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この2日間は、かなりの強行軍で阿部とも子(社民党政策審議会長)と沖縄に滞在した。昨日は朝4時起きで、6時に空港に到着して午前10時前には那覇空港に到着した。社民党沖縄県連の車で、宜野湾市役所へ。伊波洋一市長が出迎えて分厚い資料と共に、普天間基地を抱える宜野湾市としての調査結果を聞く。屋上に出てみると、アメリカ軍のヘリが1分間に1~2回の頻度でタッチ&ゴーを繰り返していく。伊波市長が指摘するのは、普天間基地の滑走路の両端に、学校、公民館、ガソリンスタンド、人家が密集している「クリアゾーン」があることだ。この離発着の際のもっとも危険なゾーンを「クリアゾーン」と定めていて、アメリカ本国では普天間基地の現在の運用は違法な状態となる。

クリアゾーンの範囲はこちらをクリック→普天間市上空写真 2~3ページに進んで下さい

クリアゾーン・伊波市長の見解「海兵隊航空基地普天間マスタープランについて」

約20分ほど宜野湾市役所の屋上にいて、「普天間基地問題」というのは、「宜野湾市街地上空演習場」なのだと実感した。世界中の米軍基地の中で、こんなに非常識な事故と隣り合わせの基地はない。「だから、一日も早く辺野古移転を」というのも筋違いな話だ。伊波市長は、米軍はそもそもグァムに海兵隊を集中させる計画を現に進めているのだと強調する。(この部分については後日、じっくり紹介したい)

 次に私たちは辺野古に向かった。辺野古で長いこと座り込んでいるおじい、おばあと会い、13年という長きにわたって身体を張って闘っている人々の声を聞いた。「県外・国外移設」を訴える野党候補が全員小選挙区で勝利したことで、辺野古新基地は止まると期待したものの新政権の下で、ハラハラする場面もあったことだろう。しかし、与党3党内に検討チームが設置され「辺野古以外の候補地」を探る動きが始まった今、新しい段階に入った。最後に「再浮上」する危険性が残ってはいるものの日米間でも「辺野古」の可能性は明らかに縮小している。

 海はおだやかな水面をたたえて、私たちを迎えてくれた。沖縄戦で食料が困窮した時にも、この集落の人々は豊かな海の恵みのために餓えることはなかった。その海を守るために身体を張る闘いが13年も続いたのだ。

 その後、大田昌秀元知事にもお会いして、約1時間にわたってお話を聞いた。つい最近も3週間ワシントンに行ってきたのだという。近く阿部とも子さんらが訪米するにあたって、アメリカ議会の誰とコンタクトしたらいいのか、ていねいにアドバイスしてくれた。今朝は、アメリカ総領事館にレイモンド・F・クリーン総領事を訪ねて「普天間基地のクリアゾーン」の危険状態の即時除去を求めた。

とりあえず、走り書きの報告となったが、より詳しい報告を何回かに分けて『どこどこ』からお届けしていきたい。




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