大10同好会

普通の高齢者の生活と情報

暖冬(土井)

2007年02月27日 13時27分07秒 | Weblog
冬は寒く、夏は暑いのが普通で、世の中も自然もそれを前提に成り立っているので、今年のように異常に冬が暖かいと、いろんな面で勘狂ってしまいます。
スキー場は早めに閉鎖、ゴルフ場は冬でも営業、産業界も冬物の商売が振るわず、早くも春物商戦に突入するところが出始めています。
現場の人は対応に大変ですが、年金生活者は比較的おおらかで暖冬には大いに助かっています。
昨日バスの日帰り旅行に参加して北陸にふぐを食べに行きました。
例年と違って道端にも山の方にも全く雪がなく、陽光が降り注ぎ、いつもは激しく波打つ北の海も、晴天を映して穏やかに凪いでいました。
北陸は工場の進出も見られ、既存のそれも活発な様子でした。
唯、見た限りでは各地とも商店街はシャッターが目立ち、この現象は全国共通のようで一抹の寂しさを感じました。
ふぐを食べる時いつも感じるのは、ふぐの骨はどうしてこうも硬くて大きいのだろうということです。ふぐは一般の魚とは違う分類ではないかと思わせる程です。
私は魚の刺身は食べませんが唯一ふぐ刺しだけは食べます。
一日中いい天気で、上着も脱いだまま、帰途伊吹山がすっかり霞に包まれ、その麓を真っ白な新幹線が駆け抜けて行きました。

   伊吹山かすむ麓を超特急
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出会い(土井)

2007年02月25日 22時58分27秒 | Weblog
毎日新聞の日曜くらぶ「斜陽に立つ」で古川薫が乃木稀典や児玉源太郎の出会いを中心とした維新の長州人達の人間模様を連載しています。(今日2・25で20回目)
それとは別に山口県庁の「山口きらめーる」の2・23版に伊藤博文の運命の出会いを紹介しています。概略次のような内容です。
初代内閣総理大臣伊藤博文(幼名・利助)は1841(天保12)年現在の光市束荷(つかり)で農民林一蔵・琴子の長男として生まれた。
やがて父が長州藩士で足軽の伊藤家の養子になり、利助も伊藤姓を名乗るようになった。
伊藤が名を成していった理由の一つに、出会いに恵まれたことがある。
中でも彼の人生を変えたのが、長州藩士・来原良蔵(くりはらりょうぞう)との出会いだった。
ペリー来航後、幕府が長州藩に命じた浦賀整備に利助は16歳で出仕した。
そこでの上司が来原だった。来原は伊藤を気に入り、友人の吉田松陰が主宰する松下村塾に入れるように推薦した。松陰がまた、17歳の伊藤の「周旋家(政治家)」としての才能を見抜き、伊藤も実行第一とする松陰の教えに大きな影響を受けた。
1859(安政6)年処刑されえた松陰の遺骸を引き取り、「回向院」(東京都荒川区)に埋葬したのが桂小五郎(木戸孝允)と伊藤だった。
桂は若い長州藩士のリーダー的存在で、来原の義理の兄でもあり、伊藤はその後も桂の恩をずいぶんと受けた。
松陰の遺骨は後に高杉晋作や伊藤らによって、現在の「松陰神社」(世田谷区)に移されました。
そしてそこには今、来原も眠っています。
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八丁味噌(土井)

2007年02月23日 22時31分20秒 | Weblog
昨日今日と1泊2ラウンドのGゴルフツアーに行って来ました。
旅館のバス2台での迎え送りで57名が参加しました。
昨今のお年寄りは元気一杯で若手(?)は圧倒されてしまいます。
宴会でもそうですが、初日の優勝は92歳の最長老、今日2日目の優勝は85歳の次長老で当グループの会長でした。
それはそれとして、帰りの途上で見学した八丁味噌の本舗が印象的でした。
「純情きらり」を見られた方も多いと思いますが、そのモデルとなった醸造所です。
岡崎城より西へ八丁はなれた八丁村で創業されたのが名前の由来だそうです。
創業は江戸初期といわれ、この岡崎の地は東海道と矢作川の交わるところで、大豆や塩を入手しやすく、花崗岩質の地盤からの良質な天然水にも恵まれ、味噌造りの三拍子揃った立地条件だった訳です。
即ち、この八丁味噌の原料は水と塩と大豆のみで他のものは一切使っていないそうです。
直径と高さが約2Mの木樽に約6トンの味噌を仕込み、約3トンの石を積み上げて、約24ヶ月間豆麹で天然醸造されます。
ピラミッド形に積み上げられた石は重心が中央にかかるように工夫されていて、これまでのどの地震にも崩れたことがないそうです。
この大樽が100個並んだ様は壮観でした。

   味噌樽に積まれる石や春浅き
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俳句(土井)

2007年02月20日 13時21分13秒 | Weblog
同じ俳句でも作者によってその主張するところと特徴は大きく異なります。
俳句を始めるということは、自分の感動を5、7、5の短い文型で表現することですが、それだけで終わる人は先ずいません。
自分の作品を発表して誰か他の人にみてもらいたいことと、少しでも上手になりたいという二つの方向に必ず進みます。
前者では新聞、雑誌、機関誌等への投稿が普通のやり方です。
後者では講座を受ける、結社に入り投稿や句会、吟行に参加することによって腕を磨く等が一般的な方法です。
俳句人口の増加に伴ってこれらの方法も多様化し、結社まではいかないグループや団体を作り句会や吟行をしたり、インターネットでの句会や指導も一般的になってきました。
そしてその場合会員の俳句は結社の主宰やグループのリーダーの句風に染まっていくのが普通で、これを良しとして、一筋に励む人もいますし、物足らなくて複数の結社や団体に属して自分の句作の幅を広げようとする人も沢山います。
私の場合、葉書の投稿は「NHK俳句」、インターネット句会は「湯豆腐」「伊吹嶺」です。講座は「NHK俳句友の会」を続けていましたがこの3月で終わりにしました。
句会と吟行は「市民俳句会」にお世話になっており、年1回の1泊吟行、1回の日帰り吟行と毎月第3土曜日の句会に参加しています。
兼題1句、自由題4句の5句提出、7句選です。
出席者は25人前後でほぼ一定しています。この句会では毎月あまり点数は入らないのですが、2月の句会では珍しくかなりの点数が入りました。

   超高層ビルの林立春寒し  (3点)
   干蒲団頭に被り取り入れし (0点)
   大橋の影も大橋冬の川   (5点)
   霜育つ声を聞きゐる峡泊り (3点)
   ほろ酔ふて歩く祇園は春の雪(3点)
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懇親ゴルフ(土井)

2007年02月17日 18時37分27秒 | Weblog
鳳陽会名古屋支部のコンペの常連、乾、大丸(大9)、石井、土井、羽根(大12)あたりで、月1回位は一緒にやりたいという暗黙の思いと意識があり、1月に続いて2・15に予定していました。
予報によると当日は寒波襲来で寒い一日になりそうだということだったので急遽昨日(2・16)に変更しました。
都合でメンバーが変わり、石井、土井プラス私の友人二人で中津川市の瑞稜G.C.に行きました。
着いてみると、グリーンもフェアウエーも積雪で真っ白、従業員が除雪作業を行っていました。
しかし、春のような日差しが降り注ぎ、風もない好天気で30分も経った頃にはすっかり融け、無事一日楽しむことが出来ました。
この時期あまりスコアには拘っていないのですが、それでもイマイチでした。
唯、オリンピックに関しては、バーディーを含む金2個もせしめ、今回も私が他の3人から頂きました。
それにしても天気によって日を選び、しかもビール、昼食、売店のドリンク込みで1万円以下のお値打ち料金で出来るという恵まれたゴルフ環境になったものです。
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低金利時代(土井)

2007年02月15日 14時42分23秒 | Weblog
預金金利が1%未満で、少々の預金では数回の振り込み手数料で吹っ飛んでしまいます。
喫茶店や吟行に誘い合ってよく行く知人に目前の利く人がいて、その人はまだ利益が上がっていた時代に経営していた機屋をスパッと止め、その資金と運用益で優雅に暮らしています。国際優良株や外貨預金で儲かった話を、時々は伝票を見せながら、常日頃聞かされていますが、こちとらはそんな余裕も無く聞き流すのみです。
先日新聞に6%を越すニュージーランド債の募集広告が載っていたので、早速新光証券に問い合わせてみると、購入には支店まで出向いて、面接兼所定の手続きが要ります、しかも今回の分は既に売り切れてありませんが、次回の募集に備えるために是非ともご来店下さいとのことで見込み客として名前まで聞かれてしまった。
取引中の東洋証券に連絡してみると、こちらは2・15締め切りの5.8%のオーストラリア債が少し残っており、書類は速達で送るから返送して呉れればいいので是非お願いしますとのことだった。
どちらにしても外貨建てのため、調べてみると豪ドル相場は85円前後で推移していたものが、徐々に上がりだし、昨年の10月頃90円台に入り、最近は95円近辺でやや分が悪くなってきている。
しかし、金利が国内の約10倍というのは魅力的で、この金利付きなら債権その物の値上がりも十分望めるし、満期の2010年2月16日時点で円高になっていたら、すぐに解約する必要はなく、そのまま外貨預金としておいて措くことも出来ることも確認できた。
そんな訳でなけなしの有金をかき集めて、期限ギリギリの本日正午前ささやかに1万ドルだけ振り込んで来ました。基準となる昨日の終値は94.89円でした。
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続・本歌取(土井)

2007年02月13日 13時27分55秒 | Weblog
「吟詩教範」という題名の詩吟の教本(漢詩集)は一万数千円と高いので、すぐに買うこともないだろうと、奨めてくれた知人のをしばらく借りることにしました。
ペラペラとめくってみると、西郷南洲、木戸孝允、高杉晋作、吉田松陰等維新の傑物といわれる人達の作品も夫々数編載っています。
そしてこの世界にも先人の表現を真似るというか、参考にするというかの例がありました。
 
   休説区区風物美 地霊人傑是神州  乃木稀典(大将) 

   休説区区音節美 詩心畢竟至誠中  吉原潮風(大正13生)

また高校時代漢文の教科書に載っていてその全篇を暗記していた 劉 希夷(廷芝)の「代悲白頭翁」の中の「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」という有名な一節は、何処で仕入れた情報か、またその真偽の程も定かではありませんが、ある人が作者にこのフレーズを売ってくれるように頼んだが拒否された。
為に逆恨みしたその人によってこの作者は殺されてしまったと理解しています。
何時のどの世界にも名声の背後には、邪悪なもの、命懸けのことはあるようです。
   
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故宮博物院(土井)

2007年02月10日 15時41分30秒 | Weblog
明・清朝の紫禁城(故宮)内廷の遺構を利用して1925年に開設された北京の大博物館です。古書・美術工芸品を多く収蔵しています。
しかし、多くの逸品は内戦時に蒋介石により台湾に持ち出され、65年には同名の博物館が台北に開設されました。
この台湾の故宮博物院が創立80周年を機に昨年、大改造、リニューアルオープンしました。
そして、3月25日までオープン記念の特別企画展「大観」を開催しています。
今回は特に、英国や日本からも青磁の至宝を借り受けて所蔵品と一堂に展示しているそうで、これだけのものが見られるのは今回を措いて、もう一生ないだろうといわれています。
興味のある方はこの機会にお出かけになられたらどうですか。
先回少し触れましたが、我々の台湾ツアーは4月で、この企画展には間に合いませんが博物院は見学します。まぁどちらかと言えばゴルフ重点です。
まだ5名以外の申し出がありません。誰か今からでもその気になったら連絡して下さい。
話は変わりますが、中国が台湾の独立は絶対に認めないと強調する背景には、その工業力は勿論のこと、それに劣らずこの故宮博物院の宝物に強い執着があると私は見ています。
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お知らせとお願い(土井)

2007年02月09日 16時03分32秒 | Weblog
当ブログもお蔭さまでYAHOOで検索出来るようになりました。
既にご存知とは思いますが、左欄のカレンダーの色の変わった日付と、その下の過去の記事の月をクリックするとその時の記事が表示されます。
また記事の上か下のコメント( )の中の数字をクリックするとコメントを見たり書いたり出来ますのでなるだけ活用して下さい。
それから気が付かれた方も多いと思いますが、最近投稿本文の下に3本の広告が表示されるようになりました。
この広告を管理者(私)以外の読者がクリックすると、その累計回数が多ければ何がしかの恩典があるそうです。
月末に回数表示がされるようですから、出次第本欄で報告します。
就きましたは、本ページを開かれた際は必ず、3本の広告をクリックして、開く、閉じるして頂きたく、よろしくお願いします。
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稽古始(土井)

2007年02月08日 17時38分14秒 | Weblog
今更でもないのですが、新年になって初めて武術や遊芸の稽古をすることをいいます、唯、京都の舞妓さんは特に年内に始めることで知られています。
現役引退後の時間をどうやって過ごすかは夫々でしょうが、習い事や定期的な軽い運動を始める人が多いようです。
私の場合、俳句では今もってグループ中の最年少、Gゴルフでは最若手グループです。腕や経験は別にしてやはり若干の物足りなさはあります。
今年になって、同年の知り合いから誘われて稽古を見に行きました。
先生が魅力的で、熱心な指導をされ、受講者も同年代か、やや若めで、雰囲気も明るい感じでした。
そんな訳で、動機にやや不純なものが混じるのは否めませんが、前から関心はあった詩吟を2月から始めることになり、昨日初稽古をつけて頂きました。
会場も徒歩(徒歩がよく出て申し訳ありません)4分位の文化会館で、水曜日午後の日程が埋まることになりました。
因みに、生徒は女性4名、男性3名(私含)、先生は一番若く、スタイル抜群、美貌の女性です。

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