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【自己アセンション】  ラムサ(2) アセンションしたラムサ

2012-04-15 06:39:01 | 【自己アセンション1】 ラムサ

ラムサ ホワイトブック  第一章P20~25(星雲社)2004月9月30日改訂版

私には理想とするような人間はいなかったが、風はまさに私の理想といえるような振る舞いをしたのだ。風を見ることはできないが、それが怒りと共にやってくるとき、人はその猛威にさらされる。そして、あなたがどんなに大きく、力が強くても、風に戦いをしかけることはできない。そんなことがどうやってできるのか?剣で真っ二つに裂くとでもいうの?斧でたたき斬るのか?つばを吐きかけるのか?風がそれを吹き返して、あなたの顔にひっかかるだけだろう。

私は思った。人間がなれるもので、これほどの自由な動きと力を与えてくれるものが、果たして他にあるだろうか?というのも、限りある人間の力ではそれを捕まえることはできないし、どんな時でも、あらゆる場所にいることができるのだ。それに、人間と違って風はけっして死ぬことはない。

私にとって、風は究極の要素であった。それはずっと存在し続け、自由に動き、すべてを呑み込むものだからだ。風には境界もなければ形もない。風は不思議な存在で、探究と冒険が好きだ。そして、これこそまさに、あらゆるものの中で生命という神の本質に最も似ているものである。また風はけっして人に価値判断を下さない。けっして見捨てたりもしない。もし風を呼べば、それはあなたのところにやってくる。愛があるからやってくるのだ。理想とはこのようなものであるべきだ。

それゆえ私は、風になりたいと心から願った。そしてそのことについて何年も思い巡らした。風は私の理想となったのだ。風こそが私のなりたいものだった。私の思考のすべては風になることに傾けられた。私は風について思い巡らし、その掴みどころのなさ、軽さといった性質や漠然としたその輪郭に自分を合わせようとした。そして、私は風に思いを巡らしながら、風になることを追求していたが、そんな私がなったものは、まさに風そのものであった。

最初の出来事が起ったのは、私が剣で突き刺されてから六年たってからのことだった。夕方になるといつも、私はひとりで高台に座り、月の柔らかな青白い光をじっと見つめながら、風に思いを巡らしていた。そしてそんなあるとき、とても驚いたことに、突然、自分が天空に浮かんでいることに気づいたのだ。そして首を回して下を見た時には、自分が誰なのかさえわからなくなってしまった。

すぐに私は、高台の上のほんの小さな点のように見える自分の体から、自分が遠く離れていることに気づいた。自分の化身を見下ろしたとき、私は剣で突き刺されて以来、はじめて恐怖を感じた。私を自分の体に戻したのはこの恐怖であった。

私は自分がどこか他の場所、つまり自分の化身という牢獄の外にいたことに気づき、汗なのか冷や汗なのかわからないようなものに濡れて、目を開いた。私は天国にいるような気分であった。なぜなら、自分が風になれたことは確かだったからだ。私は大地に身を投げると、「大いなる源よ、偉大なる力よ、すべての根源よ、風よ」と言って神を讃えた。風の優美さと美しさ、そして、その豊かな生命となることができたその素晴らしい瞬間を、私は決して忘れなかった。そして、風になることができたのは、私が自分の理想になるということを固く決心し、自分がなりたかったもののヴィジョンを、常に思考の中に明確に保持していたからだと考えた。

次の日の夕方、私は再び、ひとりで過ごすための自分の場所に出かけ、こみあげてくる喜びと共に風に思いを巡らした。だが、私は何にもなれなかった。何度も何度も何度もやってみた。自分の体験は単なる想像ではないということはわかっていた。私にはいつもと違う視点からの風景が見えていたのだ。鳩や鷹と同じように空に浮かび、哀れな自分の姿をずっと下の方に見下ろしていたのだ。

あの自由な状態になること以外、私は何も欲しなかったし、何も望まなかった。何もだ。しかし、どれほど懸命に努力しても、どれほど体から汗が噴き出そうとも、そしてその後にどれほど罵りの言葉を吐いても、私はどこにも行けなかった。私は同じ場所に留まったままであり、自分を以前よりもはるかに重たく感じていた。というのも、自分がいかに重いかということが、それまでよりもよくわかるようになったからだ。だが、私が自分の理想を見失うことは決してなかった。そして、自分の哀れな体をはじめて見下ろしたあの感動の瞬間のことも、決して忘れなかった。

私が再び風になるまでには長い年月がかかった。あなた方の時間の数え方で、最初の出来事から二年が経っていた。今度は風に思いを巡らすのではなくて、安らかな眠りに入る時にそれは起こった。私は大いなる源や太陽を讃え、生命やサフラン色の砂、月や星、そしてジャスミンの甘い香りを讃えていた。私はそれらすべてを讃えていたところだった。そして瞼も閉じないうちに、私は再び風として天空にいたのだ。

自分の体から離れる方法を完全に習得してからも、他の場所にどうやって行けばいいのかがわかるまでには、かなりの時間がかかった。ある日、私の兵士のひとりが極めて危険な状況に陥った。片方の脚があぶみに引っかかった状態で、彼は落馬したのだ。自分の思考を彼に合わせた瞬間、私は彼のところにいたのである。私は彼のかかとをあぶみからはずしてやった。彼の近くで注意して見守りながら、私は彼の無事を祈った。だが、彼は自分が夢を見ているのだと思っていた。

長年にわたり、私は自分の思考を使って、他の王国や他の存在たちのところに旅をした。未来に誕生することになっている文明、そして、まだ見ることのない生活を訪れた。瞬間的に移動する方法も学んだ。思考が存在するところはどこであろうと、そこに自分も存在するということを学んだからだ。それからというもの、私はどのように敵を征服したのか?私は恐るべき相手となった。私には敵の思考がわかったからだ。したがって、私はことごとく敵の裏をかいた。もはや相手の国を包囲する必要はなかった。私は彼らが自滅するように仕向けたのだ。

長年にわたり、自分の理想になるという思考が徐々に化身の細胞の中の生命力そのものとなっていくにつれて、私の魂は一つひとつの細胞構造のプログラミングを変え、それらの振動数を上昇させ始めた。私の望みはそれほどまで強かったのだ。生きることに対して、安らかさを感じるようになればなるほど、その感情は私の肉体組織のすべてに、さらに多くもたらされていった。そして、私はさらにどんどん軽くなっていった。

人々は私を見て、「おや、ご主入様の周囲には輝くものがあるぞ」とよく言っていた。実際に輝くものがあったのだ。私の体は以前よりも速く振動していたからだ。私の体は物質の振動数から光の振動数へと進んでいたのだ。私の周囲に輝く光が放射されていたのもこのためだった。

やがて、月の光があるときでさえも、私の体はだんだんとぼやけてきた。そしてある夜、私は実際に月がある場所にいた。私はもはや、単に思考で旅をしていただけではなかった。体の波動を光にまで上昇させ、自分の化身(肉体)ごと移動したのだ。私は大喜びではしゃいでいた。なぜなら、私がやったことは今まで聞いたこともないようなことだったからだ。

だが、私は体の波動を落としてまた戻ってきた。もう一度、同じことができるかどうかを試したかったのだ。私は何度も何度もそれを繰り返し、最後に私がアセンションするまでにはその数は六十三回にものぼった。あなたにとっての呼吸と同じように、それは私にとってひとつの確実なものとなったのである。

風になったとき、自分がこれまでどれだけ限られた存在であったか、そして自然界の力がどれだけ自由であるかが、よくわかった。風になったとき、私は形を持たない見えない力となったのだ。それは脈動する光であり、分割できないものであった。風としての私は、谷や峡谷の間を通り抜け、山々や海や雲の層の中を通り抜けて、自由に動くことができたが、私の姿を見ることができる者はいなかった。そして、風のように木々の葉をエメラルドグリーンから銀色に変えたり、大木を動かすこともできたし、赤ん坊の肺や愛する者の口の中に入り込んでから、再び雲の中に戻ってそれを押しやることもできた。

風になったとき、私は最高の動力となったのだ。それは、決して飼い慣らすことのできない激しい動きであり、完全に自由であった。つまり、重さからも、大きさからも、時間からも自由であったのである。

風になったとき、人間は自分自身について無知であれば、どれほど小さく無力であるか、そして知識の中へと自分を広げていけば、どれほど偉大になれるかを、私は理解した。ただ単に望むことを通して、長い間何かについて思い巡らせば、それが何であろうと人間はそれになるのだということもわかった。もしある人間が、自分は不幸で魂もなく、無力なのだと自分にずっと言い続ければ、その人間はそれを信じるようになり、実際にそうなってしまうのだ。自分を風の主と呼ぶならば、その人間は風の主となる。私が風の主になったように……。そしてもし人が自分自身を神と呼ぶならば、その人間は実際に神となるのである。

ひとたびこれらのことを学んでしまうと、私は自分の愛する兄弟たちに、すべての生命の源である「未知なる神」について教え始めた。そして私が年老いてきたある日、自分が本当にやり遂げるつもりだったことはすべて成し遂げた、という時がやってきた。私はインダス河を渡ると、インダスと呼ばれていた山の麓で、百二十日間に渡って、わが民のすべてと語り合った。私は彼らに、これらの理解が真実であること、神聖なる導きは、私や誰か他の人間を通してではなく、我々一人ひとりを創造した神を通してやってくるのだということを知るように訴えた。

彼らが私の話を信じるように、彼らが驚く中を、私は彼らの頭上に見事に浮き上がってみせた。女たちは悲鳴を上げ、あんぐりと口をあけた。兵土たちは驚嘆のあまり、思わず剣を
とした。私は全員に別れを告げ、一人ひとりが自分自身のやり方で私と同じように学び、私がなったのと同じようになることを訴えた。


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2 コメント

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すばらしい (ちひろ)
2012-04-18 19:41:45
ただ、思うだけで、そしてその思いを維持して昇華したラムサはすごい!
ちひろさんへ (ハイアーセルフ33)
2012-04-18 20:22:53
ちひろさん、感想ありがとうございます。

ラムサのアセンション関連情報は、下記のURLにもありますので、よかったらご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/hs33_001/c/d8f06439bc30c868776e8855a7e7420e

今私は、「ヒマラヤ聖者の生活探究」をまた読み始めました。これはマスターたちと会った人たちの実際の体験録です。

ラムサのチャネラーである女性(JZナイト)が、はじめてラムサが目の前に出現したときに、ラムサという存在を理解するために読むように薦められた本ということです。ラムサも学校の生徒に薦めているらしいです。ご参考まで。

<私たちは神 (至高の実在) ですね!> (^_^)v






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