「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの随想:最近感じた憤り

2018年06月09日 | 時事随想

 世の中には、理不尽なことが溢れています。最近の出来事で、私が痛感したことを、今日は綴ろうと思います。

 まず、このブログでも取り上げた、新潟五頭山系で起きた親子の遭難事故についてです。多くの方の願いも虚しく、親子は死体で見つかりました。親子は寄り添って倒れていたそうです。死因は,外傷などが無く低体温症によると判断されています。二人の位置関係が気になりましたが、父親の上に覆いかぶさるように子どもが倒れていたそうです。

 これは、何を意味するのかは明らかです。父親の方が先に動けなくなり、その後に寄り添うように子どもが動けなくなったことを意味します。山中で、それも奥深い登山路から離れた地点で、全幅の信頼を置いていた父親が動けなくなり、子どもが置いてきぼりになってしまえば、絶望的な状況です。とてもかわいそうな状況だったと思われます。子どもには落ち度はありませんでした。にも拘らず、どうしようもない状況に置かれたとき、この子は何を思ったでしょうか。

 この事案は、捜索隊の初動の遅れが指摘されましたが、すべての責任が登山者の父親にあることは、言うまでもありません。子どもを連れて活動する場合、十分な考慮が必要なことを改めて考えさせられました。

 しかし、子どもに訪れたこうした絶望的状況が、非日常的な環境の中で起こるばかりか、日常的な生活の場で起こることもあることを、やはり最近の事件で痛感しました。それは、東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が死亡した事件です。両親による日常的な虐待による死でした。捜査1課は、結愛ちゃんが毎朝平仮名の書き取り練習をしていたノートの内容の一部を明らかにしました。以下が、五歳児の悲しすぎる文面です。

 『もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

 ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします

 これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします』



 いたいけな五歳児が感じたこの世界は、何と悲惨な世界だったのでしょう。戦争や災害や事故などの個人の努力ではどうしようもない特別な状況で起きたのではなく、一般的な日常がそうした絶望的な状況だったとは。一番頼りにし、愛情を感じたい両親から、死ぬまで虐待を受けた幼児の文面を、私は涙無くして読むことができません。

 子どもを授かったことが、親になる条件ではありません。動物的な本能による愛情だけではなく、理性的に親である責任をしっかりと受け止め努力することが、親には求められるはずなのに。こうした状況に置かれている子どもたちを救う、児童相談所やNPOなどの的確な活動が必要です。今回の事件も、そうした組織が機能していたら、救えた命でした。

 これからの世界を背負っていく子どもたちに、私たちは、このような理不尽な出来事が起きないように、努力し配慮していかなければなりません。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« マッキーの教室:春の全国統... | トップ | マッキーの『四季を楽しむ』... »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
正義感溢れる先生らしい記事 (tsuguo-kodera)
2018-06-11 06:49:11
 おはようございます。ご無沙汰していました。お元気そうで何よりです。知っていたら、私が育てたかった子供さんです。手塩にかけた娘や息子、その子の孫より優れている子。観音様になっているでしょう。南無大師金剛遍照。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

時事随想」カテゴリの最新記事