「自己アセンション実現の会」☆自己無限化・全知全能化☆~最高レベルのアセンデッドマスターへの道~

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【自己アセンション】 ヒマラヤ聖者 (48) 人生の制約・欲求の意味/ヴィジョン実現の留意点

2012-06-04 05:52:05 | 【自己アセンション2】 ヒマラヤ聖者

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ヒマラヤ聖者の生活探究 第一巻 第二十二章 万象同根、万人同胞 P216~219

(47の続き:50歳位に見える男性マスターの話)
人生におけるいろいろな制約は、それを克服して自分自身を解放しようという欲望を人に起こさせるものであることを知り給うが故に、イエスは『霊において貧しき者は幸いなり』と言い給うたのであります。イエスは"必要は充足を予言する"と知っておられたし、又、必要というものは種子の受け入れ態勢のできた土壌のようなものであると見ておられました。

もし種子が蒔かれ、伸び、生長すれば、それは必要を充たすことになるわけです。必要といい、欲求といい、実は生命の展開の過程であるのに、これまで誤った見方がされてきているのです。偉いといわれる教師達の中には、この様な必要、或は欲求は、心の中からつぶして出さなければならないと説いていますが、イエスは『満ち足りし者に災いあれ』といわれました。満ち足りた者は、停止してしまう。

生命に完全に触れる為には、わたしたちは各瞬間ごとに生命を完全に表現しようと欲求しなければならない。この表現欲が同時に表現を駆り立てるものとなるのです。地上の塵埃の中を這い廻ることに倦むと、やがて人は天駆けることに憧れる。この憧れが、現在の制約を超剋することを可能ならしめる法則の発見へと、彼を誘うのです。それを発見すると、彼はもはや時間・空間に制約されることなく、何処へでも自分の欲する処へ行けるようになるのです。

昔から、人間は計画し、神が処理し給うといわれていますが、実はその逆が真なのです。何故なら神が計画し人が処理するからです。もし人間がその気になれば、神の為すことすべてを為し得るのです。父の為し給うたことを、子も又為し能うのではありませんか。人は外的な物で満足できなくなる時、魂は内なる力を求めるようになります。その時、彼は実相『われ神なり』(I AM・神我)を発見するようになります。

自分の中に魂を満足させ、魂のすべての必要と欲求とを満足させるすべての力のあることを知り得るのです。しかし、憂き世での打撃に打ちのめされた揚げ句に、内界の平和と静謐とを求めるようにならなければ、このような智慧は出て来ないかも知れません。彼が実相『われ神なり』(I AM・神我)こそ、自分の欲求を満足させてくれるものだと悟った時、欲求は事実充足されるのです。

自分の欲望を充足させるのに、神我の外に何かを求めるのは愚かであります。神我の開顕は神我自体がやるのではなく、個我がしなければならないのです。実相『われ神なり』(I AM・神我)を知ること、我が内にこそすべての形あるものを造る力と原質と知慧とが存すると知ること、明確にして賢明な欲求であれば、それが生じた瞬間に霊の力と知慧と原質とが流れ来たって、それを実現させるものであるということは何という素晴らしい悟りであり、目覚めであることでしょう。

これこそ、今までに見たこともない天の宝庫ではないでしょうか。この形として未発のものの中に、わたしたちの内奥に、無限の宝は隠されてあるのです。真珠を発見したことのある人には、このことがよく納得されるでしょう。それなら次の聖句をよく考えてごらんなさい。『まず神の国とその正しさ(Right-use-ness正しい使い方)とを求めよ、然からばすべてこれらのもの汝らに加わるべし』。『これらのもの』が加えられる理由は、それが宇宙の真髄そのもので造られているからであります。

心は欲するものを形成する前に、先ず宇宙を見出さねばならないのです。覚者は先ず我が内に創造の原理が存在することを覚知します。然る後に彼は観じます。彼のこの悟りが彼の生命(実相)にとっては顕現の機会となるのです。彼にはヴィジョンがあります。言いかえれば彼は自分の可能性、前途に横たわる可能性を自覚します。彼に内在する創造原理を知った上で、心底の願望を思い起こします。

すると、それが理念即ち鋳型、即ちまた中味となるべき力と原理とを引き出す原型となります。『我観ずる』ことが魂の思考となるのです。それは約束の土地、実現すべき夢であり、魂はそれを信じて観ずるのです。今はそれと意識して所持はしなくとも法則を満たすにつれて具体的な形となって出てくるに違いないのです。それまでは次々と様々な経験に会い、次々とそれを克服して行かなければならないこともあるでしょう。

しかし、それによって魂は償いを果たすのに役立っているのです。ヴィジョンとは約束の土地、実現すべき理念のことであります。そうと悟った時、魂は只善のみを見、善のみを願うようになります。この点について疑いや、動揺や、躊躇があってはなりません。そのような心の動きがあればそれは致命的となります。人は自己のヴィジョンを忠実に押し進めて行かなければならないのです。

このヴィジョンが模型であって、丁度建築物の図面や仕様書のように必要なのです。建築家が設計士の提供した図面や仕様書に忠実であるように、人は自分のヴィジョンに忠実でなければなりません。真理の外は一切排除しなければならないのです。

 

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