◎ヒマラヤ聖者の生活探究 第一巻 第三章 肉体の自由自在なる出現・消滅 P34~37
・・・。出発の時、わたしたちを送り出す挨拶の中で、エミール師(500歳以上のマスター)はこう言われた。
「みなさんはこれからジャストとネプロウの二人を滞同して調査旅行に出かけるわけですが、約九十哩先の次のおもだった宿泊地まで、多分五日程はかかるでしょう。わたしは暫くここに踏み留まることにします。九十哩の道のりを行くのに、わたしにはそれ程の時間はかからぬからです。そして皆さんの目的地で、到着をお待ちすることにしましょう。そこで、わたしからお願いしたいことは、誰か一人、隊員の方に此処へ残って貰って、これからの出来事をよく観察し証明する役を引き受けて頂きたいことです。
そうすればお互いに時間の節約にもなるし、此処に残って貰う方も、これから十日頃までには調査隊に加われるわけです。わたしたちとしては、その方によく見て頂き、見たことをよく報告して下さるようにお願いするだけです」。
こうしてわたしたちは、世話役のジャストとネプロウとを伴って出発した。およそ、この二人のやり方以上にテキパキとした胸のすくような仕事のさばき方は、想像もできないことを、特にここで申し上げておきたい。どんなこまかいことにも到れり尽くせりの行き届きようで、いわば音楽のリズムと精確さとにピタッと合った感じである。調査は三ヶ月半も続いたのに、このような仕事の調和(ハーモニー)が、実にその期間の全行程にわたって続いたのである。
ここでわたしは、ジャストとネプロウとから得た印象をつけ加えておきたい。ジャストはやはり背筋のシャンとしたインド人で、親切でまたテキパキして、大袈裟なところもなく、単調な声で命令を降すが、おろした命令がちゃんと正確に遂行されていく様子は、まさしく驚嘆に値するものであった。それで最初から見事な性格が窺われて、評判の的だったのである。
ネプロウもすばらしい性格の持主で、どこに行っても彼の冷静、沈着、且つ驚異的な能率をあげる姿が見られた。いつ見ても落ち着き払っており、動きも平静でしかも正確、その上、驚嘆すべき思考能力と実行能力とが兼ね備わっており、調査隊全員の噂の的となる程であった。隊長も「この連中は素晴らしい。自分の頭で考えて実行してくれる連中が見つかってホッとしたよ」という位であった。
五日目の四時頃、わたしたちは予定の村に到着した。ここでエミール師が、約束したようにわたしたちを出迎える筈である。読者にわたしたちの驚きが想像できるであろうか。わたしたちは間違いもなく、唯一本しかない道を、途中で交替して日に夜をついで急行する飛脚は別として、この国では一番早い交通機関でやって来た。
ところが、年齢も相当いっている筈の、またどう考えても九十哩の道のりをわたしたち以上の短い時日では来られない筈の人が、ちゃんと先着しているではないか。皆その訳を知ろうとして、いっせいに質問を浴びせかけたのも無理からぬことである。以下は師の話である。
「あなた方がお発ちになる時、ここで皆さんをお迎えしましょうと言いましたね。その通りわたしは今、此処にいるわけです。人間は本来実相においては無限であり、時間・空間・制約を知らぬものです。ひとたび人間がその実相を知れば、九十哩の道を行くのに五日もトボトボと歩かなければならないということはないのです。
実相においては、どんな距離でも一瞬にして到達できるものです。距離の長さなんか問題ではありません。わたしはホンの一瞬間前には、あなた方が五日前に出発した村にいました。皆さんがごらんになったわたしの肉体はまだそこで休息しています。あの村に残っている皆さんの同僚は、四時数分前までは、わたしが『もう今頃は着いている筈だから、出迎えの挨拶に行きましょう』と言ったことを証言するでしょう。
このことは、只、わたしたちがどんな約束の場所、どんな定められた時刻にでも、肉体を残したままであなた方に挨拶に来られることを、お目にかけるためにしたのです。皆さんにお供してきたあの二人にも、同じことがやればやれたのです。
そういうわけで、わたしたちが、皆さんと根源を同じくする只の普通の人間でしかないこと、又、神秘めかしいことは何もなく、父なる神、全能にして偉大なる一者が、全ての人間に与え給うた力を、ただ皆さんよりも多く発現させただけであることが、一層よくお分かりになったでしょう。わたしの肉体は今晩まではあそこに置きますが、その後でこちらに引き寄せます。
それで皆さんの同僚の方もこちらに向けて出発し、いずれそのうち到着することになるでしょう。さて、一日ここで休養を取ってから、ここから一日分の旅程先の小さい村に行き、そこで一晩泊まってから、又こちらに戻って例の同僚に会って報告を聞くことにしましょう。今晩宿舎で集会をします。では暫くの間御機嫌よう」→(24)に続く







