語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~

2014年03月26日 | ●佐藤優
 (1)プーチンが3月18日に、クリミア半島の併合にあたって行った演説は、驚くべき内容だった。ロシアは自国の力を過大評価している、のみならず一方的に国際秩序を変えられると信じている。そうとしか思えない内容だった。
 米国に対する挑発的な言辞にはっきり表れている。
 米国は建国時、民族自決権に基づいて独立を宣言したのではないか。ドイツ統一のときも米国は民族統合を認めたではないか。クリミアの住民投票はおまえたち米国人と同じ価値観(民主主義)に拠って立つものだ。どこが悪いか、云々。
 非常に挑発的、露骨に帝国主義的な発想だ。

 (2)現在の状況は、第一次世界大戦直前の1914年によく似ている。ハンドリングを誤ると戦争になりかねない。
 東ウクライナや南ウクライナに住むロシア系住民までがロシアへの帰属を望んで、ロシア編入の是非を問う住民投票を行うことになったら、ロシアはやはり「自警団」を組織して周辺地域の安全を担保するだろうが、その「自警団」たるやロシアから派遣される軍隊だ。ウクライナ正規軍と衝突し、内戦に突入する可能性がある。
 事実、(1)の演説の夜、シンフェロポリ(クリミア自治共和国の首都)で銃撃戦が発生し、ウクライナ軍に1名死者が出た。
 非常時には、最前線で突っ走る兵士が必ず出てくる。かかる不測の事態を発端に、大きな戦争が始まるものだ。

 (3)ただし、現時点では米国がウクライナ新政権の後ろ盾となる保証はない。衝突が起きれば新政権が一方的に負けるだけだ。悪くすれば、こんどは東ウクライナにも親ロシア政権が誕生するかもしれない。
 ウクライナがNATOに加盟し、NATO軍が出てくる可能性もまずない。今のEU諸国に第三次世界大戦を戦う腹はない。

 (4)(1)のクリミア併合は、世界史的に見ても大きな事件だ。戦後初めて、大国が国際法に合致しない形で一方的に領土を拡大した。一連のウクライナ動乱は、冷戦的イデオロギー対立ではなく、領土をめぐる帝国主義的対立で、米露関係は落ち込むところまで落ち込むのは間違いない。
 ただし、今後米国がロシアに対してどこまで強く出るかは未知数だ。経済制裁の強化、ロシアへの情報・技術流出の防止を図ろうとしても限界がある。①米国内にはロシア系住民が多数いる。②これだけグローバリゼーションが進んだ世界で完全な経済封鎖は不可能だ。

 (5)問題はプーチンの頭の中がどうなっているかだ。プーチンは当初「ウクライナを併合しない」と言っていたが、「クリミアはウクライナに非ず」という論理でクリミアを併合し、さらにこれだけの強硬姿勢を見せている。もしかするとプーチンは当初からクリミア併合を視野に置いていたのかもしれない。
 ただし、何年も前から計画していたのではあるまい。現在のロシア経済の状況からすると負担が大きすぎるからだ。ロシアにとって必要なのは軍港(セヴァストポリ)と保養施設(ヤルタ)だけ。どうしてクリミア・タタール人の面倒まで見なきゃなんないんだ、というのが一般的なロシア人の感覚だ。
 では、なぜプーチンは勝負に出たか。最大の理由はナショナリズムだ。
 キエフ(ウクライナの首都)で反ロシア政権が成立し、ロシアを罵った。のみならず、ウクライナ東部・南部に加えてクリミアでもロシア語の使用を禁じる、とまで言い出した。「ロシア語を喋る公務員は皆クビにして、西ウクライナから新しく人を連れてくる」ということだ。
 これがロシア国民のナショナリズムを刺激した。「馬鹿にしやがって」というわけだ。
 クリミア併合に、実質的な意義はない。ロシアにとって国際的孤立を招く上に、支出だって増える。
 しかし、ナショナリズムとはそういうものだ。今回の出来事は、合理性では読み解けない。こういう時にはロシア人はどういう反応をするかを分かっていなければ、彼らの行動を真に理解することはできない。

 (6)EU諸国の中で、ロシアに特に強硬なのはバルト3国だ(リトアニア、エストニア、ラトビア)。この3国は国内にロシア系住民多数を抱えていて、ウクライナを「明日は我が身」と見守っている。

 (7)ドイツがロシアを宥めようとしているのは、ドライな理由からだ。経済制裁が実施され、ロシアからの天然ガス供給が止まると、最も困るのはドイツとイタリアだ。
 フランスには原発があり、イギリスにはノルウェーと共同開発している北海油田がある。ロシアからのエネルギー供給が止まっても、大打撃にはならない。

 (8)今回のクリミア併合で、プーチンは「領土不拡張」という戦後国際社会のルールを変えてしまった。北方領土交渉も仕切り直すしかない。
 仮に北方領土が日本に返還されても、ロシア系住民が「ロシアに帰りたい」と住民投票することになれば、クリミアと同様、ロシア軍が出てくるかもしれない。こうなると北方領土の非軍事化や日本人の移住計画まで考えなければならない。日本は根本的に戦略を見直すしかない。3月18日以降、世界は新たなフェーズに入ってしまった。

 (9)日本にとって、これからの課題は、ロシアと中国の接近をどう防ぐかだ。今回ロシアがクリミアで行ったような「力による現状変更」を、クリミアと違って無人島である尖閣諸島で中国が仕掛けてくる可能性もある。
 中東・東欧の二面作戦を強いられた米国が東アジアまで手が回らなくなり、中国が尖閣諸島の実効支配へ動けば、日本も東シナ海の防衛を強化することになろう。日本の先制を恐れた中国が、逆に先手を打つ形で尖閣に上陸するというシナリオもあり得る。
 解決策はない。中国との対話を絶やさない、ということに尽きる。

 (10)プーチンが強硬な姿勢を崩さない理由の一つに、プーチン政権の「宮廷化」が考えられる。
 ロシアの外務省や対外諜報省は、対外的には強硬なことを言う一方、内部では冷静に計算を巡らせている。しかし、今のプーチンは、かかる官僚組織とは異なる数人の「有力者」の影響で、国際政治の現実からかけ離れた意思決定をしているのではないか。その「有力者」の一例として、ロスネフチ(ロシア最大の国営石油会社)会長で、一昨年まで副首相も務めたイーゴリ・セーチンが考えられる。
 プーチンの下には正確な情報が入らなくなっているのではないのではないか。
 プーチン政権は、曲がったプリズムを通して世界を見ている。当然、国際社会から大きな反発をくらう。軌道修正を余儀なくされるだろう。のみならず、ロシア国内でも、このままでは危ないということに気づく国民が出てくるはずだ。
 いまロシア国民のプーチン政権支持率は70%超だ。これは「戦争に勝っている」からだ。長続きしない。
 ロシアには、今後本格的な経済制裁が待っている。他国との人的な交流も減る。ロシア人が米国やヨーロッパに行っても気分良く過ごせない。そうなれば、プーチンの政策に対して、国内から疑問の声が上がる。
  (a)そうしたロシア国民の声を叩き潰すのか。
  (b)受け入れて軌道修正するのか。
 今後注目すべきポイントだ。

□佐藤優「プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ」(「週刊現代」2014年4月5日号)
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 【参考】
【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~
【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~
【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
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