大10同好会

普通の高齢者の生活と情報

冬萌(土井)

2009年01月30日 16時21分25秒 | Weblog
まだ少し早いですが、春先、地中から草の芽が吹き出ることを下萌(したもえ)または草萌などといいます。(春の季語)
これに対して今の時季の草や木の芽は休眠から醒めわずかに萌え出でんとしています。この状態及びその芽そのものを冬萌(ふゆもえ)と呼びます。(冬の季語)

古来永永と狂いなく受け継がれている自然の営みに今更ながら感心させられます。
人と自然が一体となってこの輪廻の中に生命を繋いでいる訳ですが、核爆発や石化燃料の大量消費、遺伝子の組み換えなどこれ迄の自然現象になかった人工的な行為が頻繁に行われるようになると、この循環システムに支障を来たし、生命の永続性まで危うくなってきます。
科学が発達して人類が豊かになり、幸せになることの必然性と重要性を否定するものではありませんが、その行き過ぎについては今迄以上に注意を払わなくてはなりません。
このことは自然界のみならず、経済、社会に於いても同様で、自由放任主義が行き過ぎると極一部の人の繁栄が多くの人に圧迫を強いるようになりがちです。
しかしよくしたもで、あれ程全国各地に拡がった背高泡立草も自家中毒現象を起し
今では一時占領していた薄(すすき)原もまた元の薄が盛り返しているし、同様に国でも会社や自治体でも行き過ぎには自ずとブレーキがかかり自浄作用が働くのもまた事実です。

だからという訳でもありませんが、ある程度の注意は払いつつも、あまりクヨクヨもせず、自然の変化にも関心と興味を持ち、少しでも心を豊かにその日、その日を送りたいと思う今日此頃です。

   冬萌も赤し不知火の国なれば   福田蓼汀

   冬萌や湖国の畦木みな低き    藤田湘子

   冬萌を圧す護岸のブルドーダー  たくみ
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図書館に立ち寄る(土井)

2009年01月28日 17時43分20秒 | Weblog
正月の三が日が明けて、世間の活動も平常に戻ったと思ったのも束の間、もう1月も終りで来週からは2月に入ります。
言うまでもないことですが、3日(火)は節分、4日(水)は立春と足早にやってきます。
従って背景も正月用から、節分用に変えてみました、暫くはこの可愛そうな鬼の子達にお付き合い下さい。

先日のゴルフの日も含めて今週は風のない穏やかな日が続いています。
今日もそんな訳で寒くもなく、別に急ぐ必要もなかったので、詩吟の稽古の帰りに図書館に寄ってみました。
何時に変わらぬ光景ですが、綾小路きみまろを支える年代の人が多く、本を読んだりビデオを見たりしていました。
行く度に見かける顔もあり、図書館でゆっくり時間を過ごせるのはいいなぁと思ったり、他にやることはないのだろうかと少し気の毒に感じたりもしました。
私はといえば、知合いの多くが所属している俳句結社2社の月間俳誌を拾い読みして帰りましたが、その内の1社は主宰が高齢で月間が難しくなり、昨年から隔月刊となっていて、11~12月号があっただけで新年号はまだ置かれていませんでした。

いろんな業界や団体でトップの高齢化と後継者不足がいわれて久しいのですが、俳句のような世界も例外ではないようです。
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初ゴルフ(土井)

2009年01月26日 20時56分27秒 | Weblog
通常1月、2月は冬眠期間で、ゴルフの予定は組まないのですが、1~2月はメンバー1人にヴィジター1人がメンバー料金だからと誘われて今日、今年の初打ちに行ってきました。
家から約1時間、豊田市のST.クリークG.C.はかなり格調の高いコースでこの辺りでも割高な部類に入るのですが、今日はモーニングコーヒー、昼食費込みで7275円で済みました。
序でに往復共通勤時間帯割引で高速路料金も半額でした。
風もなく穏やかな天気に恵まれ、真冬のゴルフにしては楽に廻れました。
唯、グリーンが難しく4パット1回、3パットも多くスコアはイマイチで今年こそはと思っていた割には昨年並みとなり、いいスタートが切れませんでした。
今反省してみると、やはりポカミスが多かったのが悔やまれます。
いい加減にやっている訳ではないのに、やはり集中力に欠けて思わぬようなヘマをやらかしていました。
勿論技術の割合が大きいのですが、負けず劣らずメンタルな要素が大きく影響します。
一球一球に集中することの大切さを今日は改めて強く感じました。
今日のメンバーで2月の予約もしてきたので、次回は精神の集中がどこまで出来るか自分との勝負に賭けてスコアを大きく伸ばしたいと思っています。
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生活のリズム(土井)

2009年01月23日 21時11分56秒 | Weblog
大体何時頃に起きて、朝飯を食べ、午前中は何をして、午後のルーティーンをこなして何時頃に寝るというパターンがあり、これが生活のリズムとなっています。
年間の日程に組み込まれる行事やイベント、月間や週間の固定された予定もあって日常の生活が流れていきます。
しかしそのパターンやリズムが時として崩れることがこの所多くなってきたような気がします。
これ迄朝7時前後の目覚めまで夜中に目が覚めることは殆どなかったのに最近は、6時前後に小用で起きたり、夜中に目が覚めてしばらくそのままの状態が続いたりします。
経験的には早く寝た時は夜中や明け方早く目が覚める場合が多いようなので、早く寝なければいいのですが、寒さや疲れで早く寝ることが多くなり、従来のパターンは崩れつつあります。
意識はしたくないのですが、年齢によるものでしょうか。
昨日、今日とグランドコンディション不良でGゴルフが中止になり、午前中の半日を家に居ると、それだけでも少し調子が狂ってきます。
また今日は少し鼻水が出たり寒気がして、風邪気味のようで、これを書いたらすぐに寝ようと思っています。
皆さんも風邪には十分気をつけてお過ごし下さい。


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長期政権待望(土井)

2009年01月21日 18時19分23秒 | Weblog
圧倒的な人気に包まれてオバマ新大統領が無事就任しました。
今後最低でも4年、おそらくは8年間米国のみならず、自由世界のリーダーとして君臨することになり、その間多くの改革がなされ、世界中に大きな影響を及ぼすであろうことが予想されます。

それにつけても思い出すのが、まだ小学生の頃だったでしょうか、イタリアやフランスのリーダーが次々と代わる中、吉田茂がマスコミの痛烈な批判を浴びながら長期政権を維持していたことです。
今では考えられないことですが、当時はNHKまでがその批判に加担していました。
日曜娯楽版の三木トリローの冗談音楽が有名でした。
「耐乏を説くワンマンのキャデラック」などとやっていた記憶があります。
新聞は朝日が清水昆、読売が近藤日出造だったと思いますが時事漫画で盛んに攻撃していました。
子供ながらにも、仏伊などの短期政権はどうなっているのだろう、これでまともな政治が出来るのだろうかと訝る反面、こんなに批判される吉田ワンマンは良くない人だと信じ込んで、早く辞めるべきなのに辞めさすことが誰にも出来ない、だから講和会議に出席する首相の飛行機が落ちればいいと本気で思っていました。

ところが今や情勢一変で我国の政権はあきれる程の短期で、これではその日暮らしの通一遍のことしか出来ません。
思えば吉田茂の日米講和条約、佐藤栄作の沖縄返還、中曽根康弘の国鉄民営化、小泉純一郎の郵政民営化等の大仕事は全て長期政権の賜です。

次期衆院選までは駄目でしょうが、その後での政界再編を経て強力与党と長期政権をを誕生させなければ、現状の打破は難しいのではないでしょうか。
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政治の混迷(土井)

2009年01月19日 14時43分59秒 | Weblog
友よ知らずや昏冥の、嵐の中に身を殉じ、黎明の鐘乱打せし、若き命の揺籃ぞ・・
口を開けば自ずと出てくる懐かしい、第40期橋川敏男先輩の詩曲による「山都逍遥歌」の一節です。
今は僅かに同窓会や同期会の後の斉唱で当時に返るだけで、身は混迷の中にあるというか、やや離れて眺めているというかの状態にあります。

明日のオバマ新大統領の就任式を前に期待で盛り上がっている米国に比べ、我国の政局はどうでしょうか。
麻生内閣の支持率は20%を下回り、身内からの批判も出る始末で、これでは思い切った政策を実行することは出来ません。
こうなったら、どこまでやれるか見る為にも、一度小沢民主党に政権を渡して、しばらく野党に下った方が混迷と閉塞の打開の為にはいいかも知れないとも思われてきます。

南のお隣の名古屋市では今年4月の市長選挙に向けて、現職引退後の後継選定で大もめにもめています。
民主党衆院現職の一匹狼・河村たかしが強い意欲を見せていますが、彼の公約に市会議員の定数と年俸の削減が盛られる可能性があるので、相乗り与党の民主、自民などの市議が猛反発して、弁護士の擁立を図っています。

北のお隣の岐阜市では昨日、無投票で現職市長が三選されましたが、これも何ともシマラナイ状況でした。
市立商業高校を廃止して、立命館に売却することを提案した市長が、市議会で反対され、民意を問うと辞職して選挙に打って出たのですが、反対派の市議団は対立候補すら擁立出来なかったのです。

我々には直接には関係ないのですが、国や周辺で混乱が続くのはやはり良いことではありません。
気分的にも実際にも早くスッキリしてもらいたいものです。

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大相撲序盤戦(土井)

2009年01月16日 12時21分40秒 | Weblog
夏場所などは6時といえばまだ日が高く、従ってその頃家に居ることは稀で、実況を見ることも殆どありませんが、今は5時過ぎには日暮れと寒さが一緒にきて、余程のことが無い限り大相撲の中入り後半の部は見ています。

今場所最大の注目を集めた横綱・朝青龍が頑張って5連勝したことには拍手を送りたいところです。
過去には5場所も6場所も連続休場した先例があるのに、朝青龍だけは日頃の態度が気に食わないということから、3場所だけの休場で今場所を進退をかける場所だと決め付けて追い込む「マスコミの常識」とは如何なものでしょうか?
万全の状態ではないのに出場に踏み切り、気力を振り絞って勝っているのは流石です。
今日以降の健闘も期待したいところです。

もう一つの注目点、初優勝も期待された新大関・日馬富士の初日からの4連敗も予想外でしたが、昨日はやっと勝ちました。
白鳳と並んで実力では他を圧倒しているので、後は心配ないでしょう。

今一つ、次期の大関争いですが、これも外人の把瑠都が一歩先行してきました。
日本人の3大関が負けるのが当然のように負けて、大関のプライドと責任感は何処へやら、その名を汚しつつも相撲を取り続ける状態がここ何年も続いています。

日本人大関は期待されるだけで、次の大関もまた外国人になる可能性の高いことを感じさせる序盤の状況です。
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閉店相継ぐ商店街(土井)

2009年01月14日 18時24分50秒 | Weblog
水曜日午後の詩吟の稽古も今年2回目となりましたが、今日は新しい会場でした。
場所は家のすぐ近くですが、美人先生の実家の敷地の一部を借りて営業していた宝石・時計店が昨年閉店し、しばらく空家になっていたのを先生の父親が詩吟の練習道場用に手を入れて改装したものです。
これ迄の所は公共の会議室で無料、こちらは民間のもので有料ですが、安いのと先生の顔を立てる意味もあって、月1回位は使用することになりそうです。

ここの商店街も昔は映画館も何軒かあって、織子さん達で溢れ、随分賑わっていたそうです。
当時のことは、織機がガチャンと鳴る度に1万円位儲かったということから「ガチャマン時代」と今に言い伝えられています。
しかし時代の趨勢は如何とも致し難く、昔の商店は次々に店を閉めるか一般住宅に変わるかしています。
昨年は又老舗の有名な菓子店まで廃業し、一寸した話題になりました。

そして今日、稽古を終わって帰ろうとしたら、向かいの洋服屋が閉店セールをやっていました。
自転車を店の前に置いて覗いてみると、比較的いいものを安くして売っていました。
30年間に2,3度寄ったか寄らないかの店ですが、何故か女主人が私を知っていたのにはビックリしました。
ヒヤカシの積もりだったのですが、結局冬のブレザーとレナウン・シンプルライフの長袖2着と半袖1着のスポーツシャツを買ってしまいました。
15000円という超お買得でした。

それにしても、これも不況と時代の流れなのか、ポツリポツリと商店が減っていくのは寂しいものです。


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初雪の初句会(土井)

2009年01月12日 16時50分19秒 | Weblog
この冬、結構寒い日はあるも雪の便りはないままにきていました。
今朝窓のカーテンを開けると屋根も木々もすっかり白くなっていて、予期せぬ初雪の景色に驚かされました。

今日は初句会の日、先ず道路を見ると積雪はなく、ホッとしました。
今年の新年会兼初句会は欠席者が多く十九名だけの会となりました。
木曽川の辺(ほとり)に建つ県営の宿泊施設の会場から臨めば、すぐ目の前に青空を映した紺碧の大河があり、その真正面には雄大な伊吹の嶺が望まれました。
私などは若手の部類で、92歳を筆頭に高齢の方々が元気一杯なのには感心します。
とはいえ、昨年はメンバーの内3人が亡くなり、出席を取り止められた人も数人あって、それ相応の時の流れはどうしようもありません。
そして皆さんの話でも、同年の生存者の中でも自分達は若くて元気な方だということです。
俳句を作る意欲と、句を練るために脳みそを絞ること、そして定期的に会合に出てきて他の人達と触れ合うことが健康と老化防止に随分と役立っているようです。
俳句一筋に打ち込んでいる人達の仲間に入れて貰っているので、私もソコソコには頑張ってみようという思いを新たにした新年会でした。

   ピカソにも優る出来栄え福笑
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再び定額給付金について(土井)

2009年01月09日 11時47分16秒 | Weblog
8日に始まった衆院予算委員会でこの問題が大きく取り上げられています。
しかし野党・民主党の追及の仕方はあまりほめられたものではないと私には感じられます。
首相が「多額の金をもらっている人が”12000円ちょうだい”というのはさもしい。人間の矜持の問題だ。」という発言をしたことについて「さもしい」とはどういう意味だと声高に時間をかけて質問をしています。
広辞苑にはこう書いてあると得意げに言っていますが、何もそう大上段に振りかぶって騒ぐことなどないように思います。
高額所得者が生活給付金の色合いの強い給付金を受け取るべきでないとの考えは当然のことで、この高額所得者が「貰えるものなら私にもちょうだい」と言えばその態度をさもしいと感じるのは世間一般の感じ方ではないでしょうか。
それを鬼の首でも取ったようにネチネチと迫ったり、また私自身は受け取らないが、首相自身は受け取るのか、受け取らないのか、明確な答弁が無い限り次の質問はしないという子供みたいな菅代表代行。
支給の法律も通っていない、支給方法の詳細も決まっていない段階で、無理なことを要求し、またその答弁をこれからの追及の材料にしようとする姿勢はフェアーではないと思います。

給付金の支給そのものに反対し、別のことに使うべきだとする反対論も多いのは事実ですが、そう唱える人達が、ではこういう風に使うべきだという具体策を示している訳でもありません。
いろんな景気対策を打たなければならない中で、これも一つの具体策であることは間違いありません。
選挙対策という批判も当たらないとは言えませんが、反対の人よりは賛成の人の方が多いのではないでしょうか。
庶民の期待度はかなり大きい筈です、私も我家もある程度の確信をもって期待しています。
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