<〈それは言だけで充分であり、そのとき食物も喜びも平和も光栄も技能も敬虔も真理も智慧も自由もあらゆる財も充ち溢れるばかりに所有する。そこでわれわれは詩篇において、その中でも詩第119篇から、預言者は神の言に向かってのほか何をも呼び求めないことを知るのである。また聖書では、神がその言を人間から取り去りたもうときに、これよりも恐ろしい災禍はなく神の最も激しい怒りとされ(アモス書8章11以下)、これに反して詩第104篇に「神はその言をつかわして彼を助け給うた」とあるように、神がその言を送りたもうたときよりも大いなる恩恵はないことが理解される。そしてキリストの来臨したもうたのは神の言を説教するという使命のためにほかならないし、またすべての使徒たち、司教、司祭と霊的階級(聖職者)の全体とが、ただ神の言のために召されまた立てられているのであるが、残念ながら今や事態は違ってしもうた。
(前掲書【注】、16頁)〉
神の言葉が大事なことはわかりました。では。われわれは神の言葉をどこで知るのでしょうか。
それは、聖書です。だから、聖書は世俗語に訳されなければならないわけです。そして、ルターは、聖書を読むことを奨励します。
ところで、2016年に公開されたマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙-サイレンス-』が話題になりました。しかし、プロテスタント的に見ると、論点がずれています。踏絵なんて、踏めばいいのです。あれは偶像に過ぎません。そのようなところで争う必要はまったくありません。それから、キチジローはなぜあれほどねちっこく、告解をするから聞いてくれとか、私の代わりに祈ってくれと言うのでしょうか。祈ることがあれば、自分で直接祈ればすむことではないですか。
ただし、遠藤周作の原作に対しても、本来のカトリックの考えからするとおかしいのでは、神学的に正しいのか、ギリギリのところでラインを外れているのではないかと批判する声もありますが、そのようなことはありません。カトリックでは、教会のヒエラルキーは絶対に守らないといけない前提です。したがって、教会以外に救いはない、という意味において映画『沈黙』はカトリックのど真ん中というべき作品です。>
【注】マルティン・ルター(石原謙・訳)『新訳 キリスト者の自由・聖書への序言』(岩波文庫、1955)
□佐藤優『「日本」論 --東西の“革命児”から考える』(KADOKAWA、2018)の「第二講 改革と革新の源流」の「映画『沈黙-サイレンス-』をプロテスタント的に語る」を引用
【参考】
「【佐藤優】創価学会のドクトリンからすると靖国神社に英霊はいない」
「【佐藤優】宗教者の戦時下抵抗 ~大本教のスサノオ・オオクニヌシ信仰~」
「【佐藤優】亡くなっても魂にも個性がある/ウアゲシヒテ「原歴史」 ~「日本」論(6)~」
「【佐藤優】葬式は宗教の強さに関係する ~「日本」論(5)~」
「【佐藤優】紅白歌合戦の持つ大きな意味 ~「日本」論(4)~」
「【佐藤優】歴史的時間の「カイロス」と「クロノス」 ~「日本」論(3)~」
「【佐藤優】点と線の意味づけによって複数の歴史が生じる ~「日本」論(2)~」
「【佐藤優】江戸時代の「鎖国」は反カトリシズムだった ~『「日本」論 --東西の“革命児”から考える』~」
(前掲書【注】、16頁)〉
神の言葉が大事なことはわかりました。では。われわれは神の言葉をどこで知るのでしょうか。
それは、聖書です。だから、聖書は世俗語に訳されなければならないわけです。そして、ルターは、聖書を読むことを奨励します。
ところで、2016年に公開されたマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙-サイレンス-』が話題になりました。しかし、プロテスタント的に見ると、論点がずれています。踏絵なんて、踏めばいいのです。あれは偶像に過ぎません。そのようなところで争う必要はまったくありません。それから、キチジローはなぜあれほどねちっこく、告解をするから聞いてくれとか、私の代わりに祈ってくれと言うのでしょうか。祈ることがあれば、自分で直接祈ればすむことではないですか。
ただし、遠藤周作の原作に対しても、本来のカトリックの考えからするとおかしいのでは、神学的に正しいのか、ギリギリのところでラインを外れているのではないかと批判する声もありますが、そのようなことはありません。カトリックでは、教会のヒエラルキーは絶対に守らないといけない前提です。したがって、教会以外に救いはない、という意味において映画『沈黙』はカトリックのど真ん中というべき作品です。>
【注】マルティン・ルター(石原謙・訳)『新訳 キリスト者の自由・聖書への序言』(岩波文庫、1955)
□佐藤優『「日本」論 --東西の“革命児”から考える』(KADOKAWA、2018)の「第二講 改革と革新の源流」の「映画『沈黙-サイレンス-』をプロテスタント的に語る」を引用
【参考】
「【佐藤優】創価学会のドクトリンからすると靖国神社に英霊はいない」
「【佐藤優】宗教者の戦時下抵抗 ~大本教のスサノオ・オオクニヌシ信仰~」
「【佐藤優】亡くなっても魂にも個性がある/ウアゲシヒテ「原歴史」 ~「日本」論(6)~」
「【佐藤優】葬式は宗教の強さに関係する ~「日本」論(5)~」
「【佐藤優】紅白歌合戦の持つ大きな意味 ~「日本」論(4)~」
「【佐藤優】歴史的時間の「カイロス」と「クロノス」 ~「日本」論(3)~」
「【佐藤優】点と線の意味づけによって複数の歴史が生じる ~「日本」論(2)~」
「【佐藤優】江戸時代の「鎖国」は反カトリシズムだった ~『「日本」論 --東西の“革命児”から考える』~」







