◎ヒマラヤ聖者の生活探究 第一巻 第二十章 神癒の廟 P180~184
・・・、エミール師の妹さんとその娘さんとがやって来て、わたしたちの仲間に加わり、暫くするとエミール師と、その妹さんの夫と息子さんとが上って来た。ところがこの人々の間には何かしらうきうきした様子が漂っている。それも道理、今晩、彼等の母君が訪ねて来るからであったということが、間もなく妹さんの話で分かった。
「とても嬉しくてたまりません。わたくしたちはじっとしておれないくらい母を愛しているのです。母だけではなく、魂の高く発達した方々をみんな非常に愛しています。そういう方々はみんな御立派で、高尚で、いろいろなことを教えて下さるからです。わたくしたちの母はとても優しく、すばらしく世話ずきで、また愛深く、他の方々の千倍も愛せずにはおれないのです。それにわたくしたちは、母の血肉を分けているんですもの。あなた方もきっとわたしたちのように母を愛するにきまっています」
「お母様は度々こちらにおいでになりますか?」「参りますとも。わたくしたちに母が必要なときには何時でも来てくれます。しかし母は自分の仕事で多用なので自分からやって来るのは年に二回だけです。今度がその一回目に当るわけです。今度、母は一週間泊まることになっています。わたくしたちはもう只嬉しくて嬉しくて、どうしていいやら分からない位です」
ここで話は、隊員達がお互いに離れていた間に経験した事柄に移っていった。話しに熱中していると、突然、皆の上に静寂が天降りきて、思わず知らずわたしも黙ってしまった。坐ったまま一語を発する者もいない。夕闇はせまり、遥かなる山脈(やまなみ)の雪帽は、今まで動かさなかったその氷の指を動かして下の谷の上に伸ばそうとでもしている巨大な怪物のように見える。
するとこの静寂から、鳥が地上に降り立つ時のような優しいシューッという音がして、東の手摺のところにうすい霧が集まってくるように思われた。霧は突然形を取り、やがてそこには妖しいまでに美しい女性が、目も眩むほどの強烈な光を四辺(あたり)に放って立っている。
彼女の家族達はサッと立ち上がって、「お母さん」と殆ど異口同音に叫び、腕をさしのばして彼女の側に急いで寄っていった。彼女は手摺りから屋根の上に軽々と降り立ち、世間の優しい母のするように一人一人抱きしめてから、わたしたちに紹介された。
「皆さんは遠いアメリカからわたくしたちを訪ねて来られた愛する同胞達です。ようこそ、わたくしたちの国にいらっしゃいました。ほんとうに嬉しく思います。わたくしたちの心はすべての人々のところに及び、その人達さえ許してくれれば、わたくしどもの腕をのばして、たった今わたくしの子供達と呼ばして貰っているこの人達を抱擁したように、すべての人々を抱擁したいのです。どうして世間の人達は皆兄弟としてつき合えないのでしょうか」
先程、わたしは毎晩だんだんと冷えてきているといったが、この婦人が現れた時は、彼女から温かさが放散して、その夜はまるで真夏の夜みたいになったのであった。空気は花の香りを含み、すべてのものに満月にも似た光が浸み通っているようで、何とも言いようのない温かさと光とが溢れている。しかもそこには何の衒(てら)いもなく、ただあの深い純な優しい子供のような無心の振舞いがあるだけであった。
誰かが下へ降りましょうと言うので、エミール師の母君が他の婦人達と一緒に先に立って階段へ行き、わたしたちの一隊がそれに続いて、最後にこの家の家族の人達がついてきた。ところがハッと気がついたことは、わたしたちは何時もの通りに歩いているのにも拘わらず、屋根や階段がわたしたちの足を運ぶ歩みに少しも音を立てないのである。別にわたしたちが努めて静かに歩いているわけでもない。
事実、隊員の一人がワザと音を立ててみようとしたが、無駄だった。わたしたちの足はまるで屋根や階段にふれないみたいである。さて、わたしたちは美しい調度のある部屋に入って行った。入って席につくとすぐに、部屋の中が温かく輝いているのに気づいた。部屋には説明のしようのない柔らかい光が漲っている。一同は暫くの間、深い沈黙を守っていた。
エミール師の母は、わたしたちに、居心地や、世話の行き届き方や、旅行は楽しかったかなどと、尋ねられた。話は日常のありきたりの事柄に移っていったが、彼女はそういうことも全部よく知っていた。それから話が、わたしたちの故国での暮らしのことに移ると、母君はわたしたちの父母や兄弟姉妹たちの名前を言ってみせ、わたしたちに一言の質問もしないのに、わたしたち一人一人の生活をくわしく話すので、びっくりしてしまった。
又わたしたちが訪れた国々、わたしたちのしてきた仕事、又、失敗したことを話すのであった。しかもそれは、わたしたちの方でアチラコチラつなぎ合わさなければならぬような曖昧な言い方ではなく、細かいところまでまるでわたしたちが過去の事柄をもう一度演じ直してでもいるかのようにはっきりしたものであった。
やがてこの人達が別れの挨拶をのべて辞去した後で、この方々のうち唯一人として百歳以下の人はおらず、エミール師の母君の如きは七百歳を越えていて、そのうち六百年は肉体のまま地上で生きていたことが分かった時には只々不思議でしかなかった。しかも皆が皆、まるで二十歳の青年のように快活であり、気取りがなく、全く若者達の集まりのようである。
その晩、彼らは辞去する前に、明朝は宿所に相当人数の集まりがあるから、わたしたちにも出席してほしいと言われた。
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