児童虐待防止法は、2000年春に青少年特別委員会での超党派議員立法として生まれた。2003年に衆参両院の超党派有志議員の参加を得て「見直し作業」を行ない、2004年に最初の改正が施された。そして、2度目の改正作業をめぐって超党派の作業チームでの討議が行われている。主に、児童相談所の立入検査に協力しない家庭について「警察力の関与」のあり方をめぐる議論と、「親権(身上監護権)の一時停止」が課題となっている。
私は、00年に児童虐待防止法をつくるための与野党をつないで超党派の土台を築き、03年は超党派見直しチームの事務局長をつとめた。今は、自民党の馳浩議員が中心となって多くの超党派議員が集って議論を続けている。ただ、私は児童虐待防止法によって「発見・救出・保護」された子どもたちが過ごす一時保護所や、長期にわたって親から離れて養育することになる児童福祉施設の窮状が頭から離れない。
今、児童福祉施設に寝起きする子どもたちの多くが被虐待児である。幼児期から1高校卒業年齢の18歳まで施設で過ごす。逆に言うと、18歳になったら住居付の就職先を探すしかない。大学や専門学校に進学しようにも、入学金や学費以外に生活費やアパート代を稼ぎ出さなければならないわけだから、進学は針の穴ほどに難しい。奨学金があると言っても、あくまで貸与であって給付(返済不要)は、ほとんどない。
これは、私たち国会議員の怠慢による「政治の貧困」が生んだ現実である。悲惨な虐待から救出された子どもたちは、社会が自信を持って育てるという国でなく、進路は不当に制約されている。今回の児童虐待防止法改正作業は、こうした「政治の貧困」を改善することを念頭に置いて進めていきたい。

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