今から6年前の2002年(平成14年)6月29日午後3時、札幌東急ホテルで『みち普請戦略会議』が開かれた。主催は北の道普請を育てる会(事務局(財)北海道道路管理技術センター)だった。基調講演は谷口博昭国土交通省道路局企画課長(=当時。その後、近畿地方整備局長→道路局長→技監)が熱弁をふるっている。なぜ、国土交通省が「ミュージカル」まで仕掛けいたのかを知るために重要な資料だ。
「昨年9月に札幌、12月名古屋、今年2月に福岡と日本列島を縦断した「みち普請」のシンポジウムを通して、非常にいい手応えを感じています。日本国の心ある人,志ある人が「このままで本当にいいのだろうか」「もっと我々国民は原点に帰ってエンカレッジしていく必要がある」というような危機感を持って「みち普請」に参画いただいております。
テレビや新聞の世論調査、アンケート調査で、例えば高速道路はもう要らないという意見が7割出ますと、国会議員も小選挙区が影響しているのか気持ちが萎えてしまいます。したがって、「みち普請」で、草の根的に公共事業は本当はみんなのものだという認識を津々浦々に浸透させて、誤った世論調査、アンケート調査がでないようにしていく。そのような流れに引っ張られない国民一人一人が、自分の考えをしっかりと持ち、過ちのない対応ができるような運動論をしていく必要があると思います。
組織体制で言いますと、北海道の場合は北海道道路管理技術センターが事務局です。もう少し体制を整えて、常時の活動として行う方向があっていいと思います。できるだけ最初の段階から多くの人を巻き込む仕掛け、理念も必要で、女性も参画出来る運動論が望ましいと思います。
〔引用終わり〕
小泉改革の時代に呼号された「官から民へ」というスローガンは、「道路整備必要論」という「正論」を世論調査の結果を変えるぐらいの勢いで草の根的に再組織していくという驚くべきおごりを生み出した。この時の「みち普請」がやがて「未知普請」の統一ロゴマークに変わり、近畿・中部を中心にして大々的に展開されることなる。
谷口博昭国土交通省技監 (和歌山県出身。昭和47年東京大学卒業後、47年建設省入省。中部地方建設局、道路局、大臣官房、国土庁調整局等を経て、平成10年建設省道路局高速国道課長、11年道路局企画課長、14年近畿地方整備局長、16年道路局長を歴任。平成18年7月より現職に就任。)
「誤った世論調査、アンケート調査が出ないようにしていく」と断言した道路官僚の尖兵であった道路局企画課長は、今、国土交通省の技監となって君臨している。

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