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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】なぜ神父は独身で牧師は結婚できるのか? 500周年の「革命」を知る ~マルティン・ルター『キリスト者の自由』~

2017年05月02日 | ●佐藤優
 (1)今年は、ルターが「95箇条のテーゼ」を1517年に発表してから500年にあたる記念の年だ。ちなみに、「宗教改革」はプロテスタント側の呼称で、カトリック教会は信仰分裂と呼んでいる。
 「95箇条のテーゼ」は、キリスト教神学に詳しい人でないと読んでも意味がよく分からない。一般の読者には、ルターが1520年に公刊し、当時のベストセラーとなった『キリスト者の自由』の方が親しみやすい。

 (2)カトリック教会は、人間が救済されるためには信仰と行為が必要だと説いた。
 これに対して、ルターは「信仰のみ」を強調した。この主張は、「心の中できちんとした信仰を持っていることが重要で、行為は関係ない」と誤解されることが多い。ルターの真意は、信仰があるならば、それは必ず行為として現れる。信仰即行為なのだ。信仰と行為が分離可能であることが前提に構築されているカトリック教会の発想(「信仰と行為」)自体を批判したのだ。
 プロテスタントの考えだと、人間が善行をいくら積んでも救済とはつながらない。善い、義(ただ)しい行為が、善い義しい人を作るという発想を拒否し、ルターはこう述べる。
 <善い義しい行為が決してもはや善い義しい人をつくるのではなく、反対に善い義しい人が善い義しい行為をなすのである。次には、悪い行為がもはや決して悪い人をつくるのではなく、悪い人が悪い行為を生ずるのである。つまりどんな場合にも人格が、あらゆる善い行為にさきだってあらかじめ善且つ義しくなければならないのであり、善い行為がこれに従い、義しい善い人格から生ずるのである。
 キリストが「悪い木がよい実をならせることはないし、よい木が悪い実をならせることはできない」と言われたのが(マタイ伝福音書7章18)、まさにこれである。もとより果実が木を結ぶのではないことは当然であるが、木も果実の上に生ずるのではなく、反対に木が果実を結び、そして果実が木にみのるのである。そこで木は果実よりもさきになければならないので、果実が木を善くも悪くもしない。反対に木が果実を善くも悪くもする。そのように人は善いまた悪い行いをする前に、その人格においてまず義しくあるいは悪くあらなければならない。そして彼の行いが彼を善くしたり悪くしたりするのではなく、彼が善いあるいは悪い行いをするのである>

 (3)では、善い人格はどのようにして生まれるのだろうか。人格が人間の努力や行為とまったく関係しないとするならば、善い人格はその人が生まれる前から、神によって定められていないとならないことになる。こうして、救われる人はあらかじめ選ばれているという「予定説」がプロテスタンティズムの人間観を形成する。
 これはエリート主義とつながりやすい。
 もっとも、「私は選ばれているので、救われるために何もしないでよい」という発想をプロテスタントは取らない。このような発想をする人は、選ばれていないのである。選ばれている人は、そのことに感謝して、一生懸命働いて、隣人のために尽くすことで、神に喜ばれるべく努力しなくてはならないのだ。だから、プロテスタントは勤勉になる。
 
 (4)カトリック教会の聖職者(神父)は独身だ。
 これに対して、プロテスタントには聖職者という概念がない。牧師も他の一般信徒(平信徒)と同じ人間で、聖なる存在ではない。だから、結婚を禁止しない。ルターは、すべての信徒が祭司(神父)の能力を身につけ、万人が祭司となれば、結果として祭司という特別の職業はなくなると考えた。
 <然らばキリスト教界において、かように彼等がすべて祭司であるとすれば、祭司と平信徒との間には一体どういう区別があるのかと問う者があるかも知れない。私はこう答える。祭司とか僧侶とか聖職者とかこの種の用語が一般の人々から取りのけられて、今や聖職者階級と呼ばれる少数の人々にしか適用されなくなったという事実が、これらの用語法を不当ならしめたのであると。聖書には、学者たちや聖職者たちを単に奉仕者、僕(しもべ)、執事と呼んで、つまり他の人々に向かってキリストと信仰とまたキリスト教的自由とを説教すべき任務を負う者となしているだけで、それ以外に何の差別も認めていない。なぜならわれわれは成るほどすべてが同じように祭司ではあるが、しかしわれわれすべての者が奉仕し事務に携わり説教するわけにはゆかない。故にパウロはコリント人への第一の手紙第4章に「わたしたちは人々から、キリストに仕える者、福音の執事以外の何者とも思われたくはない」と語っている(4章1)。然るに今やその執事職から現世的外的な、輝かしい威厳ある主権と権力とが発生し、正当な地上の権威でさえどんな方法をもってしてもこれと匹敵することができなくなり、平信徒のごときはほとんどキリスト教的信徒とは別の者ででもあるかのようにされるにいたった。そのためにキリスト教的な恵みも自由も信仰も、またわれわれがキリストから受けるあらゆるものについての理解が全く失われ、キリスト自身さえも奪い去られ、その代わりとしてわれわれの得たのは夥しい人間的な律法と行いとに過ぎないで、われわれは全く地上において最もやくざな人たちの奴僕(ぬぼく)となってしまったのである>

 (5)そもそも、教会の説教者や世話係は、機能を分担しているにすぎなかったが、徐々に増長し、聖職者と呼ばれる特権階級をつくり、教会を「やくざ組織」に変えてしまったのだ。
 このような教会から離脱し、イエス・キリストが教えた原点にルターは立ち返ろうとしたのである。

□佐藤優「マルティン・ルター『キリスト者の自由』/なぜ神父は独身で牧師は結婚できるのか? 500周年の「革命」を知る ~名著、再び ビジネスパーソンの教養講座 第7回~」(「週刊現代」2017年月日号)
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