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まもなく、「行く年・来る年」となる。本ブログにおつきあいいただいた皆さんに、改めて感謝の気持ちをこめて、今年のラストを綴ってみたい。

 昨日は、念願のコミケを見に行ったり、いくつかの忘年会に参加して深夜になったためにPCに向かう時間がなかった。だいたい、その日の行動を予測して欠かさずに書くようにしていたが、時々は予測外の出来事も起きる。

「衆議院解散・総選挙」を意識し始めたのは、7月。東京都議会議員選挙が終わった直後だった。「従来の永田町の常識」で言えば、「解散・総選挙」などありえないはずだったが、現実に8月8日解散となった。私が正式に候補者となったのは8月21日、炎天下の中でマイクを握り続けた。

9月11日の投票日、深夜となって周辺があわただしくなった。「もしかすると当選ということになるかもしれません」「共産党で決定しました。残念でしたが、感想は」「いやさっきの共産党で決定は集計の間違いでした。まだわかりません」と情報が乱れ飛んだ。12日の2時過ぎになって、NHKが当確を流したことで歓声が湧いた。東京都で比例区に社民党と書いてくれた30万人の人たちの意志が、ぎりぎりのところで届いたのだ。

 そして、9月21日から国会が始まり、予算委員会に始まり、「共謀罪」を審議する法務委員会を中心に11回の質疑に立った。やはり、2年間のブランクがあり、当初はやや戸惑いもあったが、一瞬たりとも立ち止まれない緊迫感があった。格差社会が広がり、あちこちでSOSや危機を告げるアラームが鳴りやまない。

 2年間の浪人中に、国政での発言・行動を封じられて悔しい思いをしてきた課題も、次々と思い出されてきて、一気に走り出した10月の国会だった。自分の足できちんと立ち、そして発言・行動に磨きをかけていく2006年でありたい。

 また、来年も出来るだけ単線的・一方的にならずに、情報発信から情報交換が出来るネットの活用をしていきたい。ひとりで出来ることは限られているけれど、工夫することは出来る。私の周辺には、たくさんの異議申し立てや疑問、また告発が寄せられる。真偽の確認や吟味も必要なのですべてを公表することは出来ないが、必ずしも公表しない投書やメールから重要な示唆を受けることも少なくない。

 情報の海。その海で軽快に泳ぐためには、私たちの時代の位置感覚・行動範囲を計測できるような海図が必要だ。個人の発信が連合して独立したメディアと成長していくことが出来るかどうか。06年は独立メディアに向かう動きの起源を探ってみたい。








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