疾風の帰り径

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荘麗なカタロニアの春

2009-03-15 05:00:00 | Art & Design
 ちょうど20年前、1989年の3月、たぶんイースターの連休に、住んでいたデュッセルドルフからバルセロナまで出掛けました。車だと丸二日走りに走らなければならない距離なので、さすがに空路。確か直行便がありました。

 三泊四日だったかな。



 カルタゴのハンニバルの父が建設したと言われる、歴史の街。東スペイン、カタロニア地方の中心です。



 スペイン第二の都市にして、ヨーロッパでも有数の大都市なんですが、首都ではないせいか、居心地が良いところ、古い建物ももたくさん残っているし、カタロニア人の気風なのか、地中海沿岸の街としては、比較的清潔。



 バルセロナには地方局しかなくて、あまり仕事で行けなかったこともあり、そろそろ年期が明けるかなと言う、7年目の駐在員生活の終わり前に選んだ旅の目的地でした。



 街の中はほとんど地下鉄で回れます。

   

 左上が、回数券ですね。あと一回分残っています。

 もちろん、バルセロナと言えば、アントニオ・ガウディ。



 旅の目的のほとんどは、ガウディの作品を見るためです、私に限らず。

 サグラダ・ファミリア教会。



 永遠に未完成。

 グエルパーク

    

 街中にガウディの作品がばら撒かれているのです。

     

 そして彼の作品はバルセロナに行かなければ見られません。

     

 鬼才、天才です。
 世界中の、そして歴史上、どこの建築とも共通性が無い、異邦人と言うか宇宙人というか。



 打ちのめされますよ。



 そして、バルセロナは、ジェノバ人のコロンブスがアメリカを発見する船出をした港でもあります。



 港にはコロンブス像

    

 指差す先は、黄金の国ジパングだったのかもしれないけれど。

 さらにさらにバルセロナは、ミロが生まれ、ピカソが絵を学んだ街。ダリの生まれも近郊です。

 ピカソはこのコロンブス像を描いています。

   

 上のコロンブスの写真の後にあるのがモンジュイクの丘。

 3年後の1992年、森下と、有森が、オリンピックのマラソンでゴールしたスタジアムはそのモンジュイクの丘にあるのでした。
 まさに心臓破りのラストスパートでしたね。

 地下鉄の回数券の裏にも、五輪ネタが印刷されていました。



 写真は、minoltaのDynax(国内ではα) 7700iで撮ったポジと、KodakのRetinaⅢcで撮影したプリントを、我が家のスキャナーで電子化したものです。埃や塵はご容赦ください。

 街の魅力はとてもこれだけでは語りつくせないので、PENTAXのフォトアルバム「Barcelona 1989」に、もっと多くの写真をアップしました。ご覧ください。

 あと、バルセロナと言えば、フレディ・マーキュリー&モンセラート・カバリエの名曲を思い出し、早速取り寄せることにしました。

 意気投合した二人がオリンピックのために制作した曲らしいのですが、フレディは92年のバルセロナオリンピックの前に他界してしまったのでした。
 シンクロナイズドスイミングの日本代表はこの曲で演技したんだそうです。岩崎恭子は良く覚えているんですけどね。

 まだ誰も聴いたことが無い、サグラダファミリア教会の鐘の音が鳴っているそうです。フレディマーキュリーのバルセロナ。
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2 コメント

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Unknown (LYNX☆)
2009-03-15 07:15:59
おはよう・・
素晴らしいです!
旅行雑誌では語られない文と写真の掲載、楽しむ事が出来ます。飛行機苦手で海外には行けない(笑)私にとって嬉しいです・・・このシリーズどんどん続けて下さい。  ☆
Unknown (風写)
2009-03-15 19:27:26
ヨーロッパ時代に撮った写真に、ポジをスライドにマウントしたものが1000枚ほどあり、休みを取った金曜日に、頑張ってバルセロナ分の100枚を電子化したのでした。
他にもいろいろあるので、今後お見せします。
後に残したいものはポジで撮るのがいいかもしれません。

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