ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

烏薬糖…こんな徐福商品があります

2005-02-26 23:24:48 | 徐福伝説
「烏薬糖」は、蓋付きの陶器に入ったお干菓子です。
烏薬とは言うまでもなく、徐福が探した不死の薬と伝わる天台烏薬のことです。
我が家の空き容器は、今は梅干が入っています。
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18 コメント

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お礼 (永用 哲也)
2006-07-05 20:50:04
初めまして私京菓子司 福田屋の店主です。

本日ホームページを開いて見ますと当店の烏薬糖をご紹介して頂いているのを見てびっくり致しました。

本当にありがとうございます。

ご存知のように約2200年程前に秦の始皇帝の使いとして不老長寿の霊薬を求め和歌山県新宮市に渡来したと言う伝説があります 現在新宮市では不老長寿の霊木と云われている「天台烏薬」を17万本程植林しており

岡山大学や岐阜大学でその効能を研究なさって下さっているそうです。私も地元の為に菓子で頑張ります。
インターネットの面白さ (シホ)
2006-07-05 23:06:25
ありがとうございます。一年半前の記事にコメントが届くとは思っていませんでした。インターネットって面白いですね。



「烏薬糖」、小ぶりでちょっとおしゃれな包装で、容器もあとで使える。いいお土産になります。いつも徐福公園で購入しています。

どんな中身かは福田屋のページをご覧ください。

↓↓↓

http://www.e-fukudaya.com/index.html

↑↑↑





烏薬糖と天台烏薬 (永用 哲也)
2006-07-06 10:25:05
早速お返事有難うございました。 私66歳最近パソコンを始めたばかりでまだ写真等送る技術がないのでごめんなさい。烏薬糖の中身は天台烏薬の新芽を粉末にして沖縄産の黒糖と練り合わせお干菓子にしたものです健康食品と、お茶のお菓子としてご愛用頂いております。新宮市では烏薬茶や市の温泉に烏薬風呂などが有ります。今日はシホ様のお返事を見て心がわくわく

久しぶりに青春に戻った気持ちです有難う御座いました。 あまり上手に説明する事が出来ませんのでわたくしのホームページe-fukudaya,com,ご覧下さいませ



最近熊野古道として世界遺産に選ばれた所です

機会があれば是非遊びに来てください。



宜しくお願いいたします。
烏薬風呂 (シホ)
2006-07-06 17:42:40
シホの上のコメントの矢印(↓↑)ではさんだ空間がお店のアドレスになっているので(文字の色がでないのです)クリックください。

永用さま、今度新宮に行くときはお店に伺いますね。

年に数回は、徐福のことで訪ねています。(鰻を食べに…ではありません。念のため。)
烏薬風呂 (シホ)
2006-07-06 17:44:22
烏薬風呂のことで聞きたかったのでした。

どこにありますか?

徐福のことで訪ねるときに、ついでに、本当についでに温泉にもいきますので。
長命の湯の素 (永用哲也)
2007-02-11 21:51:25
ほるほる様 今晩は何時も貴殿のブログを拝見させていただいております。
中国の海苔の事も紹介して下さいましたが、私からは和歌山県新宮市の入浴料をご紹介させて頂きます
何時も家内と新宮市の「雲取り温泉」によく行くのですが天台烏薬風呂に入ってきます
 先日新宮駅前の徐福公園に行きますと徐福の求めたと言われる「天台烏薬」入り 入浴料が売られていました(財 新宮徐福協会)買い求めて何時もお風呂に入れているのですが何かお肌にうるおいを与えてくれるゆっとりとした気分になります。

 効能には 冷え性 利尿 止痛 打撲痛止と書いていました 因みに 5袋入り 120円でした
買うぞ! (シホ)
2007-02-11 22:40:43
永用さん、お久しぶりです。つい先月も新宮にはいっており、徐福公園にも行っていたのに、入浴剤には気づきませんでした。しかも安い!次回は忘れずに買うことにします。

そういえば先月、新宮で徐福のお菓子のことが話題になり、新宮在住の徐福研究の長老Oさんが「烏薬糖」がお気に入りだと話していらっしゃいました。わたしも初めて食べたのはOさんからいただいたものだった気がします。ファンがいるのって嬉しいですね!
インターネットの偉大さ (永用哲也)
2007-03-13 10:37:59

永用と申します、以前から私のルーツはどこかと色々探していました。と言うのも私の名字が大変変わった名字だからです、最近インターネットに大変興味を持ち毎日机に座って遊んでいます。

以下インターネットから索引  (永用より)
 城永用は1180年~1185年新潟市胎内市にいた事が書かれています、又倉田城等の写真も載っていました
文献によると1182年10月9日4万の軍勢を指揮して木曽義仲と合戦し永用敗走したと書かれている。

1201年吉野の山に逃げるとも書かれている。歴史に弱い私ですのではっきりした事は云えませんが「新宮別当行家」や「源義経」と共に永用も共にしたのかも知れません。

私は父から聞いている記憶の中に明治時代の祖祖父はまだ「ちょんまげ」を結うていたときいた事を覚えています、又私の郷は三重県熊野市新鹿ですので吉野の山とも近く何か関係が有るのかなと益々歴史に興味を感ずる今日です。何れにせよインターネットの偉大さに関心するばかりです。

       京菓子司  福田屋 2代目 永用哲也          

          http://www.e-fukudaya.com/
インターネットの偉大さ (永用哲也)
2007-03-13 16:59:53
1字文字を間違いました、訂正させて頂きます

「新宮別当行家」→「熊野別当行範」
珍しい苗字 (シホ)
2007-03-14 08:25:27
永用さんて、本当に珍しいですね。私も珍しいのですが、珍しい人はなんかインパクトが強くてすぐに覚えてしまいます。それだけで両親に感謝です。
永用さん、記事が古いのでここに入ってくる方が少ないので、次にコメントなさるときは最新記事にどうぞ。話題が違っても他の方がみますから、そのほうがインターネットの楽しさを味わえます。

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