ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

2005年の師走祭りは1月28‐30日です

2004-12-27 16:04:39 | 百済王伝説
2005年1月28‐30日、宮崎県児湯郡木城町の比木神社の御神体が、東臼杵郡南郷村の神門神社へ向かいます。
この往復90キロに及ぶ「師走祭り」が終わると、ようやく新しい年が来るのだそうです。

この両神社には百済王漂着の伝説があり、それがきっかけで祭りの調査に出かけるようになりました。
宮崎というと暖かなところを思い浮かべるでしょうが、南郷村は山の中。寒さとの戦いでもあります。

一年目は神門神社側に同行しました。
前前日の晩の星祭りから、比木の神を迎えに出て、迎え火や神楽、そして見送ったあとの火の神祭りまで。
二年目は比木神社のお伴のひとりとして参加しました。
朝からひとつひとつ旅所をまわり、社務所で寝泊りを御一緒させていただき、別れの儀式を終えてまた神社まで。
三年目はどんなかたちで祭りを担う方たちと接していこうか、今から楽しみにしています。

既に私がこれまで調査に出かけている他の百済王伝説を持つ土地の方から、
私たちも行きます!の声が届いています。
佐賀県の加唐島のみなさん、宮崎県の田野町のみなさん、寒い夜空にお会いできるのを楽しみにしています。

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RH(-)の会

2004-12-25 22:42:41 | シホのホ(雑記帳)
血液型がO型のRH(-)です。「愛知県RH(-)友の会」に入っています。入っていますとは言っても、
だからといって何をしているわけでもないのですが、献血をすると必ず勧められるのです。
昔は三重県に住んでいたので、「三重県めぐみの会」というのにも入っていました。
名前は県ごとに違うようですが、たぶんRH(-)の集まりはどの県もあるのではないでしょうか。

さて、「友の会だより」に面白いデータがあったので紹介します。
私たちはよく「何千人に1人の血液型」なんて言うのですが、実際には日本人の1000人に5人はRH(-)なのだそうです。
内訳はA型が500人に1人、O型が700人に1人、B型が1000人に1人、AB型が2000人に1人…
でもめったに出会ったことがありません。
この間、「自分がRH(-)だったと知った!」と、熊野つながりのM先生がめちゃくちゃ驚いていました。
もうすぐ50代のはずですが、「昔はRH(-)なんてなかった」と叫んでいました。
(叫んでいるのではないけれど、声がひどく大きい)
なかったわけではないのでしょうが、確かに私も生まれたときではなく、小学校高学年で知りました。

今までなぜこんな会があるのかなあと不思議に思っていましたが、「友の会だより」にその答えが書いてありました。
1965年5月、愛知県内K市の子どもが心臓手術をするのに、20人分のAB型RH(-)が必要となり、しかし用意ができず、
長野県からの来援によって手術が成功しました。そこで県で会を結成しようという気運が高まり、1969年8月に発足したということです。

ときどきそんな緊急献血の要望のようなチェーンメールがやってきませんか。
友人はゴールを見つけたように安心して私にメールを送ってきます。
でも本当に、そうやって探していた時があったのですね。


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「井領(料)」の支払い?

2004-12-23 22:33:40 | シホのホ(雑記帳)
回覧板がまわってきた。
年末のお知らせに「井領を64人に支払い、48万円使いました」とあった。
「中世、農民が灌漑施設を利用するとき、用水権を持つ荘園領主などに納入した使用料」(『大辞泉』)をさすという
「井領」という言葉を初めて知った。
現在も防水槽や字道の土地借地料を地域の住民で出すのだそうだ。初めて知った。
我が住所の字名は、織田信長が生まれた城の名前からとったものらしい。
なんだか実はかなり歴史のある土地なのだなあと知った。
 
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「浜峰のひもの」がNHKにでます

2004-12-21 22:48:13 | シホのホ(雑記帳)
熊野に行く時には必ず大きなクールボックスを持参します。
友人に熊野行きを告げると、干物の買出しにいくと思っているようです。
この間は熊野にいる間に、「あじ開き2枚」というメールが入りました。

買い出し先の、噂の「浜峰のひもの」がNHKにでます。
明日12月22日(水)8:35-10:59のNHK「ほっとモーニング」の中の30分が
「熊野灘の伝統あるサンマ漁」がテーマなんだそうで、その中の出演です。

熊野を愛する浜口さんの熱い語りを聞いてください。
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中国の親友から

2004-12-20 23:39:34 | シホのホ(雑記帳)
中国に親友がいます。出会ってから20年、通訳の彼女は着々と力をつけ、
親友だからという欲目無しに、自分の想いが相手に伝わっているという実感をもつことのできる
最も信頼のおける通訳になったと思っています。

 さて、その私の実感が独りよがりでないことがようやくわかってきました。
先月から、彼女はチャン・イーモウ監督、高倉健主演の中国映画「単騎千里を走る」
(原題『千里走単騎』)撮影の高倉健の通訳として雲南省麗江市で仕事をしています。
 初日の晩には、「高倉さんてユーモアのある人」と、わざわざ雲南から嬉しそうな声で
電話をかけてきてくれました。そう、高倉健は中国の人からすればヨン様なわけで、
彼女もひたすら渋い人物像を描いていたはずなのです。周囲の心遣いに支えられて、
生き生きと仕事をしている彼女の姿が目に浮かびました。

 今朝、仕事が順調に進んで、すこし休みがもらえたことと、私が喜ぶだろうと、
写真が送られてきました。
 この夏上海で会った時は、あまりの彼女の忙しさに、こちらは一緒に遊べず、
残念な思いをし、こんなに忙しかったら身体こわすよと嫌味さえ言ったわけですが、
彼女は努力に努力を重ねて、こんなに難しい仕事にトライできるところまで来たのです。
 私もそんな友人の頑張りに負けないよう、コツコツと仕事を重ねようと思うのでした。
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