今日が何事もなく終わり、「暫定税率の期限切れ」まで国会は残すところあと2日となった。この間、『どこどこ日記』の読者からも多くの情報が寄せられて、道路特定財源の使途のほんの一部だが判明をしてきている。「道路をつくるのか、やめるのか」という二分法の議論はもう通用しない。思えば、はっぴ姿の女性たちが元気よく気勢をあげて、そのまんま東宮崎県知事が道路族と一体化して動き回った頃と世の中の空気は一変している。道路をつくるか、つくらないかが問題ではない。
途方もないコストを飲み込んで膨張の一途をたどってきた道路特定財源は、国土交通省から各地の整備局を通して各国道事務所に分配されてきた。そのお金の使い方がどうなっているのかは、関係者以外は誰も知らなかったのである。これが、道路整備特別会計のシステムであり、予算と契約書によって透明化され、議会の審議を受ける地方自治体の税金の使われ方とはまるで違うということがよくわかった。
そして、金に糸目をつけずに道路大好き市民団体・女性団体を育成してきた「世論偽装」だ。これは、東京から見ているのと地方にいるのとはまったく違う受け止め方をする問題だ。国土交通省の役人がトンネルに入っている。橋を見に行く。高規格道路の工事現場を歩く。すべて当たり前で新聞記事などになるわけがない。ところが、主語の「国土交通省」を「道や街づくりに取り組む女性NPO」に取り替えてみると、とたんに絵になる、記事になるという仕掛けだ。有り余る道路特定財源だから、たとえ数千万円バラまこうと新聞の一面広告などに金を使うよりは、はるかに費用対効果がいい。
つまり、国土交通省道路局の広報戦略の柱となった「未知普請」の思想は、行政が一方通行で情報提供をするのではなく、市民・住民との間を行きつ戻りつしながら協働(コラボレーション)しましょうという作戦は、かなりの高等戦術だった。しかも、6年も継続して女性団体だけとってみても数えきれないほどに拡大・成長してきた。蓄積の成果は、確実にあったのだ。
国土交通省が狙ったのは地元メディアだ。地方紙の若手記者からベテランまで頻繁に開かれるシンポジウムやトークセッション(国土交通省中部整備局では『車座集会』とすら呼んだ時期がある)に記者を「講師」「パネリスト」として招き、関係を深めていく。年数を重ねて、道路建設に格別の思いを抱く記者を各地方紙につくることに成功した。
かつて長良川河口堰や諫早干拓には、時間や労力を惜しまずに取材をして深い理解とともにシャープな切り口で「公共事業の暴走」を伝える記者たちが各社にたくさんいた。まさに旧建設省はこの時期を「敗北の季節」と認めて、時間と労力を惜しまずに記者たちとの関係を獲得し、道路建設への理解者へと導くための工程表を描いた。それが「未知普請」運動の大きな要素はメディアとの良好な関係の再構築でもあるのだ。
地方に住んでいると道路、河川、原発と税金をジャブジャブ使う特別会計を原資とする宣伝・広報・タイアップ、そして行政と響き会う市民団体・女性団体の動きなどを伝える情報が溢れている。私はこの力はあなどれないと思うし、今だからこそ多少の仕組みが見えてきたが、相当の影響力を構築したと評価しなければならないと思う。ミュージカルの「道路をつくれ」「道路をつくれ」の呪術的スローガンは無意識の深層部に刷り込まれ、小泉時代に地下水のごとく浸透していった。
その全構造を明らかにするのが私の仕事だと思っている。皆さんからの情報を待っています。

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