疾風の帰り径

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トランジスタラジオ

2009-05-05 15:04:27 | Music
 青森ツーリング中に、忌野清志郎の訃報に接しました。

 高校一年の頃、聞いていたフォーク系バンドのひとつ、RCサクセションは、大学祭などにも良く出演していて、御茶ノ水あたりに聴きに行ったものです。
 古井戸や、かぐや姫なんかも。
 当時のRCはアコースティック楽器だけの3人組で、清志郎は大柄のフォークギターをかき鳴らしながらあの声で絶叫していたのを覚えています。



 小林晴雄は父の弟、兄弟の順は、8人兄弟の3番目であるうちの父(故人)、kanoko父上(故人)、晴雄叔父、snowgooseの母上の順番になります。
 父の兄弟の中では4人が宇都宮から東京に移り住んでいて、私が高校や大学に進む時には、晴雄叔父に保証人になってもらいました。
 高校に入学した時の、叔父貴からのお祝いは、油絵道具のセット。
 中学生の時の私の美術作品は良く見ていてくれたので、少しは才能を感じてくれていたのかもしれません。

     

 そんな叔父貴が、教え子がレコードを出す話をした時、私はすでにRCを知っていました。

 私が唯一覚えている叔父貴と清志郎の逸話は、卒業単位が足らなかった教え子に、一枚絵を描いて来い、と言ってその絵の出来が良かったので卒業できたという話。
 叔父貴から聞いたのか、清志郎がラジオかどこかで話をしていたのかは覚えていません。



 うちに唯一あるレコードは1982年の「BEAT POPS」。
 チャボこと古井戸の仲井戸麗一が加わった頃には、もうすっかりロックバンドになっていて、二人の演奏風景はまるでミックジャガーとキースリチャードそのもので実にいかしていました。

 当時のユーミンやサザンのレコードは結構揃っているので、まあ自分で買うほど好きというわけではなかったようです。

 でも、一番好きな曲は「トランジスタラジオ」です。このアルバムじゃないんですけど。

授業をさぼって
日の当たる場所に いたんだよ
寝転んでたのさ 屋上で
タバコの煙 とても青くて
内ポケットにいつも トランジスタラジオ
彼女 教科書 拡げてる時
ホットなナンバー 空に溶けてった
こんな気持ち うまく言えたことがない
Nai、ai ai…
ベイエリアから リバプールから
このアンテナがキャッチしたナンバー
彼女 教科書 拡げてる時
ホットなメッセージ 空に溶けてった


 名曲です。

 当時私が使っていたラジオは、ICラジオでした。
 たぶん中学生のときに貯めていたお年玉で買ったラジオ。堅実でしょ。



 SONYのICイレブンです。
 手元には無くて、時々オークションで探していますが、まだ未入手。

 ポケットに入るサイズではありませんでしたが、いつも枕元にありました。寝相が悪いので、良く後に倒れ、DCプラグのケーブルの付け根が切れてしまったものでした。

 僕の好きな叔父さんは突然、時の人になってしまったようで、朝日新聞にも三浦友和も含めた3ショット写真が載ったようです。

 合掌。清志郎は稀有で無二の才能を持ったアーティストでした。

 私の絵の才能は、いまだ開花していません。音楽も。
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3 コメント

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Unknown (kazu)
2009-05-05 17:26:17
朝日新聞の記事読んで、ぐっと涙がこみ上げてきました。
月並みな言い方ですが、人の一生で、なにか転機をもたらす恩師がいるものなのですね。嘆く彼の母親に対する言葉も、心を打ちます。
昔の、ぎんぎんの彼は好きではありませんでした。しかし、近年は、聞く気になっています。
9日の告別式は、コンサートのようになるようですが、彼にふさわしいのかもしれません。 
Unknown (台原住人)
2009-05-06 02:24:31
sonyの現行品ICF-EX5もいいラジオですよ
Unknown (きぬのみち)
2009-05-09 03:09:43
古井戸、これも学園祭の記憶とつながっていますね。

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