私は、「精進」という言葉が好きだ。自分でもよく使う。
辞典によれば、①「雑念を捨てて一心に仏道を修行すること」、②「身を清め、行いを慎むこと」、③「肉類を食べず、野菜類だけを食べること」、④「ある事に心を打ち込んで努力すること」、などとあった。
仏教の言葉「六波羅蜜」とは、悟りを開いて彼岸に到る六つの徳目のことだが、その4番目の徳目が精進である。上に書いた①~③は、まさに4番目の徳目を強く意識しているように思えるが、私が好きな「精進」は、単に、「ある事に心を打ち込んで努力する」ことで言い尽くされている。
若い人や後輩に対し、「なお一層のご精進を期待したい」、などと激励することもあるが、言葉の用法として、果たして適切なのかどうか。
私自身は、死んで焼かれるまで、「精進」し続けたいと願っている。ただし、意識して行動することが不可能な状態(例えば「認知症」)になってしまえば、それも無理な話なのかもしれない。
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