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東洋ゴム工業(株)の組織ぐるみの不正を解明!!

私は去る2015(平成27)年3月20日、枚方・寝屋川消防組合本部に東洋ゴム工業(株)の信木会長による「免震積層ゴムの性能データ偽装」に対する謝罪があって以来、枚方・寝屋川約70万市民の生命と財産を守る新たな拠点(建設中の枚方・寝屋川消防組合本部棟建物)に「免震積層ゴムの性能評価」が適正でない製品が、そのことを認知されていたにも関わらず納入され、備え付けられていたことを初めて知りました。
これに納得できないでいた時、たまたまN日刊紙の東洋ゴム工業(株)に於ける『免震積層ゴムの性能データ偽装』と題する連載記事や同社が依頼した弁護士さんらによる社外調査チームによる約300頁に及ぶ報告書を熟読する中で事の重大さを知る事ができましたが、まだまだ全貌を知るまでに至らずW氏の助言を受ける中、これは簡単に許される問題ではなく余りにも悪質で事件そのものである事を悟りました。
それ以降の取り組みについては私のホームページ中のブログ「東洋ゴムによる不正競争防止法違反(虚偽表示)容疑の告発状が受理されました」や2016年5月号・市議会報告トップページ「東洋ゴム工業(株)の不正は許せない」等々に示すように2016(平成28)年2月3日、大阪地方検察庁特別捜査部及び同年3月18日に改めて大阪府警察本部に告発しました。
以来約一年に渡り大阪府警の懸命の捜査によって会社ぐるみの不正と経営陣の刑事責任が問えると判断され、2017(平成29)年3月31日山本卓司前社長始め18人の書類送検がされました。今後は大阪地検による刑事責任の追求を見守りたいと思っています。
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東洋ゴムによる不正競争防止法違反(虚偽表示)容疑の告発状が受理されました。

枚方寝屋川消防組合と組合議会は、市民の生命・財産を守ると共に最近の自然災害等に対応するために、予てより老朽化した消防本部棟とそこに備える設備の更新に向け、平成24年以来着々とすすめられて来ました。
その中で「免震積層ゴム」については、東洋ゴム工業製品を使用する事を承諾。
平成26年9月4日東洋ゴム工業化工(株)明石工場で工場検査完了(この時点で製品の一部に性能が国交大臣認定基準に満たない物件があるとの報告がされていた。)
平成26年9月16日、社長も出席の会議で、枚方・寝屋川消防組合本部棟への「免震積層ゴム」の出荷を決定。(平成27年6月22日、同社外部調査チームの最終報告書を公表)
平成26年9月19・20日建設中の本部棟に据付け。
平成27年2月9日東洋ゴム(株)による「偽装問題」を国交省に報告。
平成27年3月13日国交省が「免震ゴムの性能偽装」を発表
平成27年3月20日東洋ゴム工業(株)信木会長が枚方・寝屋川消防組合の管理者に謝罪
平成27年4月17日、免震ゴムをブリジストン製に交換を決定。
平成27年5月20日免震ゴム全数交換に要する費用等本問題に起因して発生する損害の負担等覚書を締結(消防組合、浅沼組、ニュージェック、東洋ゴム)
平成27年11月末免震ゴムの交換完了。
平成27年2月13日新消防本部棟竣工式典開催。
私は平成26年5月から27年4 月まで、枚方市議会から枚方・寝屋川消防組合議会の一議員として派遣されていましたから、消防に課せられている責務が正しく履行されているかU+2049否かU+2049をチェックすると同時に75万市民の期待に応える議員として、日常活動に励んできました。
折しもそんな時期、しかも消防行政の最も重要な役割を果たす消防本部棟の「免震積層ゴムの偽装事件」だけに、私は断じて許す事の出来ないこととして「企業倫理の問題」や、社会的「正義の問題」として、正さなければならないと言う思いから、昨年6月末頃から取り組みを始めました
幸いな事に、この「免震ゴム偽装問題」を追跡しておられたK社のW氏に巡り会う事が出来、私の認識不足なところも随分補強して頂きました。
私は常々「コト」に取り組む際、必ず「正攻法」を前面に立て、しかもスタンドプレーは一切しない事を旨とし、取り組みの後、誰がその理由を聞かれても、「やむにやまれぬ取り組みだ」と、心ある人なら誰もが納得して頂けるよう取り組んでいます。
従って、今回の告発に至るまでに、直接の担当である消防署は勿論の事、技術的担当部や最高責任者である消防組合管理者の方々に「告訴して頂きたい」旨の申し出をして「時を待つ」ことにしました。
しかし「待てど暮らせど」納得できるご返事は頂けないばかりか、全くの他人ごとで当事者(偽装により直接損害を受けている関係者)としての行動に乗り出して頂けませんでした。
私は、このままでコト(免震積層ゴムの偽装)を見過ごすことが出来ない、引くに引かれぬ、最重要課題であるだけに、何としても「告発して世の中を正さなければならない」との思いであらゆる手段を講じる為にO氏を始め沢山の方々のご指導とご支援を頂きました。
また、A氏がご紹介下さいました、その筋の方々には、昨年9月末からこれまでの長きにわたり、未熟な私の話しをお聞き頂き、その都度適切なご指導を下さいましたそれぞれの方々に心から厚くお礼を申し上げます。
最後に、私ごときの「告発」を受理してくださり、捜査に乗り出して下さいます、大阪地検特捜部の検事の皆様に改めて、心から厚くお礼を申し上げます。
また、東洋ゴム(株)のこれまでの「不正行為の真相」を明らかにして頂き、このような事件が2度と起こらないよう正して頂きますよう願ってやみません。
この告発で、私の家のまわりや身体にどんな不幸が起こらない補償は全くありません。
それだけに、一層の警戒をつよめて参りたいと思っています。
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連続10期当選を祝って頂きました。

今年四月、多くの市民・有権者・労働組合や民主団体のご推挙を頂き、見事枚方市議会議員に連続10期当選(枚方市議会が始まって三人目)をさせて頂きました。
これまで10期務められたお二人の議員さんは、枚方生まれの枚方育ちで、親戚は勿論の事、小学校・中学校・高等学校の 友達など沢山のお知り合いがあって、達成されたものとおもわれますが、小生にあってはそれらが全くない中で実現できた稀な議員と思われている中、こうして実現できた快挙を、後援会を中心に「祝う会」の開催を企画して頂き 、地元を始め各方面の皆様による「枚方市議会議員堀井 勝 10期連続当選を祝う会」なる発起人会の発足をして頂き、昨日は午前11時からひらかた仙亭に於いて、私の10期連続当選を祝う会を開催して頂きました。
伏見枚方市長を始め、平野校区コミュニティ協議会浜田会長、平野衆議院議員、尾立民主党府連代表(参議院議員)、中村府議会議員 、京阪電鉄(株)中妻人事部長、私鉄関西地連松延執行委員長、京阪電鉄労組松尾執行委員長など多くのご来賓の方々から身に余るお褒めのご挨拶を頂き、改めて頑張らなければならない事を痛感致しました。
お礼のご挨拶に立たせて頂く中で、思い返せば幼少の頃、両親と死別しました私は「これからの子どもたちに私が経験した淋しい思いやつらく悲しい思いをさせる事なく、心と血が通う地域社会を贈りたい。」と言う思いから、23歳で日本社会党に入党させて頂き、15年近く地域での党活動と世直しを目指した政治活動に参加しました。
昭和54年春に行われました統一自治体選挙に「子どもを始め社会的弱者に政治の光を当てると共に地方自治の発展と市民福祉の向上、更に世直しを進める。」事を決意し、党の大先輩や所属する京阪電鉄労働組合を始め、多くの労働組合と民主団体、地元牧野地域の皆々様の暖かいご支援で見事、枚方市議会に貴重な議席を与えて頂きました。
以来、早いもので10期(37年目)もの長きに渡り皆々様に親身のお世話になって参りました。
もとより浅学非才な私を常にご指導下さいました後援会の故・乾初代会長、故・野村二代目会長、故・久保田三代目会長とその時々役員を務めて下さいました皆々様、また、7回もの選挙時に事務所をご提供下さいました故・村上建設社長の方々のご冥福をお祈りを申し上げ、まだまだ不十分な私をいついつまでもお守り下さいますようお願いいたしました。
また、この「祝う会」を企画して下さいました後援会中尾名誉会長、青谷六代目会長と発起人を務めて頂きました皆々様、中でもその代表をお引き受け下さいました60年近く家族・兄貴以上のお世話を下さった加藤卓詞様と後援会役員の皆様、会員の皆様、ご出席下さいました皆々様に改めて心からのお礼を申し上げました。
私の政治信条は、前述しました通りで、それらの実行に当たっては、納税者・生活者・勤労者・消費者の声を市政に生かし「市民が主役の市政の実現」を目標に、この37年間一点の曇りもなく、身体的病気もなく、議員活動に励むことが出来ました事を最善の歓びと思っています。
改めて皆々様に心から幾重にも感謝申し上げます。
私の人生がこれで終わる訳でなく、これからも「初心を忘れる事なく、世のため、人のため、枚方市の発展と市民福祉の向上、社会の変革を目指し」全力で頑張って参る所存です。
皆々様の今後とものご指導、ご支援、ご協力を賜りますよう重ね重ねお願いいたします。間もなく本格的な寒さがやってましります。
暮れ暮れもご自愛下さいますようお祈り申し上げます。





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日経ビジネスの記事にたまげました。

先日私は雑誌(日経ビジネス2015年9月14日号)に掲載されました敗軍の将兵を語る。<橋下劇場にしてやられた>竹内 脩[大阪府枚方市長]の記事を拝見させて頂き、この発言内容にまちがいがないとしたら、一体何がどうなってるのとたまげてしまいました。
インタビューだと思われますが、内容を読めば読む程、この方は品格も品性も一般的常識ですら全くお持ちでなかった方だったのかなァーと思いました。また、そのような方を8年もの長きに渡り「枚方市長として仰いで来たのかU+2049」と思うと同時に、私は8年前も、4年前も「この方こそ枚方市長に最も相応し人です」と有権者の皆様に申し上げ、選挙時に懸命の応援して来ただけに、今、その事を冷静に考えますと自分自身の判断の甘さに、改めて自らの人間性の欠如を痛切に感じているところです。
日経ビジネス紙上での前市長曰く、冒頭で「自分の力不足の一言に尽きます」と言われいるものの「意味不明の選挙だった」「争点がおかしかった」「一生懸命応援して頂いたが結束力がたりませんでした」「自民党も民主党も推薦ではなく『頑張って』と言う応援にとどまった」「投票率がたった39U+332Bだった」「自分の実績からすれば他は泡沫候補ばかり」「今回の選挙結果は全市民の民意だとは思えません」「橋下劇場にこちらの陣営はそれに飲み込まれてしまった」「伏見さんは市議や府議の時代にまっとうな質問をしたのかU+2049と言いたい」「伏見さんの主張はおかしい。市民に迎合するための策としか思えません」等々負け惜しみと悔しさ・切なさからかU+2049誹謗・中傷までとうとうと述べておられます。真正直に表現されたのか、それとも常識的判断が出来なくなったのか誠にお気の毒としか表現の仕方がありません。
改めて、私たちの先人が述べておられます「敗軍の将兵を語らず」と言う諺の意味の重さを痛切に感じているところです。
末端であろうとなかろと、政治を志す私たちは、いかに人々の信頼を得るかU+2049得ないかU+2049によって、戦いに負ける時もあれば勝る時もあります。
市民・国民(有権者)本位の政策や施策を実行していれば信頼を得られるだろうし、その反対を実行すれば信頼を損ない失脚するか消滅するのは社会的道理であります。
今日の賢明な国民・市民・有権者の皆様は、納められた税金がいかに有効に使われているかを百もご承知のはずです。私たちは、そうした事に懇切丁寧に説明し、課せられた任務を果たさなければならないと思います。
今日から、伏見新市長が登庁されました。大変失礼な言い方かも知れませんが、私の子供よりも2歳も若い市長です
。私は、天下のご意見番大久保彦左衛門の心境で、伏見市長とご一緒に枚方市政の発展と市民福祉の向上に全力を傾注してまいります。
皆様のご指導、ご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。
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ビックリ?の議会運営について

私は、去る6/22日市議会議員改選後の始めての定例会で一般質問をさせて頂く機会を頂きました。質問の内容は、U+2460市長公約の進捗状況について。U+2461職員及び市長の退職金について。U+2462竹内市長の3期目立候補の有無について。U+2463自然エネルギー(太陽光発電等)活用の取り組みについてU+2464高齢者の孤独死対策について。質問させて頂きました。
冒頭、去る4月の選挙でご支援くださり10回目の議席を与えて下さった市民・有権者の皆々様に心からのお礼を申し上げ、引き続き「清廉・潔白・誠実」をモットーに納税者・生活者・消費者・勤労市民の声を市政に生かし、名実ともに「市民が主役の市政の実現」を目指して頑張って参る事をお誓い申し上げました。
質疑の内容は、何時ものように、私のホームページで公開させて頂きます。
さて、久しぶりにブログに掲載させて頂く内容は、私が竹内市長の3期目立候補の有無について質問しましたところ、竹内市長は「次期市長選挙につきましては、6/12日私の後援会から強い出馬要請を頂きました。―中略―現在出処進退について熟慮を重ねているところであり、最終的な私の考えについては出来るだけ早く明らかにさせて頂きたいと思います」と言う答弁を頂きました。
しかし、私たち(複数以上の議員)は私が質問した6/22日の2日前(6/20日)に行われたM会議の中でY議員から「去る6/15日竹内市長ご本人から3期目に立候補する」旨の話しが有ったと言う報告を受けていました。確認の為、私は6/21日Y議員に電話をしましたが通じず、夕方Y議員から電話があり間違いない事を確認しました。
また、質問をする日の朝M議員に会って「去る6/15日竹内市長が来て3期目の立候補する」旨の話しを聞かれたか?を確かめましたところ「間違いなく控え室でお聞きした」と言うご返事でした。
その日の午後2―3時の間に私は市民を代表して「竹内市長の3期目の立候補について」質問しましたところ、前述した内容の答弁でした。
竹内市長が市議会本会議場で私に答弁された内容と本会議場以外のところでY議員、M議員に述べられている内容が全く違っているので、再度「本当に熟慮を重ねておられる最中なのかU+2049既に決心され一部の議員には立候補を表明されているのではないかU+2049」と正しましたが「熟慮を重ねている。早期に明らかにしたい」と言う答弁の繰り返しでした。
私は「市民を代表して神聖な市議会本会議場でお聞きしている質問者に対する市長の答弁と本会議場以外のところで述べられている内容が違う」(立候補する。熟慮中)事は市民に「嘘」を述べ「二枚舌」を使っているではないかU+2049
このような答弁では、このまま質問を続ける事は出来ない。従って「会議を止めて欲しい」旨を議長に申し上げましたが、議長は「質問を続けて下さい」と言う運営がされた為、私の質問の持ち時間が過ぎ自動的に終了しました。
この程度が「それほど重要な問題なのーU+2049」とお考えの方々がおられるだろうから、一議員として市議会本会議場や議会のあり方について、私の見解を述べさせて頂き、皆々様のご意見を頂きたいと思います。
―議会とは―
日本国憲法の定めにより設置されている「議会」は、その地方に於ける議決機関であり住民の代表機関でもあります。従って、議会の権能は、予算・条例等々地方公共団体(枚方市)の重要な施策を決定し、合わせて首長(市長)の施策の実行を監視するなど市民生活にとって最も重要な機能を担っています。
そこで活動する議員は、住民・市民の直接選挙によって選ばれた者が、住民・市民の代表者として、住民・市民の個々の意思を総合して議決機関として枚方市の意思を形成する任務を持ちます。また、住民の直接選挙で選ばれた首長(市長)とは、それぞれが持つ権限を行使し、地方自治行政を適切に運営する事求められている機関です。
市議会の位置付けが明確になった時点で改めて私が求めた処置を検証します。
私は「市長が神聖な本会議場で『嘘』を述べているのかU+2049また『二枚舌』を使っているのではないか」と正しているにも関わらず、議会運営を一手に司られる議長は、質問者である私の問いに、市長が正しく答弁をするよう促したり時間をとって調整しょうともぜず、只一歩的に私に質問を続けるよう促される運営の仕方に私は全く理解出来ないだけに、住民・市民が理解出来る説明をして頂きたい。
また、このような議会運営は何時しか自らの議会を形骸化させ「理事者(市長)を監視する」と言う議会が本来的に持たなければならない「権能」をも放棄している事を説明して頂きたいと思います。
いよいよ本日(6/26日)は竹内市長が市議会本会議場以外のところで、述べて来た「3期目立候補の表明」の期日です。全く失礼な事に、昨日から各会派の代表を呼びつけ(誰も求めていないのに議会の中で3期目の立候補表明をする旨の理解を求めています)ていますが、私は全く応じる気はありません。それどころか「市議会本会議場は議案の説明を受けたり、住民の代表である議員の質問に答えたり、住民・市民生活の為の予算の審議をしたり、その為に必用な条例を作ったりする場であって、市長個人の演説や個人的な意思表明をしたり、聞いたりする場でないので反対します。」
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我が「師」の「死」を悼み合掌



去る9月20日政治的指導を仰いで来た我が「師」土井たか子氏が肺炎により死去されたと言う報道がありました。
私は、23歳で結婚。組合活動を通じて学ぶ中、労働組合運動の限界を知らされ、自らの生活向上や平和と民主主義を守る為には政治的活動に力を注がなくてはとの思いから、日本社会党に入党。身近な自治体議会議員選挙の応援は日常的活動の範疇だった。
1969(昭44)年、第32回衆議院総選挙時、私が所属していた私鉄関西地方連合会は兵庫2区から立候補された社会党内でも護憲派の「トップリーダー的存在」だった、故土井たか子さんを準組織内候補として大々的な選挙運動を展開。私も応援者の1人として、共に闘う中での出逢いが出来、人なりを知り、党人として、政治家として、思想家として、得がたい先輩を持つ事が出来ました。以来、長い
年月の中で、勝手ながら最も尊敬出来る存在「師」と位置付けさせて頂き今日に至っています。
土井さんは、この間連続12回36年間、社会党・社民党の議席を守り、常に党の顔としてご活躍されました。
成田知巳委員長に召された土井さんは、名実共に「護憲派のトップリーダー」としてその実力を発揮されました。
飛鳥田一雄・石橋政ジ両委員長を懸命に支え、党勢拡大に献身的貢献をされましたが86年の衆・参同日選挙で大敗した石橋委員長の辞任により、「やるっきゃない」と言う決心のもと、女性として始めての野党第一党の委員長に就任されました。(写真は委員長に立候補され全国遊説中、私鉄関西地方連合会の大会に参加された時「共に頑張ろう」と強い絆の握手)当時外国で働いていた、商社マンの方々のお話しによりますと、商談に入る前に相手方より「日本に、女性の野党第一党党首が誕生した事について」の質問攻めにあったようです。1988年、消費税導入を掲げた自民党に対して「ダメなものはダメ」と言う端的で明快な言葉で反対を表明し、翌89年の参議院選挙には女性候補者を多く擁立し「マドンナ旋風」を巻き起こし、与野党逆転を
実現。その時の状況を「山が動いた。」と表現され名台詞をのこされました。
ところがその2年後の91年4月の統一自治体議員選挙では全国的に敗北の選挙であったため、その責任をとって委員長を辞任されました。
しかし、その2年後の93年8月に、細川非自民・非共産政権が成立し、憲政史上初の女性衆議院議長に就任されました。この人事の表向きの姿は最高に素晴らしい様に思えますが、私流の感想は賢明な土井たか子衆議院議員の「口封じ策」人事でなかったか?と今も疑問におもえてなりません。
議長職修了後、社民党に改名された委員長に就任されたりしましたが、民主党の発足がひびき05年の第44回衆議院議員選挙で落選され後は護憲のエキスパートとして、全国各地区で講演されていました1986~91年の委員長にあられた時に、写真にある色紙を頂きました。
真理 以寒梅
耐風雪花開
真理は寒梅のごとし
風雪に耐えて花開く
と言う漢詩です。25年たった今も私の宝物の1つとして大切にしています。
この漢詩は同志社大学の創始者新島襄氏が日銀総裁になられた、深井英五氏に贈られた
真理以寒梅
敢侵風雪開
と言う漢詩を、護憲派の土井さんは「敢えて侵す」と言う言葉を避けられたようです。

私は、もう1つ、高校時代の担任だった先生(恩師)から市議会議員に当選させて頂い時にお祝いの品としてくだささった色紙「一生初心」を35年たった今も居間の常に見える処で大切にしています。
貴重な色紙をくださったお二人の「師」は去られましたがお二人の「意志」は我が身が朽ちるまで引き継いで行く所存です。お二人様のご冥福を心からお祈り致します。合掌
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安倍政権の暴挙を許してはならない!

終戦(敗戦)後、我が国の政治家は69年の長きにわたり、平和主義・国民主権・基本的人権を基本原理とする憲法をしっかり守ると同時に発展させて来ました。
しかし、去る7月1日圧倒的多数を擁する自民党安倍総裁・首相は「憲法解釈を変える(解釈改憲)」と表明して僅か50日足らずの間に「集団的自衛権行使」の閣議決定をしました。
しかもそれは、法治国家として当然とるべき憲法改正の手続きを省略し、自民党・公明党による内閣だけの解釈で「不戦の国」から「交戦の出来る国」へ憲法の基本を根底から変えてしまいました。
私は、23歳にして日本社会党(後に民主党)に入党させて頂き、平和主義・国民主権・基本的人権を死守し、更に額に汗して働く者が主人公となる国づくりを目標に、諸活動を展開し、50年目にしてヤット国政を任せて頂いたにも関わらず、党中央のお粗末な政治運営によって、再び自民党政権の復活をゆるした結果が今日の事態をまねいてしまいました。
無理矢理に「憲法解釈が変更」されましたが、憲法9条は紛れもなく生き残っています。私はこの9条を更に生かせる道を求め、政府が始めよううとする自衛隊法等関連法の改正や新たな法律の制定など、この秋から来春にかけての国会での審議や全国の地方議会の取り組みと合わせて国民的草の根運動との連携により「この政権の暴挙を許さない」運動を続ける事が最も大切にして行きたいと思っています。
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この度の表彰を心からお礼申をし上げます。

昨日、私は全国市議会議長会会長 佐藤祐文氏より「35年の長きに渡り市政の発展と市民福祉の向上に尽くした」として「特別表彰」をして下さった表彰状の伝達式を本市議会の本会議場で行って頂き、ました。
私がこのような表彰をお受け出来る立場にある事は、とりも直さずこれまでご支持、ご支援、ご協力と数多くのご指導を下さいました、市民・有権者の皆々様が側にいて下さり、さまざまなご厚情を頂き、ましたお陰そのもである事に心から幾重にも厚く厚くお礼申し上げます。
当時、右も左も、まして行政内部の事情など全く判らない私を市民の皆様、有権者の皆様、納税者の皆様、生活者の皆様、そして額に汗して働く仲間の皆様の信託にお応えの出来る市議会議員とならせて頂いて、早いもので35年が過ぎました。
私は、議員にならせて頂きました当初から「市民が主役の市政の実現」を主たる目標とし、それの実現に「市民本意・市民生活最優先の市政」を求めて、議員活動、地域活動、議会活動に努めてまいりました。
また、私は「一生初心」を我が座右の銘とし、思想的にも、イデオロギー的にも確固たる信念で、ブレナイいち政治家であり続けたいものの、まだまだ「道半ば」であります。しかし、35年目にして今年は大変喜ばしい出来事がありました。それは、去る6月3日早稲田大学マニフェスト研究所議会改革調査部会が47都道府県、764市、22区、508町103村等々合計1444議会の2013年度議会改革度調査の結果を公表されました。
それによりますと、私たちの枚方市議会の議会改革度は、1444議会中15位(昨年度は92位)にランキングされた事です。
ここに至るまで、国の地方分権改革や民主党政権の誕生による行政内部の「事業仕分け」等が一定進められる中、私たちの議会でも精力的に議会改革に取り組んで来た(6月6日の私のブログで既報)結果が結実したものと思っています。
問題は、ここに留まる事なく「市民が主役の市政」をどのようにして実現させる事が出来るか?市民・有権者の皆々様のご期待に如何にお応え出来るか?等々真摯に取り組んで参る決意です。
忌憚のないご意見をどしどしお寄せ下さいますよう重ね重ねお願い申し上げます。
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枚方・寝屋川消防組合議会が開催されました。

本日午前10時から、平成26年第2回枚方・寝屋川消防組合議会が開催されました。
5月の議会役員改選で4年振りに、消防組合議会議員を務めさせて頂く事になりました。
平成28年までに、消防情報システム及び消防救急デジタル無線整備事業化の取り組みに当り、国庫補助金の獲得に向け大阪府や総務省に働きかけられたものの、最終的に不採択になった為、国が進める「緊急防災・減災事業債」の活用により、当初の目的を果たす、苦肉の策をとらざるを得ないとして議会に計られました。(充当率100㌫、交付税算入率70㌫)と言う比較的条件のいい、組合債の発行であるにしても、借金にかわりなく、この事により枚方・寝屋川消防組合は今年度中の借金残高はなんと、41億8600万円を超える事になりました。
枚方・寝屋川消防組合の運営に当る年間の負担金は枚方市が約42億円で寝屋川市が約28億円ですから、総額で70億円でしかないにも関わらず借金が約42億円もあれば、民間の企業であればとっくに倒産していると思われますが、市民と市民の血税を担保にしている行政だから、こうした事もまかりとをるのかもしれないが、とっても危険がいっぱいだと言う思いから、管理者である竹内市長に「こんなに負債を背負って、大丈夫か?」と正すとともに「その事によって市民サービスの低下をもたらさないよう」要望しておきました。
北海道夕張市も、まさか行政が崩壊するとは思ってなかっただろうが、今日日本のどこの自治体であろうと、少子高齢化の進展と定住人口の減少していく中、将来にツケをまわす施策を続けていたとしたら、必ず第二、第三の夕張市になりかねないと思います。
それだけに、私たち市民の皆様から信託をうけた議員が、シッカリと行政を監視しなければならない事を決意し、頑張って参ります。
今年から来年にかけて大変重要な年だと思います。各議員がどんな振る舞いをするか?大きな、大きな「目」を見開いて、よくよく観察して頂きますよう重ね重ねお願い申し上げます。
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ヤット議会改革度が15 位にランキングされました。

去る6月3日、早稲田大学マニフェスト研究所議会改革調査部会が、47都道府県、764市、22区、508町、103村等々合計1444議会の2013年度議会改革度調査の結果を公表されました。
私たちの枚方市議会の議会改革度は、1444議会中で15位(昨年度は92位)にランキングされました。
去る2011(平成23)年4月の統一自治体選挙の直前の2月12日の朝日新聞は、全国自治体議会のアンケート結果を報道しました。
それによりますと、653の自治体(全体の36㌫)が、3ない議会(首長提案の議案に対し修正も否決もしない議会、議員提案の政策条例を制定した事のない議会、議案にたいする議員個人の賛否を公開しない議会)であり、我が枚方市議会もその中にあると報道されました。
私は、その直後の選挙戦で、地域主権(地方分権)、行財政改革、議会改革、情報公開将来にツケを残さない市民が主役のまちづくりを強く訴え当選させて頂き、6月7日我が会派は4つの調査特別委員会設置を議長に申し入れた結果、議会改革調査特別委員会の設置をして頂きました。
この特別委員会の委員長を務めさせて頂いた私は、翌12(平成24)年3月議会に議員歳費6㌫削減と次期2015(平成27)年4月に実施される議会改選時には現在の34人から2名減員の32人とする改革を全委員さんのご協力を得て実現しました。
また、本年1月6日のブログで申し上げていますように、この3年間の議会改革の取り組み(議会基本条例の成案)や全議員の懸命な活動と何よりも議会事務局職員の並々ならぬ献身的なご協力等々全ての取り組みの結集が今回のランキングを得たものとおもいます。
私たちは、此に安堵する事なく、これからも益々市民目線に立って、市議会と枚方市政の発展に頑張って参ります事をお誓い致します。
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先覚者の教えと日本の伝統の精神(日本の心)を学ぶ

去る4月29日は、天候こそ優れなかったが、久し振りに公用の予定もなく、私的には大変充実した「昭和の日」を過ごさせて頂き、ました。
昨年のNHK大河ドラマは、幕末・維新の時代を果敢に生きられた新島八重さんの生きざまを毎日曜日の晩放映されました。
私は、それ以前から毎年の始めに、日本の近代史(幕末から昭和の時代)を、今一度じっくり勉強したいと思いながら、その機会が中々持てず1年、また1年が過ぎる事の繰り返しを続けて来ました。
ところが、幸いな事に「昭和天皇の誕生日」の29日、ヤットその希望を叶える事が出来午後イチから京都市東山区に創建されている、幕末・維新ミュージアム「霊山歴史博物館」を訪れる事が出来ました。
霊山歴史博物館は、明治100年を記念して1970年に開館された我が国初の幕末・維新を専門とする歴史博物館で、勝 海舟をはじめ吉田松陰、大久保利通、阪本龍馬、桂小五郎、西郷隆盛、高杉晋作、中岡愼太郎と言った偉人や幕末の志士は勿論のこと、近藤勇、土方歳蔵ら新撰組と京都守護職の人士など、5000点をこえる収蔵資料の中から、常設展・特別展では毎回100点以上が展示されています。
また、この歴史博物館の位置する地域は、明治政府の大政官布告を受けて、維新時に活躍した志士の墳墓(約1400柱)をはじめ「池田屋事件」「金門の変」などの殉難者の墳墓など、約3000柱をこえる志士たちが眠る史跡地であり、その一画に霊山護国神社が創建されており、春・秋季例大祭や龍馬祭などの祭典が行われています。
霊山歴史博物館の春季特別展は、5月6まで、日米和親条約締結160年に当たる事から「黒船来航と日本の夜明け」展が開催されており、幕藩体制が行き詰まりつつある中、ペリー率いる黒船の来航をはじめ、西欧諸国による強力で執拗なまでの開国を求める潮流で、更なる混乱が深まる課程で、政治、経済、産業など全般にわたり、改革につぐ改革を繰り返して来た時代。その歴史的大事業を成し遂げ近代日本の基礎を築かれた、若干20代30代の偉大なる歴史上の志士たちの勇気と能力と実行力に、ただただ敬服するばかりですが、今を生きる私も先人の万分の一の働きかけを心掛けている積もりです。
ところで、今国政に関わっている政治屋(現国会議員)どもは、国政を考え前に先ず自らの私利私欲の為に、日夜奔走しているとしか思えない。
東北三県はマダマダ復興していないにも関わらず、5月1日から彼ら国会議員の歳費を何らのためらいもなく、元に戻す行為を見るだけでも、これが本当に国民の代表者か?と思うのは私一人でないと思う。いみじくも「維新を語る議員」や「改革を語る議員」ならば、維新時の志士のように「命がけで」政治的態度を示すべきた。もしそれが出来ないのであれば「維新」や「改革」など語る「資格」も「品格」も無いばかりか「タダの人」なんだから一刻も早く議員バッジ返納すべきだ。
私自身も、議員である以上、多くの市民の意思に反する行為や枚方市の将来に禍根を残すであろうと思われる行為(態度)を取った時は、いさぎよく議員バッジを速やかに返納する事をお誓いいたします。
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昨日の朝日新聞「天声人語」に同感する。

昨朝の朝日新聞の天声人語を全文紹介させて頂きます。
会議は少ない方がいいし、短い方がいい。組織にぞくしていれば多くの人がそう思うのではないか。実のある議論をし、効率的に適切な結論を出す。そんな理想的な会議はなかなかあるもんではない。
〇何人くらいで話し会うのが一番いいのか。この問題についての考察が、有名な「パーキンソンの法則」にある。どんな役所も仕事の量にかかわらず肥大化していくと看破したことで知られる1950年代の著作だ。
〇英国の歴史学者パーキンソンは、閣僚の定数について分析する。それによると、最も望ましいのは5人である。
首相と大蔵、外務、防衛、法務の各大臣で足りる。
この程度なら、互いに存分に意見交換し、かつ秘密もたもてる。
〇ところが、内閣はふくらむ傾向をもつ。権力を浴する人々がポストを求めて突き上げるからだ。彼らをおとなしくさせるには人数を増やして処遇するのが手っ取り早い。かくしてやがて2桁となっていく。
〇20人を越える頃、組織は突然変異を起こす。主要メンバー5人ほどが前もって大体のことを決めてしまうようになる。会議は儀式と化し、時間の無駄となる欠点を法則は示す。日本の閣議は現在19人から成る。微妙な数である。
〇その議事録が、史上初めて公開されたというので読んででみた。お膳立てに沿って淡々と進んでいる。議論はない。所要12分。短いのはいいが、中身は英国発の法則を見事に裏付けているようである。
すべて実質は別の場所でき まると考えるしかない。と述べておられます。
〇今から60年も前に、英国の歴史学者パーキンソン氏が今日的無駄を予言した「法則」を世間に打ち出された事に感銘しました。私も今の歳に成るまでの間、いろいろな組織や団体の中で、大勢のひとたちと一緒に仕事をして来ましたが、その時々常に心掛けて来た事、それは「その仕事の段取り」であり「綿密な企画・計画」を短時間で手際よく組み立て、一刻も早く実行に移す事でした。
我が国には、「三人寄れば文殊の知恵」と言う故事・諺があります。それは、例え凡人であっても三人が力をあわせれば、必ずすばらしい考えや知恵がでる事を教えてくれていますが、私たちの身近な行政(市役所)では、枚方市駅周辺再整備のビジョンは語られますものの、日時だけはどんどんすぎて行きますが、何の変化もありません。全く無駄な会議だけが延々と続けられているとしたら許し難い思いでいっぱいです。
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地域の方々のご協力(地域力)はさすがに凄い〓


私のすぐ近くの穂谷川遊歩道沿いに植わっている桜並木は
毎春、綺麗な花を咲かせてくれて、地域を初め散策中の市民を和ませ潤いを与えてくれています。
その桜並木と穂谷川との間に、幅8㍍長さ100㍍足らずの広場があり、花見〓〓〓の頃には、沢山の市民の方々が、お弁当持ちで楽しんで下さっています。
今年も、あと2ヶ月もすれば楽しみな花見〓〓〓がやってきます。
広場側に張りだしている、太く長い桜の木の根っこは、広場の土の上に、あっちでもこっちでも飛び出しており、ここを散策されておられる方々が、よく蹴躓かれておられる事や桜の木にとっても良くない事のご指摘を頂いておりました。
先日、地域の老人会の方々とお話しをさせて頂き「枚方市から土を入れて頂きますので桜の木の根っこを覆って頂けないか」と申し上げましたところ、心良くお引き受け下さいました。
枚方市の土木部長にお願いいたしましたところ、土木部長も心良くおおじて下さり、昨日午前10時に、車3台分の土を搬入して下さいました。
地域の老人会の有志約30数人の方々が、一輪車やスコップ、鍬等々を持って来て土ならしや根っこ覆いの勤労奉仕(写真)を約2時間やって下さいました。お年を召した地域の方々の「自らの地域は自らが良くして行こう」と言う、潜在的な「地域力」の素晴らしい事を改めて認識させて頂きました。
私たちは、ややもすると、なんでも、かんでも行政の仕事、行政がするのが当たり前と思いがちですが、行政と地域の協力・協同によって郷土を守り発展させる方策をもっともっと追究(探求)しなければならない事を学ばせて頂きました。勤労奉仕にご参加下さいました皆々様大変ありがとうございました。
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地域の方々のご協力(地域力)はさすがに凄い〓

私のすぐ近くの穂谷川遊歩道沿いに植わっている桜並木は
毎春、綺麗な花を咲かせてくれて、地域を初め散策中の市民を和ませ潤いを与えてくれています。
その桜並木と穂谷川との間に、幅8㍍長さ100㍍足らずの広場があり、花見〓〓〓の頃には、沢山の市民の方々が、お弁当持ちで楽しんで下さっています。
今年も、あと2ヶ月もすれば楽しみな花見〓〓〓がやってきます。
広場側に張りだしている、太く長い桜の木の根っこは、広場の土の上に、あっちでもこっちでも飛び出しており、ここを散策されておられる方々が、よく蹴躓かれておられる事や桜の木にとっても良くない事のご指摘を頂いておりました。
先日、地域の老人会の方々とお話しをさせて頂き「枚方市から土を入れて頂きますので桜の木の根っこを覆って頂けないか」と申し上げましたところ、心良くお引き受け下さいました。
枚方市の土木部長にお願いいたしましたところ、土木部長も心良くおおじて下さり、昨日午前10時に、車3台分の土を搬入して下さいました。
地域の老人会の有志約30数人の方々が、一輪車やスコップ、鍬等々を持って来て土ならしや根っこ覆いの勤労奉仕(写真)を約2時間やって下さいました。お年を召した地域の方々の「自らの地域は自らが良くして行こう」と言う、潜在的な「地域力」の素晴らしい事を改めて認識させて頂きました。
私たちは、ややもすると、なんでも、かんでも行政の仕事、行政がするのが当たり前と思いがちですが、行政と地域の協力・協同によって郷土を守り発展させる方策をもっともっと追究(探求)しなければならない事を学ばせて頂きました。勤労奉仕にご参加下さいました皆々様大変ありがとうございました。
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3ヶ年の議会・議員活動

今年の元日も例年と同様、新年の街頭宣伝活動から始まりました。
今期(当選9回目)3ヶ年を振り返って見ますと、私たちの市議会は大変頑張って来ただけでなく、これまでにない改革と発展を遂げて来たと思います。
〇2011(平成23)年、私たちの会派(民主市民議員団)は、「4つの特別委員会 を設置して欲しい」旨の要望をさせて頂きましたところ、松浦議長は、「議会改革調査特別委員会」の設置をして下さいました。私は、その特別委員会の委員長を仰せつかり、各会派から選出された議員と懸命の努力をかさねた結果、2012(平成24)年3月議会に、議員歳費6%削減と次期改選時「2015(平成27)年4月」に議員定数を34人から32人に減少させる旨の報告し、実現させることになりました。
〇2012(平成24)年は、私が予てよりいい続けて来た「一般質問は全議員に与えられた権利である」ことを、三島議長と議会運営委員会委員長がお認め頂いた事により、答弁も含め全議員に30分間の一般質問の機会が与えられ、従って質問の日程が3日から4日に延長されました。
三島議長に、改めて前年残された3つの調査特別委員会の設置を要望致しましたところ、「調査特別委員会の設置よりも、常設の常任委員会の機能を強めて欲しい」と言うとっても前向きな回答を頂き、その当事私の所属していました総務常任委員会では、早速「中核市移行に向けての事務調査」を約7ヶ月間に渡って調査をし、議会に報告されました。
〇昨2013(平成25)年5月の議会役員改選で、私は総務常任委員会の委員長と言う重責を努めさせて頂くことになり、早速有山議長と各総務常任委員さんに「竹内市長の公約であり市民待望の総合文化施設についての調査」の取り組みにご協力頂きたい旨を伝え、検討の結果、数々ある調査項目に先がけて総合文化施設について約6ヶ月間、議論に加え各地
の文化施設を見聞させて頂いた全ての調査をまとめ、去る12月議会に「議会からの提言」として報告させて頂きました。
冒頭、記載しました通り、この3年間の我枚方市議会の改革と発展は、私が30年前から「議会のあるべき姿」を求めながら実現できなかった課題がヤット軌道に乗りだしたまででこれから更なる議会改革を進めなければならないと思っています。
4月には、待望の中核市に移行します。それに相応しい、重厚で品格があり、しかも知的な市議会の構築に頑張って参りたいと思っています。 ゛
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