語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】中野利子『外交官E・H・ノーマン その栄光と屈辱の日々1909-1957』

2016年01月20日 | ノンフィクション
 (1)日本で生まれ、日本で育った日本史家にしてカナダの外交官、E・ハーバート・ノーマンの評伝である。1990年刊の『H・ノーマン--あるデモクラットのたどった運命』全体の手直しに加えて、ノーマン復権を伝える終章が追加された。
 全体のなかば近くの紙数が、マッカーシズムによる圧迫とそれによるノーマンの反応、そしてノーマン評価の変遷に割かれている。

 (2)ノーマンは、ナセル大統領がスエズ運河国有化宣言を行った3週間後に、エジプト大使兼レバノン公使として赴任した。英仏そしてイスラエルの侵攻によるスエズ危機は、カナダの首長レスター・ピアソンが国連臨時総会で創設を提唱した国連緊急軍(UNEF)の派遣により沈静した。カナダは積極的中立を唱えて英国と距離をおき(ミドル・パワーの外交政策)、真っ先に自国の軍隊を派遣したのである。
 ピアソンはその功によって後にノーベル平和賞を受ける。現地でピアソンを支えたのがノーマンであった。

 (3)不眠不休の努力が実り、中東に平和が訪れたちょうどその時、米国でノーマンの告発がはじまった。
 激務がもたらしたストレスがいわれなき避難に対する抵抗力を奪った、というのが著者の解釈である。

 (4)自決に至る最後の20日間の叙述は、関係者の証言に基づいているだろうが、小説もどきの臨場感を現前させている。
 著者は、その父親、奔放な文体の持ち主の中野好夫に似ない淡々たる語り口でノーマンの生涯をたどっているが、晩年を記す段になると記述はにわかに生彩を帯びる。

 (5)それにしても、米国上院司法委員会治安小委員会(SISS)による事実歪曲のメカニスムは、読んでいて慄然とする。
 マッカーシーたちは、最初に結論を設定し、結論に導く証拠を探しだそうとしているのだ。
 共産党員であることが、それだけで罪であるかどうかという問題を脇においても、多くは冤罪だった。
 マッカーシー一派は、人心に漠然たる恐怖を植えつけることによって、事実をねじ曲げる操作を強化した。その結果、告発する側に権力をもたらし、告発される側に過大な重圧をもたらした。
 不当な重圧は、ナイーブな人間を生死の選択に追いやる。ある晴れた日にビルの屋上から身を躍らせたノーマンのように。

 (6)最大多数の幸福は、いっぽうでは多数の圧制となり、個人やマイノリティ・グループに対する不当な抑圧を生む。
 それは、今日の日本にも厳然として存在する事実である。

□中野利子『外交官E・H・ノーマン その栄光と屈辱の日々1909-1957』(新潮文庫、2001)
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