窓を少し開けていると
今日は少し寒いね
でもこのくらいの方が頭はスッキリする
もう寝る時間なのにね
例によって詩日記を書いている
つまり人は人を愛したいのではないか
愛されると気持ちよかったことが
だんだん思い出されてきて
それを誰か他の人でもいいから返したいと思う
できれば本人に返せれば一番いいんだろうけど
愛ってものはそんなケチなものじゃないから
ありがとうを言って
他の人に別なひとからいただいた愛を与えるってのもありだ
だれに返しても減りやしない
総体で愛の量は増えていく
そしてだれかがだれかを愛する
それで愛の経済は成長していく
貨幣経済のようなケチで不公平なものじゃない
弱肉強食でもない
ゼロサムゲームでもない
独り占めもしない
利益のために投資したりしない
損が愛を増す
だれかからそれをもらうと
その価値に気付く
そうするとその価値をだれか他の人にも与えたくなる
そうして与えあっていくうちに
やがてそれらはひとつになっていく
理想はそうなのだろう
でも
実際は人間は苦しみの中で自己を愛している
だから
愛に気づかない
それに気づいて受け止めれば
自分も愛されていることに気づくだろう
太陽は
たぶん愛のヒエラルキーの最高位に位置している
それは万物を照らし、エネルギーを与え続けている
雨は
たぶん愛のメタファーの涙だ
苦しみ悲しみに泣くとき、生命は成長する
地は
たぶん愛の母だ
足に踏まれ、最も下にいてすべてを支える
だから
たぶん人は生きることを美しくもできるのだ
快楽に満ちていなくても
充分に美しさを堪能することはできるのだ
それがどんなに貧しく、悲しく、醜くても
なんかぼくらしくない日記になってしまったみたいだ
愛なんてまやかしで嘘っぱちで偽善だと言ってきたのだから
その意味が未だにわからないと思っているのだから
でも言葉なんてどうでもいいじゃないか
それが与えられたことを知っているし
愛したことも、愛されたこともある
だから
愛し方も知っている
そう思っただけで
すでに愛を感じている
エネルギーが溢れてくる
そのエネルギーを愛し、それに祈る
それが美しくあるように
太陽の光のように
一直線に煌めき、鋭く、温かくあるように
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