいつでも自分に自慢している。
そんな旅。

すばらしい旅になりました。

あ、、、二女?
何時間でも原宿・渋谷に放り込んでおけば水を得た魚w


ねずみちゃん、お誕生日おめでとう

貴女は貴女が望む道をどうか歩かれんことを。


ライラ 赤坂 Lyla restaurant 良質の最高峰 ヴォーヌ ロマネ クロ ド レア 2009復刻版 ミシェル グロ

2014年10月27日 06時46分27秒 | Weblog
さて、


4年かけて、東京・大阪・神戸・京都の良質な、そしてさまざまな趣向のフレンチレストランを巡る旅も
ひとまず終焉のつもりだ。

我がハレの舞台を彩り豊かに飾ってくれたレストランの数々

あらゆるメディアの他者の第三者の情報を封印して、すべて自らが思考する志向する嗜好する指向する至高な
レストランを選んできたつもりだ。
歯垢はたまってませんw

レストランの語源はとはこう定義されている。

フランス語で「回復させる」を意味する動詞 restaurer の現在分詞 。
restaurant が語源という言葉は16世紀に現れ「回復する食事」を意味し、特に栄養に富み強く風味付けされたスープであった。
この語が最初に食事店に使われたのは1765年頃に創業したパリのスープ販売店、ブーランジェであった。
標準となった形態(固定した営業時間中に客が個々のテーブルの一人分の場所に座り、メニューから料理を選ぶ)を持った最初のレストランは「Grand Taverne de Londres」(ロンドンの偉大な居酒屋)であり、1782年にアントワーヌ・ボーヴィリエにより創業された。彼は代表的料理作家、料理学の権威であり[7]、成功した料理店主として名声を得た。また、標準的な料理本となった『料理人の技術』(L'Art du cuisinier、1814年)を著した。

フランス革命により料理ギルドが解体され、素晴らしい料理を作る技能を持つ使用人達を残して貴族が逃れたことでその後のフランスでレストランが普通のものとなった。
一方同時に多くの地方人が、料理をしてくれる家族を残してパリに集まった。
レストランはこれらの双方を呼び集める手段であった。そして、外食というフランスの伝統が生まれた


回復・・・・・・・・・・・・・・
そのとおり、我が日常から非日常を経て,
また、日常へと回復する、再生する重要なツールだった。

その、ハレの舞台装置=フレンチレストラン

全てのレストランのうちほとんどをハニーと、そしてわずかな数店舗を子どもとのみ共有してきた。
他人が介在する余地はない。全くない。
私にとっては、旅も晴れ舞台もハレの日もすべて家族があっての物種。

ワクワクするような食事のオンパレードはもちろん、これを食べずに死ねるか!の至高の一品
そして、おもてなし、を地肌で感じさせるサービス、優れた調度品、演出された空間、
店と客たちが共同で醸し出す居心地のいい空気


すべてを満たす満足納得のいくレストランはついぞ見出すことはできなかったけど(恐らく、私の求めるすべてを満たすレストランはパリにも香港にもシンガポールにも世界のどこにもないのだろうが)、

いつかまた訪れたい良質なレストランには出会うことができたかもしれない。

経済的にも物理的にも叶わぬことを加味してすべて行きつくすことは到底無理だし、「食べ歩き」や「グルメ気取り」、なんて大嫌いだ。
選ばれた店と、そこからふるいにかけられた店もある
耳ダンボのなか、リストのなかで漏れた店
全く食指にない店
行こうとココロに決めながら叶わなかった店
行くか行かまいか迷いながら忘れ去られた店
数知れずの知らずじまいのレストラン、
知らないから知らないままのレストラン

これまで東京だけでも300軒以上にのぼるフレンチから取捨選択されてきたレストラン

あえて5軒を選んでみる

あっ!((笑w

今回はマジメに!!綺麗なお姉さんがいると、いうことは考慮してません。
・・・・・・・・モシカシタラ、ちょっとだけ、嘘ですけどもw


ユニッソン・デ・クール (大阪 西天満)

キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ(西新宿)

ライラ (赤坂)

モトイ(京都市)

御影ジュエンヌ(神戸市)


そのベスト5に選ばれた店、ライラ
旅を巡る終焉に出会えたライラの物語を二女のお誕生祝いに訪れる幸運と幸福の物語




今回は旅の締めくくりにとっておきの一本

★ヴォーヌ ロマネ クロ ド レア 2009(復刻版ラベル)
ミッシェル グロ

神の魂を継承する満点五つ星★★★★★超お宝極上ブルゴーニュ!!
世界的超お宝ワインです!!特級畑も彷彿の超極上一級ヴォーヌ・ロマネ!!
超大当たり2009年は150周年を記念して1860年当時の復刻ラベルでリリース!!
パーカー【五つ星★★★★★】神様の魂を継承するブルゴーニュ随一の凄腕!!
前代未聞!!【最も優れた赤ワイン生産者】の称号を2年連続獲得の快挙!!
『あまりにも見事で呆然とするほど!!』有名評論家も絶句した極上の味わい!!

[ドメーヌ・ミシェル・グロ・ヴォーヌ・ロマネ・クロ・デ・レア 2009]
超お宝です!!
このワインだけは絶対に買っておいてください!!
本音を言ってしまいますと、
自分で買い占めてしまいたいほどなんです!!
あの誰もが憧れる世界最高のワインで今や時価50万とも
言われる[ロマネ・コンティ]を筆頭に、[ラ・ターシ
ュ][リッシュブル]と続く極上特級畑の数々を産み出
すヴォーヌ・ロマネ村にその名をとどろかす、特級畑に
も匹敵と専門家も大絶賛の超極上一級畑[クロ・デ・レア]!!
そして!!造り手は、あの世界最高のワインジャーナリス
ト、ロバート・パーカーさんが最高【五つ星★★★★★】
を与えたブルゴーニュ随一の凄腕[ミシェル・グロ]!!
そしてヴィンテージはブルゴーニュ史上最高との呼び声
も高い超大当たり2009年!!
しかもしかも!!
この2009年という年はグロ家が[クロ・デ・レア]を
取得して150周年となるメモリアルヴィンテージ!!
それを記念して1860年当時の復刻ラベルでリリースされ
た、まさに世界的超お宝ワインを皆さんにご紹介するこ
とができるんです!!

[ミシェル・グロ]と言えば、【ブルゴーニュの神様】
と敬愛された偉大な父[ジャン・グロ]の魂を引き継い
だヴォーヌ・ロマネ村の名門中の名門!!『ブルゴーニュで最も誠実で申し分ないワインを造るドメーヌのひとつ。』と、あのパーカーさんが最高【五つ星★★★★★】を与えながら激賞し、さらに驚くべきは、、世界最大のワインコンテスト[インターナショナル・ワイン・チャレンジ]で世界中から集結した約10000アイテムの頂点となる【最も優れた赤ワイン生産者】の称号を2年連続して獲得するという前代未聞の快挙を達成した、そんなもの凄い血統と経歴を持ち合わせた、名実ともに世界の頂点に君臨する、まさに超凄腕です!!。
あらゆる専門家も特級畑に勝るとも劣らない畑
と大絶賛の区画から産み出される極上ピノ・ノワール!!
この造り手が単独所有する畑で、最も愛着を持ち、
そして最もそのクオリティにこだわる、まさにこの造り
手のシンボルとも言うべき、

[ヴォーヌ・ロマネ・クロ・デ・レア 2009]!!!


『クロ・デ・レアのブーケはあまりにも見事で呆然とす
 るほど!!』
ブルゴーニュワインの権威、[セレナ・サトクリフ女史]
も大絶賛するほどのヴォーヌ・ロマネ村の数ある一級畑
でも格別の評価を受けるワインなんです!!
今回ご案内はブルゴーニュ超大当たりとなりました2009年。
[ミシェル・グロ]にとりましても、グロ家が[クロ・
デ・レア]を取得して150周年となるメモリアルヴィンテ
ージ!!それを記念して1860年当時の復刻ラベルでリリー
スされた、まさに世界的超お宝ワインと言えるでしょう。
その出来栄えたるや・・・
『濃い色調で、グラスから立ち上がるベリー系の果実の
豊かな果実味とスパイスの香り、さらには奥底から湧き
出てくるヴァニラを想わせるとしなやかで官能的な風味
は、まさに最高峰特級ワイン並のパワーとエレガントさ
を感じます。余韻にも優しい果実の甘さが続き、官能的
な風味さえ感じさせてくれる・・・』
なんと贅沢、そしてなんとエレガント!!
時を忘れて呆然としてしまったほどの素晴らしい香りと
味わい・・・
まさに最高級の【ブルゴーニュの真髄】がここにありま
す!!
造り手自らも、
『過去に存在したヴィンテージの中では、おそらく1989年
が最も近いでしょう。』
と、20世紀でも屈指の大当たり年を引き合いにしている
ことからも、この2009年がいかに素晴らしいかがおわか
りいただけるでしょう。



この4年間、至高のブルゴーニュをたてつづけに飲んできた。
いまだ余韻が残るベスト5は

☆グラン・エシェゾー 2005 ルネ アンジェル
☆ラ グラン リュ 2005 フランソワ ラマルシュ
☆ロマネ サン ヴィヴァン 2006 フォラン アルベレ
☆クロ ド ラ ロッシュ 2006 ドメーヌ ポンソ
そして今回☆ クロ ド レア

次点は、バラの香りが充満
☆リシュブール 2005 アラン ユドロ ノエラ

なぜかミントの香りが充満していた
☆クロ サン ドニ 2005 フィリップ シャルロパン バリゾ

すべて特級のなかで、さすが特級に勝るクロドレア
並み居るワインを凌駕した。
他にも抜栓したリストはこちら
☆ラ ターシュ 1984
☆リュショット シャンベルタン 2003 アルマン ルソー
☆クロ ド タール ドメーヌ モメサン
☆シャンベルタン クロ ド ベーズ 2002 ドミニク ローラン
☆シャンベルタン 1993 ルイ レミー
☆シャンボール ミュジニー 2003 コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ
☆マジ シャンベルタン 2005 アンリ ルブルゾー
☆ヴォーヌ ロマネ マルコンソール 2005 デュジャック
☆ヴォーヌ ロマネ レショーム 2007 フランソワ ラマルシュ
☆ヴォーヌ ロマネ レ ボーモン 1999  ブリューノ・デゾネイ・ビゼイ
☆エシェゾー 2005 ジャック カシュー
☆マゾワーエール シャンベルタン 1998 カミュ ペール&フェス
☆唯一ボルドーから シャトー ラフィット ロートシルド 1999

これら珠玉のワインを凌駕して終焉にふさわしいワインだったクロ ド レア。
体調がすぐれず、半分以上をお店に預けてきたけど(笑w


*************************************************

★ライラ レストラン



その日にしか入らなかった新鮮な食材、産地から直接届けられたレアな食材など通常のレストランでは組み立てづらい食材を存分に生かして、その日、その時、そのテーブルにしか存在しない唯一のコース menu carte blanche(フランス語で白紙のメニューという意味)で提供させて頂きます。
ご予約されたお客様ごとにメニューを組み立てていきますので、テーブルによって内容が異なる場合もございますが、ご了承ください。

ライラ



TEL・予約 03-6441-2096

完全予約制

住所 東京都港区赤坂7-5-34 インペリアル赤坂フォーラム 1F

交通手段 千代田線 乃木坂駅 1番出口から徒歩7分
銀座線・半蔵門線・大江戸線 青山一丁目駅 4番南出口から徒歩8分
千代田線 赤坂駅 7番出口から徒歩9分
赤坂駅から571m

営業時間 12:00~14:00(L.O.)
18:00~21:00(L.O.)

ランチは土日祝のみ
ランチ営業、日曜営業

定休日 火曜


ブノワ大阪 西梅田 ル・コントワール・ド・ブノワ Le Comptoir de Benoit  

2014年10月05日 12時08分33秒 | Weblog
ご神域のなかのご神域ともいうべき二日間、遷御の儀、参列と伊勢神宮内宮・外宮参拝を終え、近鉄線で1時間半、鶴橋到着。
またいつもの俗世界へまいもどってきた。
昨夜のことが、ほんとうにうたかたのようだ。
鶴見から環状線に乗り換え大阪へ。
もうそこは結界にもどるこすらできない俗世界そのものだ。
魔界ともいう(笑

気分をかえて俗なる食い気。。。。

きょうのガストロノミーなおひとりさまは、ブノワ
なんと意外、、、、でもないのですがアラン・デュカス系列はお初です。
彼の料理は、モナコやパリの三ツ星ですらも家庭料理の延長だとずっと考えてます
彼も認めてるはずですし・・・・・・・・・


「おばあちゃん、このインゲン、茹で過ぎだよ。」

祖母にこう云った12歳の頃から、アラン・デュカスはすでに料理人になる道を歩み始めていたのかもしれません。1956年、フランス・ランド地方の農園に生まれ、鶏、アヒル、ガチョウの鳴き声が絶えず聞こえて、野菜、キノコ、フォアグラなどの食材を毎日のように目に口にして育ったため、幼いころから「食材がもつ本来の味」を知り、その味を活かし、調理することを覚えたのです。

フランスの伝統を確実に踏まえ、それを今の大阪で息づかせる―アラン・デュカスのこの考えは、テーブルアートにも現れています。大きなバロン・グラス、安定感のあるポ・リヨネ、そしてピリビィ社の1903年デザインの赤いコーヒーカップはアラン・デュカスの特注です。厨房からお客様のテーブルへ直接運ばれるホーローのココットはビストロらしさを演出します。これらはどれも、フランスのビストロになくてはならないものなのです



厨房を見渡すコントワールは14席。カウンター越しに料理人が刺身をひいたり、魚を焼いたりする《割烹》のスタイルから発想を得ており、このコントワールの存在が、店全体を気軽で心地よい雰囲気で包んでいます。

「ブノワ」ほどビストロらしく、またパリらしい店はありません。味わい深い歴史と盛りだくさんの美味しさに溢れるこの店に、私は特別な愛着を感じています。「ブノワ」で感じられる心地よさと懐かしさは、いつの時代にもあり続ける食文化であり、また伝統でもあるのです。

アラン・デュカス
大阪テロワールとフレンチビストロが出会う場所、
アラン・デュカスの「ル・コントワール・ド・ブノワ」
「ル・コントワール・ド・ブノワ」は、大阪の街のエネルギーとアラン・デュカスのエスプリとの出会いによって誕生しました。このビストロは、パリ、東京、そしてニューヨークにある「ブノワ」のエスプリを受け継ぎながら、単なるもう一つの「ブノワ」ではなく、大阪ならではの個性を取り入れた店です。伝統的ビストロの味わい、手ごろな価格、温かみのある雰囲気、コンテンポラリーな内装…アラン・デュカスは大阪の人々が好きなものをここに集めたいと考えました。カウンターを意味する“コントワール”は、カウンター越しに料理人が刺身をひいたり、魚を焼いたりする《割烹》のスタイルから発想を得ています。


ブノワのエスプリ
1912年、パリにオープンした『ブノワ』。100年が経つ現在も、『ブノワ』は温かく心地よいレストランとして、パリのお客様に愛されています。常連客でアーティストのルサージュ氏がこの店に残した言葉 ≪ Chez toi Benoit, on boit, on festoie en rois ≫(大いに飲んでご馳走がたらふく食べられる愛すべき店)は、いつまでも変わらない『ブノワ』のエスプリを伝えています。2005年よりアラン・デュカスがこのビストロを受け継ぎ、伝統ある店に新風を吹き込むと同時に、そのエスプリを東京、ニューヨーク、大阪の街にも広げました

(以上はお店のHPより掲載)

ではいただきましょう、コントワールにて

で?きょうは何に乾杯しましょうかね@@?

貴女の瞳に乾杯・・・・・・・・・ですかね?




1987年、モナコにある「オテル・ド・パリ」のレストラン「ル・ルイ・キャーンズ」の総料理長に就任し、33歳の若さで、ホテル内のレストランとしては当時史上初めてミシュランガイドで3つ星を獲得。以来、世界の食文化に対する飽くなき好奇心と、次世代へ技術を伝えるという情熱が原動力となり、料理人としてだけでなく、レストランクリエーターとして、ホテルのオーナーとして、編集者として、また料理人を志す人の指導者として活動しています。現在、パリ、モナコ、ロンドンの3都市の3ツ星レストランをはじめ、世界8か国に27のレストランを展開しており、日本には大阪の「ル・コントワール・ド・ブノワ」の他、東京銀座の「ベージュ アラン・デュカス 東京」と青山のビストロ「ブノワ」があります


レスプリ ドゥ クゥー ドゥ フランス  北浜 ヴォーヌ ロマネ オーマルコンソール2007 デユジャック

2014年09月26日 18時25分35秒 | Weblog
ハ~~ロンボ~~♪

ざんしょはいざんしょ残暑お見舞い申し上げ候、みのたんよ。。。

猛暑ニッポン、豪雨被害に見舞われたみなさまにお見舞い申し上げます。

まだまだ暑いのなんのよね、

そんなさなか、ふたりはアタシをライオンさんのホテルの同じビルのハービスのキッズなんたらに押し込んで

お食事におでかけよ

「みのたん♪きょうは大阪の夜の幼稚園に連れてってあげるよ? 楽しみ楽しみ」

って、トウサンそれどうよ?典型的な身勝手親だわねw

でも、ま、楽しかっけどね

★キッズスクエア ハービスオオサカ
大阪の中心地「梅田」のハービスPLAZA5階に位置するキッズスクウェアは、1997年のオープン以来、様々なお客様にご利用いただいております。
「ザ・リッツ・カールトン大阪」とは、同じフロアで通行が可能なため、ご宴席や、パーティ、ご宿泊など、ホテルご利用のお客様にも便利です。
安全・安心・信頼の保育教育サービス
月極保育、一時預かり、幼児教室室内は、プレイルームとベッドルームに分かれており
チームワーク抜群のスタッフが、安全と安心、信頼の保育サービスをご提供しています。
0歳児の時から、幼稚園・小学生へと長期間にわたりご利用いただく方も多く、広い年齢のお子様が集うキッズスクウェア。異年齢保育と年齢別保育の素晴らしさをご経験いただけます


記録表にはこう書かれてたらしいわよ。。。。。。。。。

「みのたんさんは、入室するなりお友達のことが気になってしょうがない様子で、
1ケ月のお子さんをお母さんのような目でみつめていました。。。。
「お友達みんなに 「ホテルからダッ~~ッで、、、きたんよ」と説明していました
「ボーリングをみんなではじめようとピンを並べてお友達が動かすと優しく促していました
「ご本を開けて、お話しするように読みはじめました・・・

逆手にとってみて全部想像つくわ、、、、、ヤンチャなっこって、ね?トウサンw

で、!!
アタシにはハービスの地下1階で慌てて買ったパンふたつと飲めもしないマンゴージュース差し入れて
ふたりが本日行った先は?

レスプリ ドゥ クゥー ドゥ フランス ・・・・・・・・・・・・・・・・・

はぁ?
なんの意味かわかんない><;


なんだかんだと、20周年祝う事これで5回目@@;
あすは集大成の6カイ目を控えているんですと、、、、
アホまるだしだわねw

ってなことで
実況はこのへんでバトンタッチするわq


はい、ただいま
レスプリ ドゥ クゥー ドゥ フランス ・・・・・・・・・・・・・・・・・
に来ております、まるくんです

みのたんを託児施設に預けてリッツのフロントにて、、、貧乏性のくせにめずらしく「もうタクシーにしようや」
はふたりめずらしく一致

だいたい行く先は電車2本の場所なのですが
その駅まで歩くこと、駅の構内射をめちゃあるくこと
駅出ても歩くこと、、、つまり二駅分徒歩で歩くのと遜色ない
オオサカってそういうとこダイキライデス

タクシーに乗って早速行く先を告げますw

「大林組の本社だった、ル・ポンド・シエルへ♪」
え!!@@@
それって、まるくん!
先週の禁断の逢瀬(違う違うwww)の場所じゃないですか?

ええそうですよ(真顔)
だって、あのときのカワイイ♪レセプションおふたりのために
岡山駅の乗り継ぎのときにお土産買っていたんだもん、さいしょから
織り込み済み、さすがはまるくん(そこも違うよw
お土産は、バリィ~さん♪のクッキー
かわいいでしょ?

で、「ソンナトコシラシマヘンナァ~」とのたまう老運転手に
懇切丁寧に道案内しながら着いたル・ポンド・シエル
ハニーをお約束で写真撮ったあと、堂々入店
え?@@・・・・・・・・・・いないし##
あのときお世話になった超イケメン(大阪のサービス業ってイケメン
おおしでしょ奥さん、ここメモメモw)サービスマンがなぜかレセプションw
「今日は(=´ω`)ノおやすみだょぅ」
らしくって残念無念、、、、お土産を丁重にお渡しし、先へ急ぎます。
「女子にえだけですか?」
「えそうですとも女子にだけっですっ」
「残念です(笑」
タクシーで通り過ぎるとき、マネージャーやみなさんが路上にまででて大きく手を振ってくださったことに肝臓もとい感動!!
出会いって大切だよね、温めたいよね、
これでまたあの愛おしいお方に会える口実が(チガウチガウ

着いたのは日本一高いマンションのある北浜タワー$プラザ
阿倍野といい梅田再開発といい中之島のフェスティバルホールといい
断然勢いありますオオサカ

そのすぐ先にある、国の重要文化財指定の旧小西家を見学です

★薬問屋街の道修町に残る旧小西家住宅は、近代大阪の町家を集大成した和風建築(国の重要文化財)。小西家は、初代儀助(ぎすけ)が安政3年(1856)、京都から大阪道修町に出て薬種業・小西儀助商店(現・コニシ株式会社)を創業したことに始まる商家。現在の建物は明治36年(1903)から3年かけてつくられたもの。主屋裏には奥庭を挟んで衣装蔵および二階蔵がある。衣装蔵は明治45年(1912)の上棟で三階建の土蔵造。建築材も良材を使い、シンプルながらも各部屋や茶室などには凝った意匠や工夫の跡が見られる。居住部の台所の土間には、家族、従業員ら約50人の食事を賄った大きなかまどがあるとか。新社屋へ移転する前は、座敷に絨毯を敷き、机の上にはコンピューターが並ぶという事務所風景が見られたという。現在も関連会社が事務所として使っている(一般公開していない)。

住所 〒541-0045 大阪市中央区道修町1-6-9
だそうで。。。

さ、約30分遅れ、、、
みのたんに後ろ髪聞かれつつ、きょうの美食と参りましょうか

レスプリ ドゥ クゥー ドゥ フランス


・・・・・・・・・・は?なんのいみかわかんない

そしてきょうのお持ち込み美酒はこれ!

ヴォーヌ ロマネ オー マルコンソール 2007 デュジャック

常に新たな息吹を感じさせてくれるドメーヌ

新世代ドメーヌの旗手として鳴らしたジャック・セイスがモレの村に拠を構えてから40年という歳月が過ぎたが、現在では耕作面積も15ヘクタール強と当初の4倍近くに広がり、7つのグラン・クリュ(ドメーヌで最も広いのがグラン・クリュ、次いでプルミエ・クリュ、ヴィラージュ、レジオナルの順で、普通に見られるドメーヌのそれとは逆)を擁するまでになった。

その人気の高さ故、常に入手に苦労するデュジャックのワインだが、栽培、醸造の基本は以下の通り。無干渉主義をモットーとするセイスは、畑においては除草剤、化学肥料の類は使用せず、除梗も年によるものの基本的におこなわない。新樽は非常に軽い焼き加減のものをグラン・クリュにほぼ100パーセント、プルミエ・クリュで8割前後、そしてヴィラージュでも7割という高い比率で用いる。その後オリ下げのみでフィルターはかけない。


 2000年の初めには購入したぶどうを用いた、ディフュージョン・ラインとも謂うべきデュジャック・フィス・エ・ペール(栽培や収穫もデュジャックでコントロールし、つくりもドメーヌものとほとんど同じで、デュジャック・フレーヴァーもしっかり)のリリースも開始。さらに2005年のミレジムからはシャンベルタンにロマネ・サン=ヴィヴァン、2つのグラン・クリュにヴォーヌ=ロマネのマルコンソールも加わる。

モンティーユとデュジャック、共同で特級畑を取得!このニュースが世界を駆け巡ったのは2005年の秋のこと。特級畑が売りに出されるのも珍し上に、それをあの(!!)TOPドメーヌであるモンティーユとデュジャックが共同で購入したというのですから驚きました!ド・モンティーユ家は、コート・ド・ボーヌで最も優雅なワインを産出するといわれるヴォルネイ村に、17世紀後半のフランス革命前から居を構える旧家。正当派のブルゴーニュワインを生み出すドメーヌで、最近ではドキュメンタリー映画「モンド・ヴィーノ」でもそのこだわりと哲学を紹介されたことでも有名です。デュジャックは勿論モレ・サン・ドニにあるわずか一代で名声を築き上げてしまった有名なドメーヌ。その両家がグラン・クリュで作るワインはさぞかし素晴らしいはず・・・、とそのときから楽しみにしていました♪ しかし、デュジャックのマルコンソール2005年を飲む機会があったとき、自分の考えの甘さを思い知らされました。「素晴らしい」なんて言葉では表現されないぐらの衝撃を受けました! 真紅の薔薇、濃密な果物、松茸のような妖艶な香り・・・なのに高貴。うわぁぁぁぁ!!と驚きました;^^ その場にいた全員も凍りつき、そのときはラ・ロマネなどもあったのですが私の心はマルコンソールに釘付けでした。葡萄を搾ってできるものとは信じ難い、芸術品のようなその香りと味にはうっとするしかなかったのです・・・ 2006年からはドメーヌものとなり、よりその自信が伺えるマルコンソール! マルコンソールは、ラ・ターシュに隣接する1級畑ながら、その品質はグラン・クリュに値するといわれています。 リッチで芳醇な果実味。複雑で重層的なフレーバー、止めどなく続く長い余韻はグラン・クリュと呼ぶにまさにふさわしいでしょう♪

だそうですよ奥さんっ!!

キョウモココロシテ飲みませう


今回もうほんとうにほうんとうにめずらしく愚痴りますが(旅したゼインセイで2回目です)、、、
劇的に不満だらけ
なんでオマールと桃という清涼感あふれる食材にニンニクの香り?
刻みすぎたトリュフ、深皿に滋味のないスープ多すぎ
スッポンのラグーになんでソースにベーコン合わせるの?@@
マリアカラスの食材すべてを否定するかのように大量の胡椒の香り
ゼンブトンチンカンな組み合わせ、「美味しいものをもったいなくっしちゃぜったいだめ」


でも、まるくん
懸命な読者ならもうすでにすでにお気づきのはず

まるくん。。。。。。。。。。。。。

美食< 美酒の持ち込み <っていうよりそこにあわせた恐竜くん持ち込み  < よりなにより綺麗なお姉さんとの出会い

そう!!正解です!
キョウモきょうとていました、目を合わすとこちらが照れるくらいの
とびきりの可愛い♪お嬢さんw
今晩あなたのために抜栓したワインのようなものです!
ああいっつもいっつも薔薇に包まれていたい!


本当に可愛いでしょ?????



ラ・ベ La Baie ザ・リッツカールトン大阪 いま一度貴女と記念日を

2014年09月23日 07時16分24秒 | Weblog



今にも 駆け出したいような
風よ

10月の空の下で 
あの山の向こうを想うように
陽に照らし出された
雲よ
寛やかな稜線を描け

どんな からくりにも微動だにしない
青よ

偽りのない雲と
いつかは終わるであろう 時を

あてどもなく 蒼く
空よ

ここから抜き出せ 藍(愛)を

和やかな 恋をいつまでも
花よ

思いやりは いつのときでもさりげなく
そよ風のように


20年という節目にどのような場所でどのように祝うかは20年以上前から考えていた。
10年の記念日がそうであったように。
30年後のことだってすでに考えているしやり遂げるだろう。
いつだって意思で自由でいられる。
だから幸せだ。
彼女だってきっとそうだろう。
二人が対面して祝うのではない。
二人はいつだって前を向いている。
そしてきっと別々の先の未来を想い描いているに違いない。


10年前―――――


夕刻から雨が詩を謡いだした。
ICから加速する車のワイパーは静寂を破る太古の理の呼吸のごとく、息づかう。
水晶が翳りて気が踊るような瀬戸内のたおやかな海の意味を模索する、生ぬるい原子の肌を滑り落ちるような黒く沈むような息吹がある道沿いの山々を想う。
そして厚い雲からは、遥かからのまだらな夢のゆらぐ神隠しのような光が落ちていた___。
「パパ・・・ここだけ、雨みたいね?」
「なにかに獲り憑かれてるか、見守られてるかの、どちらかやないん・・」
デッキに古びたテープをかけ、しなやかな祝祭に月が溶け込むような息づかいに、回顧した。
 私たちの記念日を・・・・・。
太古の仮面を受託するがごとく、私たちは結ばれた日だ。
 ○○ICを降りて、煙るようなヘッドライトの数々に辟易しながら、産業道路を行き、もう何度も走ってるのに、また右折する道を間違えてしまった。折からの雨と家路につく車のラッシュアワーに巻き込まれてしまった。
「もぅ、パパ!何度来ても間違う!」
と、いつもは助手席でイライラする美○も今日だけは瀟洒に暖かく、私の秋の交通安全週間の
模範演技のような運転を見守ってくれた。
おいおい、・・・そこまで黙っとったら気持ち悪いは・・ナビぐらいせぇ~~よ!
「だって、パパすぐ怒るくせにっ・・・」
「当たり前やん!!美○の運転、ハラハラドキドキするはっ!命はね・・アタシ一個しかないの!あんたみたいにゾンビやないのっ!」
「ほら、すぐ怒るし・・・・・・」
アタシと相棒は、とことん相性がわるく、そしてとことん二卵性双生児みたいな関係だ。
 そうこうするうちに、観光道路にあたり、なんとかあとは直進すればよかった。
台形をしたカルスト状の山は黒く鈍い光を頂上から放っている。その麓近くにめざす今日の日をおごそかに祝う場所がある。
近郊型の大型店舗が並ぶ、何の変哲もない四差ロ脇の駐車場に車を留め、釣具屋の2階に慣れた足取りで行き、ドアを開く。
いつもときめく瞬間だ。
美○もシンデレラになる瞬間だ。
彼女がシンデレラになる瞬間を、私はこよなく愛し、また誇らしく思える。
顔もすっかりお馴染みになったメーテルドテルに席を案内される。
いつものアンティークのオルゴール横の窓際の席だった。彼女と二人で、もう何年もこの席に
着くことになった。これからも・・・・。
案内してくれた彼はソムリエも兼ねているのだが、相談などせずにその日の気分で飲みたいものを注文する。彼女にはグラス1杯の食前酒と
グラス1杯の白ワインでがまんしてもらう。
アミューズからはじまるコースはベルギー仕込みのまがうことなきフランスのエッセンスがこれでもかと、織り込まれていた。
このとろけるような甘いはずの時間を、アタシたちはもてあまし気味に共有する。
コースも半ばにさしかかると、ダンスホールのような空間に息づかいが激しくなり客が増えていき、ようやく安堵する有り様だ。
「パパ・・・あんまり話しないね。前はホントよく色んなこと話してくれた・・ここで・・」
「美○、おいしいもの食べるときは黙って食べなさいって、教えられなかったか?」
「よく言うわ・・・これを【手段】にしてたくせに、あちこちと・・・・・ヘヘン♪」
「グアッハハッハ・・冗談言うね??」
「パパ・・・なんで年賀状とか、あ、中身は見ないよ・・。その年、その年、名前の違う女の子からくるんでしょうかねぇ~~~?」
「はぁ??美○、旅行とかのお世話になったお礼だろ・・。また、そんなハナシ・・」
「ねぇ、パパ・・ばあちゃんたち、見てくれてるかな・・・大丈夫かな?」
「今日くらいはね美○、解放されたら?いろんなことに・・・・・・・、」
「まず、・・妻だわ♪」
「・・・・・実家に帰らせてもらいます」
「パパは帰ってるやん(笑)毎日!!」
「あ・・・・・そうか、ええなぁ~~、あんたは【かえる家】があって・・・」
「はいはい(笑)、ときどき帰らしてもらってます(笑)」
会話らしい会話はこのくらいだった。
赤ワインのフルボトルをまた一人で飲んでもアタシも酒に酔うことはない・・・・。
「パパは、いつも自分に酔ってるからね♪」
「・・・ハハッハ」
デザートはご褒美に、美○にあげた。
シンデレラの美○がガラスの靴を脱がなければならない時間が迫っていた。
 10月6日・・・・・・この日、私たちは二人の旅路の第1歩を踏んだアテネで届け出を出した・・・・。
しかし、こうしてみると記念日ラッシュの神無月である。
1日は、それこそ、「神さんは今みんな出雲に集うてるんよ」と、二人だけで出雲で契りを交わした。3日はいわゆる地元でひな壇の射的みたく座っていた日。4日はアタシの誕生日でしかもTDLのエレクロトニカパレードの最終節という目出度い日・・・。
 勘定をし、目配せしながら
「また来年に??」と、店をでて、追いかけた彼女は漏らした。
「面と向うと・・・あんまり・・・もう話できないもんだね・・・」
雨はやんでいた。
車のキーを彼女に預け、一息つく。
彼女の背中を見ながら一人ごちた。
今夜、アタシは名前で呼んでたことに気づいてくれたのだろうか(笑)
それに・・・・美○・・・・夫婦は恋人ではないんだ・・・・・意識し合い向き合って話すことなんかないはずだ。
お互い方角は違うにしても、二人で前を見ながら歩いていくんだよ・・・・・・。


そしてその10年後に選んだのは次のステージにふさわしい場所
ザ・リッツカールトン大阪 ラ ベ
フランス語で「湾」という意味をもつ店名
伝統的なフレンチテクニックをもとに、シェフのオリジナリティ溢れる見た目にも美しい、五感で味わう料理

カスピ海産オシェトラキャビア コンディメント ブリニスとトーストを添えて

フォワグラテリーヌのクリスティアン 酸味のきいたリンゴジュレ 毛蟹とマッシュルームサラダ レモン風味

関鯵のマリネ サブレと共に 季節の生野菜とコンフィ フランボワーズヴィネガーの香るトマト シェーブルフレのムース

カボチャのスープ ラングスティーヌのロティとコンソメムース ヴェルヴェーヌ風味

冷製フォワグラのヴルーテ バラの香り トマトのムース マグロのトーストと共に

仔牛の背肉ロースト オレンジ風味 グリーンアスパラガスとキノコ リードヴォーのマスタード風味 ジュ アランシエンヌ

シャラン産鴨のロティ ジャマイカンペッパー 三種のトウモロコシ ジュ ド ヴァンルージュ

ソルベとアイスクリームの盛り合わせ ピニャコラーダソルベ ビスキュイヴァプールと共に プラリネアイスのシュセット トンカ豆のアイスクリームとアメリカンチェリー ヴェルヴェーヌ風味の桃のスープ

•クレープとモンキーバナナのフランベ ラムレーズン パッションフルーツ ヴァニラアイスクリームとピスタチオクリスピー

そして今回意を決して持ち込みで選んだワインはこちら。

リシュブール 2007年 ドメーヌ・アラン・ユドロ・ノエラ Grand Cru 

珠玉のテロワールを持つ、ブルゴーニュの卓越した超一流な名門ドメーヌ、アラン・ユドロ・ノエラのフラグ・シップ・ワイン。
リシュブールのワインをして「百の花の香りを集めてきたかのような」と形容されるところ、アラン・ユドロ・ノエラのリシュブールは、その形容にぴったりな官能的な香りを基調に、ミネラルの燻香と複雑な大地香を伴い、此の上無い深遠さを演出しています。
味わいは深く、力強く、そして複雑でエレガント、各要素が一点に向かって一直線に収斂するような統一感とバランスの良さは凛として一寸の隙も無いような感覚を覚えます。
素晴らしい酒質や美味しさはもちろん当然、感動を与えてくれるアラン・ユドロ・ノエラ会心の傑作ともいうべきワインです。

メディアの評価も極めて良好、流石はドメーヌのフラグシップ・ワインというべき高水準!!
リアルワインガイド誌による2007年ヴィンテージの評価では、92/93+点と極めて高い評価を受け、流石はアラン・ユドロ・ノエラのフラグシップ・ワインともいうべき評価水準にあります。
長熟型のワインで、真価を発揮するまでには10年位、最低でも5年位を要すると予想されます。
しかしながら、アラン・ユドロ・ノエラのワインは、長期熟成を待たずとも比較的早くから美味しく飲むことのできるスタイルであり、仮に早くに開けたとしても傑出したパフォーマンスを発揮することでしょう。


さ、あ次のステージへ向けて

乾杯

10年前と違い もうひとり見届けてくれるひとが加わったことにも感謝して

たとえ 厚い雲に覆われていても、その向こうは透き通る青空、いつでも・・




ル ポンド シエル 北浜 天を架ける橋 淀屋橋、難波橋から天神橋へ

2014年09月22日 07時13分41秒 | Weblog
きっかけは 遡ること2ケ月前。

「夏みかん伝書鳩」と「パイナップル指令」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この変哲もない、暗号じみたキーワードが何を意味するかは、今日ふたりが何を知り、何を語り合い、何を知り合い、何を理解し、
何を知らずに、何を忘れてしまったか、何を語り尽くせず、何を伝えきれなかったかと同じく、もちろん「ふたりだけの宇宙」=時間と空間に帰属する。

もっと遡れば、そもそもふたりの「出会い」はある共通の「ふるさと」を起源として、ささやかながらも奇跡といってよいほどの出会いの偶然の産物であった。

そのことの表明したタイミングで、そのことによりちょっぴり奇跡を生んだ(アタシにとっては2度目!なのだけど)。
奇跡の出会い、そうなのです。
そして奇跡を産む前に申し出ておきたいのは、アタシは当初より、彼
こんな文脈を自分の過去ログから掘り起こしてみた。

ツァラトゥストラはかくも語る――――。

『――君は友のために自分をどんなに装っても装いすぎるとうことはないのだ。
なぜなら、君は友にとって超人を目指して飛ぶ
一本の矢、憧れの熱意であるべきだから――』

まぁ、なんとも圧倒されてそして、奇しくも、アタシが否定的に提示してきた「装う」ということばが、肯定的にでてまいりました(笑)。
ええ、せこいアタシにはムリです(笑)。
ましてや、――友にたいして美しく装い、張りを持って友をも高みに引き上げる――なんてアタシにはムリです(笑)、かんべんしてくださいです。
しかし、アタシにはすべてではないにしても、文脈をよく読みとることにより、受け入れる余地もある。
 彼は小さな徳でお互いに強制しあうことで自分自身を本当に愛し、肯定することのできなくなったお互いの小さい人間を嫌ったのだ。
――勇気をもって肉体から発する活力を肯定し、自由の風に吹かれるべきだ――。
そう煽っているように思えてならないのです。
低いところでなぐさめあうよりも、自分自身が「強い風になる」ことを決意することで、せこい(せこいくせに思い上がった)人間に対する嘔吐感すらも乗り越えようとしたのではないでしょうか。
ただ、預言者であるゾロアスター(ツァラトゥストラ)に「語らせている」わけですから、迫力がある。
格調高い調べ、であります。
しかし、哲学の道しるべたる「関係性」への言及のみならず、アタシたちの現代の現実を直視したときに、重要なものがあるように思えてならないのです。
「気づき」があるのです。
それは「ありのままの君でいいんだよ・今のままの自分でいたい」という固い殻の下での肯定ではなく、張りをもった肯定のありかた、を。      (by まるくん)

そう、【肯定のあり方】という姿勢を、この美しいひとはもののみごとに受け入れ、まわりの多くと調和し、自ら行動し、具現している。
しかも柔和で自然でパワフルなのだ。
ひとを魅了し、周りをシアワセにする術にたけているのを実は彼女は気づいていなかったりもする。


 アタシたちは、なんとなく日々を過ごしています。。。。。

 でも、ときに奇跡的に偉大な心根の持ち主においては、そうでない人もいるみたいです。

 偉大な19世紀の詩人ゲーテは、70歳を越えて重い病で死の淵から奇跡的によみがえって、温泉地マリエンバードで静養しておりました。
そこで、なんと恋に陥ったそうです。
なんと求愛して結婚を申し込んだそうです。
お相手は18才、ゲーテなんと74才。
彼は世評にも経歴にも年齢にも束縛されることなく、まったく自らの心の赴くまま行動したようです。


 シュテファン・ツバイクはこの出来事を崇高な【星の時間】と捉えました―――。        (by まるくん)


「赴くままに正しい道を歩む」

考えて、悩む、不確かな生き物である「私たちひと」にはとても難題なテーマでもある。
さて、私たちの一瞬のまたたきでもある「星の時間」に選んだ今回のの地は、

天神橋のレトロなスペイン風建物、その「ル・ポンド・シエル」
天空に架ける橋、だ。
美食はもとより、今回のテーマでありキーワードでもある。そのつもりで選んでみた、「天を架ける橋」――――。


本日のラインアップはつぎのとおり、

Plaisir en miniature
Crème glacée de champignon de Paris,
churros en persillade et consommé au senteur des sous bois
シャンピニオンのクレームグラッセ
パセリのチュロスと森の香りのコンソメ

Prémice
Fraîcheur de homard et tourteau à l'aubergine au parfum d'été,
chips d'artichaut, mesclun à l'huile de noisette
オマール海老と蟹 茄子のテリーヌ
アーティーチョークのチップス はしばみの香るサラダ

La Mer
Isaki contisé au chorizo, cannelloni de semoule de blé dur,
piperade et encornet, raviole de poivron au fenouil,
jus d'oignons doux et tapenade
チョリソを添えたイサキのポワレ 烏賊とピペラードのカネロニ仕立て
フヌイユの香る赤ピーマンのラヴィオリ


La Terre
Déclinaison autour du cochon de lait,
le carré rôti, boudin noir en chapelure d'épices,
gratin de pomme de terre nouvelle au macis
ピレネー産乳飲み仔豚の背肉のロースト
スパイスの香るブータンノワールとポテトのグラタン仕立て


Gourmandise
Savarin au macvin du Jura et à la pêche,
crème glacé à la verveine fraîche
桃のサヴァラン マクヴァンの香り
ヴェルヴェーヌのアイスクリーム

★まるくんの差し替え
Aile de raie des c?・tes fran?・aise ?・ la tomate confite et combawa,
bouillon au lait de coco, l?・gumes saut?・ ?・ l'huile d'olive et baselle
フランス産エイのポッシェとトマトのコンフィ
ココナッツのブイヨンとこぶみかんの香り夏野菜のオリーブオイルソテー

★彼女に選んだ差し替え
Fines feuilles de chocolat amer et noisettes en dacquoise
dans l'esprit d'une Fot?・t Noire, sorbet griottes
チョコレートとヘーゼルナッツのフォレノワール仕立て
グリオットチェリーのソルベ




そして持ち込みで選んだワインは

★ブリューノ・デゾネイ・ビゼイ/ ヴォーヌロマネ レ・ボーモン1999年

「ブリューノ デゾネイ ビセイは、日本ではあまり知られていないのですが、ワイン アドヴォケイト誌などでも絶賛されている、知られざる優良生産者の1人です。
現当主であるブリューノ・デゾネイ氏は、1975年に彼の妻の祖母が所有していたフラジェ エシェゾーの2haの畑で分益小作による開墾から始めました。
1994年の義祖父母の引退時に引き継いだ畑と個人で購入した畑を合わせて5つの村に約6haを所有し、実直で真面目な性格のデゾネイ氏は伝統的な手法でクラッシックなワインを造っています。
畑の土壌は主に粘土石灰質で、仕立ては片翼式ギュイヨ方式で1株につき8房に制限しています。
樹齢の古い木がとても多く、凝縮した葡萄が収穫されます。
また、ブリューノ・デゾネイ氏は植物保護の地方局と連携しながら、畑の手入れをリュット レゾネで行っています。
葡萄の収穫は手摘みで100%除梗し、アルコール醗酵は合成樹脂タンクで自然酵母によって15日から21日間行われます。
その後、空圧式圧搾機でプレスされ、樫樽で18か月熟成されます。
33%が新樽で残りは1年から20年樽になります。フィルター、コラージュは行わず、ロウソクを使ってスーティラージュします。
リッチで複雑味があり、
またタンニンも柔らかくバランスに取れていて、
ミネラルも感じられるワインです。


さあ、天を駆けて渡ろう、至福のひとときを――


パイナップルと夏みかんの出会いの終着駅にて、今日はお互い「最中」を交換という、これまた偶然の重ねわせに、またまた微笑まずにはいられない完結を迎えた。



「あ」から「うん」 二対の獅子像。

最期に、その人は難波橋南詰の獅子像の前に佇んでいた。

そのひとは、立つ姿の佇まいも生きる姿勢も「まんま」とても美しい。 これからも「世界に」少しでも光をあてていくことを願い。

彼女は北浜駅から「彼女の帰るべきひとびとの元へ」と帰っていった。

今日、私にはまた別の「物語」、一滴の出会いがあった。
ル・ポンド・シエルのそれは美しいレセプショニストおふたりにも出会えたのだから。



さ、あ、ワタシも帰ろう、美しいひとの元へ!!

難波橋南詰から北詰へ渡り、「ユニッソン・デ・クール」のあのひとに会いに♪


あれ、?@@ そこ、、、まるくん違うだろ?

崇高な文章にもちゃんとオチがあるところが我がジンセイ=旅路♪



てへ


これ;って いつかに、、、、

つづきます(笑w


メゾン エメ ヴィベール 広尾 /シャンベルタン 1993 ルイ・レミー

2013年12月04日 19時25分28秒 | Weblog






エメ ヴィベール

白い薔薇のこと

ハニーと同じ屋根の下飽きること(もあるが)なく20年

1993年
新婚旅行の地に選んだエジプトの地、、

そこでさまざまな薔薇に出会った
まさしく薔薇を巡る旅

「10月のバラ」を草上したのが1996年

そして昨年の今日
大阪で「ファラオ展」とハジメレストランでのバラのプレゼント



こんかい、ブランマンジェとオマール海老のサラダ仕立て

トップの画像をみてもわかるとおり今日のハニーの衣装とピッタシ
色合いが重なって
そんな偶然を「偶然とだけにせず」読み取ってみようと努めてもみた
20年の色彩だったような気がしている
そんなことが「旅の本質」のはずだ。

彼女のこの一皿、またまた偶然だがスパイシーなソース。
地中海と砂漠が交じり合った風と香りがした。

そして「私たちだけの」キーワード、
薔薇とエジプト---


2012/5月

良質な肉質管理と絶妙の火入れのラカン産仔鳩のメイン終え、怒涛のデザート攻撃がはじまる。
その前哨にちょっぴりサプライズのハニーのお誕生日プレート。
こういうときってすべての女性が女の子、になるんだよね。
深紅のバラも添えられて。
食卓にバラ?
突然、デジャビューが襲ってきた。


1993年10月

「――――エジプトを離れる時間は刻一刻と近づいている。
もうすぐ明け方前のアッザーンが聞こえてくるはずだ。
静かに窓を開いた。闇のなかにポプラの木が浮かんでいる。    
静寂ななかにも激しい音がどこからともなく流れてくる。寄せては返す波のように--。 
今からでも、あの広場に舞い戻りたい激しい衝動にかき立てられた。      
誰かが体を揺り動かすかのように―――――。                  
 しかし、そのとき目にしたもので自重した。もう一つの「物語」はいらない。 
目で見やったのは妻が眠っているベッドのシーツだった。           
真っ白なシーツの上には、もうすでにしおれかけたバラがあった。         

もうひとつの物語―――――
真っ白なシーツの上には、鮮やかなバラがあった。

「いっつもバラね・・・・・・・」
いつだったか妻が呟いた 言葉が蘇った――――― 」

肥後橋のレストランの一角でエジプトの風が吹いた。
そういえば私たちは今朝、カイロ博物館蔵のツタンカーメン展を訪れたばかりだった。
「いっつもバラね・・・・・」
いつだったかエジプトのある町のあるレストランで呟いた妻の微笑みが蘇る。
私にとってはハニーと出会って以来ずっとバラに囲まれていた気がする。
ハニーに感謝したい。


2013年 5月


今年巡り合って20年

食卓にまた薔薇があった。

はじめての白い薔薇・・・・・・・・・・・・・・・


**************************

東京への20周年記念の旅もここが終焉

恵比寿駅から歩いて10分。。。

そこは標準時間

お荷物ハニーに

大荷物みのたん、付きでは、はぁはぁ。。。。30分

つきましたはここ、恵比寿じゃなくって広尾なのね@@

アタシの大学のすぐそこだったのは後で知ったこと

広尾、南麻布、このあたりが一番土地感もなく弱いのねよね・・・・
だって電車ないもん、セレブの街だもん・・カンケイナイシw

で、今日の祝宴はメゾン・エメ・ヴィベール

ここ、恵比寿にあったエルガーハウス経営の式場レストラン

ほんとうは麹町のエメーヴィベールに行きたかったんだけど、ほらアソコハ週末もろパーティーづくし
庶民には縁がないのよね

もう3回も断られたし!
二度と行く気ないし!

でも、もっとサプライズはハニーよね!

1993年のシャンベルタンを事前にソムリエにキープしてもらってたんだけど、

「○○(長女)が生まれたのが1994年じゃけん、え?結婚した年かいなぁ?」

え?聞きまして?!!
信じらぁ~~らないような切り返しに
こっちのほうが随分サイプライズでしたともwええ、ワルイ意味でw

ルイ・レミー1821年から6代続く由緒あるドメーヌです。現在の当主「シャンタル・レミー」は熟成したブルゴーニュ・ワインに人一倍のこだわり持つ女性。彼女は「ピノノワールは繊細でエレガントです。だからこそ、熟成させてから飲んで欲しい」といい毎年約半量のワインをストックし飲み頃を待って少しづつリリースするという伝統的な方法を続けています。
1989年に所有畑の多くをドメーヌ・ルロワに売却。しかし最上の区画を残しワイン造りをつづけています。歴史ある由緒正しき生産者なので 良い年ほど多くのストックを熟成させて、そのスタイルはとてもクラッシックでフィルタリングもせず、新樽も30%と控えめ。あくまでもテロワール重視の姿勢を崩しません。そして熟成すればするほどそのワインの魅力を堪能できます。  
モレ・サン・ドニ村に1821年に創業、現在の当主「シャンタル・レミー」は熟成したブルゴーニュ・ワインに人一倍のこだわり持つ女性。彼女は「ピノノワールは繊細でエレガント。だからこそ、熟成させてから飲んで欲しい」といい、数十年前から毎年生産数の約1/3をよけて置き、飲み頃だと判断してから売り出します。彼女のワインは非常にクラシックなスタイルで、フィルタリングもせず、新樽も30%と控えめ。そんな彼女の造るシャンベルタンは標高が高い所に畑があり、その一部は丘の頂上部の林の中にも入り込んでいます。日照が林によって遮られるため、造られるワインは、シャンベルタンの力強さだけではなく、繊細さも強調され、ルイ・レミーならではの昧わいになっています。今回はまさに飲み頃を迎えた1986年です、「熟成したピノノワールの素晴らしさを感じて欲しい!」 そんなルイ・レミーが自信を持ってリリースするシャンベルタンの奥深さを十分にお楽しみ下さい。 


さぁ!
奥さん
20周年 1993年のシャンベルタンとともに開演です。

あ、みのたん暴れないでくれましよ・・・・・・・・・・


さ、ここがすんだらあとはオウチに帰ろうね♪




シグネチャー マンダリンオリエンタル東京 ハニーと結婚20周年記念

2013年11月13日 18時12分56秒 | Weblog








ハニーと一緒に暮らすようになって20年
まどろっこしいいつも言い方やめて素直に申せば(笑)結婚20周年
めでたいですか?
ええ、めでたいですもの
こうも性悪もとい性格違う、趣味異なる、生活習慣異なる、生活様式ことなる、親戚周りのタイプ異なる、信条異なる、
ついでに申せば「お互い好みのタイプが違う」w
そこをいっちゃあまるくん違うでしょ、もあり!なくらい違うふたりです。
でも違うからなに?
そもそも同じなんてありえないのは人間のSaga
「異質」という名の「当たり前」のジンゼイをふたりで旅してきたわけです。
終着駅があるのかないのかはふたりにとってもそこは謎w

そんなふたりのお祝いにと選んだのが、東京ガストロノミーの旅
GWにおまけに今回、みのたんもお付きという無謀なスケジュール
5ケ月も前から淡々と練って、アチコチとメール。電話しまくり、情報収集に余念がない日々を
過ごしてきまっした。
今回の20周年、、、、都合3回もお祝いしてきましたが(爆
なんとハニーめ。1993年てなんの年か知っとるか?
と問うてなんと返答しましたか、、、

「○○(長女)が生まれたのが1994年じゃけん、え?結婚した年かいなぁ?」

え?聞きまして?!!
信じらぁ~~らないような切り返しに
こっちのほうが随分サイプライズでしたともwええ、ワルイ意味でw

で、今宵のガストロノミーはフレンチインスパイヤーダイニング シグネチャー
イン マンダリンオリエンタルホテル東京

東京いや世界随一のサービスを誇るホテルにお泊まりまでして、ついでにここのメインダイニングで
お祝い
なんともベタですが タシの精一杯のおもてなし

おもてなしといえば、こちらには4ケ月も前から(!)メールで何度もお願いごとをしてました。
その対応といい当日の対応といい、さすがはオリエンタルホテルと感嘆させられるものでした。
こちらシグネチャーのレセプショニストは世界一優秀だとアタシは断言します。
ええ?すでにおわかりだと思いますが、メチャクチャカワイイ♪レセプショニストのみなさんというのも大いに大いに加味しておりますがなにか?
やりとりのなかであるとき双方行き違いあり、お詫びのメールもいただきました。
もうチャラにしましょうとお伝えしたのに、、、当日はグランドマネーチャーやらグランドシェフやら
当方の席に挨拶に伺ってくださり、アシスタントマネージャーさんのつきっきりサービスやら
みのたんにホテルが始めようと試みる先行サービス受けるやらオプションのアラカルト料理は
インクルージングだわ、サービス料がないやらなんとも大会社の社長さんでしたっけアタシ?@@
という待遇にはなはだ反省と恐縮の至極
ハニーもそこんとこだけは
「なにがあったん?かなりびっくり」
とこちらのほうがサプライズだったかな、計算違いの(笑w

で、今回持ち込んだワインはこちら!

ピュリニーモンラッシェ レ ピュセル2005 ドメーヌ ルフレーブ

ルフレーブが誇る珠玉の最上プルミエ・クリュ』
ルフレーヴの1級畑の中で最も有名なのがこの『ピュセル』です。
特級バタール・モンラッシェに隣接し、並の特級であれば軽く凌駕するほどの出来栄えを誇ります。
深み、優雅さ、リッチさ・・・全てにおいてルフレーヴが何故これほどまでに称賛されるのか、はっきりと解る1本。ピュセルはピュリニィの一番南にあり、グランクリュのバタール・モンラッシェに隣接しています。プルミエ・クリュの中では、最も評価の高いもののひとつで、その品質は時にグランクリュに匹敵すると言われます。“処女”、そしてあのジャンヌ・ダルクのことを意味するピュセルから生まれるワインは、とてもしっかりしたボディに華やかさ、繊細さを兼ね備えた、フィネスと表現するにふさわしいものです。6.7haのうち3haをルフレーヴが所有。

クロ ド タール 2005 モノポール ドメーヌ モメサン

~モメサン社~
1865年にジャン・マリー・モメサンによって創設。
約150年の歴史を誇り、ブルゴーニュ第3位の規模を有するネゴシアン。

ネゴシアン部門だけでなく、モレ・サン・ドニ村にある
単独所有(モノポール)のグラン・クリュ「クロドタール」は世界的な名声を得ています。
フランスのワイン評価誌「クラスマン」では数少ない三ツ星生産者!

1855年コートドールの格付けにて、特級として選ばれた畑を、
創業者の孫アンリ・モメサンは1932年に購入しました。
(1125年にディジョン近郊「ノートルダム・ド・タール」の修道尼達が、この地で
「囲い畑(クロ)」を作り、革命で没収されるまで所有。細分化はありません)

1995年より名手アンリ・ペローの後任として、アンリ・ジャイエに師事した
シルヴァン・ピティオを醸造長に迎え、評価が急上昇。
同氏はブルゴーニュ地勢図の執筆に携わったテロワール博士であり、
偉大な醸造家の一人に挙げられます。

ブルゴーニュ モレ・サン・ドニ村(モノポール)Bourgogne Morey-St-Denis
●モメサン クロ・ド・タール Mommessin Clos de Tart 

リーデル・エクストリーム ブルゴーニュを使用し、
トップノーズはイチゴ、カシス次いでシナモン、甘草、ダージリン、無花果。
樽熟成によるバニラのヒントも静かに寄り添う。

晩秋に収穫した赤い果実の完熟感を、酸と大地のミネラルが支え、
時を経てタンニンも紐解け…驚くほど滑らか。

可愛さ、優雅なフィネス、清々しいアフター。
栓を抜いて直ぐに美味しいタイプながら2日目も簡単に落ちません。
セラーに収納し微笑むだけではワインに失礼というもの。

果実味の希薄なブル赤をエレガントと誤魔化す風潮に疑問をお持ちの方、
クロドタールは期待に応える(見かけ倒しではない)1本でしょう。

銘酒クロ・ド・タールが貴方を待っている…


さ、あこの祈念もとい記念日に選んだ究極の2本!

誰です?
この前3月にメゾン ド ジル 芦屋で
究極の2本 フォラン アルベルのロマネ サン ヴィバンと
かのシャトーディケム1988年を開けたばっかりでしょ?と突っ込む貴女は?w

では、シグネチャーでのディナー開演です

お店のHPより

ミシュランガイド東京が初めて発行されてから6年連続で1つ星に輝く、軽やかなテイストのコンテンポラリーフレンチキュイジーヌ。メトロポリスの壮大なパノラマを一望する37階に位置し、シルバーで統一されたエレガントな空間は、大切な方とのアニバーサリーにも、重要なご接待にも、ご満足いただけるラグジュアリーなひとときを演出いたします。

大手町や皇居、新宿方面を一望するダイニングエリアのほか、シェフズテーブルとして8名様までご利用いただけるプライベートルーム、銀座から東京湾、大手町・丸の内に面する2方向の眺望を欲しいままにするセミプライベートスペースもございます





レストラン ラ フィネス LA FINS 新橋 ヴォーヌ ロマネ レ ショーム フランソワ ラマルシュ

2013年11月02日 18時23分58秒 | Weblog








今晩はハニーと(おまけコブツキみのたん)と結婚20周年記念第2弾!
え?第6弾までこの先予定してますが・・・なにか

今宵は、ジャーナリスト一押し東京随一の新進気鋭の「ラ フィネス」
シェフは8歳から料理人を志し、18歳にして渡仏、12年間もの間独学でフランス料理を学んだ、、というか経験してきたそうなw
あくまでも独学・・・・・を強調だそうで、そのへん鼻っぱしの強さは料理にも態度にもでてしまいますようで、、、、、
今回の東京ガストロノミーの一夜に組み入れようと、「みのたん付きでよろしく」と、事前にシェフに直談判。
悪い予感はいつも当たるもんで(笑
ま、ただし
「騒がない、机の上に立たないならぜひ歓迎します」
という心ある返信に「はい、おくゆかしい田舎の娘なので大丈夫です」と返答。
たのむぞ、みのたん(爆
調子に乗ってメニューもあらかじめ主張しまくり。
シェフ得意の「小鳩とオマール海老のシヴェ仕立て」は必須
魚はハニーは黒あわびで、アタシは代替えで「リドヴぉー」付け合せはセップ茸や京都福知山の筍がいいな!
春だしホワイトアスパラも!
岩牡蠣食いてぇ~
フォワグラの冷製 オックルテールのコンソメトリプル仕立て パンディピスの香り・・・・これは絶対!
デザートは別々のものを!

まぁ、注文の多い料理店ならぬ注文過多な招かれざる客でございます。

楽しみに指折り数えて2ケ月半、、、、、、、、、

午前中、鎌倉・湘南と欲張ったスケジュールに計画より2時間遅れで
東京駅、大忙しでホテルにチェックインするもその時点で7時。
大勢のスタッフで切り盛りするお店でないことは承知なので申し訳なく電話。
快く受け入れて下さりまずは一安心。でもぐずるな、そこでみのたん。

ようやく新橋。
メトロポリタン丸の内から東京駅、向かうはオジサマの聖地、新橋鳥の森口
西新橋商店街のケムリモクモク焼肉屋、居酒屋、焼き鳥屋のひしめく商店街を抜けると、そこにグルマンの聖地がビルの地下に佇みます。



さてさていつもどの店でも同じように味の感想なんぞは割愛ですが、今回、会計だけはちょっと分け知らないと引きますよ・・・・
ええええええ!引きますともっ!
比較的安いワインを2本選んだとはいえ、ロブションのディナー並価格になります。
うちの家族の2ケ月分の食費が消えた換算です(大粒涙。。。
しかも店自慢のチーズやプリフィクスコースのお茶とかだとこれは別料金という面構え・・・
わずか16席、多くて約6組、夜のみ営業、日月完全休業、、、
ここが、懐のさみしい当方にとってはなんとも再訪に敷居が高いのが(といかもうありえませんg!)。
今回はここでリシュブールを。。。と夢見てたのに


今回、ワイファイで飛ばすアイポッドのワインリストから選んだのはこちら

★ローテンブルグ ベルグハイム 2005 マルセル ダイス

マルセル・ダイスのすごさは、何と言っても出来上がるワインの美味しさ!

私も数年前に初めて飲んだときの衝撃を今でも忘れることができません。あまりの美味しさに言葉を失い、それまでの常識がいっきに崩れていきました。

グラスに注いだ瞬間、トロピカルフルーツやハチミツの濃厚な香りが溢れ出し、一瞬でテーブル中が柔らかな香りに包まれます。グラスを動かすとトロリとしたワインに仕上がっていてビックリ。冷涼な気候のアルザスでどうやったらこれほど濃厚なワインができるんでしょう!? まるでムルソーやモンラッシェのように芳醇な香りを持ったワインができるなんて、本当に驚きました。

濃厚なフルーツの香りの奥からはアルザスらしいグレープフルーツのフレッシュな香りが顔を見せ、グラスを手に持つたびに万華鏡のように表情を変えて心をわしづかみにしてくれます。香りを楽しんでいるだけで時間が経つのを忘れてしまいますよ。

ロテンベルグとは「赤い丘」という意味。その名の通り、鉄分を含んで赤い土からリッチでふくよかな ワインが産まれます。口に含んだ瞬間、曇りのないピュアな果実味が一気に弾けて見事! 特級にも匹敵する複雑で深みのある1級ワインです。


★ヴォーヌ ロマネ レ ショーム 2007 フランソワ ラマルシュ

ブルゴーニュ最高峰の畑といえば誰もがロマネ・コンティを想像するでしょう。このロマネ・コンティとラ・ターシュに挟まれた稀有で最良の畑“ラ・グランド・リュ”を単独で所有しているのがこのドメーヌ・フランソワ・ラマルシュです。

 1936年、INAOがブルゴーニュの格付けを制定した時、このラ・グランド・リュは最良の立地条件を兼ね備えているにも関わらず一級に格付けされてしまいました。ボルドーのシャトー・ムートン・ロートシルトの例を引き合いに出さずとも、この格付けを覆すことは並大抵のことではありません。1980年代になり、現当主フランソワの申請を受けてINAOは、このラ・グランド・リュの畑の再査定を開始しました。土壌分析、隣接する特級ワインとの比較試飲、近隣生産者との面談などを経て1992年、遂に念願の特級グラン・クリュへと昇格を果たしました。

 原産地呼称が制定されて以降、ブルゴーニュにおいて一級から特級への昇格を果たしたのはモレ・サン・ドニのクロ・ド・ランブレイとこのラ・グランド・リュだけで、立地もさることながらフランソワ・ラマルシュの品質への努力が報われたと言えるでしょう。
赤紫を帯びた濃いルビーレッド。濃淡のローブは美しく落ち着いた色調、粘性は中程度より高め。香りには完熟したカシスや赤や黒のベリージャム、スミレ、アカシアの花、スパイス、燻したハーブのアロマ。加えて樽熟由来のバニラやロースト香、カラメル、なめし皮、腐葉土、紅茶などの香りが複雑性を与える。華やかさと甘さが凝縮された魅力的な芳香、気品がただよい、奥にはミネラルや温かな大地のニュアンスも。アタックはソフトで、シルクのようになめらかな舌触り。タンニンは豊かでキメ細かく、良質な酸味がバランスよく調和。エキス分が充実し、熟れた旨みが染み入るように口中を満たす。辛口にして心地よい甘みを伴い、ジューシーで濃厚な果実味だが溶け込んだミネラルやオークの要素がリッチで品の良い味わいに仕上げている。ふくよかで丸みのある立体的構造、コクを備えたフルボディ。優雅さと気品に満ちたヴォーヌ・ロマネにあって、柔らかで甘美な味わいから若いヴィンテージでも早くに楽しめるのがこの「ショーム」。偉大なるヴィンテージの恩恵を受け、ポテンシャルを感じさせる。


いや、ワイン は! おいしかったですよ。

みのたんは案の定寝てしまいまして

みのたんを抱えて退席しますかっ

おもっ><+

みのたんの体重の重みがなによりの幸せのホテルへの帰路でした

うちの夏みかんが・・・・・・・・・www

自分にとってはかなりのサプライズ・・・
昨日届いたらしい、うちの畑の夏みかんをアヴァン・デセールに




これ(だけが)おしかったのが残念でしたw




それとまさかサービス業を営む者とは考えられないようなできごとが先方から
後日ありましてw

決定的に浮かばれませんな