妻平 爽/公開自主トレ!

 独学! A・SAX吹きの孤独な公開自主トレ日記

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No.434 水曜随想7/海を見ていた午後

2011年08月31日 02時42分09秒 | Weblog
Hotlineのオリジナル曲の中でも数少ない「ラブソング」だ。 それもかなり重いテーマだ。 恋人の死、それに伴う絶望、まったく暗い歌だ。 「鳥海山で自ら命をたった恋人」を持つ知人の話を伺い、生まれたこの曲は当初インストゥルメンタルバージョンだった。 しかし、ボーカル「ヨシヒト」がどうしても歌いたいと希望し、歌詞を後付けして誕生することになった。 日本海から二人で見つめた鳥海山 鳥海山か . . . 本文を読む
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N0.433 暑い夏(当たり前)

2011年08月26日 21時06分23秒 | Weblog
8月中は差し迫ったライブ予定もその後のライブ予定もないので練習はお休み状態です。 ライブはありませんが、季節柄PAは例年より少ないですが入っています。 フォレスタ鳥海の次の日、大曲は好天に恵まれ、、、というより暑すぎ! 初めて操作する他所の業者の機材にちょっと戸惑いながら、時間とともに体力と集中力が削られて意識もうろう(ボーッとしているとも言う) この日は途中でバンドが3つありました。 そのうち2 . . . 本文を読む
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No.432 水曜随想6/まもりたい

2011年08月24日 06時05分40秒 | Weblog
2005年(平成17年)12月25日に羽越本線の北余目駅~砂越駅間で起きた列車転覆事故の犠牲となった「臼井和弘」さんを追悼する曲です。 事故後、臼井さんと一緒に仕事をしていた石田千春さんから作曲の依頼があり誕生したもので、湧き上がる想いが人々を動かした魂の歌でもあります。 当時、鳥海町は日本でも最悪の虫歯罹患率で、これを改善すべく懸命に取り組んでおられた臼井さんを失くした石田さんの悲しみと衝撃 . . . 本文を読む
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No.431 水曜随想5/日本一になった能代商業

2011年08月18日 19時21分33秒 | Weblog
いつもは、音楽関係の記事を書くこのコーナーですが、今回は「日本一になった能代商業」をご紹介したいと思います。 甲子園では、3回戦で惜しくも敗れてしまいましたが、選手全員のチームワークが野球ファンのみならず日本国中を感動の嵐に巻き込んだと言っても過言ではないと思います。 「如水館」戦でみせた奇跡のホームイン阻止。投げては、守備を信じて打たせて取る保坂投手の達観したかのような投球。 全国でも . . . 本文を読む
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No.430 雨が欲しい

2011年08月16日 15時45分04秒 | Weblog
毎日暑い日が続いていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか 皆さん口癖のように「暑い、暑い」というので挨拶がわりになっています この暑さ人間だけでなく農作物にも深刻な被害が出でいるということです 勝手な願いですが豪雨でなく暑さも和らぎ、農作物も助ける雨が欲しいですね さてHotlineの活動は現在夏休み中です この時期メンバーは忙しい方が増えて来ます 獅子まつり、番楽、盆踊りなどなどの町内行事 . . . 本文を読む
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No.429 水曜随想4/見てごらん!

2011年08月10日 05時23分25秒 | Weblog
 ~feel the wind~という英語表記のサブタイトルがついたこの曲は、前回のこのコーナーでお伝えした「工藤ミネ子」さんと製作した第2弾のスクールソングです。 提供学校は、「由利本荘市立川内小学校」。 今回は、子供たちから詩のアイディアを募り、私が曲作りをするというスタイルで臨みました。 曲のイメージを探るため何度も川内小学校を訪れたことが懐かしく思われます。 学校の玄関前に広が . . . 本文を読む
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No.428 生ビール

2011年08月06日 18時28分46秒 | Weblog
8/5ホテルフォレスタ鳥海の生ビール祭でLIVEを行ってきました。 お客様は18時に乾杯~ 19時~LIVEスタートして、アンコール含め8曲のステージとなりました。 後半の盛り上がりは結構凄いものがありました。 LIVE終了後、汗だくの皮膚を見ると、なんとお札がたくさん付着していました。 お花もたくさんいただいて…やはりお客様は神様ですね。 by ヨシヒト(vo & guitar) . . . 本文を読む
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No.427 水曜随想3/笹の子音頭

2011年08月02日 16時06分54秒 | Weblog
平成23年3月末日で、教員を定年退職された工藤ミネ子氏と最初に手がけた「スクールソング」だ。 笹子小学校に、赴任され私の子供たちを指導していただいた縁で、お付き合いが始まった。 当時、私は自治体のイメージソング採用などで、新聞紙上で紹介されるようになり、地元の親しい方々から少しずつ曲作りの依頼を受けるようになってきた時期でもあった。 作詞は、小松勝茂校長(当時)。 笹子の四季を織り込んだ歌 . . . 本文を読む
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