英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

安倍首相と日本人の白黒フィルム的見方

2013年12月03日 09時54分06秒 | 国民性
 中国が設定した防空識別圏と特定秘密保護法案の審議を観察していると、われわれ日本人の短所が浮かび上がってくる。国民性の短所とでも言えるかもしれない。物事を「カラー」で見ないのだ。どちらかに決めつけてしまう傾向が顕著である。
 米国は、中国の設定した防空識別圏(ADIZ)に対して「認めない」と通告し、軍用機を、中国が求める「飛行計画提出」を無視して、ADIZ上に飛ばした。一方、米国の民間航空機に対しては「民間航空機の飛行計画提出」を容認した。
 安倍内閣は内心米国の動きに狼狽したように思う。安倍晋三首相は12月1日、視察先の地方都市で、「米国政府が、民間航空会社にフライトプラン(飛行計画)を(中国に)提出するように要請したことはないということを、外交ルートを通じて確認している」と述べた。(ウォールストリート・ジャーナル)そして安倍政権は引き続き、日本の民間航空機に対してフライトプランの中国当局への提出を事実上禁止している。
 米国政府が直接、自国の民間航空会社に要請するわけがない。米政府は声明を出し、自国の民間航空機が乗客の安全を心配して中国政府に自発的に出すのなら、目をつむります、と暗示しているのだ。乗客の安全の一義的な責任は航空会社にある。航空会社の責任でやれ、と示唆している。民主主義国家の大統領として当然の発言だ。
 この米国の動きをもちろん中国政府は歓迎した。歓迎しながらも中国政府の本心は、このアドバルーンを上げて、米政府の反応と今後の動き、及び米政府の対中政策の長期的な展望を探っている。米政府も中国の「歓迎声明」は計算ずくで民間機のフライト・プランの提出を黙認したのだろう。まさに虚虚実実の駆け引きが展開されている。
 これに対して日本はどうか。元外務省官僚の外交評論家、岡本行夫氏は1日、NHKとのインタビューで、「愕然とした。長い間日米関係をみているが、これほど日本の安全保障が直接かかわった問題で、アメリカが日本の利益を損なう形で、外に見える形で行動を取ったことは記憶にない」と語った。(ウォールストリート・ジャーナル)日本人は他人の発言そのものをその通りに受け取るらしい。
 米政府は現実的に動いている。そこには現実主義者の顔がある。米国は複雑な国際情勢を分析しながら動いている。もちろん米政府は、中国が設定したADIZを認めないし、この点で一歩も妥協していない。これからも決してしないと考える。中国も防空識別圏を撤回するなどとは決して考えていない。この点を踏まえながら、米国は東アジアの既存の秩序を日本と一致団結して守護しながらも、この地域の平和の維持から、譲れるところは譲っている。そして米国のひとつ一つの行動は中国の真意を探り、今後、米国が対中政策を遂行する上での情報を得ようとしている。歴史は教えている。理想の中から理想は生まれない。現実の中から理想が生まれるのだと。どうも日本人は理想の中から理想が生まれると思っているらしい。
 このような日本人が多い中で、森本敏・拓殖大学教授(前防衛相)は日本人にはめずらしい現実的、怜悧な人物だ。彼は中国が本土にあるレーダーを使って新たな防空識別圏全域を監視する能力があるかどうか、また中国軍のパイロットに外国機を追跡する経験と技術があるかどうかなどを日本は見極めなければならないと述べた(ウォールストリート・ジャーナル)。
 その通りだ。われわれがすべきことは中国を非難しながらも、非難は二次的なことだ。もっとも重要なことは中国の国力と能力を探ることである。いつの時代も日本では、森本氏のような現実的で、合理的、冷静で観察眼が鋭い人物は少ない。戦前戦中でいえば高木惣吉・海軍少将ら少数の人物がいたが、軍部の中枢には決して上り詰めることはなかった。このような人々が日本のかじ取りの本流に出てこれない環境が日本に厳然として存在する。
 防空識別圏も尖閣諸島も中国の長期的な国家目的の一里塚にすぎない。中国は東アジアの覇権を求めている。世界の覇権を求めているかどうかはわからない。少なくとも現在においては。東アジアの覇権を取るには海軍力、航空力が米国を上回ることが絶対条件だ。しかし現在、米国の足元にも及ばない。中国政府はこのことを熟知している。
  中国軍部は第1次世界大戦前の帝政ドイツのてつを踏まないと言っているそうだ。ウィリヘルム2世は大英帝国の覇権に対抗した。それもあからさまに、敵意むき出しで対抗し、第1次世界大戦に敗北、ドイツ帝国は崩壊した。中国政府と共産党、軍部は、静かに、それでいて断固とした姿勢で、帝政ドイツの轍を踏まないで、やり抜き、最終目的に到達することを示唆している。
 米国政府は尖閣諸島問題や領空識別圏問題の本質を理解している。英国のファイナンシャル・タイムズは11月29日付の記事でこう述べている。(日本経済新聞が転電)

 この米国のコミットメントが今、試されている。中国政府は、既存の秩序を守るためにオバマ大統領は一体どこまでやるかと問いかけているようだ。中国の戦略目標は、米国を自国の沿岸から遠ざけ、東シナ海と南シナ海に宗主権を確立することだ。中東での戦争で疲弊した米国に、一握りの無人の岩礁を守るためにアジアでの紛争のリスクをとる政治的意思があるだろうか。中国の行動のタイミングが、オバマ政権が特に大きな困難を抱えた時期と重なったのは、恐らく偶然ではない。中国が新たに設定した防空識別圏にB52爆撃機を2機送り込んだ米国政府の決断(飛行を通告するよう求めた中国政府の要請を無視することで「防御的緊急措置」に遭うリスクを冒した)は、米国が問題の本質を理解していることを示唆する。チャック・ヘーゲル米国防長官は中国の動きを「地域の現状を変えて不安定をもたらす企て」と呼んだ。だが、中国政府は長期戦を展開している。東アジアにおける決定的に重要な疑問は、果たして米国には、地域覇権を目指す中国の持続的な取り組みに抵抗するだけの持久力があるかどうかだ。中国の新たな飛行規則がもたらす直接的な影響は、尖閣諸島を巡って日本との武力衝突が起きるという、既に大きなリスクを一段と高める。中国の防空識別圏は長い歴史がある日本のそれと重複している。双方で誤算が生じるリスクは決して無視できるものではない。日本には安倍晋三首相という国家主義的な指導者がいる。首相は、自国より強大な力を持つ隣国に屈しない決意を固めている。加えて、日本政府は政治的緊張を和らげるために一定の役割を果たすべきだという米国からの内々の警告に過剰に影響されたりしないとも決めている。安倍首相は臆面もない修正主義者であり、日本の歴史から不快な部分を拭い去る危険な癖を持つ。また、防衛的な軍事力以上のものを得るために日本の憲法を改正する言い訳を探している。偶発的であれ意図的であれ、尖閣諸島周辺で中国との衝突が起きれば、まさに憲法改正を正当化する理由ができる。

 米国は難しいかじ取りを強いられている。中国も最終目的のために手練手札を使っている。中国人は法の統治を知らなくても、孫子の国である。これが現在アジアで繰り広げられているのは事実だ。この事実から目をそむけ、あるいは自己の世界に入り込んで周囲の環境を観察せずに発言することほど害はない。
 英紙が述べるように、安倍首相は国家主義者である。日本人の国家主義者の特徴は感傷主義と理念先行で、現実を怜悧に観察しない傾向が強い。この傾向は日本人全般に言えることだが、特に右派に強い。勇ましいことを言うが、勇ましい発言は現実とかい離している。昔の軍部も同じ。困ったことだ。
 安倍政権の特定秘密法案の審議を見ていてもそのことが言える。独立した第三者機関を創設することに反対する。もしそうすれば、秘密が漏れる機会が多くなると主張する。その通りだが、それは黒白の世界からしか見ていない。独立した第三者機関が設置されなくても、秘密が漏れる時はもれるのだ。それなら国民の支持を得やすい、必要な第三者機関を創設して、より良い法案をつくればよい。
  国連の人権保護機関のトップ、ピレイ人権高等弁務官が12月2日、ジュネーブで記者会見し、安倍政権が進める特定秘密保護法案について「何が秘密を構成するのかなど、いくつかの懸念が十分明確になっていない」と指摘。「国内外で懸念があるなかで、成立を急ぐべきではない」と政府や国会に慎重な審議を促した。ピレイ氏は同法案が「政府が不都合な情報を秘密として認定するものだ」としたうえで「日本国憲法や国際人権法で保障されている表現の自由や情報アクセス権への適切な保護措置」が必要だとの認識を示した。
 筆者の危惧も同じ。安倍首相ら日本の右派の短所は、ものごとを複雑に考えない。単純なのだ。昔の東条英機首相もそうだった。20倍も強い米国に精神力で勝てると説いた。不可能が可能だと信じてしまう。困ったことだ
 国民の支持を得られてこそ、最大の国益である。国民の団結こそ国家の防備の最強の盾である。民主主義国家の最大の強みだ。チャーチル首相が指導した英国が、徳俵で踏ん張り、ついにナチスドイツとヒトラーに勝利したのはなぜか。英国民が自らの歴史とチャーチル首相の演説を理解して一団結して国難に対処し、独裁国家と独裁者を倒したのだ。特定秘密法案を廃案にして再度出直すことが必要だ。ものごとを白黒で考えてはいけない。国益にならない。
 目の前のことに一喜一憂せず、世代を超えたスパンで、中国に対処することが肝要だ。そのためには何よりも歴史に学び、観察眼を磨くことだ。周囲の現実をつぶさに観察してこそ、適切な次の一手を打つことができ、中国に対する適切な対処と極東の平和と安全が保たれるのだ。最後にファイナンシャルタイムズの結びを引用して今回のブログ掲載を終わります。

 中国の政策立案者は、何にも増して歴史を熱心に学ぶ。19世紀末のドイツの台頭は長年、中国の外交政策のエリートが学ぶカリキュラムの大きなテーマだった。こうした政府高官は中国を訪れる人々にこう説明する。隣国を結束させて、ドイツの強国の地位への台頭を阻止する勢力にしてしまったカイザー(編集注:ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世。対外政策のまずさにより周辺国とあつれきを起こした)の誤算を中国は繰り返さない、と。過去に対するこうした注意力は今、力を行使する中国の決意の二の次になっているようだ。歴史の過ちは往々にして繰り返されるのだ。By Philip Stephens(翻訳協力 JBpress)