トロッコ札沼線

廃止となる札沼線の跡地をトロッコとして蘇らせようと頑張っている地元住民の奮闘記です!

フォーラムの内容(その1)石狩川右岸の繋がりと札沼線の歴史

2020-01-20 22:58:00 | 鉄道
先日行われたフォーラムの内容についてご紹介させていただきます。
今日は、歴史に詳しい楠さん発表された内容についてです。



(要旨)
札沼線の歴史を辿ると、早くから炭鉱開発で栄えた対岸に比して、発展の遅れた石狩川右岸の各町村が、
連携して鉄路の敷設を求めてきた姿が見えてきます。
札沼線誘致のさきがけとなった石狩川右岸鉄道速成同盟会長の海賀直常は、元樺戸集治監看守長
でした。その背景には、明治14年の集治監開設以来の近隣地域との様々な連携関係がありました。
当別と月形 士族開拓が集治監開設の道しるべ
当時当別村は開拓の実を挙げつつあり、監獄適地調査への協力や農作物の栽培指導、脱獄囚への対策、
団体移住の斡旋や支援など様々な協力関係がありました。
浦臼と月形 信仰がつなぐ開拓のきずな
衆議院議員の地位を捨て高知県より北海道開拓を志した武市安哉は、クリスチャン典獄として知られた大井
上輝前、教誨師原胤昭を訪ね、監獄用地の払い下げを受け、樺戸郡浦臼の地に、クリスチャン信者ととも
に入植しました。
新十津川と月形 過酷な晩秋の移住を支えた囚人たち
明治22年、空前の豪雨被害を逃れて奈良県十津川村から北海道への移住を支えたのは、樺戸集治監
の囚人たちでした。晩秋のぬかるんだ道を、病人や老人、子どもは囚人に背負われて進んだのでした。


北海道の鉄道路線の変遷

北海道の鉄道は炭鉱開発とともに進展しました。

1880(明治13)年 小樽-札幌間が開業。北海道鉄道の歴史が始まる
1881(明治14)年 樺戸集治監が開庁。
1882(明治15)年 札幌-幌内が開業。 空知集治監が開庁。幌内炭鉱の採掘に囚人労働を投入。
1891(明治24)年 岩見沢-砂川が開業
1892(明治25)年 砂川-滝川が開業 8月室蘭‐岩見沢が開業 11月追分-夕張が開業
1898(明治31)年 滝川-旭川が開業


1910(明治43)年 留萌線:深川-留萌が開業
1913(大正 2)年 滝川-富良野が開業
1931(昭和6いよいよ、札沼線の開業へ )年新十津川~石狩沼田が開業

1934(昭和9)年10月浦臼~新十津川が開業
1934(昭和9)年11月桑園~石狩当別が開業
1935(昭和10)年10月、札沼線が全通
ようやく車が日本に登場した頃。道路の整備は十分でなく、人の移動もままならず、物資の輸送は鉄道
が唯一の手段だった頃、積年の悲願が成就しました。石狩川右岸地帯の開拓と生活を支える、重要な
交通機関として実現しました。

ところが全通からわずか8年後の1943(昭和18)年10月、太平洋戦争が札沼線に暗い影を落とします。
鉄材供出と戦時不要不急を理由に、石狩月形~石狩追分のレールが撤去、列車の運行が休止さ
れます。
終戦後、運行休止なっていた区間にレールが復活、運転が再開されます。
1946(昭和21)年12月 石狩当別-浦臼が復活。
1953(昭和28)年11月 雨竜-石狩沼田が再開。
1972(昭和47)年6月 新十津川-石狩沼田が廃止。

そして2020年5月、北海道医療大学~新十津川が廃止へ


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