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「経済学教徒」である経済学者たちは、自分たちの神のパラダイムを破壊する表券主義やMMTを絶対に認めない。まさに、地動説のガリレオ・ガリレイが、キリスト教の「異端諮問」にかけられたのと同じ状況

2019年03月30日 | 日記
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12450574739.html

チャンネルAJER更新しました。
『フィリップス曲線の崩壊(前半)』三橋貴明 AJER2019.3.25
https://youtu.be/JAX009gvrrk
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三橋TV第71回【正しい「経済学」が出現!MMT!】

https://youtu.be/vUfntH54yVo

 さて、ようやく本記事を取り上げることができます。

 クルーグマン、サマーズ、イエレンといったアメリカの大物から、日本の藤巻といった小物まで、揃いも揃ってMMTを「内容」とは無関係に、印象操作やレッテル貼りで批判している中、まともな論考。といっても、中野剛志先生ですが。

『アメリカで大論争の「現代貨幣理論」とは何か 「オカシオコルテス」がMMTを激オシする理由
◇地動説や進化論も「異端」だった
 ガリレオが地動説を唱えたとき、あるいはダーウィンが進化論を唱えたとき、学界や社会の主流派は、その異端の新説に戸惑い、怒り、恐れた。そして、攻撃を加え、排除しようとした。
 しかし、正しかったのは、主流派に攻撃された少数派・異端派のほうだった。
 このような科学の歴史について、トーマス・クーンは次のように論じた。
 科学者は、通常、支配的な「パラダイム」(特定の科学者の集団が採用する理論・法則や方法論の体系)に忠実にしたがって研究している。科学者の間の論争はあるが、それも、このパラダイムの枠内で行われているにすぎない。パラダイムから逸脱するような理論は「科学」とはみなされずに、無視されたり、排除されたりするのである。
 このため、仮にパラダイムでは説明できない「変則事例」が現れても、科学者たちは、その変則事例を深刻には受け止めない。相変わらず、パラダイムを無批判に信じ続けるのだ。。(後略)』

 ちなみに、わたくしを「MMT派」といったカテゴライズすることはやめて下さい。カテゴライズで人間を振り分けるのは、思考停止の一種ですよ。

 わたくしがMMTの記事を紹介するのは、単に「貨幣に対する考え方」として正しいためです。ちなみに、わたくしが「日本人が本当は知らないお金の話」を書いた時点では、MMTの「え」の字も知りませんでした。

 わたくしが影響を受けたのはMMTではなく、まあ分かる人は分かるでしょうが、フェリックス・マーティンの「21世紀の貨幣論」です。(中野さんの「富国と強兵」は、わたくしの本と同じ時期に刊行されました(偶々です)。

 現在のMMTを巡り理論は、まさに「天動説」と「地動説」の争いに似ています。何しろ、パラダイム(思考の枠組み」の根幹が、
「もしかして、間違っていたんじゃね?」
 という話なので、天動説派が怒り狂い、「MMTなど、議論するどころか考えたくもない!」といった態度で攻撃するのは分かります。

 天動説対地動説、パラダイムと言われてもピンとこない方は、アレを思い出せばいいです。映画マトリクスで、ネオが実は自分が「発電機」として、インキュベーターの中で夢を見るに過ぎない存在であることを知った、あのシーンですね。

 まあ、ネオの場合は美女(トリニティ)の影響か、割とすぐ「新たなパラダイム」に馴染んだ気がしますが、普通の人はアイデンティティの崩壊に直面することになります。



 もっとも、貨幣論の「表券主義」と「金属主義」の争いは、それこそ古代ギリシャから延々と続けられてきました。何しろ、アリストテレス、アダム・スミス、ジョン・ロックと言ったド著名人の皆様が、ことごとく貨幣認識を間違えていたというのが人類の歴史なのです。

 MMT以前に、貨幣認識が正しいか否かは、
「銀行預金がどのように発行されるおカネなのか?」
 を問いただすだけで分かります。

 もちろん、答えは「借用証書と引き換えに、銀行が書くことで発行されるおカネ」ですが、普通の人は銀行預金を含む「おカネのプール」が存在し、そこから「調達してくる」と考えてしまうのです。つまりは、金属主義の延長ですね。

 無論、おカネが貴金属など、特定の形を持つ分かりやすいものでなければならない状況もあります。特定の貨幣社会が、異なる貨幣社会と「交易」をする場合です。為替市場や為替レートがない場合、債務と債権の記録としてのおカネでは取引ができませんものね。

 アテネが紙幣を発行(書くだけだけど)していたとして、アテネ・ドラクマは異なるポリスであるコリントやスパルタでは通用しません。結果、交易の際に「価値を保存」できる貴金属が重宝されたのです(実際には、古代ギリシャのアテネは紙幣を発行しておりませんでした。念のため)

 アリストテレスは、「政治学」において、貨幣について特定の共同体(例えば家族、あるいは部族)が小さいうちは、人々は財(モノ)を共同で保有していた。共同体が分離していくと、人々はそれぞれ必要なものと不要なものを交換する「物々交換」を始めた。やがて、国(古代ギリシャの場合は都市国家ポリス)と国との間で輸出入がなされるようになった。結果的に、モノの代わりを「貨幣」が務めるようになっていった、と説明しています。

 つまりは、物々交換の延長線上で「貨幣」が生まれたと解説しているのです。

 アダム・スミスも同じです。分業が進み、それぞれが自らが生産する「モノ」と自らが、必要とする「モノ」を交換する。この物々交換の不便さを解消するために貨幣が生まれた。というのがアダム・スミスの主張ですが、根本から間違っています。人類が特定共同体の「中」で物々交換の経済を成立させていた歴史は確認されていません。

 そういえば、地動説と天動説の戦いも、古代ギリシャに端を発していますが(フィロラウスやアリスタルコスなど)、その後、真っ当な地動説が出現するのが、16世紀のコペルニクスです。

 人類は、何と1800年以上も「根本から間違えている天動説」のパラダイムの下で生きてきたのです。

 理由の一つは、一神教にあると考えます。「神が地上を創造した」以上、地球が太陽の周りをくるくる回っているような状況は「受け入れがたい」という話だったのではないでしょうか。

 現在の貨幣論争における神は「経済学」です。経済学は、金属主義の貨幣観で発展してしまいました。

 そして、「経済学教徒」である経済学者たちは、自分たちの神のパラダイムを破壊する表券主義やMMTを絶対に認めない。まさに、地動説のガリレオ・ガリレイが、キリスト教の「異端諮問」にかけられたのと同じ状況が現代に出現しているわけです。

 とはいえ、金属主義や貨幣ヴェール論は、間違っているから間違っているのです。経済学という「過つ神」を殺さなければ、日本国の繁栄はないのです。

「経済学という過つ神を否定せよ!」

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