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衆議院予算委員会で野党側の質疑を傍聴した。小泉総理の表情を見つめていると、厳しい質問に対しては目を閉じて、能面のように硬直した表情をさらけ出している。顔色もいいとは言えず白っぽい。総理というのは、想像しがたい大変な激務である。だから5年近く政権を担当してきて、しかも昨年は「郵政解散」という大立ち回りを演じて疲れが出てくるのは当然のことではある。

 小泉総理の顔が曇るのは、昨年秋の「自民圧勝」によって党内の反対派を一掃し、議席差で野党につけいるスキを与えないという特別国会(昨年9月末~10月)の空気があれよ、あれよという間に一変してしまったからだ。「耐震偽装」では伊藤公介元国土庁長官をかばうあまり、古いステレオタイプの「空とぼけ時間稼ぎ型」の国会運営(閉会中の国土交通委員会の証人喚問をめぐる攻防をさす)をしてしまった。

 平成18年度予算審議が始まっているが、自民党国会対策委員会が考えているのは、「皆が忘れた頃に消化試合をする」という古い戦法だろうと推測する。厳寒もピークを超えて春の兆しが出てくるまで、「耐震偽装」の話題は棚上げをする。従って、証人喚問も参考人質疑もしない――ということだろう。ところが、このやり方は、何ら「改革的」ではなく使い古された手法にすぎず、これに世論はげんなりする。

 ライブドア・アメリカ牛肉・防衛施設庁も加わって、「小泉内閣賛美」の報道はさすがに影を潜めた。そして、モヤのように皇室典範改正をめぐる閣僚からの否定的発言や反対派の動きもやっかいだ。とりまとめ役の安部官房長官自身が、本来は反対派だった訳だから歯切れよくとういわけにはいかない。

 社民党の阿部知子議員が靖国問題で小泉総理を質した。「就任以来、何度も靖国に行っている。今はその是非を問わない。事実として、参拝を続けてきた総理は、悪化した中国・韓国との関係をどのように再構築するビジョンを持っているのか?」と問いかけた。小泉答弁はどう答えるか。「中国が反対するから悪いんですか。中国が行けと言ったらどうなんですか。他の国が行け、行くなという話じゃないでしょう」と、いつものスリカエ答弁に終始した。これまで、何度となく繰り返してきた言い方で、聞かれたことには答えないで反問する。

 ところが、いつものスリカエ答弁には違いがないのだが、どこかいつもと違う。どこが違うのだろうか。そうそう「勢い」がないのだ。手品は早業で勢いがなければ見抜かれてしまう。従来の小泉語はハチャメチャだったが「勢い」があった。文字に起こしてみると論理的には破綻していたが、瞬間芸として画面的には成立をしていたかに見えた。

世は移ろい、歳月は万物を変容させる。「いつもの感じ」がちょっと今日はヘンだと感じたのはなぜかをふりかえってみた。「高転び」という言葉がある。成功の頂点を極めた時に、権力の衰退が始まることを後世の人々が評して使った言い方だ。小泉総理には常軌を逸した侠気があった。わずか半年前「この解散はバクチだ」と言い放った小泉総理は、調子を取り戻せなくて焦るギャンブラーのように覇気を失った。

総理の覇気・張りつめた気力は、たとえ間違った思い込みであっても権力の源泉である。ゴールのない自転車競争の如く日々、力を入れてペダルをこいでいなければ持続しない。9月というゴールが見えた時、小泉劇場から観客が離れ始めた。「後継総裁」は誰かで過熱する状況でもない。すると、この政権は9月まで持つことはないだろうと私は予感する。5月の連休を挟んで、政治権力内の暗闘(人はそれを政局と呼ぶ)が表面化するのではないか。

その時、小泉政権は5周年を迎える。



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