細越麟太郎 MOVIE DIARY

最新の映画情報や批評を掲載します。

●『やすらぎの森』と、黄昏の湖面に堕ちる太陽のような、終焉の美学。

2021年04月10日 | Weblog
●4月9日(金)21-30 ニコタマ・サンセット傑作座<試写用サンプルDVD>
M-010『やすらぎの森』"Il Pleuvait de Oiseaux " <and the Birds Rained Down> (2019) Les Film Insiders Inc. 
監督・ルイーズ・アルシャンボー 主演・アンドレ・ラシャベル、ジルベール・スィコット<126分・シネマスコープ・サイズ>
老齢な人々の、最期の日々を描いた作品は、じつは多く、わたしなどはジェーン・フォンダが名優の父ヘンリー・フォンダに捧げた1981年の「黄昏」を思い出した。
たしか<黄金の湖>という原作で、講演で来日した監督のマーク・ライデルが、青山学院の講堂で、その作品の製作の背景を語った時間を聞きにいったことがあった。
作品については多くを語らなかったが、映画にも出ていた娘のジェーン・フォンダは、父とは長年不仲だったが、父の死期が近いのを気遣って、映画を製作したそうだ。
まさにそれは、この作品と同様に、湖に面したコテージに住む老いた父親に、孫をつれて行き、<旅路の涯て>の数日の黄昏時間を、<お見送りの時間>として描いた。
しかしこの新作は、カナダの作品で、当然のようにフランス語がメインの土地柄もあって、会話は英語ではなくフランス語で、まさに人生の頑固な<たそがれ>の日々を描いて行く。
ケベック州の森林地帯には、小さな湖が箱庭のように多く、わたしも一度、モントリオールに行ったときに、どこにジェット機の滑走路があるのか、不安になるほどの湖面地帯。
家族を離れて、死期の近い老人たちは、ひとつのコミューンのように、その老人で静かな余生を過ごしているが、その人生のラストシーンを描いた作品は意外に多い。
フィリップ・ガレル監督の「愛の残像」(08)や、ステファンヌ・プリゼ監督の「母の身終い」(12)、ウンベルト・パゾリーニの『おみおくりの作法』(13)・・。
昨年公開されたハリソン・フォード主演の「野性の叫び」も、愛犬と共に、自分の死に場を探してカナディアン・ロッキーの山中を歩く、老人の最期を描いていた。
それだけ、やはり健康ではあるが高齢な死期の近い老人も多いわけで、あの「黄昏」を公開時に見たときの現役の自分と、いまのリタイアーした感性では、大きく違って見える。
ラストで、ついに自分の死期を覚ったレミ・ジラールは湖の近くに自分の墓穴を掘って、友人たちに別れの挨拶をして死の床に入る、という自決シーンには感動した。
ひとそれぞれに、こうした時間は、いずれは訪れるわけで、その瞬間を見つめた、この作品には<死>も、自己終焉の幕引きだという大きな責任感に、敬服するのだ。

■平凡なセンター前のゴロを野手が後逸のツーベース。 ★★★☆☆+
●5月21日より、シネスイッチ銀座ほかでロードショー
●4月9日(金)21-30 ニコタマ・サンセット傑作座<試写用サンプルDVD>
M-010『やすらぎの森』"Il Pleuvait de Oiseaux " <and the Birds Rained Down> (2019) Les Film Insiders Inc. 
監督・ルイーズ・アルシャンボー 主演・アンドレ・ラシャベル、ジルベール・スィコット<126分・シネマスコープ・サイズ>
老齢な人々の、最期の日々を描いた作品は、じつは多く、わたしなどはジェーン・フォンダが名優の父ヘンリー・フォンダに捧げた1981年の「黄昏」を思い出した。
たしか<黄金の湖>という原作で、講演で来日した監督のマーク・ライデルが、青山学院の講堂で、その作品の製作の背景を語った時間を聞きにいったことがあった。
作品については多くを語らなかったが、映画にも出ていた娘のジェーン・フォンダは、父とは長年不仲だったが、父の死期が近いのを気遣って、映画を製作したそうだ。
まさにそれは、この作品と同様に、湖に面したコテージに住む老いた父親に、孫をつれて行き、<旅路の涯て>の数日の黄昏時間を、<お見送りの時間>として描いた。
しかしこの新作は、カナダの作品で、当然のようにフランス語がメインの土地柄もあって、会話は英語ではなくフランス語で、まさに人生の頑固な<たそがれ>の日々を描いて行く。
ケベック州の森林地帯には、小さな湖が箱庭のように多く、わたしも一度、モントリオールに行ったときに、どこにジェット機の滑走路があるのか、不安になるほどの湖面地帯。
家族を離れて、死期の近い老人たちは、ひとつのコミューンのように、その老人で静かな余生を過ごしているが、その人生のラストシーンを描いた作品は意外に多い。
フィリップ・ガレル監督の「愛の残像」(08)や、ステファンヌ・プリゼ監督の「母の身終い」(12)、ウンベルト・パゾリーニの『おみおくりの作法』(13)・・。
昨年公開されたハリソン・フォード主演の「野性の叫び」も、愛犬と共に、自分の死に場を探してカナディアン・ロッキーの山中を歩く、老人の最期を描いていた。
それだけ、やはり健康ではあるが高齢な死期の近い老人も多いわけで、あの「黄昏」を公開時に見たときの現役の自分と、いまのリタイアーした感性では、大きく違って見える。
ラストで、ついに自分の死期を覚ったレミ・ジラールは湖の近くに自分の墓穴を掘って、友人たちに別れの挨拶をして死の床に入る、という自決シーンには感動した。
ひとそれぞれに、こうした時間は、いずれは訪れるわけで、その瞬間を見つめた、この作品には<死>も、自己終焉の幕引きだという大きな責任感に、敬服するのだ。

■平凡なセンター前のゴロを野手が後逸のツーベース。 ★★★☆☆+
●5月21日より、シネスイッチ銀座ほかでロードショー

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