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いわゆる車遍歴

2007-03-31 08:21:04 | Car&Bike
 プロ野球シーズン到来です。私はイーグルスやベガルタも応援していますが、40年来のスワローズファンです。去年は、イーグルスで引退を迎えた飯田選手に、スワローズの帽子にサインをもらいました。涙の引退でした。イーグルスには、野村・松井両監督をはじめ、池山・橋上・カツノリの各コーチ等、スワローズゆかりのスタッフが多いので楽しみです。今年はラジオ中継の解説に秦さんも入りました。
 昨日はドラゴンズ相手に一旦逆転したものの、再逆転されて敗戦。川上から3点取ったので良しとします。

 ところで、車好きの方のホームページを見ると、定番が、これまでの車遍歴。好みがはっきりする重要なプロフィールということでしょう。それで今日はその車遍歴です。


 ちなみにこの記事では、写真を小さなサムネール表示にして、クリックすると拡大表示される設定にしました。これまでの表示とどちらが良いでしょうか?
 
 1977年ごろ最初に乗ったのは、初めての車の定番、カローラです。親が買った、中古の30の1400SL。当時はエアコンもパワステもパワーウィンドウもありませんでした。たぶん75年型ぐらいだと思います。後から大学の先輩が乗っていた20カローラの1400SRからエアコンをもらい後付したのを覚えています。ブラウンメタリックのハードトップでした。91馬力だったかな。
 写真は81年9月に信州の林道を走って回ったときのものですね。

 

 82年春ににドイツのデュッセルドルフに赴任し、最初は路面電車で通勤していましたが、秋ごろに先輩が勝手に手配した古いパサートを30万円ぐらいで買いました。これも75年型ぐらいではないでしょうか、1300ccで55馬力。私が乗った車の中で最も非力だった車です。なんとメナード化粧品フランクフルト事務所の社有車でした。
 ドイツでは、ガス欠で停車し、他の車に迷惑をかけてはならんと言うことで、予備タンクの携行が義務付けられていますが、一度交差点のど真ん中で停まり、予備タンクから給油したことがあります。水色の2ドアセダンでした。
 下右の写真は83年の夏休みに、アルプスとチロルをキャンプして回ったときのもの。スイスのインターラーケンの奥、ラウターブルンネンという300mぐらいの大きな滝の下にあるキャンプ場です。左は南ドイツ、バーデンバーデンの駅ですね。

 

 おんぼろパサートを後輩に譲り、次に買ったのがAudi80CDという車、初めてののパワーステアリング、サンルーフ装着車でした。5気筒の1900cc、後にAudi90になる車格の車でした。115馬力ぐらいでしょうか。
 弟が夏休みで来欧したときに、ドイツからスイス・イタリア・フランスをこれで走って回ったのですが、イタリアの高速で運転を交代した弟が、初めての左ハンドル右側通行で料金所のガードレールにこすったり、ニースの海岸の地下駐車場で窓を割られてカーオーディオを盗まれたり、兄弟の関係も含めていろいろトラブル発生の元になった車でしたが、基本的にはすばらしい車で、次の年にはピレネーを超え、スペインまで遠征しました。紺メタリックの4ドアセダンです。
 下の写真は、左がピレネー山脈、右がアルプスのローヌ氷河です。

 

 ドイツで最後に乗ったのが、BMW325iというそれはそれはすごい車です。323iからボアアップして2500ccになった最初のモデルですね。いわゆるシルキー6、超滑らかな190馬力ほどのエンジンで、交差点を曲がるときもサードのままで平気。アウトバーンでも230kmのメータを振り切ってメルセデスを蹴散らしていました。後ろからポルシェが来たときだけは追い越し車線を譲りましたが。生まれて初めてパワーウィンドウ、電動サンルーフが付いた、ドルフィンメタリックというちょっと緑がかったガンメタの2ドアセダンでした。
 この車では、89年ごろ北フランスのモンサンミッシェルや、ベルギーのゲントに行きました。

 

 この車は日本に戻る際、確か第一製薬の駐在員に譲ったのですが、数年後に赴任した私の会社の後輩が買った車がこの車だったという話が残っています。
 ドイツでは、毎日路上駐車、3台ともエアコンは付いていませんでした。

 1990年に日本に戻り、東京の大田区に住んでいました。車が無くても生活できるのと、駐車場代が高いので車を持つのを、数年我慢していましたが、94年に購入したのが、インプレッサWRXスポーツワゴンです。これも良い車でした。5ナンバーサイズのハッチバック車が欲しくて、結局インプレッサになりました。
 じつは大学時代、自動車部に所属、夏の北海道遠征のときに借りたスバル広報車のレオーネ4WDを、部員が転倒させおしゃかにしたことがあり、罪滅ぼしに、いつかスバルを買おうと思っていたこともありました。
 私にとって初めて純正エアコンが標準で装着されていた車です。数年ぶりに手に入れた車でしたので、ずいぶん走りました。緑メタリックの水平対向4気筒ターボで220馬力、高速料金所からのスタートは圧巻でした。おそらく今まで一番長く乗った車ですね。
 
 

 東京から、水戸を経て仙台に引っ越したのが、2000年12月、世紀末です。2001年1月にインプレッサが7年目の車検だったので、退職金ももらったし、新世紀に新車に替えることにしました。
 今度はレガシィのランカスター6という、私にとってはビッグワゴンです。
 325iのシルキーな6気筒のフィーリングが忘れられなかったのと、林道にも行くので地上高が高いランカスターにしました。今度は生まれて初めての3ナンバー、オートマ車です。水平対向の6気筒3000cc、220馬力。パワーもありましたが、とにかく車が重くてでかいのには参りました。それでも宮城周辺の山には行きました。
 シルバーメタの2トーン。

 

 同居していた父が他界し、大きな車が必要なくなったので、またインプレッササイズに戻ろうと、次の車探しが始まりました。
 ハッチバックが好きなことと、通勤にも使うし、会社が山の上にあるため、FRはやめ、FFかAWDにすることにしました。それで、またドイツ車に乗ろうかと考え、ゴルフや、AudiのA3の資料をもらい悩んでいたところに、A6乗りの同僚がささやきました。「それならTTもありですよね」、悪魔のささやきでした。
 一応知っている車ではありましたが、ずんぐりむっくりの変な形。安い車ではないし、雪が積もるとどっちが前だかわからなくなる。大昔にセリカに乗ったり、ドイツ時代にポルシェの924や944に乗ったときの、見切れの悪さや、低い乗車ポジションを強いられるような問題も無く、カタログや実車を見るうちに、愛着が増し、走っている数も少なく、特に宮城では青は売ったことが無いという、変な理由が決め手で2004年夏にTTに買い換えました。4WDのクアトロもありますが、価格差が150万もあり、この差で別の車が買えるじゃん、と言うことで、FFにしました。またソリッドなボディが重要なので、ロードスターではなく、クーペ。1800ccの4気筒ターボ、180馬力で4mちょっとしかありませんが、幅が1.7mを超えるため3ナンバーです。

 

 このTTでは、能登半島から下北半島まで走り回っています。新型がもう街中でも見られるようになりましたが、幅が10cmも広くなってしまったし、デザインも前のものの方が好きなので当分乗り続けるつもりです。
 そうすると問題は林道に行くと下をこすってしまうという点。道があると入りたくなる性分なので、TTではちょっと不便。
 それで1年ぐらい悩みに悩んだ挙句、もう1台車を買い増しする決心をしたのがこの年度末でした。クアトロのTTを我慢した分が生きています。
 
 ジムニーワイルドウインド、660ccターボの3気筒66馬力です。車検証には、ステーションワゴンと書いてあります。紺メタ。

 

 こうしてみてくると、白、黒、赤、の車がありませんね。シルバーもレガシィだけ。

 しばらくはTTとジムニーで楽しんで生きたいと思います。
 お付き合いください。

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1 コメント

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Unknown (隆)
2007-04-01 13:17:10
アウディ傷付けてスイマセンでした。それにしても2台所有とは! 少しは自分の足も鍛えてください。

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