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8月8日、衆議院の解散から、私の周囲では「東京6区」(小選挙区)でたたかうことをめぐって、議論があった。もうあと2週間で選挙が始まるという段階で、次のようなコメント報道機関に送付させてもらった。

本日、このたびの総選挙で東京6区からの立候補を断念したことをご報告申し上げます。
  
8日に衆議院が解散してから連日にわたって地元党世田谷総支部と支援者の皆さんと相談を重ねました。7月に行われた都議選の直後でもあり、時間が限られた中で今度の小選挙区を闘うにはさまざまな面で困難であるとの判断に立ちました。

現職時代を含めて8年間地元でお力添えを頂いた皆様にはたいへん申し訳ないとの思いでいっぱいです。過日この判断を世田谷総支部から都連合に報告し、何回かの議論を経て党・全国連合にも伝えてもらいました。

政治の場に戻り、社会的な弱者、働く人たち、市民の立場で活動したいという思いは変わりません。今後どのように闘うのか比例区も含めて、党・支援者の皆さんとさらに相談して決めたいと思います。

2005年8月13日
                         元衆議院議員 保坂展人


 佐世保から東京に帰ってきて、夕刻雷鳴が轟く中で、上記のメモを書き上げた。周囲の声に耳を傾け、苦渋の決断を自分自身でした。80年代半ばから教育問題を中心に世田谷での地域活動を続けてきた地で、いったん東京6区を撤退するのはたいへん辛い選択だった。今日のところは、中間報告と受け止めていただきたい。




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