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忌野清志郎さんが、亡くなった。

58歳。ガンと闘病中だったことは知っていたが、まさか、こんなにという「早すぎる訃報」だった。道を歩いている時や何かを始めるぜという時に、ぼくの耳の後ろに響いていたのは「雨あがりの夜空に」だったり、「ディ・ドリーム・リバー」だった。カラオケで歌ったのも数限りない。その激しくも明るい情感をポップに開花させる清志郎の歌は、お茶目ないだずらっ子に戻ったかのような元気をくれた。

最後にみたステージは、苗場で行なわれた05年夏のフジロックだった。7月30日、1時間40分にわたってライブを堪能した。清志郎は、ステージ狭しとジャンプし、歌い、叫んでいた。あの時のこんな、セリフが頭に残っている。

「俺は36年もロックンロールをやっているんだ。ベトナム戦争の頃から戦争に反対してきた。でも戦争はずっと続いていて終わらない。21世紀になっても、終わる兆しが見えないじゃないか」

 森の中に清志郎の声が響く。前からこうして歌ってきた。そして、今も変わらず歌っている。でも、ふりむけば、あの時代をつくった仲間たちの姿が見えない。そして、今、清志郎のライブに酔いしれるのは、ベトナム反戦や学生運動世代の子どもたちだ。

「愛しあってるかーい」と清志郎。まさに「ラブ&ピース」の世界だ。

 ぼくは、20代の頃に野外ライブの制作・企画をたて続けにやっていた。喜納昌吉さんと親しくなって、全国ツアーをやったのがきっかけだが、自主的なコンサート制作グループを組織して、毎年のようにお祭りをやってきた。「雨上がりの夜空に」がヒットした1980年頃は、こうした活動が日常のすべてだった。仲間たちで集まると清志郎を歌った。

 いつも時代を走ってきた清志郎が、先に逝ってしまうとは、なんとも寂しい。憲法9条を捨てて、戦争を始めたい世襲議員が支配する「毒牙の城=アンシャンレジーム」に攻め込む、ぼくらの解放歌(テーマソング)は、RCであり、ザ・タイマーズであり、清志郎だと心に決めて、今日も動き始めよう。

ご冥福を祈ります。

※今日(5月4日)は、J-WAVE「JAM THE WORLD」のカッティングエッジのコーナーで、「裁判員制度」をテーマに生出演する。スタジオ入りは、午後7時45分なので放送はその後の8時20分ぐらいからになる模様だ。




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