語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【エネルギー政策】失敗続き、税金ムダ遣いの経産省 ~サンシャイン計画~

2012年05月25日 | 社会
 1973年の第一次オイルショックを機に、エネルギー問題とそれに付随する環境問題を抜本的に解決するため、長期エネルギー開発計画が開始された。「サンシャイン計画」だ。
 基本方針には、<新エネルギーについて、1974年から2000年までの長期にわたり総合的、組織的かつ効率的に研究開発を推進することにより、数十年後のエネルギーを供給することを目標とする>とあり、太陽、地熱、石炭、水素エネルギー技術の4つの重点技術の研究開発が産官学によって進められた。
 1978年には、サンシャイン計画に関連して、省エネルギー技術の開発を目的とした「ムーンライト計画」が発足。
 1979年からは、地球環境技術開発にも着手した。
 当時、これらの計画を策定し、所管していたのは通商産業省工業技術院(現・独立行政法人産業技術総合研究所)だ。
 大プロジェクトだけに、予算規模は半端ではなかった。1992年までに、サンシャイン計画に4,400億円、ムーンライト計画に1,400億円、地球環境技術開発にに150億円が注ぎ込まれた。 

 成果はどうか。
 (a)太陽熱発電・・・・日照時間の長さから香川県仁尾町(現・三豊市)に、①平面ミラーによるタワー集光型太陽熱発電装置と、②曲面ミラーとパラボラミラーによる集光型太陽熱発電装置とが設置された。が、出力が計画値を大幅に下回ったため、結局、廃棄された。お粗末なことに、失敗した原因はしっかり究明されていない。
 (b)地熱発電・・・・1977年、岐阜県焼岳で、高温岩体発電(地下に高温の岩体が存在する箇所を水圧破砕し、水を送り込んで蒸気や熱水を得る)の実験が開始されたが、これまた成果らしい成果をあげていない。

 民間の研究開発なら、結果がでなければ計画は打ち切りになる。
 が、工業技術院は、1993年、前記3つの計画・体制を一体化し、「ニューサンシャイン計画」を発足させた。最大限の努力を織り込んだ場合の技術ポテンシャルとして、2030年の日本のエネルギー消費量の3分の1、二酸化炭素排出量の2分の1の削減に貢献することが期待された。
 当時、この計画の実施に必要とされた研究開発費は、1993年から2020年までに1兆5,500億円(550億円/年)と見込まれた。
 結果は、これまた計画倒れに終わった。だから、原発事故後、今さらのように再生可能エネルギーの促進が叫ばれているのだ。
 しかも、ニューサンシャイン計画は完全に打ち切りになったわけではない。その名はなくなり、予算規模は縮小したが、いまも関連の独立行政法人、特殊法人には関連予算が注ぎ込まれている。

 SPEEDIとサンシャイン計画に共通するのは、いずれも危機を口実に開始された点だ。
 霞が関は、東日本大震災も、最大限に利用しようとするだろう。 

 以上、高橋洋一(元大蔵相理財局資金企画室長)『財務省が隠す650兆円の国民資産』(講談社、2011)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン



コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【原発】事故直後に東京から... | トップ | 【官僚】利権拡大の常套手段... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

社会」カテゴリの最新記事