語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【読書余滴】新人に仕事をさせる心理学的技術 ~戦争の心理学~

2010年09月10日 | 心理
 当然ながら、兵士には同類である人間を殺すことには大きな抵抗感がある。第二次世界大戦中、75~80%のライフル銃手は、敵にまともに銃を向けようとしなかった。兵士の発砲者が15~20%ということは、校正者のなかに読み書きのできるものが15~20%しかいないようなもので、「仕事」にならない。
 上層部は問題に気づき、新しい訓練法が導入された。この結果、朝鮮戦争では発砲率が55%、ベトナム戦争では90~95%が発砲した。
 この驚くべき殺傷率の上昇をもたらしたのは、脱感作、条件つけ、否認防衛機制の3方法の組合わせだった。

(1)脱感作
 昔から兵士は、敵は自分とは異質の人間なのだ、家族もいないし、それどころか人間でさえない、と言い聞かせてきた。敵をジャップ、クラウト、グック、スロープ(東洋人)、ディンク(ベトナム人)、コミー(共産党員)と呼ぶとき、敵は自分たちとは違う人間だとみているのである。
 殺人の神聖視は、第一次世界大戦ではまず例はなく、第二次世界大戦でも稀れで、朝鮮戦争で増加し、ベトナム戦争時は完全に制度化されていた。
 アメリカで兵士が訓練されるところでは、「殺人の喜びを表すのに使われることばは、その響きの凄まじさに反して、たいていは無意味な駄法螺にすぎない。面白がって口にしているときでさえ、新兵たちはそのことに気づいている。それでもやはり、<敵>の痛みに対して新兵たちを<脱感作>するのに役立っているのだ。それと同時に、(これは先の世代にはなかったことだが)新兵たちはきわめて明示的にたたき込まれる--たんに勇敢であるだけでは、よく戦うだけではだめだ。目的は人を殺すことなのだと」。
 ・・・・このくだり、スタンリー・キューブリック監督映画『フルメタル・ジャケット』(1987年)を想起すればわかりやすい。
 
(2)条件つけ--考えられないことをする
 ふつうの人が抱いている殺人に対する根深い抵抗感を克服するには、脱感作のみでは不十分だ。
 (a)パブロフ派の古典的条件づけと、(b)スキナー派のオペラント条件づけが現代式訓練にとって重要だ。
 反射的かつ瞬間的に射撃する訓練は、まさに条件づけそのものだ。当たれば的はばったり倒れる。命中すれば、即座にフィードバックされるのである。他方、標的をすばやく正確に「とらえる」のに失敗すると、軽い懲罰(再教育、同僚の圧力、基礎訓練キャンプを卒業できないなど)が待っている。
 行動学的にいえば、射撃場に飛び出す人型は<条件刺激>であり、命中すれば的が倒れて即座にフィードバックが与えられ、<正の強化>が与えられる。命中分は後に二級射手記章に交換されるが、これは一種の<トークンエコノミー>(報酬として物品と交換できるトークンを与える療法)である。また、二級射手記章は、なんらかの特権や報酬(賞賛、公式の顕彰、3日間の外出許可など)を伴うのが通常である。
 <条件刺激>がいっそうリアルになると、兵士には訓練がますます面白くなる。訓練を積むことで、環境がどんなに変わっても条件づけられた反応が確実に引き出せるようになる。
 狙撃兵は、こうした技術を広く用いる。ベトナムでは敵兵をひとり殺すのに平均5万発の弾薬が使われた。しかし、同じベトナムで、アメリカ陸軍と海兵隊の狙撃兵は、ひとり殺すのにわずか1.39発しか使っていない。
 イスラエル国防軍の対テロリスト狙撃兵コースの訓練では、標的はできるだけ人間らしくしている。

(3)否認防衛機制
 基本的に、兵士は殺人のプロセスをなんどもくりかえし練習している。そのため、戦闘で人を殺しても、自分が実際に殺人を犯しているという事実をある程度まで否認できるのだ。
 現代式訓練を受けたフォークランド帰還兵は、「敵は第二型(人型)標的としか思えなかった」と語っている。
 アメリカの兵士も同じことをいう。いま撃っているのはE型標的(人型で緑褐色の的)であって、人間ではない・・・・そう自分に言い聞かせることができるのである。
 敵は人間ではなく、ただの的と考えるのだ。人間的なものを頭から締め出すことで、自責を感じないようにする。法執行官に武器をもって抵抗するような輩は、まっとうな人間の従う法規制や規則など屁とも思っていない連中だ。後悔を感じる必要はないのだ・・・・。
 ジョーダンは、このプロセスを「軽蔑の製造」と呼んでいる。犠牲者の社会的役割の否認および軽蔑(脱感作)、それに犠牲者の人間性に対する心理的な否認と軽蔑(否認防衛機制の発達)を組合わせた心理過程である。

(4)条件づけの効果
 フォークランド紛争では、英軍とアルゼンチン軍との間には、接近戦における殺傷率に歴然たる差があった。現代式訓練を受けた英軍には非発砲者はみられなかったが、第二次世界大戦式訓練を受けたアルゼンチン軍は、狙撃兵と機関銃手は効果的に発砲していたものの、一般のライフル銃手は無能だった。
 アメリカにも同様の例がある。ソマリアで、国連が追っていたモハメド・アイディド将軍をアメリカ陸軍レンジャー部隊が逮捕しようとしたとき、罠にはめられた。砲撃や空襲はおこなわれず、戦車や装甲車など重火器も米軍は持っていなかった。「これは現代の小火器訓練技術の有効性を比較する絶好の評価例である。さてその結果であるが、アメリカ側の死者は18名にたいし、ソマリア軍がその夜失った兵士の数は364名と見積もられている」。・・・・この事件、マーク・ボウデンによる詳細な報告があり、『ブラックホーク・ダウン』のタイトルで映画化されている。

    *

 以上、『戦争における「人殺し」の心理学』第33章は「ベトナムでの脱感作と条件づけ」、副題「殺人への抵抗感の克服」に拠る。

【参考】デーヴ・グロスマン(安原和見訳)『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫、2004)
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