TOP PAGE BLOG ENGLISH CONTACT




世田谷区長に就任して3日目となりました。今日は、早朝に出発して福島県南相馬市、そして飯舘村をめざしています。ただし、大型連休の車の渋滞に巻き込まれてしまい、予定時間に到着出来るかどうかわかりません。現在は正午で郡山市の近くまでは来ています。東日本大震災での大きな被害は、地震によって起きた大津波と、原発事故です。南相馬市は、そのいずれの被災地でもあり、市の北部は「20キロ圏内」の「警戒地域」を抱え、市内の多くが「20~30キロ圏内」の「屋内退避」が続いていました。現在は「緊急時避難準備地域」となり、市内の郵便配達や佐川急便などが集荷・配達を再開し、連休明けにはイオンも営業を始めると新聞報道にはあります。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 18 )




 今回の区長選挙結果の報道は「原発問題」が一点で焦点化したが、私の政策の土台には「情報公開と区民参加」を掲げていた。お役所然とした行政組織ではなくて、区民の使いやすい「道具」にどう変革していけるのか。また、「地域の問題はみんなで解決する」ことが定着して、「お互いの顔が見える街」となることで災害時の救援や被害からの再生力が強い世田谷区にしていこうと訴えた。最後の決断はトップがするが、区民と区職員からの提案・提言が日常不断に潤滑に行なわれるようにしたいと思う。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 8 )




4月24日投開票の世田谷区長選挙で激戦の上、当選させていただきました。応援していただいた皆様への日夜を分かたぬ支援に勇気づけられました。また、従来までの政党の枠組みが壊れる中で、世田谷区を地元として長年にわたり国会活動をしてきた私への評価と信頼を多くの区民・有権者の皆さんからいただいたことを何よりの励みといたします。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 14 )




3月11日の地震と原発災害は、私たちの未来に大きな不安と影を落としています。そして、私自身も含めて、私たちの生き方や社会の慣習を大きく変えるように求めていると思います。政治の役割は、暗黒の中に灯を掲げ、困難な壁の向こう側に夢をつくりだすことです。それが25年間、子どもと教育問題をテーマに地域活動をしてきた世田谷で出来るのであれば、思い切った舵取りをしていきたい。国政が危機の前に停滞し、すぐに回答が生み出せない状況が続いていく中で、「新しい社会のあり方」を世田谷から提示していきたいと思うようになり、要請を受けることにしました。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 14 )




「レベル7」の事故との発表があっても、「原発は最良の試験、最善の知識、最良の技術でベストなもの(当時)」などと言い放つ人々が、今ここにある危機に向かおうとせずに、単純に過去の延長線上の政治を続けていこうとしている。この点については、残念ながら、自民党も民主党も大きな差はない。今回の巨大地震に誘発されて、東海大地震が近い将来起きる確率が高まっていると指摘されながら、その震源域の中心には浜岡原発がある。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 4 )




 早いもので4月6日に記者会見をしてから9日間が経過した。そして明後日の4月17日には選挙が始まる。そして、24日には投開票と、すべての日程を合わせても18日しかない。これだけ時間、日数が限られていて、大きな組織や系列がなく、個人や市民が中心となって準備してきた活動が実ることを願いたい。さて、今日は期間前に最初で最後の大集会が開催される。よく言う決起集会だが、そのタイトルは『保坂のぶと世田谷大集会 質問王への質問大会-注文の多い区民たち』となったようだ。大ホールでなく中会議室の開催だが、ひとりでも多くの人に駆けつけてほしい。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 2 )




 福島第一原発の事故評価が、「最悪レベル」の「7」に引き上げられた。ついに、チェルノブイリ原発事故と並ぶ事故となった。3月12日、原子力安全・保安院と原子力安全委員会が発表した。3・11大震災と原発事故の衝撃から1カ月。私たちは、原発事故の深刻化を見つめ、日々流される「危険情報」に慣れさせられていく。農産物の出荷制限、水道水汚染に、大気へ海洋への放射性物質の放出が加わって、この事故が収束する見通しは簡単ではないことを誰もが感じていた。そこに、この評価が加わった。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 6 )




昨日で「巨大地震・津波災害、そして原発事故」から1カ月が過ぎた。夕方には福島県浜通りで「震度6弱」の地震があるなど、大地は揺れ続けている。私は、定例的に開催してきた「保坂のぶとフォーラム」の臨時企画として、「原発問題緊急フォーラム」を開催、小田急線経堂駅近くの会場で100人近い区民・市民と共に現状を考えた。同じ時間帯で、区長選挙に統一候補を模索してきた市民団体が『私たちがめざす世田谷区政』(東京土建世田谷支部大会)というシンポジウムを開催していたので、途中で抜けて約30分参加して会場発言を聞いて一言語ってから、またフォーラムの会場に戻ってきた。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 2 )




明日、11日で大震災からちょうど1カ月となる。あの大震災揺れと甚大な被害、そして原発事故で大きく私も揺さぶられた。今、私たちがどんな時代に生きて、何をしなければならないのかを共に考える企画をここに紹介したい。   . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 4 )




国政はたしかに大事だ。しかし、大災害と原発事故を前に、私は従来までの価値観や常識を覆すことになった。目の前に、この仕事に取り組んでくれという人々が真剣なまなざしで集うときに、私の存在が少しでも閉塞し未来のない社会と時代に風穴をあけ、区政の一部でも刷新していく仕事が即時開始出来るならば、これまでの政治経歴をリセットして、ただただ誠実に仕事することを目指したいと思った。多数の候補が名乗りをあげる激戦だが、国政で経験してきた問題意識やネットワークを地域と言っても84万人もの人々が暮らす自治体で生かす仕事に身を投じるために決心した。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 12 )




 本日午後2時、北沢タウンホールの12階で記者会見をしました。記者・支持者・区民70人の前で「世田谷区長選挙立候補要請を受けて1週間かかり決断しました」と抱負を語りました。会見は1時間に及び、記者や参加者から活発な質問が出ました。 . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 7 )




テレビではACのコマーシャルが減って、その内容も「きっとやれる」「頑張ろう、ニッポン」的なものに変わってきた。もちろん、未曾有の大災害にあたって、悲観的にならないことも、違いを超えて団結することに異論はない。しかし、いまだに続く原発事故も「みんなの責任です」といった一億総懺悔的な物言いには強い違和感を感じる。   . . . 本文を読む


コメント ( 0 ) | Trackback ( 10 )