創価学会は本当に正しいのか?

活動を続けるべきか?辞めるべきか?
30代半ばの男子部員は、ある結論を選びました

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創価学会、地区会合でのこと。

2008年11月30日 | Weblog
みなさま、こんばんは。
元気でづがーーーーー!!!byアントニオ猪木
前回の続きでつ。

10代・親に言われて学会活動、20代幽霊学会員だった私は、
やがて30代になり創価学会の同時中継に参加するようになりました。
同時中継に誘ってくるのはいつもAさん(男子部)です。

ある日Aさんが言いました。
「同時中継とは違いますが、大きい会合があるので行きましょう」
私「あの、例のデカイ声を出す会ですか?」
Aさん「違います。」

ちなみにこのAさんという人は会合に誘ってくる際に、いつも、
どういう内容のなんていう名前の会合なのかということを
内緒にして誘ってきます。
内容を聞くと「はー」とか「まー」といった感じです。
そして「とにかく大事な会合です」と言います。

連れて行かれた先は知らないお宅(民家)でした。
「ざ、座談会か?」と思いましたが違いました。
勤行も御書講義もありませんでしたので。
地区の記念日かなんかだったと思います。
会の名前は知りません。

知らないお宅の玄関は靴で溢れ返っていました。
6畳ほどの部屋2間を開け放った場所に、約20人弱いたと思います。
ぎゅうぎゅう詰めです。
おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、
若い主婦の方、子供、赤ちゃんがいました。
男子部とおぼしい人間は私とAさんだけ。
女子部はいなかったと思います。

私は一番後ろに座りました。
すぐに横のおばさん(婦人部)が「あぐらでいいよ」と
声を書けてくれました。
会が始まりました。司会はAさんです。
まずはこの会合のために地区の未来部の子供たちが書いた絵の発表。
みなさん「わー、うまい」「がんばったねー」。
続いてみんなで学会歌。その際、歌詞カードを配りはじめました。
一番後ろにいた私の分が足りませんでした。

その時少し驚きました。

まわりのおばさん達が
「◯◯君(私の名前)の歌詞カードが足りませーん」
前の方のおばさんが「あっ◯◯君、来てくれたのね」
などと声をかけられたからです。

名前を知られていた…。少し驚きました。

皆で手拍子しながらの学会歌に続いて男子部コーナー、
Aさんが何か話していました。内容は忘れました。
続いて婦人部の発表。これも内容忘れました。

そして体験発表。婦人部の方が話し始めました。
内容を細かく書くのは気が引けるのでやめておきます。
人生の苦難の話です。
この方の場合、よく言われる功徳によって解決。
という事ではなく「ご本尊根本に乗り切る決意で一杯です」と、
明るく仰っていました。
続いてゲーム大会。
クイズやビンゴゲームで勝ったら
いろんな商品(紙包み)が貰えるという。
結局全員なにがしかの商品を貰ったようです。

僕も貰いました。家に帰って包みを開けてみたら
パンティストッキングが入ってますた(笑)

ゲーム大会で終了です。
何かしゃべらされるのでは?とか恐れていましたが。
特に何もありませんでした。

淡々と書きましたが、かなりの盛り上がりでした。
私はこの会合を「いい会合だな」と感じました。


翌朝、近所を歩いているとどこかで見たような気がする女性が、
笑顔で「こんにちは」と挨拶してくれました。思い出しました。
会合にいた人でした。
次の日曜日、また別の婦人部の方が笑顔で挨拶してくれます。

私にとっては不思議でもあり、気恥ずかしい感じもあり。です。
挨拶をされたら私も挨拶を交わします。
故郷を離れて一人暮らしの私にとって近所付き合いなどは、
それまで皆無でした。
友人と会ったりしますが近所ではありません。

よくはわかりませんが、
故郷と別の場所に一人で暮らしてる多くの人は、
近所付き合いとかはあまりないのではないか?と思います。
私はご近所の創価学会婦人部の人達に好感を持ちました。

それから、
私は近所で創価学会の人を見かけると
自分から挨拶をするようになりました。

創価学会の人って、いい人たちだなー。

以降、私は、月に一度の座談会に呼ばれると、
参加するようになっていきました。

次回へ続きますジョゼ
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