Lubtech佐藤の全国OIL談議・・・昨今の石油事情

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アモーレ!!“アルファロメオジュリアスーパー1600(改2000)”

2007-08-26 09:18:30 | 車の話(番外編)


ノスタルジーな私の愛車

アモーレ!!“アルファロメオジュリアスーパー1600(改2000)”

前に、九州宮崎‘タイヤショップキノシタ’の木下社長がとっても大切にしているポルシェ930のことをご紹介した時のことですが、あの時は本当に木下社長の思いがよく伝わってきました。それは私にも木下社長と同じように、愛する車を大切にする気持ちがあり、木下社長の思いがよく理解できたような気がします。私と違って木下社長のポルシェはいつでも乗る準備は万端ですが、実は私の愛する車ジュリアスーパーは、未だに会社の倉庫に眠りっぱなし・・・早く動かして街中を通り抜けたい・・・そんな思いが最近ますます強くなっている自分を感じます。
早くこの車だけに一日中集中する時間がほしい・・・と夢はいつも変わらず持っており・・・しかし・・・今のところなかなか実現できず・・・でも思いは木下社長と同じくらいあるつもりなのです・・・



私の郷愁の車、それは、イタリアの傑作(少し大袈裟?でも大袈裟な表現ではないと思っている)アルファロメオジュリアスーパーである。亡くなった親父が当時(私の小学校時代)に乗っていたイメージの車、ブルーバード510、日野コンテッサの面影がすごくある車であると私はずっと思い続けている。当時の日本のそれらの車をご存知の皆様、そうは思いませんでしょうか・・・?
私の感覚ではこの車達とアルファロメオジュリアスーパーといつもダブってしまうのです。

アルファロメオジュリアスーパー(以下ジュリア)は、今から約40年前の車にして4輪ディスクブレーキであり、当時の日本では考えられないブレーキ構造であったのです。すごく走る車・・・しかしそれ以上にすごく止まる車である。
ジュリアはハイレベルのメカニズムを完璧に備えている。OHVエンジンでもない、3速でも4速のシフトでもない、ドラムブレーキでもない・・・・・・なんとジュリアは当時の状況からすると考えられない、DOHCエンジン! 5速シフト! そして、4輪ディスクブレーキ! を備えていたのである。考えもつかない走行性能、しかし、ブレーキの性能は走行性能と同等かあるいはそれ以上であると私は思っている。魅力の塊の車、それが私が考える、‘ジュリア’なのだ!! 本当にアルファ社は、大きく言うとイタリアーノの発想は傑作であり心から絶賛である!!
ブレーキの造りが人並みでは考えられない、普通、人は車というものは、どの位出せるかのスピードに重点を置くが、ジュリアはそれだけではない、スピードと同じくらいにブレーキの構造に重点を置いた車である。 私は、イタリアの車の技術力にもいつもおそれいっているが、やはりさすがである、昔から考えつかないところに神経をおくイタリアーノの連中は本当にたいしたものだ.



フォードアセダン、オーソドックス、地味であるが、ジュリアはイタリア自動車メーカーの中でも憧れの車であり、技術的には一番の構築を持った車だと思っている。
小さくて、軽自動車のサイズであるが・・・しかし2000cc!!(改前は1600cc) 軽い! ハンドリングが最高だ!! ストッピングがよい! そしてストッピングがすごくいいということは、ストッピングパワーが高い!! 安心してブレーキに体重をかけられ止まれる車なのである!!・・・もうこの車に関しては、私も語り始めると止まらない・・・・・
代理店、販社様の皆様、いつか私のこの語りにおつきあいして下さる方がいないであろうか・・・同じくジュリアのファンの方がいたら、ぜひお待ちしております・・・よろしくお願いします・・・。
(息子の前で語り始めるとなぜか皆私の回りから消えて行く気配を感じるが・・・気のせいだろうか・・・子供も小さいうちはよかったなぁ~)



それからこれは皆様お気づきだろうか・・・?
車好きプラス映画ファンの方は、すでにご存知かも知れないが・・・
ジュリアは、1960年後半から1970年にかけてのイタリア国内のパトカーとして使われていたのである。
有名なソフィアローレンの映画‘ひまわり’ではパトカーのジュリアの光景をよく見ることができる。 映画‘ひまわり’ジュリアを見るために私はこの映画を何度も見ている・・・当時は巻き戻ししてはまた観て・・・また巻き戻しして・・・そしてまた観る・・・

実は私は、大の映画狂であります、家ではせまーい居間ですが、120インチのスクリーンまで用意してあるのです。一年に数回の休日(主に正月か盆休みぐらいですが)家中真っ暗にして、一日中映画を楽しんでおります。
今では巻き戻し必要なしのDVDで、ジュリアをイタリア映画から探し出すのが得意でもあります。その当時のイタリア映画のパトカーは殆どジュリアであったので、それを探すのが秘かな私の楽しみなのです。ここまで好きで、映画から当時のジュリアを探し出すのが趣味なんて、やっぱり私は懲りすぎか・・・でもいいかお宅な私でもあると言われていますから・・・(by娘&息子)・・・



ジュリアは、約10年前、山口県の美祢サーキットの傍を走っていた時に、出会いました。私はとっさに追いかけました。なぜ追いかけたか説明はつきませんが、見た瞬間、すごい私の集中力! 必死でただただ追いかけました・・・若かったですね・・・あの頃は私も・・・・・・
ずっと追いかけているから、ジュリアの運転者も不信に思ったのでしょう、止まってくれて、‘君はなぜ私の後を付ける・・・?’なんて聞かれたのを覚えて入る・・・‘貴方ではなくジュリアが走っていたからだ’なんてことは言えるはずもなく、出てきた言葉は、
‘この車、私に譲っていただけませんか・・・!?’
突拍子もないことをよく言えたと思う・・・しかし、このジュリアの持ち主、たまたま本当にいい方で(何でも職業は歯科医とのことでした)その時熱心に私の気持ちを聞いてくださいました。そして、なんとちょうど売ろうと考え始めたところであったようで、偶然とはいえ、ラッキーなことだったのです。
その時代、25万でジュリアを私は購入、しかし、本当にちゃんと整備するのに、約その金額の10倍はかかったはず・・・だって、鉄の部材をアルミに換え、車両重量を軽くし、また、エンジンもノーマルエンジンから、2000ccエンジンに載せ換えて、空車重量790kg、エンジン出力245馬力に換えたのですから・・・
何のためにって? それは日本にヒストリックカーで王座をとるためかも知れません・・・いや、それだけではない、きっと亡くなった父の面影をも私はジュリアから観ているのかもしれませんね。(先程も申しましたが、父は、ジュリアに似ているブルーバード510、日野コンテッサに乗っていた大の車好きでしたから)・・・しかし、まだまだ部品足らず、本当にジュリアの味を出してきちんと乗れるにはまだ途中段階です。



でもいいのです今は。私の傍にいて何時でも眺められれば・・・この車が私の傍にあるというだけでなぜか安心して仕事に打ち込めるのです・・・。



ジュリアよ。いつも私に勇気をおくれ・・・いつも私にパワーを下さい・・・勿論ジュリアは私の中で、懐かしくてノスタルジーな思いに私をさせてしまうのであるが・・・私の哀愁、思い出、目をつぶると浮かんでくる私の青春・・・その思いが全部つまっている車なのです・・・・・・
アモーレ! ジュリアよ!
どうかずっと私の傍で私達を守って下さいね・・・・・・

    

           親父の自動車感覚に乾杯 

   

         日野コンテッサ・・・いい車でしたね・・・ 

   

     あのサファリを走った510・・・印象的・崇拝的車でした  

   

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