男のジャニーズファンの独白

独白=ひとりごとで、[毒を吐いて]いるわけではありません^^男ファンから見たあれこれを綴ります。

世界遺産巡り

2011年04月27日 22時43分44秒 | 日記系

 月曜日、いきなり縦横に揺すられながらのいつもの6時間近い道中でインドネシアに戻ってきた現実を味わい…今回、お客が来るので空港へ出迎えに優秀なドライバーを戻し、MUだけが地方に残り…昨日は、歩いて出勤できないことはなかったんですが、日射しのあまりの強さにホテルを出て2、3歩であちこちから声をかけてくるベチャ(輪タク)のおじさんに負けて、ベチャでバイクと人混みをかき分けての出勤になってしまい、またまたインドネシアだと言うことを味わい…

 そして、今日はこっちに来てから一番の仕事の山だったんですが、時間になって先方が来なくても、プレゼンの途中で無計画停電になろうとも慌てず騒がず…無事になんとか終えましたが、なんかどっと疲れがやってきて、早々にホテルに引き上げベッドに横になったらすっかり眠り込んでました^^;

 ってとこで、一応リクエストがありましたし、旅行記の続きでも…

 今回、多少お高いけど現地発の日本語ガイド付きツアーの方が効率よく回れるかと思い、探したらもうタイトルに惹かれてしまい…「マレー鉄道で行く世界遺産マラッカの旅」と完全に旅行会社の思うつぼにはまってしまったMU…前から言ってるとおり乗り物系には目が無い上、実は世界遺産も地味にあちこち回り潰していて…日本には14あるそうですが、東北出身なのに白神山地を除いて全て踏破済みという…国外ではかつてインドネシアに出張した際、ジョグジャカルタ滞在だったので合間を見て2カ所制覇ということで…

 でも、日本語ガイドと言っても今回は中華系な方がやってきて…聞いたら中華系の方は小学校からマレー語、中国語、英語を学んでいるそうなんですが、さらに後で日本語も勉強したとのこと…「だって、話せる言葉が多いとたくさん稼げるから」…日本の若者にも奮起していただきたいもので…え?MUは今さらですので^^;

 KL Sentral駅からSingapore行き特急に乗り…一度こういう国際特急っていうのに乗ってみたかったんですよねぇ…それになんかマレー鉄道って大東亜共栄圏の郷愁も感じるような気がして…

 でも、KL Sentral駅を出るとすっかりベッドタウンが広がり…さらには通勤電車が走る区間を延ばす工事もやっていて、勢いを感じましたねぇ。

 そんな区間を抜けると車窓は一面のアブラヤシのプランテーションに…

 ここから採れたパーム油が、日本だと植物原料の…と謳うセッケンとかになるそうです。

 そう言えば、今回乗った特急はなぜかKL Sentral駅を1分は早く出発してい…ここら辺のいい加減さはやっぱり東南アジアチックでしたが、マラッカの最寄り駅まで約1時間半、二等車の車内は日本の古い特急ぐらいの乗り心地でした。

 最寄り駅からマラッカ市内まではチャーターの車で30分…途中、いかにもバイパス沿いな郊外型ショッピングセンターがあるエリアで、ここにもJUSCOがってことで、その建て方も日本のイオンなショッピングモールと一緒で一瞬どこにいるか分からなくなりましたよ。それと、マラッカ郊外にはソーラーシティっていうのもあるらしく看板が出ていたんですが、看板には太陽光パネルに広がる街が描かれていて、ここら辺はすっかり進んでいるのかと…

 それからマラッカ旧市街に入ると一気にタイムスリップしたような感じに…

 ここはオランダ広場と呼ばれていて、オランダ統治時代には白壁だったのが後からイギリスがやってきてサーモンピンクに塗り直したとか…

 さらにその前にはポルトガルが入っていて、日本史でもおなじみなあの方にゆかりのある教会も…

 その方とは、フランシスコ・ザビエルさん(右)で、マラッカで布教活動中に知り合ったやじろうさん(左)の薦めで日本に渡ることになったんだそうです。

 そして丘に登ると、世界の船の1/3が通るというマラッカ海峡が…かすんだはるか先に大型タンカーが見えましたね。

 まあ、土曜だけあって遠足の小学生とか観光客もいたんですが、こんな方も…

 岩本くんを100倍くらい焦がしたような感じですが、Tシャツがなぜこのキャラクターが?って感じでしたが、実はいかにも無許可品を売っている風なキャラクターショップにも様々なグッズが売ってましたし、こんなところでも大人気なのかと…^^

 あとは、アヤシサ満点と言ったらこんな建物も…

 世界中のありがとう…じゃなくて「ようこそ」が書いてあるようです。

 それから昼はニョニャ料理を…こちらでは中華系なお父さんマレー人のお母さんを持つ男の子をババ、女の子をニョニャと呼ぶらしく、そのニョニャさんの作った料理がニョニャ料理と言うことで、まさに中華系とマレー料理のコラボっていう感じの料理でした。

 で、午後からは今度はその中華系な街へ…

 そのババさんニョニャさんが住んでいた家と言うことで、中が当時から使われていた調度品とかを展示する博物館になっていましたが、どれだけ儲けていたのかって言うぐらい豪華な調度品の数々…それにここでは京都と同じで家の間口に応じて税金がかかっていたらしく、ウナギの寝床状態な作りになっていてたいては写真にある柱と柱の間の間口な家ばかりなのに、ここは×3な間口でした。

 あとは、定番な中国寺院も観て、しばしチャイナタウンの散策を楽しみ帰ってきました。

 こうして、MUの16カ所目になる世界遺産訪問は終わりました。

 象さんの話は…また明日にでも書きますのでもう少々お待ちくださいませ!←Gさん!

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする