北大柔道部ログ

愉快な北大柔道部員による日々の記録
柔道部情報は「北大柔道部のすすめ」
予定は「今週の予定&お知らせ」より!!

さらば、インドよ。

2011-12-27 19:08:51 | 旅行
夜。ホテルのそばに映画館があるようなので見に行ってみることにした。

ぼろぼろの建物。チケットを買うと、二階に上がるように言われた。映画自体は古いもののようであった。

若い男が美女を悪党から救うという冒険活劇で歌アリ踊りアリの典型的なインド映画であった。

画像もひどく、しかもところどころカットして無理やりつないでいるようで話が急に飛ぶことが何度かあった。

観客はみな男で一階席はガラガラ。ヒロインが水着で水浴びするシーンで歓声が上がる。インドではお色気シーンでも水着まで。インド人たちはこれを見るために来ているのだろう。

翌日はインド門を見に行った。



第一次大戦で亡くなったインド人兵士の名が刻まれている。

ここで雲行きが怪しくなってきた。雨季のインドに来たが、これまで雨に降られなかった。どしゃぶりになった。

ひとまず木の下で雨宿り。インドの雨は短時間でさっとやむ。

その後、国立博物館に行った。古代からの様々な資料が収められている。教科書で見た仏像などもあり、面白かった。

もうすぐ帰らなければならない。そのまえにバザールでお土産を買わなくては。

ガンジーTシャツを発見。色違いで同期に買っていくことにした。店のおっちゃんが「日本人は皆このTシャツを買っていくね。そんなにガンジーは人気なのかい?」と驚いていた。僕はガンジーはすばらしい人であるといって、一着分タダにしてもらった。

さあ、お別れのときだ。振り返れば混乱しっぱなしの大変な旅であった。インドはゆっくりと時間をかけて旅しなければ、味わいきれないものであるとわかった。次はもっと長く来たいなあ。

大川は刺激的だったインド体験を噛みしめながら飛行機に乗り込んだ。翌日熱と下痢でダウンすることも知らずに。


僕のインド旅行記はこれでおしまいです。興味を持ったならぜひ一度御自分でインドを訪れてみてください。ここまでお読みくださりまことにありがとうございます。Grazie tutto!  ではでは Ciao!

年末だってのにふれという事なので、次は中岡チャンPrego! 

よいお年を! Buoncapodanno!
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印度、ララバイ

2011-12-27 08:58:39 | 旅行
さてさて再びデリーに舞い戻った僕。もう旅も終盤だ。

駅を出て、ホテルを見つけようと、自転車のリキシャーワーラーに声をかけた。

「クワリティ」というホテルへ向かってくれというと、今日は道が通行止めになっていて回り道になる。遠いからいけないといいだす。

するとそばをオートリキシャーが通りかかり止った。向こうの運転手もこっちの運転手もなにやらオートのほうに乗れといっているようだ。オートに乗り換える。

クワリティに行ってくれというと了解したようだ。運転しながらやけに今日はなにやらお祭りがあるからあちこち通行止めになっているという。

クワリティは駅のそばのはずなのに、走行距離がやたらと長い。そのうちに道の途中で止まった。男が一人近寄ってきて、例のお祭りがあるから、道は通れない、十分注意せよと言われる。

結局旅行会社のようなところに連れ込まれた。奥に通され、日本語のできる男が出てきた。怪しい。

例のお祭りで旅行者は今日はデリーを歩き回るのは興奮したインド人に襲われる危険があるから、われわれが用意するツアーでほかの街に行けといわれる。机にはこれまでの旅行者のこの店へのお礼の手紙が挟まれている。「ここで手配してもらって本当によかったです」といったようなものばかりだ。

どうにも信用できず、政府の観光局にいくというと、ここがそうだという。怪しすぎる。ここのツアーに申し込んだら3万円取られる。

列車の切符などを手配してくれたしっかりした旅行会社のラジェンダさんに電話することにした。

「そんなことはありません。詐欺ですから脱出してください」という。

そこで「ちょっと行かなくてはならないのでエヘヘ(笑)」とかなんとかごまかしながら脱出し、そとにいたリキシャーに乗り込み、ラジェンダさんの店まで行くことにした。



だまされそうになった旅行会社。

ラジェンダさんのところはホテルもやっているのでそこに泊まることにした。

荷物を降ろし、観光に出ることにした。



インドではじめて見た横断歩道。首都デリーにはさすがに横断歩道があった。

レッドフォートと呼ばれる、ムガル帝国時代の城を見に行く。赤い城壁がでーんと続いていて立派だ。



デリーではガンジー関係の場所も見て回った。記念館や博物館があり、お墓は公園になっている。

博物館にはガンジーのメガネや暗殺されたときに着ていた血のついた服もあった。ガンジーは偉大なり。

デリーは旧市街であるオールドデリーと官庁街のあるニューデリーとの対比が激しい。

オールドデリーはこれまでの街同様混沌として貧しさが垣間見える地域だが、ニューデリーは緑の壁で囲われた豪邸が立ち並び道路も広く整備され、正反対の様相を呈している。

次回で終わりに出来ることを祈って。つづく
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おっちゃんたちとの愉快な夕べ~インドの街角から~

2011-12-26 19:30:17 | 旅行
ホテルに戻りおっちゃんと合流した僕は4人との待ち合わせ場所であるゴードウリヤー交差点まで移動。

ごちゃごちゃしていて合流できるのかと不安であったがやがて人ごみの中から4人が姿を現した。

皆20代で社会人のようだ。おっちゃんを合わせ6人で地元の人にも人気のレストランへ向かう。

レストランではとても楽しいときを過ごした。僕が19歳だというとひげをそっていなかったせいか、「日本人にまでだまされたくないわい」となかなか信じてもらえなかった。

隣に座っていたインド人の女子大生に一緒に写真をとってくれないかたのんだが、答えはあっさり「NO」。

しょうがないので男たち6人で写真に納まった。この写真おっちゃんが後で送ってくれるはずだったんだけどなあ。

おっちゃんは無事帰国できたのだろうか。一ヶ月くらい旅する予定だといっていた。


このとき若者の一人がバザールで買ったといってガンジーTシャツを見せてくれた。それで僕はガンジーTシャツに目をつけたのだ。

社会人の人たちも愉快で楽しい人たちであった。

食後中心的なガートであるダシャーシュワメートガートで祈りの儀式をやるというので皆で見に行くことにした。

儀式とはいっても音と光を駆使したショーのようなもので見物の観光客も多い。

ガートまでの道沿いには物乞いたちがずらりと並んでいる。

おっちゃんたちは川に浮かべるろうそくを買ってはしゃいでいた。僕はその日となり町から夜行列車でデリーに戻らねばならなかった。

ほどほどでおっちゃんたちに別れを告げ、やしのみを買って汁を吸い、ヴァラナシを後にした。

この旅行でヴァラナシにいたときが最も濃い、よい時間だった。ありがとうおっちゃんたち。

次回はとうとう最期の地デリー観光。スィニョールをまたしてもトラブルが襲う!?乞うご期待!
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おっちゃんとの愉快な夕べ

2011-12-26 08:36:58 | 旅行
Buongiorno!おはようございます。

これから大阪のおっちゃんと朝飯を食べに行きます。

バザールの一角のインド人が多いお店でカレーセットのターリーを食べました。ここのは辛かった。

店を出て歩いているとインド人の青年に声をかけられました。また客引きだろうと無視していると、両替もやっているよと言い出し、

それを聞いたおっちゃんともうひとりの若者は両替をしてもらうことになりました。

5畳程度の店に通されシルクのスカーフを見せられました。彼はヴィジャイ君といって、おじいさんと二人でそのお店をやっているそうです。

両替が出来るまでだいぶ時間がかかり、待つ間にこれまでの日本人旅行者とヴィジャイ君の写真や日本人のガールフレンドの写真を見せられたりしました。

さらに、ヴィジャイ君のもっていたジブリトランプで大富豪をやりました二回やって二回とも私の敗北に終わりました。

ヴィジャイ君は「いつもは何かを賭けてやるね。今回はつまらないね。」といっていました。

そのうちおじいさんも現れ、私たちを見ると腕相撲をやれといいだしました。そこで私はなぜかインドに来て大阪のおっちゃんと20代の若者と腕相撲をやりました。今度は二回とも私が勝ちました。

するとヴィジャイのおじいさんは私に「グッドマン、グッドマン」といって肩をたたいてきました。なんだか気に入られたみたいです。

そして店を後にしホテルに戻りました。若者はこれから別の町に行くらしく別れを告げました。おっちゃんは今夜おっちゃんがヴァラナシに来るまでにであった若者4人と夕飯を食べることになっているから一緒にどうかと誘ってくれました。そこで4時にまた会う約束をして別れました。

私はまたヴァラナシの駅までもどり、そこからリキシャーでサールナートという近くの田舎の街に行ってみることにしました。

サールナートは仏教の聖地でブッダの骨を収めたストゥーパ(仏塔)があり古代の遺跡ものこっているところです。

行ってみるとサールナートは田んぼの広がるのんびりとした田舎で、やたらと人でごった返す場所ばかり歩いてきた私には心癒される場所でした。



奥に見えるのがストゥーパです。まわりには遺跡が広がっていました。

はじめこの遺跡への道を間違えてしまいおまけに田んぼに足を突っ込んで泥だらけになって困っていると、

小さなチャイ小屋で休んでいたおじさんが道を教えてくれ、井戸を使っていいかと聞くと子供を呼んで井戸をこぐようにいってくれました。農村地帯では手漕ぎの井戸を使っているのです。

だまされるような目にばかりあってきた私は親切なインド人に出会いこんなインド人もいるのかと、とてもうれしくなりました。

おっちゃんとの約束の時間が迫っていたので、急いでヴァラナシに戻りました。

次回に続く。
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ウチもインドで考えた。

2011-12-25 22:08:29 | 旅行
いや~すまんすまんモリモリクン!

いや~まさかあの勇者がでてくるとは。

楽しいモリモリクンの記事でした。

BY THE WAY,先日練習後にOBのIさんから「インド旅行記かいてよー」といわれました。

ひそかに「皆もう忘れただろう、ウッシッシ」とか考えていたのですが楽しみにしていてくださる方がいることをしりました。

というわけで不肖スィニョールOOKAWA、インド編を続行いたします。

前回はアグラでタージを見たところまで書きましたね。

その後、私は寝台列車に乗って、ヴァラナシという街へ向かったのです。

夢に見ていた寝台列車にまさかインドで乗ることになるとは。

ヴァラナシという街は古い町で、インド人も「日本の京都のような街だ。」と言っていました。聖なる川ガンジス川(現地ではガンガーと言う)が流れ、各地から巡礼者が集う聖地です。

駅に着いてホームを数歩歩き出したら早速一人のインド人が声をかけてきたのです。

三輪タクシー、オートリキシャーの運ちゃんでした。

基点となるゴードウリヤー交差点までいきたいのだがというと、50ルピーでいいとのこと。

するとホテルは決まっているのかと聞かれ、行きたいホテルを告げると私が見ていたガイドブックをみて別の「パレスオンステップ」と言うホテルに案内してやると言い出しました。特に高いわけでもなくそれでも50ルピーでいいと言うので任せてみることに。

ずいぶん入り組んだ路地を無理やり進み、ちゃんとそのホテルに着きました。けっこう日本人も泊まっているようで

東洋人が目に付きます。部屋を見せてもらい、600ルピーの部屋に泊まることにしました。

私が部屋を決めるまでカウンターの脇で慣れた様子で座っていた先ほどの運転手に金を払おうとすると、「100ルピーよこせ」といいだしました。

そらきた、インド人流だな、とやや慣れてきた私。もうひるみません。

「50ルピーしか払わないぞ」

「100ルピー」

「君は最初に50ルピーと言ったじゃないか」

降参して帰っていきました。彼らは客からの報酬のほかにホテルからも紹介料をもらっているのです。多く払う必要はない。

ひとまず部屋に落ち着きお昼を食べることにしました。ホテルには食堂もありました。

ガンジス川の岸辺に立つホテルで食堂からも川が見えました。



そこで食べたエッグカリーです。



売店で買ったマンゴーの清涼飲料。なかなかおいしい。

その後、街をふらついてみました。細い路地が入り組んでいて何度も道に迷いそうになりました。

観光地らしく、バザールもあって、さまざまなお店が所狭しと並んでいます。そしてやたらと客引きが多いです。

客引きのインド人は、妙に日本語がうまく、長澤まさみが来ただとかいってみせのカードを渡してきます。

私はチャイを飲んだり、屋台のパイナップルを買ったりしてホテルに戻りました。


翌日、早朝にガンガーを見に行くとボートに乗らないかと声をかけられます。

そう、ボートに乗って川から、ガートを眺めるのが観光客に人気なのです。

ガートというのはヒンドゥー教徒が沐浴をするために設けられた川に面した階段でヴァラナシには100以上のガートがあり、それぞれに神様の名前などがつけられていて寺院が一緒になっていたり、ホテルがついていたりとデザインもさまざまにあり見ているだけでも面白いものです。

なかには数百年前からある古いガートもあります。

私が行った8月は雨季で川が増水して危険なため沐浴する人は少なめでした。

舟を下りて朝飯はどうしようかと考えながらホテルに戻ると、ホテルの前で話をしていた日本人の2人に声をかけられました。

一人は20代後半くらいの兄さんで、もう一人は40代の大阪のおっちゃんでした。

彼らも今会ったばかりのようでした。おっちゃんから朝飯を食べに行かないかとさそわれ、ちょうどいいので、三人でバザールにくり出しました。

ちょっと疲れてきたので今回はここまでといたします。年内に終えるつもりですのでご安心ください。

それではみなさまお休みなさい。Buonanotte!
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