語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】文部科学省の愚と憲法違反 ~竹富町教科書問題~

2014年05月12日 | ●片山善博
 (1)文部科学省は、沖縄県竹富町に対し、中学で使用する公民の教科書を別会社のものに変えるよう、地方自治法に基づき「是正の要求」をした。
 「是正の要求」は、国の自治体に対する関与類型の一つだ。自治体の事務処理が法令の規定に違反しているときなどに限り認められる。ただし、地方自治法上、国の関与は「是正の要求」を含めて「必要な最小限度のもの」であり、かつ、自治体の「自主性及び自立性に配慮しなければならない」。国の謙抑的態度が求めてられているのだ。
 このたびの文科省の「是正の要求」は、竹富町が「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(教科書無償法)」に定められた方式によらないで教科書を採択したこのが違法である、との認識【注】に基づいている。
 
  【注】小中学校で使用する教科書は、都道府県教育委員会が設定した「教科書採択区」ごとに、地区内の自治体が協議してそれぞれの科目で同一のものを使用しなければならない。竹富町は近隣の石垣市及び与那国町とともに一つの採択地区に属しているが、他の2市町とは異なる教科書を使用している。これはけしからん、というのが文科省の言い分だ。

 (2)文科省の対応は実に奇妙だ。鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いんや。
 しかも、竹富町に割かれる理由などないのだ。にも拘わらず、文科省は大きな包丁を振りかざしてる。
  (a)義務教育などの基本を定めた「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地方教育行政法)」では、公立小中学校で使用する教科書を選定する権限は、市町村の教育委員会にある、とされている。同法によれば、竹富町が単独で教科書を採択したことに何ら問題はない。
  (b)一般に、法律間に齟齬や矛盾があって紛争が生じたい場合には、司法が適用されるべき規定の優先劣後を決める。その際、判断基準としては、例えば同じレベルの法律間であれば、「後法優越の原則」が適用される。
  (c)しかし、①地方教育行政法と②教科書無償法では、決して同一レベルの法律ではない。①は、その第1条にもあるとおり、自治体における「教育行政の組織及び運営の基本を定めることを目的」とする基本法だ。②は、教科書の無償措置の手順などを規定した個別法に過ぎない。②が①の規定を排し、それに替わって別の規定を適用する旨明示しているならともかく、基本法を優先するのが素直な解釈だ。
  (d)加えて、地方自治の大原則を規定する憲法第92条は、自治体の組織や運営に関する事項を定める法律は、「地方自治の本旨」に基づかなければならない、としている。「地方自治の本旨」とは、自治体の主体性と住民の意思を最大限尊重する、という意味だ。つまり、自治体の主体性や住民の意思を蔑ろにするような法律を作ることはまかりならん、と憲法が国会や政府に命じているのだ。この憲法原理からしても、相互に矛盾する内容を含む2つの法律(c)-①と②の規定のうち、自治体の主体性を損なう内容の(c)-②の規定ではなく、自治体の主体性を認めている(c)-①の規定の方が優先されるべきは明白だ。
  (e)報道によれば、竹富町は「教科書採択区」での「協議」を経ないまま教科書を選定したわけではない。協議したものの、それが他の2市町との間で整わず、やむなく独自に採択した、という経緯らしい。(c)-②には、協議が整わなかった場合の解決法は示されていない。協議は、評決や議決とは異なるから、多数決にはなじまない。くじ引きやじゃんけんも論外だ。そんなときは、原点に戻り、協議を閉じてそれぞれの市町村で責任を持って決めるとするのが常識的な解決方法だ。であるならば、仮に(c)-②に従ったとしても、竹富町の行為は避難するに値しない。しかも、竹富町が採択しているのは、文科省お墨付きの検定済み教科書だから、検定制度の是非はここではさて措き、この点でも問題は無い。

 (3)以上のような事情と背景がありながら、相矛盾する2つの法律のうち効力のない方の規定を盾にとり、臆面もなく小さな自治体に「是正の要求」を突きつける文科省は、理性と冷静な判断力を欠いている、というほかはない。

 (4)教科書無償措置の目的は何か。それは、憲法第26条の規定「義務教育は、これを無償とする」を具現化するものだ。それは、決して近隣の市町村と同一の教科書使用を義務づけることではない。
 瑣事に躍起になっている間に、文科省は大切なことが分からなくなっている。竹富町の生徒に教科書無償措置を停止していることで、
  (a)憲法第26条の義務教育無償原則に違反し、
  (b)竹富町の中学生を他の地域の中学生と異なる扱いをする点で憲法第14条の法の下の平等原理にも、国として違反している。
 それは、町の無償措置があっても変わらない。
 竹富町に非があろうとなかろうと、役場いじめのとばっちりを無辜の中学生に負わせていいはずがない。子どもたちを大事にすべき文科省が、その子どもたちを巻き添えにしてはばからない姿は、愚かで浅はかというしかない。

□片山善博(慶大教授)「竹富町教科書問題をめぐる文部科学省の愚 ~日本を診る 56~」(「世界」2014年6月号)
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