昨日の夜、21時41分から始まった防衛省事務次官の記者会見は、22時55分にまで及んだ。実に74分にわたって語られた内容は、これまでの防衛省の説明が二転三転してきた根本原因を覗かせるものとなった。社民党は朝、常任幹事会で「石破大臣の罷免要求を強く求め、他の野党にもはたらきかけていく」ことを決めて、夕方には海上保安庁と防衛省を呼んで、ヒアリングを緊急に開催した。そのヒアリングの前に防衛省のホームページを見ていたら、事務次官会見概要
がアップされている。やや長い質疑応答で立往生する事務次官の様子がよくわかる。そして、今日のヒアリングと合わせて新たな謎が浮かびあがってきた。
この重大事故の直後、海上自衛隊幹部による隠蔽工作、口裏合わせが行われた可能性が日に日に濃くなってきている。この日、自衛隊のヘリポートから3機のヘリが飛び立った。この3機に誰が乗って、何のために飛んだかが問題だ。防衛省事務次官の発言と防衛省のヒアリングから時系列的にまとめてみよう。
驚いたことに一機目のヘリは、横須賀の護衛艦隊司令部幕僚長他何名かを乗せて午前8時5分に飛び立ち、「あたご」に向った。午前8時半乗船すると9時間も滞在して、「艦長を補佐した。防衛省の組織として事態を把握して、イロイロな情報を市ヶ谷(防衛省)に入れた」(防衛省)という。
もう一機のヘリは館山のヘリポートから7時25分に飛び立った。9時04分に「あたご」に着いたヘリは、航海長を乗せて市ヶ谷の防衛省に向う。9時55分に防衛省に到着し、海幕を経て、大臣室に向った。そこにいたのは、
A: 大体、10名以上は立ち会ったと思います。正確に、正直誰がいたかというのは、なかなか明確に申し上げられないのですが、もちろん大臣はおられるのですけれども、次官、統幕長、海幕長、海幕副長、海幕防衛部長、運用企画局長は、残りました。その他に事務方も6,7名いたかと思いますし、それから大臣の秘書官も陪席していたと私は記憶しております。正確に言うと記憶しているというのは不正確で、当然、いつもそういう大臣の説明には秘書官が立会していますので、いたと思います。(27日・防衛省事務次官記者会見)
6ー7人も事務方がいたというのに「メモを取っていたかどうか確認出来ない」ということがありえるだろうか。この航海長は、防衛省に4時間半も滞在していたのだ。「密室の談義」の内容は秘密のままだ。
ヘリはもう一機飛んだ。館山を8時15分に出たもう一機のヘリは、「あたご」の乗組員を自衛隊横須賀病院に運んだ。「小指の打撲・骨折の治療のため」(防衛省)というが不自然さはぬぐえない。まもなく、事故に遭遇したとはいえ、横須賀に到着するはずのイージス艦からヘリで運ぶという緊急性があったのか。
石破大臣は、この事実を伏せたまま記者会見、国会答弁を繰り返していた。「今後、自衛隊による隠蔽などが見つかったら大臣の辞任も含めて責任を取るか」と辻元清美議員に聞かれて、「その意識はある」(2月22日衆議院安保委員会・石破大臣)としていたが、海難事故の捜査にあたる海上保安庁の事情聴取を待たずに長時間にわたって大臣室で自ら「密室の相談」に乗り出したとしたら、事実をねじ曲げた海上自衛隊の発表に事実上加担したことになる。即刻責任を取る以外にない。
真実は明日、衆議院予算委員会の集中質疑で明らかになるだろう。それにしても、福田内閣の混迷はいっそう深まる中で明日の国会は、与党の強硬策で徹夜で予算案を成立させようという動きが急になってきている。

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