☆自己無限化・全知全能化☆  ~最高レベルのアセンデッドマスターへの道~  【アセンション情報実践研究会】へのお誘い

会合の目的は、自己アセンションしてアセンデッドマスターになる為に役立つ知識提供と情報の実践・体現のための疑問解消です。

【自己アセンション】 ヒマラヤ聖者(15) 「主なる神」と「神聖原理(神)」の関係・・・エミール師の話

2012-04-30 06:15:12 | 【自己アセンション2】 ヒマラヤ聖者

 

ヒマラヤ聖者の生活探究 第二巻 ~第六章 癒しの方法~ P102~105

《注》エミール師とは、著者が最初に会った不老不死のアセンデッド・マスター。名前は著者が本書のためにつけた仮名(HS
33)

話が暫く途切れてから、或る隊員が主なる神という言葉の意味を訊ねたので、エミール師は答えた、「『主なる神』という言葉は神聖原理、即ち神がその御性質をこの地上に現すために御創造になられた完全なる存在者を現すために使われた言葉です。この方は神聖原理者に肖せて造られ、神聖原理者の持っているものはすべて手に入れ使用することができました。

この方は地球上に存在するすべての状態を支配する力を与えられ、神聖原理者の中に潜在している力を全部持ち、且つ神聖原理者と協力する限りこの力を顕現する力を有し、又彼に与えられた能力を神聖原理者が計画した方法、神聖原理者が思っている理想的な方法で発達させました。この方が後に『主なる神』と呼ばれたのです。

この言葉は同時に創造行為における表現乃至神の法則を意味します。これが完全なる者であり、神聖原理者は人間皆んなにそうなって欲しい、即ち内在の『完全なる者」を顕現して欲しいと望んでおられるのです。これこそ神聖原理者が創造した神聖にして唯一の人間であります。人間はその性質の中、霊的面ではこの主なる神又は一者に近づいて行き、その通りになれるのであります。

この神人が後にキリストとして知られるようになったわけです。キリストは天と地と及びその中にある一切のものへの主権を握っている。その後この『主なる神』はその創造力を使って他の者を彼に肖せて造り、これが後になって『主なる神の子等』と称えられ、その創り主は父と呼ばれ、神聖原理者は改めて神と呼ばれたのです。」。

ここで暫く間を置いてからエミール師が、つと片手を差し伸ばしたかと思うと、掌の中に粘土のような可塑性の大きな塊(かたまり)が現れた。これを彼はテーブルの上に置いて捏ね始めたが、やがて高さ約六吋の美しい人間の形になった。それは巧みな手裁きによって極めて短い時間の中に出来上がったのである。出来上がると暫く両手に置き、それから上にあげてフッと息を吹きかけると、粘土の塊(かたまり)が生気を得て動き出した。

やや長い間、両手で持ってからテーブルの上に置くと見よ、動き廻るではないか。まるで人間のような動作なので、わたしたちは呆気に取られて口を利くのも忘れ、唖然と突っ立って見詰めるのみであった。エミール師は、聖書を引用して語った、「『而して主なる神、土の埃もて人を創造り給い、その鼻孔に生命の息を吹き入れ給えり。かくて彼は生ける魂となりぬ』。

それからというもの、主なる神の子等は土の埃もて人を造り、その創造能力でこの像に生命の息を吹き入れ、かくしてそれは生ける魂となったのです。天才もその製陶所や手段で同様の事が出来ます。しかし、その像なり絵なりをただ手造りの儘で放置するのであれば、彼自身には何の責任もありません。しかし更に一歩進んでその創造力を使ってそれに生命を注ぎ込むならば、そこから責任が生じ、生じた責任はいつまでも続きます。

彼は自分の造るもの一つ一つを怠りなく監視をし、神の秩序の中に置かれなければなりません。或る意味で、人間は此処で神との繋がりを失ったのです。とまれ彼は、こうして像を造るには造ったが、熱心の余り、それに与えた生命を引き揚げなかったのです。そのためこれらのものが地上を当てもなくさ迷うことになったのです。

しかしもし彼が与えた生命を引き揚げてしまっていたなら、そこには只像があるだけで、彼の責任も無くなっていたでしょう。」(2)。話がここまで来ると、像はパッタリ動かなくなった。エミール師は猶も語り続ける。「あなた方は陶工の手にある土を見たことがありますね。その場合、粘土をこねているのは神ではなく人間です。

ところで陶工自身は神の純粋な質量で造られているのであるが、同様にその陶工が神の純粋な質量でそれを造ったなら、それは純粋真実の神の子となったでしょう。このことは書板の初めのシリーズを翻訳すれば、もっと明らかになりましょう。ところでもう遅いので、あなた方も部屋に帰りたいでしょう。」

お客が全部帰ってしまうと、この最近の数日が満ち足り満ち溢れた日々であったと思いながら、わたしたちは寝仕度にかかった。

訳者註
(1)第一次、第二次世界大戦の予言とも考えられる。
(2)訳者個人の主観を挿むことが許されるならば、「息を吹き込んで人間が造られた」とするエミール師のこの解説は、神の生命が、同じく神の表現である純粋質量を素材として、(一)始めからその中にあって神自身を表現したか、(二)表現した形相の中に神の生命が宿った、と解するのが妥当ではなかろうか。尚、神が質量となる過程を INVOLUTION (逆進化)といい、その質量で形相を造って、神がその中に宿り、漸次それ自らを外へ顕現させて行く過称を EVOLUTION (進化)という。
  


自己アセンション情報源 【アセンション会合のお知らせ

 


コメント (3)   この記事についてブログを書く
« 【自己アセンション】 ヒマ... | トップ | 【自己アセンション】 ヒマ... »

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
メールにて参加します。 (L.masato)
2012-04-30 11:46:59
お茶会のお誘い有難うございます。
残念ながら私は沖縄在住ですので参加することは
なかなか出来ないと思いますがメールを通して意見や質問及び見解を述べさせて頂ければと思います。話は変わりますが私が仲里先生に出会った頃
沖縄の宜野湾市に神霊真理研究所と言う瞑想道場
があってそこで仲里先生を囲みお茶会のような形でよく質疑や真理の教えの話し合いが行われていました。確か逆進化についてはディーヴァ(妖精)達がその逆進化の過程を行なっている事を先生は話されていました。宇宙の進化過程には永遠の創造があるが故にとの事でした。
残念ながら先生の体調が崩してからはその道場も
なくなりましたが当時の道場主催者だった知花敏彦氏が東京で活動されているらしいです。
以下のサイトにて活動内容がありました。私もまだ見てないのですが真理の糧となるかもしれませんのでそれも含め意見交換出来れば幸いです。
http://chibanatoto100.blog22.fc2.com/
L.masatoさんへ (ハイアーセルフ33)
2012-04-30 12:26:00
>残念ながら私は沖縄在住ですので参加することは
なかなか出来ないと思いますがメールを通して意見や質問及び見解を述べさせて頂ければと思います

了解しました。ご紹介の知花さんですが、私も30代の頃、二度程講演会を聞きに東京に出向いたことがあります。今は同じ沖縄出身のお弟子さん、上江州義秀さんが跡を継いでいるような法話をされていますが、あの方の能力はすごいですね。
上江州義秀さん (L.masato)
2012-04-30 13:48:36
上江州義秀さんには面識はないのですが当時の道場にはよくいらしていたようです。
道場を紹介してくれた方から上江洲氏についての
話は何度か聞かされました。
実際にその能力をこの目で見たわけではないのですが私の紹介者である富村さんも識別心の高いイニシェートでしたので私は何の抵抗もなく受け入れる事ができました。いずれ全ての人がその内在する能力が覚醒することを考えると胸が熱くなりますよね。人間にあるその能力の種を一つづつ花を咲かせる為に共に真理の追求と人類の進化促進
の過程を共有しあえる事に喜びを感じます。
又、メールしますので宜しくお願い致します。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

【自己アセンション2】 ヒマラヤ聖者」カテゴリの最新記事