冬の海。フェリーが接岸する。船員が車を誘導するが、一台のBMWだけが動かない。
まわりの車はそのBMWを避けて下船し、ポツンとその車だけが船に残される……んもうこのオープニングだけでわくわくする。ほとんどカメラは動かないにもかかわらず、緊張が高まる。その車を運転していた人間は大量の酒を飲んでおり、島の岸に打ち上げられていた。自殺か、事故か、他殺か。殺されたとすれば誰に。
死んでいたのはイギリスの元首相(ピアース・ブロスナン)の補佐官で、回顧録をゴーストライティングしているさなかのことだった。
後任に選ばれたのはユアン・マクレガー。彼には役名がなく、エンドロールでGhostとだけ表記されている。元首相の妻(オリヴィア・ウィリアムズ)は
「あなたの(エルヴィス)コステロの自伝を読んで決めたのよ」
と身も蓋もないことを。このゴーストライターが、元首相の過去に不審を抱き……
まあストーリーはこんな感じ。肝心の部分は多くの客が途中で気づくはず。
問題は、その真相をどう語るかで、これがもう絶妙なのである。冬の雨の中を自転車で走るゴーストは、まさしく幽霊そのもの。およそこれがアメリカのお話だとは信じられないくらいにじめついている。
それも道理、監督したロマン・ポランスキーは13才の少女と淫行したためにアメリカに入国することはできず、だから島の撮影はドイツで行われている。
事件のキーとなる場所に誘導するBMWのナビの声、ゴーストが異国人であることを強調するためかエキセントリックにみえる島のホテルや本土のモーテルのフロントなど、すべてが幽霊だとも言える。
「ローズマリーの赤ちゃん」「チャイナタウン」のポランスキーも、もう77才。でも女好きであることは変わらないらしく、今回もひたすら女優たちをいやらしく撮っていて……うれしいです。
きっと「セックス・アンド・ザ・シティ」をチラッと見て「この女優(キム・キャトラル)、秘書役に使えないかな」とかいう感じでキャスティングしたのだろう。
ひたすらスコットランド人であるマクレガーを主役に、そしてジェームズ・ボンドでおなじみのブロスナンをトニー・ブレアそのものである元首相に配した余裕(ライス国務長官そっくりの女優も出てきます)。いいですなあ。
特に、ラストの手渡しメッセージなど、ヒッチコックそのもの。わたしの大好きな「フランティック」のタッチが帰ってきた。どうかおじいちゃん、変態でもいいから長生きしてもう一本こんなサスペンス映画を。