忘備録の泉

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モンロー主義の復活

2018-06-11 15:48:22 | Library
19世紀初頭、ヨーロッパでは、イギリスとナポレオン率いるフランスとの間で大きな戦争が起こっていた。
当時、アメリカはこの戦争には関わっていなかったので、貿易で様々な利益を上げていた。
しかし、イギリスが海上封鎖を始めると、順調だったアメリカの貿易に深刻なダメージを与えるようになった。
1812年に米英戦争が勃発したのも、ひとつにはこうした経済問題があった。
この米英戦争は最終的にアメリカの工業発展と経済的自立を進め、イギリスからの経済的自立を果たしたので「第二次独立戦争」とも呼ばれた。
国力を高めたアメリカは、ヨーロッパからの影響を危惧して、ヨーロッパとの相互不干渉の立場を明確にした孤立主義政策を打ち出す。
時のモンロー大統領の名前をとり「モンロー宣言」と呼ばれ、孤立主義政策は「モンロー主義」とも言われる。

1914年に勃発した連合国と同盟国の戦争は、世界大戦に発展していく。
この「第一次世界大戦」はアジアをも巻き込んで拡大していき、長い間中立を保っていたアメリカもドイツの潜水艦がアメリカ人を乗せたイギリス客船を攻撃した事件を契機に、1917年参戦を決意した。
アメリカの参戦により、連合国側は多くの物資を得て、勝利する。
この戦争で、アメリカは連合国に対し様々な兵器を供給し、戦前の債務国から債権国へと大変貌を遂げた。
世界経済の中心はイギリスのロンドンからアメリカのウォール街へ移った。
漁夫の利を得たアメリカは、その後もモンロー主義を貫いていく。

経済成長が永遠に続くかと思われたが、1929年ウォール街の株暴落をきっかけに「世界恐慌」が起こる。
そして広大な植民地を持つ大国に広がった関税ブロックによる保護政策「ブロック経済」化と、その経済圏から締め出され置き去りにされた国々が出てきた。
1939年、起こるべくして起きた「第二次世界大戦」。
1941年、真珠湾攻撃によりアメリカの世論が参戦に傾き、太平洋戦争が始まり、1945年広島と長崎に原爆が落とされる。

東西冷戦・東西の緊張緩和・ヨーロッパの統合と世界秩序の立役者であったアメリカのパワーの源は、世界基軸通貨である米ドルの存在である。
それが許されたのは、世界の警察官として君臨してきた圧倒的な軍事力と、自由貿易により自国市場を開放してきたからに他ならない。
しかしその反動でアメリカの工業は衰退し、貿易赤字は積み上がり、マネー資本主義の行き過ぎで格差は異常なまでに拡大した。

トランプ大統領はこれまでの常識を完全に覆しているように見える。
しかし歴史を冷静に眺めると、アメリカのモンロー主義を転換させたのは第二次大戦以降である。
まだ100年も経っていない。
モンロー宣言が200年前、そしてトランプの自国第一主義の目指すところはどこか、そのあおりを受けて世界はどう変わるんだろうか?


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