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昨夜は寝よう寝ようと焦り朝まで寝られなかった

2018-06-22 18:44:40 | 健康・病気
昼111-43-64夕方100-42-66今六時五十分117-45-64昨夜九時半に止めて布団に凭れる、十一時過ぎに布団に入る、眠れない、少し経って時計見ると一時前寝なければと焦って朝まで眠れなかった、七時に起きて母屋に行きお茶にスイッチ、牛乳飲み、バナナ、パンで朝食、目薬注して、薬飲み、新普遍見て此方に来て布団に入るが目瞑って居ても眠れない、十一時なったのでハローズに弁当買いに行く、車降りると右膝裏に力入らないので杖突いて前屈みに成りやっと店内に手押し車押して買い物して十二時前に帰る、昼飯食べる、十二時十分に終わる、此方に来て血圧計る、パソコン開き天気予報、ニュース、ゴルフなど見て一時前に怠くなったので止めて布団に凭れる、二時半に起きて母屋に行く、二時五十分に風呂に湯入れる、三時過ぎに入る、三時四十分に出る、体重七十七キロ、四時前に晩飯食べる、四時二十分に終わる、湿布薬貼り、薬飲み四時四十分に此方に来て血圧計る、パソコン開きニュース、ゴルフ、野球など見て六時前に着かれたので布団に凭れる、六時四十分に起きてパソコン開きゴルフ、野球など見て六時五十分に今日の日記書き出す。裏の四国製綿の工場洋一が全部壊す準備している、昭和十四年に政一が建てた当時としては最新式の綿工場だったが政一と都親子が働かなかったから関谷の綿屋で一番最初に会社破綻した記録持っている会社である、会社の名前だけはそのまま残って居る、保証協会が会社は残して置いてくれと言ったから都が社長で嫁が重役として会社の名前は有る、破産すると保証協会が抵当権設定している金額が保証協会の帳簿から消えて赤字に成るから名前だけの会社が有る。


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