英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

ウクライナ和平は市民を救えるのか? 無慈悲なロシア史を知らない橋下氏の訴え

2022年03月20日 12時12分49秒 | 国際政治と世界の動き
 元大阪市長の橋下徹氏が今朝の「フジテレビ・日曜報道」で相変わらず持論を展開していた。彼の論旨は「ウクライナ市民の犠牲が目を覆うほど大きくなれば、ウクライナ政府は妥協をしてでも和平を実現すべきだ」ということだ。
 和平だけで事は済むのだろうか?プーチンを満足させる和平で、ウクライナ人は平和に暮らせるのだろうか?橋下氏を含む日本人の多くはそう考えるかもしれない。
 ロシアのプーチン大統領はウクライナのゼレンスキー大統領に和平の条件を突きつけている。その条件は①ウクライナの非武装中立化②クリミア半島の割譲を認める③ウクライナ東部の親ロシア派の自称「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立承認ーである。
 多くの日本人はゼレンスキー大統領がプーチンの条件を飲めば、これ以上のウクライナ市民の犠牲はなくなり、ウクライナは主権国家として独立を維持できると考えるかもしれない。プーチンのロシアが口を出すこともないと考えるかもしれない。
 日本人の考えは「坊ちゃん」の考えだ。日本は四方を海に囲まれている。20世紀初頭、飛行機が発明されるまで、日本人ほど安全に守られた国はなかった。
 13世紀、100万以上のモングル軍は中央アジアや東ヨーロッパを蹂躙した。それに対し、われわれが「神風が吹いた」と称する元寇では、モンゴル軍はせいぜい3万だった。海があるからだ。
 安全が保障された歴史を持つ国の人々から橋下氏のような主張が生まれる、とロシア史を若い頃かじった私が抱く率直な見解だ。
 海により安全が保障されたところから日本人の思考が生まれた。「自らの考えは相手も同じだ」「我々が誠意を見せれば、相手も理解してくれて誠意で返してくる」と。そうだろうか?
 ウクライナ人はロシアがどんな国か知っている。ロシア人の思考を理解する。ロシアは中央集権の国だ。ロシア帝国であろうが、ソ連であろうが、現在のロシアであろうが、強権力のトップが国民を支配する。
 中央集権への反抗の芽はことごとくつぶすこと。これは今も昔も変らない。そのための手段として他民族を有無を言わせず支配する。反抗すれば現在の住んでいる土地から追放する。ロシア史は我々にそれを教えている。
 この政治手法は、ロシアでは古くから再三用いられてきた。たとえば、1510年にモスクワ大公ワシリー3世は、プスコフを併合したとき、地元で影響力のある一族はすべてプスコフから追い出した。これは、プスコフのエリートたちが民衆の支持を背景に、モスクワ大公国に反抗できぬようにするためだ。プーチンもゼレンスキー大統領を追い出す決意だ。
  こうした強制移住の慣行は、後の帝政ロシアの時代でも、地方の反抗、反乱を鎮圧するために使われた。たとえば、ポーランドでの1830年と1863年の反乱の後、叛徒とその支持者である数千人のポーランド人が、ロシア奥地、主にシベリアへと追放、定住させられた。
  旧ソ連の時代、我々の時代とそれほど遠くない時代。独裁者スターリンはロシアの伝統的な政策「追放」により他民族を弾圧した。
  ソ連の秘密警察「内務人民委員部」(NKVD)のアーカイブによると、1930年代から1950年代にかけて、約350万人が故郷を捨てねばならなかった。民族の数にして40以上が、別の場所に移住させられた。
 最初に強制移住させられたのはポーランド人だ。1936年、旧ポーランド領のウクライナ西部から、約3万5千人の「信頼できない分子」が、カザフスタンに移住させられた。
 ソ連政府は、第2次世界大戦中にも盛んに諸民族を強制移住させた。ドイツ軍による占領から解放された地域から、膨大な数の人々が追い出した。スパイ活動と対独協力という名目だ。何万、何十万ものカラチャイ、チェチェン、イングーシ、バルカル、カバルダの各民族が、シベリアと中央アジアに追放された。
 現在、ウクライナからロシアにより奪われているクリミア半島にはウクライナ人に混じって約30万人のタタール人が平和な生活を送っていた。しかしソ連の独裁者スターリンは対ナチス・ドイツ協力の汚名を着せ、シベリアに追放した。タタール民族はシベリアで散り散りばらばらになり民族の一体性を失った。
 やはり対独協力のかどで、カルムイク人、メスヘティア・トルコ人、クルド人、ギリシャ人などの、少人数の民族もシベリアに移住させられた。
 日本人は第2次世界大戦で敗北した。1945年8月15日、ポツダム宣言を受け入れ、米英露中など連合国に無条件降伏した。しかしソ連ロシアは日本人が手をか挙げたにもかかわらず、北方領土を占領した。そしてスターリンは米国に北海道の半分をよこせ、と要求した。日本を占領していた連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは拒絶した。
 日本人は幸運だったと私は思う。もしマッカーサーが承諾してれば北海道民はタタール人と同じ運命を辿り、シベリアに追放されただろう。なぜ?ロシアは暖かい土地を求めているのだ。今も昔も。
 日本で活躍している国際政治学者のグレンコ・アンドリーさんは先日、激しく橋下氏と口論した。ロシア史を何も知らない善良な橋下氏。一方的にまくし立てる橋下氏に嫌悪感を感じたが、それはそれでよい。感情を横に置いて言えば、橋下氏は良心からの発言だが、ロシア史をほとんど知らないのではないか?
 ロシア史を理解しているウクライナ人のアンドリーさんはこう話す。「なぜロシアは平気で都市の無差別空爆や砲撃をやっているのか。ロシアにとってこれから征服する土地に、元の住民が残る必要はありません。土地自体が欲しいです。寧ろ、元の住民はいなくなった方が都合がいいです。後で投獄や処刑の手間が省けるから。人がいなくなった土地に、ロシア人を住まわせるのです」
 若い頃、英国の大学院でソ連(ロシア)軍事史やロシア史をかじった私にとってアンドリー氏の発言は説得力がある。善良な日本人は島国の民族なので、橋下氏をふくめて、どうも自らの尺度で持論を展開する傾向がある。相手が存在するのだ。その相手は日本人とは全く違う思考方法で物事を考えていることに気づくべきだ。それは中国の漢民族にも当てはまる。

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