MrKのぼやき

煩悩を解脱した中年男のぼやき

失うものはなにもない

2017-12-14 14:45:00 | 健康・病気

今回のメディカル・ミステリーは

厳密にはミステリーではないのだが、

昨年10月28日にアップしたメディカル・ミステリー

後日談である。

 

 11月25日付 Washington Post 電子版

 

Hoping to find other patients, he revealed a cancer often mistaken for ‘jock itch’

他の患者が見つかることを願い、頑癬(いんきんたむし)としばしば間違われる癌を彼は公表した


By Sandra G. Boodman,

 Stephen Schroeder(スティーブン・シュレーダー)さんは失うものはほとんどないと考えた。それは自分のめずらしい疾病によってもたらされる孤立により絶望感が高まっていたからである。

 2年以上の間、Schroeder さんは、乳腺外パジェット病(extramammary Paget's disease, EMPD)と呼ばれるきわめてまれな浸潤性の癌と戦っていた。その病気は彼の陰嚢に浸潤しており、何度か手術が必要だった。EMPD 症例の約半数は女性である;しばしば湿疹や接触皮膚炎と誤診されるこの癌は陰部や肛門などに存在する発汗組織であるアポクリン腺を侵す。

 この癌は緩徐進行性ながら致死的となることもあるが、男性においては時々、真菌感染症の俗語である“jock itch(頑癬、いんきんたむし)”と誤診される。治療はしばしば辛いものとなるが、Schroeder さんにとって最悪の問題は孤立感だった。彼には診断名を伝え、分かち合えるような人間が誰もいなかったのである。

 しかし、そうこうするうちに Schroeder さんは同じような状況にある他の人たちとつながりを持つことから受ける恩恵によって彼の孤立に対する解決を図ろうとした。彼によると、その体験談の豊富さは彼の想像を超えるものだった。

 2016年、2度目の再発のあと Schroeder さんは、話のできる他の患者を見つけたいと思いウェブページを立ち上げた;EMPD の患者は世界中でわずかに数百人しか報告されていない。それまでも、彼はEMPD の患者と連絡を取りたいと考え、シアトル、フィラデルフィア、およびマンハッタンで彼を治療した医師(彼らはいずれも他の EMPD の患者も治療していた)に対して、患者らに自身の連絡先を知ってもらいたいと話していた。

 しかし残念ながら彼の努力には何も反応がなかった。

 

 

Stephen Schroeder さんは、“ディナーパーティーで持ち出すような話題”ではないと彼が言うような病気について、昨年公表した。

 

 Breaking the silence 沈黙を破る

 

 太平洋岸北西部を拠点とする購買共同組合の顧客開拓部長である Schroeder さんは、その年の後半、妻と3人の子供たちの意向に逆らって公表に踏み切った。彼の事例がメディカル・ミステリーの記事として載ったのである。 

 彼が経過を語ることは、この恐ろしい疾患を制圧し“ディナーパーティーで持ち出すような話題”ではない病気について包み隠さず話す一つの手段だったのである。

 自分の経過が、自身も一年以上患っていたように、一見ささいなことに見えるこの病気を軽視しないよう他の男性に注意を促し、仲間である EMPD の患者とのつながりの火付け役となることを Schroeder さんは望んだ。

 Shcroeder さんによると、その後の経緯はとてつもない期待をさらに凌駕するものとなったという。

 「これまでに経験したことのない最高のことでした」と彼は興奮気味に語った。

 掲載後の数週間で Schroeder さんは数百通の eメールを受け取ったという。これまでに EMPD と診断された72人が彼と連絡を取り自分たちの話を伝え合い、治療、医師、対処方法について情報を交換した。その大部分は米国からであり半数は女性だった。そして、ほとんどの人たちが Schroeder さんが立ち上げた国際的オンライン支援グループに参加した。そのほぼ全員が、彼の事例が掲載されるまで、EMPD の患者が存在していることは知っていたが EMPD に苦しんでいる人を他に知らなかったと彼に語っている。

 現在58才の Schroeder さんは、週に約8時間を費やして“自分の新たな熱中”と呼んでいることに携わっている。それは世界中の患者と情報交換し、新たに診断された人や、手術を目前にした人たちに支援のメールを発信し、73の国々からアクセスが記録されている彼のウェブサイトが順調に確実に運営できるようにすることである。さらに彼は癌の研究者たちからの問い合わせにも答えてきた。

 泌尿器科医のあるチームは最近の研究に、Schroeder さんの支援グループのメンバーからもたらされたデータを利用している。この研究は、この稀な疾患に対する新たな研究をもたらしてくれると科学者らは考えている。

 ワシントン州 Spokane(スポーケン)に住み出張の多い Schroeder さんは、彼と連絡を取っている多くの患者と会ってきたが、その出会いを人生で最も有意義なことの一つに位置づけてきた。

 「見知らぬ人と出会うような感じではありません。数時間あるいは数日間のうちに深いつながりを持つことになるのです」と彼は言う。

 

Pushing for a diagnosis 診断を求めていくこと

 

 San Diego の会社で主任技術官をしている Dave Ross さんは、2016年10月、中国から飛行機で帰国中に、フライトアテンダントから渡された新聞で Schroeder さんの記事を読んだ。「なぜその新聞を受け取ったのかわかりません。新聞を読むことはないからです。だけどあの日は読んだのです」と Ross 氏は言う。

 当時50才のこの技術者は Schroeder さんの記事を熟読し不安になった。それが彼自身の経験に奇妙なほど似ているように思えたからである。6ヶ月前、Ross さんは、難治性の頑癬と言われていた病変で皮膚科医を受診していた。その医師は調剤クリームを処方したが、25セント硬貨サイズの痒みを伴う紅斑は持続した。

 Ross さんは自宅に戻ると、Schroeder さんが行ったように皮膚科医に病変部を生検するよう強く求めることにした。Ross さんは Schroeder さんと連絡を取り、彼が医師に尋ねる質問の元になるものとしてウェブサイト上の情報を用いることにした。

 「オンラインに存在するものより Steve (Stephen) から手に入れた情報の方が豊富でした」と Ross さんは言う。「彼の記事に出会ったのはまさにラッキーでした」

 生検では Ross さんが恐れていたものが明らかになった:ある皮膚科医が当初疑っていた扁平上皮癌ではなく実際は EMPD だった。推奨される治療法は Mohs surgery(モース手術)だった。この治療法は皮膚の薄い層を漸次切除し、それぞれを顕微鏡で調べながら悪性病変が検出されなくなるまで切除を続けるものである。

 幼い時に養子に迎えられた Ross さんは、成人してから探し出した生みの母親に電話をかけこの知らせを伝えた。「彼女は私にこう言いました。『ああ、私があなたの年のころにその病気になったわ』」と Ross さんは思い起こす。この疾患の家族性が関与している可能性を考えている研究者もいる。

 Ross さんによると、2017年2月に行われた手術の数日前、始まったばかりの支援グループのメンバーで数年間 EMPD と戦ってきた人物がこの病気で亡くなったという。「この診断は私をひどく恐れさせました」と Ross さんは思い起こす。しかし、彼は定期的に診察を受けており、今のところ癌の再発は見られていない。

 昨年、Ross さんと Schroeder さんは友達となり、Schroeder さんが南カリフォルニアに仕事で出かけたとき2度ほど会って食事をした。

 アラバマ州 Phenix City に住む保険会社の経理部長で66才の Pattee Carroll さんは Schroeder さんの記事に引きつけられた。Carroll さんは 2015 年に EMPD に対する治療を受けていたが、この病気について誰にも話すことはなかった。しかし、彼の記事を読んですぐに彼女は Schroeder さんに eメールを送った。

 「話ができる他の人たちがいること、そうすることで自分の気持ちが楽になるのではないかと思ったからです」と彼女は言う。しかし、普段はこの支援グループを避けるようにしていると Carroll さんは言う。「不安や心配に陥ってしまうからです」

 

A catalyst for research 研究の足がかり

 

 Seattle にある University of Washington School of Medicine の再建泌尿器科学の准教授 Bryan Voelzke 氏にとって、Schroeder さんは真っ先に経験した患者である。Voelzke 氏は Schroeder さんに数回の手術を行っている。Schroeder さんは2014年に診断されてからフィラデルフィアから出身地のスポーケンに戻っている。

 さらに Schroeder さんが集めた患者の情報は Voelzke 氏らによって行われている研究にきわめて貴重なものとなっている。EMPD がたいへん稀な疾患であることから、本疾患の研究のほとんどは、主としてアジアにおける単一施設で治療された比較的少数の患者を包括しているに過ぎないと Voelzke 氏は言う。

 しかし Schroeder さんと連絡を取っている米国人の患者数は、Affordable Care Act(オバマケア)の一環となっている患者中心の転帰とエビデンスに基づく選択が強く強調されたこともあって、EMPD の診断と治療の状況の研究に格段の好機を与えるものとなった。数ヶ月のうちに Schroeder さんは自力で米国の患者の最大とみられる集団を作り上げた;患者らは多施設で様々な専門医によって治療されていた。

 Schroeder さんは自身の支援グループへのアクセスを許可しており、Voelzke 氏のチームは University of Washington の倫理委員会から研究の承認を得ている。1月、研究者らは55名の患者に調査を eメールし、その75%で調査を終えている。

 Urology 誌に掲載された彼らの研究では、平均的な症例では症状が最初に出現してから約21ヶ月後に診断されていることがわかった。患者は、婦人科医、外科医、皮膚科医、泌尿器科医など多様な専門医によって治療されており、Mohs 手術から、陰部疣贅の治療として承認されている調剤クリームの使用まで複数の治療法が行われていた。調査対象の約30%に再発が見られ、その中には、典型的には急速に発生して致死的となりうるような身体の遠隔部への癌の転移が含まれていた。

 Voelzke 氏は、本研究の掲載が EMPD の標準的治療の開発を促進させ、医師や患者への“知識の拡散”の加速につながることに期待しているという。

 Schroeder 氏にとって、昨年は彼自身の健康についても良い知らせがもたらされた年だった。

 困難な手術や皮膚移植が行われながら何度か再発を見たが、Schoroeder さんの癌は一年以上寛解状態となっている。

 彼の活動によって、彼が最も望んでいたことが一つ達成されたのだという:それは同じ疾患を分かち合う他者とのつながりである。

 「その結果、100年生きても会えなかったであろう人たちと出会えたのです。私は、全くの孤立状態で一人で戦っていた状況から、これらの新しい友人たちを見つけるところまで前進したのです」と、彼は言う。

コメント

“かい~の” じゃ、すまされない!

2016-10-28 13:17:41 | 健康・病気

10月のメディカルミステリーです。

 

10月24日付 Washington Post 電子版

 

Doctors thought he just had jock itch. Then it spread.

彼はただの “jock itch”(いんきんたむし=陰部白癬)だと医師は考えた。しかしそれは拡がっていった。

By Sandra G. Boodman, 

 2014年12月4日金曜日の夕方、Stephen Schroeder (ステファン・シュレーダー) さんが、以前から大変楽しみにしていた長い週末休暇を息子と過ごすためにフィラデルフィアからラスベガスに向かう満席の飛行機への搭乗を待っていたとき、彼の携帯電話が鳴り出した。電話は予期せぬ相手だった:Schroeder さんが思っていたより早く彼の主治医が検査結果を伝えてきたのだった。

 Schroeder さんはドキドキしながら聞いていたが、その内容を必死で理解しようとしながら信じられない気持ちでいっぱいだった。彼はごみ箱の縁を書字台として使い、その医師に聞き慣れない単語一つ一つのスペルを教えてもらいながら自分の搭乗券の裏にメモした。それから彼は、フィラデルフィア郊外の自宅にいる妻に簡単なメールを送り、飛行機に乗り込んだ。

 当時55才だった Schroeder さんはその機上で、思うように機能しない機内のインターネットを起動させ情報を求めた。

 それから5時間かけて読んだことによって、彼は怯え、愕然とし、それから、否認の気持ちが生じ、懐疑的となった。「私は、これが全くばかげた間違いであるに違いないと思い続けました。その診断は誤っているはずだと…」そう彼は思い起こす。

 それまで彼や医師たちが大したことはないものと片付けてしまっていた頑固な皮疹が、その後彼の人生を支配し、生命を脅かすものとなることを Schroeder さんは知ることになったのである。

スポーケンで販売マネージャーをしている Steve Schroeder さんは、一年以上も、自分だけでなく医師も、彼がひどい“いんきんたむし(陰部白癬)”だと思い込んでいた。

 今回の経験によって、適切な治療法を提供できるエキスパートを見つける重要性や、疾患について可能な限り学ぶことの必要性、さらには、非常に稀なために支援グループが存在しない疾患に立ち向かう孤独などについて教訓が得られたのだった。

 

A case of jock itch “いんきんたむし”

 

 2013年の秋、Schroeder さんは股間の小さな紫色の吹き出物に気付いた。「私はてっきり皮膚内の毛(内生毛)だと思い、自然に消えるだろうと考えて6ヶ月間それを放置しました」そう彼は思い起こす。その吹き出物は消失したが、代わって陰嚢に10セント硬貨ほどの大きさの赤い鱗状の発疹が出現した。Schroeder さんは、よく見られる股間の白癬感染症の別名である “jock itch(いんきんたむし)” と考え、さらに数ヶ月何もしなかったという。

 「私は男なので、さほどショックはありませんでした」と彼は言う。購買協同組合の会員拡大の責任者である Schoroeder さんは、1989年に最も悪性度の高い皮膚腫瘍である悪性黒色腫(メラノーマ)の治療に成功していた。再発はなかったし、毎年の検査にもずっと気を配っていた。

 2014年の春、定期の受診のあと彼のかかりつけ医が部屋から出ていこうとしたとき、Schroeder さんは“ほとんどあとから思いついた感じで”その赤い発疹の事を思い出し、それについて話したという。

 彼女はその発疹を診察し、いんきんたむしのようであるとの考えに同意見で、標準的な治療を試みるよう勧めた:すなわち市販の抗真菌薬のクリームの塗布である。数週間後、症状が続くため Schroeder さんは再受診した。主治医と、その同僚の医師が診察し、より強力な抗真菌薬を処方した。

 「彼らは二人とも心配には及ばないとの意見でした」と Schroeder さんは思い出す。「それは痛くはなかったのです。ただ痒くて気になってはいましたが…」

 2番目の薬も1番目同様効果はなかった。そのため Schroeder さんは皮膚科医を受診した。彼も、最初は身体の中の閉ざされた湿った部位に繁殖する難治な真菌感染症であろうという同じ見解を示した。しかしその後、その皮膚科医は考えを変え、発赤と痒みを引き起こす皮膚の炎症である湿疹を疑った。彼が使っているシャンプー、石鹸、あるいは柔軟剤に対するアレルギー反応である接触皮膚炎を起こしていた可能性があると、彼は Schroeder さんに告げた。

 Schoroeder さんはそれはおかしいと考えたが、使っていたシャンプーや石鹸の銘柄を変え、柔軟剤の使用を中止した。「治療がうまくいっていると思わせるために彼はそういったのだと思います」その皮膚科医について Schroeder さんは言う。発疹は改善しなかった。

 最初の症状から15ヶ月が過ぎ、ラスベガスでの休暇の数日前、Schroeder さんはその皮膚科医を再び受診し、赤い発疹の原因を解明するために生検をしてほしいと彼に頼んだ。

 「Steve、これはめずらしいものです」空港で皮膚科医からの電話に出たとき、そう言われたことを彼は覚えている。

 

Searching for experts エキスパート探し

 

 その医師は Schroeder さんに、彼の “いんきんたむし” 実際は extramammary Paget’s disease, EMPD(乳房外パジェット病)と呼ばれるきわめてまれな、浸潤性の癌だったことを告げた。これは汗を産生するアポクリン腺に発生する腫瘍である;しばしば女性では外陰部、男性では陰嚢や陰茎に認められる。

 この癌の原因は不明で、家族歴が関与しているかどうかわかっていない;一部の EMPD の患者では、母親が乳癌だった Schroeder さんがそうだったように乳癌と密接な関連がある。

 EMPD は進行が遅い;最初の症状の出現から確定診断までの2年間の遅れは珍しくはないことが研究で報告されている。その一つの理由に、本疾患が顕著な特徴を欠き、湿疹や他の良性の皮膚病変に類似していることがある。EMPD が体内の別の場所に潜在する癌を反映しているケースがあるが、Schroeder さんのように他の癌が見つからないケースもある。

 もし治療されないまま放置されると EMPD は転移し致死的となる。世界中で数百例の報告があるのみで、それらの大部分は50才以上の女性に見られている。

 Schroeder さんはこの通告を理解しようと努めたが、その皮膚科医は EMPD については何も知らないと彼に告げた。形成外科医に相談するよう Schroeder さんに勧めた。

 Schroeder さんは飛行機に乗るとすぐにオンラインで調べたが、読んだ内容に愕然とした。「それは、『これは致命的な病気である』と言っているような内容でした」と彼は思い起こす。「私はただびくびくしていました。私は可能な限り人目を忍びながら多くの時間、祈りを捧げ、泣いていました」同乗者や搭乗員から声をかけられることはなかった。

 Schroeder さんが受診した形成外科医は力になってくれなかった;EMPD については聞いたことがないと彼は Schroeder さんに告げた。「ふさわしい人物をどのようにして見つけたらいいのかわかりませんでした。それは実に恐ろしい時間でした。すぐにこの疾患のエキスパートを探し出すことにしました」と彼は言うが、助けになるようなことはほとんど見つからなかった。

 専門病院に電話をすることは思いつかなかったと Schroeder さんは言う。「私は Sloan Kettering のことを聞いたことはありませんでした」ニューヨークの Memorial Sloan Kettering Cancer Center について彼は言う。この病院がのちに彼の人生において大きな位置を占めることになったのである。

 「一人で癌と戦っていた気がしていました。私は探求心を持ち質問をすることを学びました」Schroeder さんは医師を見つけるのを支援してもらうために彼の皮膚科医に電話をかけ、当時フィラデルフィアの Thomas Jefferson University の再建泌尿器科学の部長だった Bradley D. Figler 氏に紹介してもらった。Figler 氏がEMPD と最近診断された別の男性を治療していることを知って彼は安心した。事実、Schroeder さんは、Figler 氏が彼の10年のキャリアで診たEMPD の4人目の患者だった。

 「患者さんらはすべて非常に類似していました」現在は University of North Carolina School of Medicine の泌尿器科准教授を務めている Figler 氏は言う。「彼らは全員中年の白人男性でした」

 2015年1月、Schroeder さんは Thomas Jefferson で約8時間の手術を受け大きな癌を摘出した。癌は3インチ×2インチ(7.6×5.1㎝)の領域を占拠するまで増大しており、左の足から採取した皮膚が移植された。

 Figler 氏によると、他の専門家たちと行ったこの手術には Mohs(モース)手術が取り入れられたという。この手術法では皮膚の薄い層が段階的に摘除され、悪性所見が検出されなくなるまで病理医によって顕微鏡下に調べられる。周囲の組織への損傷を最小限にしながらすべての癌を摘出することを目標としている。Figler 氏よると、EMPD の症例ではとりわけ難しいという。なぜなら、癌細胞がしばしばひとまとまりになっていないからである。

 「彼は極めて大きな手術に耐え、著しい回復をし、困難な状況にもよく頑張りました」と Figler 氏は言う。「この疾患の専門知識を見つけるのは実に困難ですが、彼は実際に探し出したのです」

 「この手術は様々なレベルで難しいと考えます」とこの外科医は続ける。「男性は(男性器という)この身体の領域に多くの自己イメージを持っているからです」

 Schroeder さんの25年前のメラノーマが EMPD の発生に関与しているかどうかは不明だと Figler 氏は言う。

 

‘Like an octopus’ “タコのように”

 

 Schroeder さんの6週間の回復期が過ぎると、待機の時間が始まった。再発は常であり、例外的ではない。「この癌はまるでタコのようです」と彼は言う。

 昨年、Schroeder さんと彼の妻は親戚に近いところに住むため、フィラデルフィアからワシントン州の Spokane に転居した。10月、彼は、最初の場所から離れていないところに新たな赤い発疹を発見し、Spokane で2度目の手術を受けたが、これは最初のものほど広がっていなかった。

 彼の医師の一人が、Sloan Kettering で進行中の、共焦点顕微鏡を用いた非侵襲的なイメージ技術を採り入れた研究を彼に教えてくれた。共焦点顕微鏡では、通常より早期に、より正確に癌の一部を検出できる可能性がある。

 Schroeder さんはこの研究に登録した。今年の初め、そこの医師らは、彼の足など最初の手術部位の近くに3ヶ所の疑わしい領域を見つけた;生検でそれらの部位の EMPD が明らかになった。2ヶ月前、Schroeder さんはシアトルにある University of Washington で3度目の手術を受けた。その後彼は復職し、研究の一環として検査を受けるために定期的にニューヨークまで飛行機で通っている。

 「私は思うことは試してみて、この病気を寄せ付けないために見つけることが可能な手段があるなら何でも利用するつもりです」と彼は言う。

 彼の病気の最も厳しい一つの側面は同じ病気の患者グループが存在しないことである。彼は EMPD を持つ他の患者と話をしたことがないが、そうしたいと願っており、医師たちには彼の連絡先を他の EMPD の患者に自由に教えるよう伝えている。Schroeder さんは数ヶ月前にウェブページを立ち上げたが、これまでのところ誰からも連絡はない。家族、特に妻の愛とサポートが、彼の回復の支えに不可欠だったと彼は言う。

 Schroeder さんは自身の経験を教訓として役立ててもらいたいと思っている。「男性ならあそこの病気は放っておきたいと思うものです」と彼は言う。「もし今回のことで一人の男性が調べてもらおうという気になったなら、それだけの価値はあるでしょう」

 

パジェット病は主に汗を産生する汗器官であるアポクリン腺由来の

細胞から発生する表皮内癌の一種である。

パジェット病は、乳房の乳頭部に発生する乳房パジェット病と、

主に外陰部、肛門の周囲、腋下に発生する乳房外パジェット病とに

分けられる。

乳房外パジェット病の詳細は下記 HP をご参照いただきたい。

http://health.goo.ne.jp/medical/10340300

http://www.skincare-univ.com/article/015831/

 

乳房外パジェット病は皮膚表皮の中にパジェット細胞という

癌細胞が発生、拡大し様々な皮膚病変を起こし、

痒みや痛みを伴う。

70才以降の高齢者に多く発症する。

欧米では女性に多いが、本邦では男性に多く、

女性の2~3倍の頻度となっている。

乳房外パジェット病では他の臓器のがんを合併することがある。

 

初発症状は外陰部の痒みが大部分で、

境界が比較的はっきりした紅色や淡褐色の斑点として現れ、

ところどころに色が白っぽく抜けた斑点が見られる。

局所の灼熱感や痛みを自覚することもある。

進行すると、一部がただれたり、フケやかさぶたのようなものが

付着したりするようになる。

痒みをともなうことが多いため、

湿疹や白癬症として漫然と治療が続けられ、

発見が遅れてしまうケースも少なくない。

 

外陰部のパジェット病(男性例)

 

外陰部のパジェット病(女性例)

 

日本皮膚悪性腫瘍学会のHP より

 

外陰部病変を見たら注意深い観察を行い、

頑固な外陰部のかゆみや違和感が長く続く場合や、

これらの症状を見ない場合でも

やや盛り上がった赤みを帯びた病変を見た場合には、

病変部の生検を行って組織診断を行う。

 

治療は外科的切除が基本となる。

あらかじめ皮膚生検を行い癌の浸潤度を調べる。

また、手術の前に切除範囲を決める目的で

病変の1~3 cm外側の数か所から組織を採取する

“マッピング生検”を行う。

マッピング生検の結果に基づいて、

正常に見える皮膚を含めて病変から1~3cm 以上、

離れた部位まで切除する必要がある。

切除した標本で浸潤所見を認めた場合には、

広汎外陰切除および両側そけいリンパ節の郭清を行う。

いずれの場合でも欠損が大きくなるため

植皮や皮弁形成などの再建手術が必要となることが多い。

浸潤癌が共存する場合は、しばしばリンパ節転移や

遠隔転移がみられ、予後は不良である。

なお進行期の乳房外パジェット病に対する化学療法や

放射線療法の有益性は確認されていない。

記事中にもあったように

根治手術が行われても術後再発率は高く、

かなり年数が経ってからでも再び病変が

出現することがあるため、

局所再発やリンパ節転移について

慎重なフォローアップが重要である。

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