「この人達を見よ」から

レーゼ小説「松沢病院(七人の大義)」

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-28 | レーゼ小説

       S76
○思想家
朝倉看護婦が首藤の部屋に朝食を運ぶ。
部屋の前に来ると「覗き窓」から部屋の中を覗く。
相変わらず部屋の中は暗く、一筋の明かりが封じ込まれた金網入りのガラス窓からもれている。
外は晩秋の朝である。
「気の抜けた太陽」が、疲れた表情で病棟の中庭を照らしている。
部屋の中ほどに首藤が尻を向けて横になり、畳を見詰めている。
朝倉がドアーをノックする。
音 「コンコン」
首藤の動作に変化はない。
ドアーを開ける。
朝倉「失礼します。お食事をお持ちしました」
首藤「・・・」
朝倉「こちらに置いときます」
朝倉看護婦は部屋を出て行こうとする。と、
首藤「今日は何日だ?」
朝倉「!? 十月十三日の木曜日です」
首藤「時間は」
朝倉看護婦は懐中時計を白衣のポケットから出して、
朝倉「・・・午前七時三十三分です」
首藤「クソッ! 何てザマだ・・・」
朝倉「どうかしましたか?」
首藤「何でもない。行け」
朝倉「はい。食事はちゃんと摂(ト)ってくださいね」
首藤「・・・」
朝倉看護婦は部屋を出て静かにドアーを閉める。
しばらく、「覗き窓」からそっと首藤の動きを診(ミ)ている。
首藤はむっくりと起き上がり、西の壁に貼ってある「大義」と云う文字に向かって正座・・・、沈思している。
暫くその姿勢が続き、膝を返し食事を載せた盆を手前に寄せ、合掌する。

       S77
○廊 下
首藤の部屋を覗いている朝倉看護婦の後ろを、周明が通る。
周明は朝倉看護婦を見て、
周明「? どうかしましたか?」
朝倉「えッ! いや、ちょっと・・・」
周明「首藤さん?」
朝倉「ええ」
周明「どこか気に成る所でも?」
朝倉「・・・時間ばかり気にしていて」
周明「時間を?」
朝倉「ええ。・・・院長が時間を気にするようになると、死が近いと言うのです・・・」
周明は覗き窓を見る。
首藤はメザシを頬張る。 
周明「・・・旨そうにメザシを喰ってるではないか」
朝倉「・・・そうですね・・・」
周明「面会は出来ますか?」
朝倉看護婦は「その言葉」に驚き、振り向く。
朝倉「えッ? 面会ッ! ・・・会ってくれるかしら」
周明「まあ、良い」
周明はドアーをノックしょうとする。
朝倉「あッ! ダメです。今、食事中ですから」
周明「そう云うものですか」
朝倉「そう云うものです。あの方も患者ですから」
周明「私は?」
朝倉「先生は? ・・・まあ、患者様(サマ)です」
周明は朝倉看護婦を見詰める。
周明「・・・」
周明が便所から戻って来る。
周明は首藤の部屋の前まで来ると、「覗き窓」から部屋の中を見る。
周明「・・・」
薄暗い部屋に、首藤が尻を向けて横に成って居る。
良く見ると、顔の方から一筋の煙が天井に向かって立ち昇る。
周明「? ・・・タバコを吸っているのか」
周明はドアーをノックする。
音 「コンコン」

       S78
○一〇五号室
急いで煙管(キセル)のタバコの火を消す首藤。

       S79
○廊 下
周明は大きく咳払いをして、もう一度ドアーをノックする。
音 「コンコン」
首藤は振り向きもせず、面倒臭そうに左手を上げる。
周明は、そっとドアーを開ける。
周明「失礼します」
首藤「・・・」
周明「少しお話を聞かせてくれませんか」
首藤はまた左手を上げて、周明を手招きする。

       S80
○一〇五号室
周明はスリッパを揃えて部屋に上がる。
周明「お寛(クツロ)ぎ中すみません」
周明は部屋の中を見回す。
薄暗く、実に閑散とした部屋である。
壁に何か貼ってある。
周明「・・・暗いのが好きなのですか・・・」
首藤は、周明の問いを無視して、
首藤「・・・、何か用か」
周明「あッ、失礼! 私は大川周明と申します。一〇二号室の患者です」
首藤「だから何んだ」
周明「だから? ああ、暇なので少しお話でも」
首藤「・・・俺は忙しい。話などしている暇はない」
周明は壁の小さな貼り紙に目をやる。
朱赤で「大義」と書かれた文字を見て、
周明「・・・ほう。大義ですか」
首藤「・・・」
周明「元軍人とお聞きしましたが」
首藤「うるさい! 俺は軍人なんかではない」
周明「ああ、そうでしたか。でも大義を掲げてあると云う事は尋常な方ではない」
首藤「・・・帰れ。話す事は無い!」
周明「ハハハ、そう言わずに。私も大義に生きて来ました」
首藤「何が大義だ。貴様(キサマ)は何者だ」
周明「宗教家とでも云いましょうか」
首藤「坊さんは、まだ早い」
周明「坊さんでは有りません。思想家です」
首藤「思想家?」
首藤は周明の方に顔を向ける。
首藤「貴様、何処かで見た事があるぞ。・・・南方戦線か?」
周明「いや、そんな物騒(ブッソウ)なとこへは行きません」
首藤「? いや、何処かで見ている。大川周明・・・、あッ! 貴様、桜会の」
周明「桜会? 懐かしいなあ。北に橋本か。*石原(石原莞爾)は今どうしているかなあ」
首藤は急に起き上がり周明に向かい正座する。
周明を正視して、感心したように。
首藤「・・・おまえが大川周明か。黒幕だな。何んでこんな所に居る」
周明「何んで? さあ、何んでこんな所に入れられたんでしょうなあ」
首藤「入れられた? 黒幕も気違いにされたか」
周明「いや、私は黒幕ではない。相談相手です」
首藤「?・・・」
周明「・・・満州に居たのですか」
首藤「そうだ。ハイラルにも居(オ)った」
周明「ほう。国境守備隊ですか。あんな所に・・・。よく生きて来られましたなあ」
首藤「長谷部は責任をとって自決した。良い男だった。それに比べてあの男は・・・」
周明「あの男? 誰ですかあの男とは」
首藤「木村だ」
周明「木村?」
首藤「木村兵太郎だ。俺の上司ッ!」
周明「ああ、私の斜め前に座った男ですね」
首藤「斜め前に座った? オマエも芸者遊びが好きなのか。俺は下賤は嫌いだ」
周明「下賤? ハハハ、下賤などと言われた事は生まれて始めてです」
首藤は偉そうな周明の態度を見て。 
首藤「貴様~・・・」
周明「あッ、失礼。法廷での席順ですよ」
首藤「法廷?」
首藤は周明を凝視して、
首藤「ほう、オマエも軍法会議か。こんな所に居ると云うことは・・・敵前逃亡だ・・・。花は散る為に咲き、人は義の為に死す。滅私奉公を忘れたか。命なんかに未練を持つなッ!」
周明「あなたは中々の御仁(ゴジン)ですね。こんな所で療養している器ではない。と言ってみても、・・・今と成っては時代遅れだ」
首藤「時代遅れか。やはりオマエもそう思うか。俺はその事で悩んでいる。俺は支えを失ってしまった。このまま此処に隔離されていたら気違いとして処理され、生かされた意味がない。・・・故国に帰るべきではなかった。あの時、ビルマに骨を埋めるべきだった」
周明「そうは思わないですな。遅咲き、咲き遅れ、いや狂い咲きする花も有る。人生は捨てた物ではない」
首藤は周明をバカにした顔で見る。
首藤「? オマエは何を言いに来た」
周明「もう一度、花咲かせる方法を探りに来た。とでも・・・」
首藤「何ッ!? また、クーデターでも起こすつもりか」
周明「クーデター? とんでもない。日本に新しい大義を残すのです。でなければ、これからの日本はアメリカに腑抜けにさせられてしまう。先に逝った英霊達に申し訳が立たないのではないですか」
首藤の眼の色が生き返って来る。
首藤「うん? ・・・うん。久しぶりに意気に感じるぞ。オマエがヤルと言うなら俺も一肌脱ごう。軍人の本懐は戦って死ぬ事だ。こんな所で死んでは部下や祖先に顔向けが出来ない」
周明「ハハハ、そうです。夢を持ちましょう」
首藤は周明を斜に見て。
首藤「フフ、思想家か。・・・よしッ! で、何をやる」

「参 考」
*石原莞爾「大川周明と非常に親しく、帝国陸軍の異端児の渾名(アダナ)が付くほど組織内では変わり者である。関東軍作戦参謀として、板垣征四郎らとともに柳条湖事件を起し満州事変を成功させた首謀者。(作戦の石原、実行の板垣)と称せられる。後に東條英機との対立から予備役に。戦後、病気のため戦犯を免れる。大川周明とは同郷(山形県)である」

                つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント (1)

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-27 | レーゼ小説

      S73
○院長室
応接室にテーブルを囲んで、周明、肥田、堀田、洪医師、そして一番奥に内村院長がソファー座っている。
畑婦長がドアーをノックする。
音 「コンコン」
内村「どうぞ~」
畑 「失礼します」
ドアーが開き、畑婦長と村瀬巡査が顔を出す。
村瀬巡査は緊張した表情で内村院長達を見て、挙手の敬礼をする。
村瀬「初めましてッ! 村瀬源太郎と申します」
六人の視線が制服の村瀬巡査に集まる。
周明「いや~あ、村瀬さん、久しぶり。どうぞどうぞ」
村瀬「あッ! はッ、はい!」
村瀬巡査は座る場所が分からず躊躇している。
周明「どうぞ、奥のソフアーに」
村瀬「えッ!? あんな上座に。私は直ぐに帰りますからこの椅子で・・・」
内村「まあ、良いじゃないですか。仕事は終わったんでしょう」
村瀬「あッ・・・、はい」
肥田「それなら、もう警官ではない。源ちゃんで行こう」
一同が笑う。
村瀬巡査の顔も緩む。
村瀬「そうですね。でも私はこの椅子で良いすよ」
村瀬巡査は脚をそろえて身体を縮(チジ)めて座る。
周明「そんな固くならずに」
村瀬「いや、何か面接されているようで」
ドアーがノックされ、朝倉看護婦がコーヒーとお茶、ドーナツをカートに載せて運んでくる。
朝倉看護婦がテーブルにそれらを置いて回る。
朝倉「失礼します。どうぞお召し上がり下さい」
内村「これはこれは、朝倉さんの十八番のドーナツじゃないですか」
村瀬「これは旨そうだ。ちょっと失礼して・・・」
食い意地のはった村瀬はドーナツに飛び付く。
村瀬「旨いッ! アメ功の菓子とは月とスッポンだ。アイツ等のは、ただ甘いだけで日本人の口には合わないですよ。そうだ、チョコレートとかココアとか、今度、アメ功の喰ってる物を持って来ましょうか」
洪 「そんな事をしたら重営倉行きじゃないのか?」
村瀬「ハハハ、大丈夫。ヤツ等は日本のオマワリを信頼してるらしく、何でも俺達に用立ててくれるんですよ。欲しい物が有ったらいつでも言って下さい。ピストルだって手に入るんですから」
肥田「何ッ!? ピストルッ!」
村瀬「おっと、ヤベー事言ったかな」
村瀬巡査はドーナツを頬張る。
村瀬「・・・ところで先生達、この俺にどんなご用件でしょうか?」

       S74
○好機到来! 準備せよ
村瀬巡査がドーナツを頬張る。
村瀬「旨い! ・・・ところで先生方、この俺にどんなご用件でしょう?」
周明「おお、それでね。この方が堀田善衛さんと言って小説を書いている方なんだ」
周明が堀田を紹介する。
堀田「堀田です。宜しく」
村瀬「あッ、私は村瀬と云うアメ功の下でこき使われている三下オマワリです。しかし大変ですねえ。頭がイカレているのに書き物をしているなんて」
堀田は顔色が変わる。
堀田「僕は頭がイカレてなんかない! オマエ等警官がこんな所に押し込んだんだ」
内村は堀田を制止するように。
内村「まあまあ、頭の中身は見る人によって変化する。此処の病院から観れば世間の人がイカレているのだ」
肥田「さすが院長。なかなか上手い事言うじゃないか。ハハハ」
周明「・・・実はあらたまって村瀬さんにお願いしたい事が有るんですよ」
村瀬「源ちゃんて言ってくださいよ。水臭いなあ、先生」
周明「おお、そうか。じゃあ、源ちゃん」
村瀬「はい! 何なりと」
江戸っ子の村瀬巡査は非常に軽い。
周明「実は・・・、JHQの内部を・・・教えてくれないかなあ」
村瀬「内部? いや~あ、それは・・・。いくら俺でも分からないです 」
周明「いや、組織形態ではない。見取り図だ」
村瀬「見取り図!? 討ち入りでもやるんですかい?」
周明「違う。マッカーサーに会いたいんだ」
村瀬巡査は驚いて咳き込む。
村瀬「ゴホッ、ゴホッ。マッ、マッカーサーッ!! 何でまた?」
周明「ちょっと話したい事があるんだ」
村瀬「ちょっとって、アンタ・・・」
村瀬巡査は周明を凝視する。
周明「実は直訴したい」
村瀬「何ッ! ジ、ジキソッ! こりゃまた随分な事を企てましたね」
周明「小説だよ。間違えてもらったら困る」
村瀬「いや、本当に直訴するんなら教えてやっても良いけれど・・・、小説じゃあねえ」
肥田「本当にヤルのだ」
洪医師は驚く。
洪 「え~ッ! やっぱり実行するんじゃないですか。ダメですよ~、絶対にダメッ!」
村瀬「よしッ! そう云う事なら一肌脱ぎましょう。俺だってアメ功には言いたい事が山ほどあるんだ。好きで戦争をやって来たんじゃねえ。このままじゃ死んだ戦友達が浮かばれねえ。最後の落ちでピカドンまで落としやがって。俺は靖国神社に足を向けて眠れねえんだ。ちょっ一発カマしてやりましょうや」
洪 「いい加減にしてください。担当医の立場が無くなるじゃないですか」
村瀬巡査は大いに乗り気。
村瀬「ところで、誰が直訴するんですかい?」
堀田「僕達だ」
村瀬「えッ!? 僕達って・・・此処に居る人?」
洪 「冗談じゃない。私も院長も医師だよ。そんな事、出来る訳がない」
村瀬「えッ、エ~ッ? じゃあ・・・?」
堀田「そう、此処の患者達だ」
村瀬「患者達!? アンタ等、頭がおかしいんじゃないですか。うん? ・・・頭がイカレテルから此処に居るのか」
村瀬巡査は頭を掻きながら、
村瀬「大川先生、何とか言って下さいよ」
周明「皆んな、あの戦争で病んでいる患者だ。直訴したら気持も晴れて病も全快するだろう。ねえ、院長」
内村「ええッ! あッ、まあ・・・」
村瀬「おいおい、俺は気違い達を手引きするって言うのかい? 勘弁してくれよ~」
周明「大丈夫だ。全員病気と云う事で、捕まっても無罪! また此処(ココ)に戻って来る。ただ、新聞は大きくこの事件を取り立てるだろ。それが狙いだ。ねえ、堀田くん!」
堀田「ええッ?! 先生はそこまで読みますか。さすが名だたる大思想家だ」
周明「私は開戦時、ラジオで大いに国民を煽って来たと云う事に成っている。まあ、アジア連盟構築の為に米英仏豪の連合軍とアジア植民地解放の為に、経済的に団結しょうと語ったのは事実だ。東条が太平洋戦争を決行した時に、聖戦と言った事も事実である。ヤルと決めてしまったら後には引けない。今ヤラなければ、日本もアジアの一植民地に成り下がってしまうじゃないか」
村瀬「よ~し、気に入った! トコトンやってやろうじゃないですか」
周明「これで、方向はつかめた。後は人の配置をどうするかだ」
洪 「院長ッ! ほっといて良いんですか。大変な事に成りますよ」
内村「まあ、これも治療と思えば良いではないか。どうせ、進駐軍だってずうと居座るつもりじゃないだろう。私だっていつまで此処に居られるか分からない」
畑婦長が内村院長を恨めしそうに見て、
畑 「院長~、そんな淋しい事言わないでくださいよ」
内村「いや、仮(カリ)にだよ。皆んな、カリの話だ。ねえ、大川先生」
周明「そう。その通り! ハハハ。小説だ」
村瀬「先生、あん時は随分落ち込んでたけど、すっかり元に戻ったじゃないですか。良かった良かった」
周明「人間と云う物は目的が出来ると活力が出るもんだ。ねえ、院長」

       S75
○一〇二号室
周明が座禅を組み沈思黙考している。
岡田がドアーの覗き窓から周明を見ている。
周明が気配を感じ片目をを開ける。
岡田はドアーをノックする。
周明は座禅を組んだ膝(ヒザ)をドアーの方に返し、覗き窓の岡田に笑顔を送る。
岡田がそれに答えるように少し顔を崩しドアーを開ける。
周明「いやあ、岡田さん。どうしました」
岡田「・・・、アンタと話がしたくなってね」
周明「? 私もあなたの事が気に成っていました。どうぞ、上がって下さい」
岡田「そうか。じゃッ、失礼する!」
岡田はドアーを閉め、スリッパを揃えて静かに上がって来る。
周明はその仕草をじっと観ている。
周明「今日は気持が安定していますね」
岡田は振り返って、
岡田「安定? 俺はいつも安定している」
周明「ハハハ、これは失礼。で、どんな話ですか」
岡田は周明を見て、
岡田「うん? ・・・うん。貴様は先生と呼ばれているようだな」
周明「先生ですか。そう言われた時期も有りましたね。そんな事は私にとってはどうでも良い事です」
岡田は周明の顔を凝視する。
岡田「貴様(キサマ)・・・、まんざら捨てた男でもないようだな」
周明「?・・・」
岡田「俺は学生時代に貴様に似た名前の男が書いた本を読んだ事がある。実に解りやすく日本の行く末が書かれてあった。・・・感動した。日本人たる大義が解ったような気がした。あの本は、俺が志願するきっかけと成った書でもある」
周明「・・・さも立派な本だったんだろうなあ」
岡田「いや、今でもそう有るべきだと信じている」
周明「・・・」
岡田「欧米諸国は大アジアをバカにしている。特に米国などは世界を支配しようと画策している。あの戦争は俺達日本が仕掛けたという事で・・・。その挙句、俺達が敗者に成ると分かっていながら原子爆弾などと云う大変な武器を実験の為に使った。何の為にそんな事をしたのか。それは、これから起こるだろう戦争の為の抑止力を日本と云う島国を介して世界に知らしめたのだ。そこにはヤツ等が言う人権もヘッたくれもない。ヤツ等は原爆から生ずる放射能の脅威を日本人の体内を通して研究しているのだ。恐ろしい国である。戦争は勝たねば何の意味もない。あの国は日本にこの 爆弾を落す事を以前から決めていた。ドイツに落とすことも考えたが、近隣の連合国に多大な被害が生じる恐れがある。だから太平洋の島国日本に白羽の矢を立てたのだ。このままで行けば日本と云う国は、アメリカ軍の第二の軍事基地に成ってしまう事は明白である。日本は中国とソ連に対しての軍事の要となるであろう」
周明「・・・岡田さん、あなたは良く勉強してます。私もそう思う。いや、その通りに事は運ぶでしょう。もう私達が愛したあの日本は多分、無くなります」
ドアーをノックする音
音 「コンコン」
周明「はい!」
ドアーを開けて、肥田が顔を出す。
肥田「おお、珍しい方が来ているじゃないか」
周明「あッ、肥田くん。そうだ、紹介しょう。一〇六号室の岡田さんだ」
肥田「知ってますよ。毎朝元気良く、体操の号令を部屋の中から掛けてい方・・・」
岡田「・・・」
周明「まあ、上がりなさい」
肥田「じゃッ、失礼して」
肥田が上がって来る。
周明「・・・どうしました?」
肥田「いやね、いよいよ新憲法が公布されるらしい」
周明「? 誰に聞きました?」
肥田「猪一郎(徳富蘇峰)の爺さんだ。*幣原(幣原喜重郎)のオヤジの意見を参考にしてマッカーサーが単独で纏(マトメ)めあげたらしい」
周明「単独で!?」
肥田「アイツはアジア太平洋地域の総司令官だからね。戦後処理のすべてを任されているんだろう」
周明「・・・」
岡田は俯いて。
岡田「思う壷だ。日本を腑抜けにするつもりだ」
周明「敗戦処理の最重要課題ですからね。・・・いよいよ、行動に移す時が到来したかな・・・」
岡田は周明を凝視する。
岡田「行動?」
肥田「日本国民を代表しての直訴だ」
岡田「ジキソ?! 誰に?」
肥田「マッカーサー元帥だ」
岡田は驚いて。
岡田「マッ、マッカーサーに直訴ッ! ・・・ 貴様(キサマ)等、気でもふれたか」
周明「正気です」
岡田は周明達を見て、
岡田「・・・何を直訴するつもりだ」
周明「日本人の大義」
岡田はきつい眼で周明を見る。
そして、深くため息をつきながら、
岡田「・・・大義とは随分難しいものを・・・」
周明「この病棟の患者達は、国や家族の為に定められた道を歩いて来た人間です。身体は無事に戻って来られたが、精神はすっかり壊れてしまった。此処には誰も迎えに来ないし、面会者も居ない。このままでは気違いとしての余命を削って行くだけだ。何の為に私達は生き残ったのだ」
岡田「・・・」
周明「今、行動に移せるのは、日本にとって何んの差し障(サワ)りも無い我々・・・。この病院の患者達だけでじゃないですか」
岡田の眼が光る。
静かに、気合の入った低い言葉で、
岡田「ヨシッ、・・・ヤルか・・・」
肥田「岡田さん。あんたは正気に戻れる人だ。気合は入っている様だが少し体力を付けてくれ。決行のその日は体力だけが頼りだ」
岡田「バカを言うな。俺は南方の戦線で野良犬生活をしてきた兵隊だぞ。目的の為なら敵の肉をも喰らっても成し遂げる覚悟は有る」
周明「そうですか。そう云う事なら岡田さんにも一肌ぬいて貰いましょう」
肥田は懐(フトコロ)からキチッと折りたたんだ新聞のチラシを取り出す。
周明と岡田はそれを見る。
岡田「何んだ? それは」
肥田「東病棟の患者の名前が書いてある」
チラシの裏面に、シッカリとした文字で名前が記載してある。

一、大川周明
二、肥田春充
三、堀田善衛 
四、杉浦誠一
五、首藤操六
六、岡田 滋
七、山田欣五郎

周明「ほう。メンバー表か」
岡田「・・・」
肥田は岡田の名前の上に赤鉛筆で丸を付ける。
周明「あと三名か。・・・? 村瀬さんの名前が無いな」
肥田「彼は患者で無い。捕まったら犯罪者に成ってしまう。一歩下がってもらおう」
周明「それもそうだな」

「参 考」
*幣原喜重郎(戦後二代目の内閣総理大臣である。GHQのマッカーサーと一九四六年一月二四日に会談。この日のマッカーサーとの会談で平和主義を提案する。天皇制の護持と戦争放棄の考えを幣原の側からマッカーサーに述べたとされる)

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-26 | レーゼ小説


       S66
○村瀬源太郎(巡査・石倉三郎)
内村院長と洪医師がソフアーに腰掛て話をしている。
内村「・・・そうですか。でも小説なら面白いじゃないですか。私も早く読んでみたい」
洪 「ええッ! 院長、此処の病院が題材ですよ。それはー・・・」
内村「そんな事はない。精神病とかハンセン病とか差別される昨今だ。私は医学者の立場から、もってのほかだと思っている。彼等にも、病人としてのしっかりとした人格を持たせるべきじゃないのかな?」
洪 「いやまあ、それは・・・その通りですが。ただ、GHQの本部を襲うとか攘夷とか、戦争が終わったばかりじゃないですか」
内村「良いじゃないか。このままでは日本はアメリカの植民地に成ってしまう。たとえ敗戦国でも筋だけは通さなければ。これからの日本の大義を、明日の夢を無くした国民に知らしめるためにも、何らかの形で表現する事は頗(スコブル)る大切な事じゃないかな」
洪医師は何か言いたいが、言えない。
洪 「・・・」
内村「それに、それがここの患者であっても、別に良いではないか。彼等だって戦争の犠牲者だ。連合軍には言いたい事が山ほど有るだろう」

       S67
○一〇二号室
隣の肥田が周明の病室に来ている。
肥田「そうか。岡田さんのあの症状は仮病だったのか。しかし、芝居の上手い人だなあ」
周明「そうではない。岡田さんは命懸けで症状を仮想化しているのだ。戦争の空しさを表現しているのだんだよ。だから、岡田さんにはこの堀田くんの脚本の中では重要な役を演じてもらいたい」
肥田「堀田くんの本は、どの位進んでいるんだろう」
周明「ああ、さっき廊下で会ったが随分面白い形で進んでいるようだ」
肥田「ほう、早く読みたいねえ」

       S68
○一〇三号室
堀田が寝巻きに着替え、お膳の上の原稿に向い「独り言」を喋っている。
髪の毛は、風呂上がりのためにボサボサである。
堀田「う~ん。岡田さんを見張り役にした方が・・・。いや、見張り役はやっぱり杉浦さんの傷痍軍人で行った方が怪しまれないかもね・・・。うん、よし、これはこれで行こう。山田さんには・・・、あッ! ピッタリの役がある。コーヒーを運ぶウエイトレスに・・・。うん。これで良い。これだ! 首藤さんは・・・風貌からして・・・、あッ、この二世の男! 国会議員秘書のジミー・白川役をやってもらう。岡田さんには・・・いや、岡田さんが ジミー・白川 の方が良いか・・・。ああ、難しいッ! でも、丸の内の進駐軍本部はガードが相当固いだろうなあ・・・。この直訴状をマッカーサーに渡すには・・・。だれか進駐軍本部の内部情報を教えてくれる人は居ないかなねえ・・・」
ドアーをノックする音。
音 「コンコン」
堀田はいぶった化に、髪をかきむしる。
堀田「あ~あッ、・・・どうぞッ!」
周明が顔を出す。
周明「おッ!? やってるね」
堀田「何~んだ、先生か」
周明「何んだとはご挨拶だねえ。・・・? 悩んでいるようだねえ」
堀田は無愛想に、
堀田「どうぞ。上がって下さい。お構いは出来ませんよ」
周明「お構いか。ハハハ」
周明は堀田の傍により、原稿を覗く。
堀田「・・・? 覗かないでくださいよ。トップシークレットって言ったじゃないですか」
周明「うん? あッ、ごめんごめん」
堀田「・・・誰か本部の情報を流してくれる人は居ないかなあ・・・」
周明「本部?」
堀田「進駐軍の本部ですよ。それが分からないと先に進めない」
周明「ああ、進駐軍ね・・・。あッ! 良い男が居るぞ」
堀田「良い男? 誰ですか・・・」
堀田はあまり関心を示さない。
周明「私をMPと一緒にこの病院に運んで来た・・・確か~・・・何といったかなあー。・・・むら、ムラ・・・。あッ、そうだ! 村瀬だ」
堀田は、がっかりした顔で、
堀田「ムラセ? 運転手ですか」
周明「いや日本の巡査だ。アメちゃんに大分抵抗感があるようだったなあ」
堀田は驚いて周明を見る。
堀田「巡査ッ! 連絡は取れるのですか」
周明「進駐軍の本部に電話すれば連絡は取れると思うが。ただ、・・・配置換えになってなければの話しだ」
堀田「いやあ、良い情報を貰いました。さっそく・・・? ッて言ってもどうやってその方と連絡を取るのです?」
周明「それは、私が院長の許可を得て進駐軍本部に問い合わせてみよう」
堀田「出来ますかねえ」
周明「とにかく、相談をしてみる。叩けば門は開かれる。だろう?」
堀田「いや~、さすがオオカワシュウメイ」
周明「ハハハハ。それより、岡田さんの役はどう云う役かな?」
堀田「岡田さんには重要な役をやって貰う予定です」
周明「ほう。早く読んでみたいね」

       S69
○院長室
内村と周明が院長室でテーブルを隔てて話をしている。
内村「洪先生に聞きました。堀田さんがまた何かを書き始めたんですって?」
周明「ええ。彼は小説家の卵だと言っているので、どんな作 品に仕上がるのか、楽しみにして居るんですけど・・・」
内村「此処に廻されて来た時に、堀田さんから没収したカバンを警官から渡されましてね。失礼して中を検(アラタ)めさせて貰いました。カバンの中には一冊の薄汚れた大学ノートが入っていましてね。此処だけの話、あれは小説のネタ帳だったみたいですな。故郷の話・学生時代・上海の出来事・終戦後、内地に帰って来た時の事・就職先の事・最後に警察に捕まった時の事などが克明に書かれてありました」
周明「ほう。そんな重要な物は本人の手元に返した方が良いのとちがいますか?」
内村「そうなんですが・・・、本人に話したら預かっといてくれと言うんですよ」
周明「堀田くんの貯金通帳でも入ってるんじゃないですか」
内村「いや、それ以外は名刺とハンカチしか入っていません。畑さんが言うには、頭の中に入っているからいらないと言ってたらしいです」
周明「ほ~う」
内村「先生は、堀田さんの書いている小説の内容をご存知ですか?」
周明「内容? さあ、それは・・・。タイトルなら知っていますが・・・」
内村「洪先生が言うには、何だか尊王攘夷の大作だと言ってましたが」
周明「尊王攘夷? それは多分違うと思うなあ。日本人のこれからの道標(ミチシルベ)みたいな物を書いているんじゃないかなあ」
内村「ええッ! それは素晴らしい。何で洪先生は私にそんな事を言ったのだろう」
周明「あの方は医者のわりには、結論を少し早めに出してしまう傾向がありますな」
内村院長は渋い顔で周明を見る。
内村「そうなんですよ。たぶん戦地で、ああ云う性格に成ってしまったんでしょうねえ。あそこでは生か死かですからねえ。脚が無く成っても手が在るじゃないか。手が無くなっても命が在る。そんな世界ですから・・・」
周明「なるほど。それで先走ってしまうのか。ハハハ」
内村「すいません」
周明「院長が謝る事はないでしょう」
内村「で、大川先生のお話とは?」
周明「ああ、その事ですが・・・」

       S70
○GHQ本部
丸の内のGHQ本部である。
MPの腕章を付けた太った米兵が、ニヤついた顔で村瀬巡査を呼ぶ。
MP「ヘイ! ムラセ、カモン。ボスガ、ヨンデル」
村瀬「イエス、イエス、デブ」
MP「デブ? ノウ、ディブ。マイネーム ディブ!」
村瀬「オーケー、デブ」
MPが村瀬巡査を睨む。
MP「・・・デエィビットダ。マチガエルナ! モンキーボーイ」
村瀬「イエス、イエス、ヤンキーボーイ」
「詰め所(ボックスハウス)」 から偉そうな米兵が顔を出す。
その米兵が受話器を取る格好を村瀬巡査に見せる。
ボス「ヘイ、ムラセ! ハリー!」
村瀬「オウ、サンキューサンキュー」
急いで詰め所のカウンターに行き、受話器を取る。
咳払いをする村瀬巡査。
村瀬「ハロー! デスイズ村瀬スピーキング」
周明の声が
周明(声)「おお、村瀬さん。大川です」
下手な英語で電話応対する村瀬巡査。
村瀬「オオカワ? ・・・ジャパニーズ?」
周明(声)「大川周明です。覚えていますか?」
村瀬「オオカワシュウメイ・・・?! あッ! 東条の頭の。ソリーソリー、覚えていますとも」
周明(声)「ハハハ、思い出しましたね? 元気でやってますか」
村瀬「ゲンキゲンキ~! 日々是(コレ)決戦ッ! 戦ってますよ。大川先生もお元気そうで」
周明(声)「ええ、お蔭様で、此処で楽しませてもらっています。」
村瀬「そうですか。それは良かった。で、この度(タビ)は?」

       S71
○院長室
院長室で電話を掛けている周明。
周明「コノタビ? ああ、村瀬さんは世田谷村の方に来る事は有りますか?」
村瀬(声)「有りますよ。ボスが、あの病院の近くの豪邸をホテル代わりに使ってやがってねえ。毎日送り迎えしてるんですよ。若いくせに生意気な男でね。俺みたいな兵隊上がりをコキ使うんですよ。いつか目に物見せてやろうかと思っているんですけどね」
と、受話器の向こうからアメリカ訛りの日本語の声が。
声 「ムラセ! デンワハ、ヨウケンダケニシロッ!」
村瀬(声)「オーケーオーケー、モウスグオワル、ブス」
声 「ブス? ノウ、ボス」 
村瀬「ウルセー。これだもんね~。あッ、先生すいません。で?」
周明「一度お会いしたいのですが。時間は取れますか?」
村瀬(声)「取れる取れる。先生がお望みなら火の中水の中。夕方の五時半頃ならいつでも寄れます。ブスを送り届けた帰りにでも寄りましょうか」
周明「そうですか。それじゃ、明日でも寄って貰おうかなあ」
村瀬「ガッテン、承知の介でさあ」
江戸っ子の村瀬巡査は相変わらず軽く元気が良い。

      S72
○松沢病院
夕方、病院の正門を埃を舞い上げ一台の米軍ジープが勢い良く入って来る。
ブレーキの音を高らかに鳴らし、ジープが停まる。
サンドベージュ色の警察の制服を着た男が、衣服に付いた埃を制帽で払いながら降りて来る。
村瀬源太郎巡査である。
畑婦長が玄関から出て来て村瀬巡査を出迎える。
村瀬巡査は畑婦長を見て、
村瀬「いや~、久しぶりです。覚えてますか」

畑 「勿論ですよ。院長から、うちの病院で療養していったらと言われた方でしょう」
村瀬「ハハハ、最近イライラするんですよ。少し入った方が良かったかもしれませんなあ」
畑 「? ・・・それは困りましたねえ。院長に診てもらいますか?」
村瀬「そうですねえ。じゃッ、来週、健康診断の結果を見て」
畑婦長の怪しげな笑い。
畑 「フフフ。あッ、皆さんお待ちかねですよ」
村瀬「ミナサン? 俺を?」
畑 「そうです。患者さんの中に小説を書く方が居らっしゃるんです。いろいろとお聞きしたい事が有るらしいんです」
村瀬巡査は驚いて、
村瀬「小説ッ!? ・・・へぇ~、気違いでも小説が書けるんですか。大したもんだ。私なんか正常でも漢字も書けやしない。ハハハ」

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-25 | レーゼ小説

       S62
○廊 下
堀田が一〇二号室のドアーをノックする。
返事が無い。
堀田「大川さ~ん!」
周明「はーい」 
一〇一号室から顔を出す周明。
堀田「なんだ、肥田さんの部屋に居たんですか」
周明「うん。入って来ないか」
堀田「そうですね」

       S63
○一〇一号室
堀田が部屋に入って来る。
肥田「おお、堀田くん! どうぞ、どうぞ」
堀田は肥田の姿を見て、
堀田「?・・・どうしたんですか、そんな格好で」
肥田「うん? ああ、これか。君もやってみないか」
堀田「いや、遠慮します」
肥田「そのような見方は良くないぞ。この姿こそ、人間の原点じゃないか。南方の島ではコテカと云う下帯だけで生活している民族も居ると聞く」
堀田「コテカ? ああ、原始民族ですね・・」
堀田は周明を見る。
堀田「大川さん、判決は出ましたか」
周明「うん? 分からん。忘れられているようだ」
堀田「それは無いでしょう。思想家ほど怖いものは無い。日本を今のような状態に導いたのも思想家じゃないですか。それを放って置くはずが無い」
周明「君は私を励ましてくれているのか?」
堀田「勿論です。法廷で徹底的に戦ってもらわないと」
肥田「私もそう思う。A級戦犯に選ばれた意味がないではないか。こんな事で不起訴に成ってしまったら、大川周明の今までの歴史が無くなってしまう。存在した理由が無くなってしまうじゃないか」
周明「・・・」
周明は合点がいかない眼で二人を見る。
音 「コンコン」
部屋のドアーをノックする音。
三人が入口を見る。
医師が笑顔でドアーの前に立っている。
肥田「おお、洪先生か。どうぞどうぞ」
洪 「失礼! 声が聞こえたものでね。皆さんお集まりですね。ヤルタ会談ですか」
周明「面白い事を言うね」
洪 「あッ、ちょうど良い。皆さんの血圧を計りましょう」
堀田「僕は病人ではない!」
肥田「私もだ」
周明「私は・・・」
洪 「いや、その内に成るかもしれん」
周明と肥田、堀田が顔を見合わせる。
肥田「かもしれないか」
三人「ハハハハ」
洪 「もう成ってるんじゃないか?」
洪医師は三人の目をじっと診詰める。
堀田は不機嫌な顔で、
堀田「精神病者かどうかの判断は何処を診れば判るのですか」
洪医師はきっぱりと、
洪 「言行の不一致ッ!」
肥田「不一致? 俺は違うな。自信がある」
周明「私は治って無いのかもしれないなあ。最近、行動に自信が無くなってしまった。と言うより気力が頗(スコブル)る衰えたようだ」
洪 「それは目的や目標の欠如から来る」
肥田「それだけでは無い。気合が入ってないからだ」
洪 「岡田さんの様な事を言うな」
肥田「岡田?」
堀田「一〇六号室でいつも怒鳴っている患者ですよ」
肥田「ああ、よく廊下で倒れている?」
堀田「そう、その方です」
肥田「気合が入り過ぎているんじゃないか?」
堀田「いいえ。あの方の精神環境はまだ戦争の真っ只中に在るんです。可哀想な患者です」
洪 「ほう。君は医者の様な事を云うね」
堀田「・・・。実は僕、小説を書いているんです」
周明「おお、いよいよあの花壇を書き始めたか。で、どんな小説だね?」
堀田「七人の大義と云うタイトルです」

       S64
○七人の大義
洪 「面白そうだ。忠臣蔵か・・・」
堀田はいやな顔で洪医師を見る。
堀田「やめてくださいよ。今、忠臣蔵なんて書いたらGHQから呼び出されて終身刑になっちゃいますよ」
洪 「ああ、そうだね。ごめんごめん」
周明「で、内容は?」
堀田「戦いに負け戦争に勝つ。七人の元陸海軍特攻兵の攘夷の物語です」
周明「攘夷? 攘夷とは外人を追い払って国内に入れない様にする事だぞ」
肥田「おお、鎖国の小説か。面白い」
堀田「違いますよ」
洪 「ハハハ。それこそ終身刑になるな」
周明「君は国際文化振興会の上海事務所とやらに居たんじゃなかったのか?どちらかと云うと親米派だろう」
洪 「? 堀田くんはそんな所にも居たのか。それじゃ君の気質に合わないじゃないか。もっとスマートな物に書き改めた方が良いな」
肥田「そうだッ! 七人をこの精神病院の患者にした方が良いんじゃないか?ハハハハ」
洪 「冗談も程々(ホドホド)になさい。此処の患者にそんな事が出来る訳(ワケ)が無い」
肥田「小説だよ。ショウセツッ! 本は売れなくては話にならないぞ。面白い方が良いじゃないか。なあ、大川君」
周明「? う、うん。まあ、それは、そうだねえ・・・」
堀田「ちょっと待って下さいよ。書くのは僕ですからね。場面は僕が決めます。それに脳病患者が攘夷なんて。・・・?」
堀田は話しを止める。 
堀田「でも、・・・それは面白いかも知れないなぞ?」
肥田「だろう。ちょうど奇妙な患者ばかりが入院しているじゃないか」
堀田「奇妙な人とは、どの部屋迄の患者を言うのですか?」
肥田「君の部屋も入っているから心配するな。ハハハ」
堀田「失敬ですよ、肥田さんッ! いくら肥田さんでも怒りますよ」
肥田「冗談だよ。気にするな。・・・そうだ! 皆で一緒に丸の内の進駐軍本部に殴り込みを掛けるなんて云うのはどうだろう」
洪 「いい加減にしてくれ。此処は都立の松沢病院だぞ。そんな噂がたったらマッカーサーの赤い革靴の底で踏み潰されてしまう」
周明「!? いや、これは面白いかもしれないぞ。どうせ私の主張は法廷に載(ノ)らないのだ。戦いに負けて戦争に勝つ。・・・これは私の最後の檜舞台に成るかもしれない。殴り込みは熊本の五高以来だ」
堀田「殴り込みって大川先生はお幾つになられたんですか」
周明「還暦は過ぎたかな?」
堀田「そんな方が、無理無理! 心不全で階段の昇り降りでヘタッテしまう。かえって足でまといですッ!」
周明「何を言うかッ! 私は剣道五段、真庭念流の使い手だぞ」
肥田「ほう。大川君は、真庭念流か。専守防衛の剣術だな。それじゃあ、ジックリと作戦を練らなければ」
洪 「おいおい。ここは精神病院ですよ。患者達に統制が取れる訳が無いじゃないですか。バカらしい」
周明「院長が言っていましたよ。此処の患者達に今一番必要としているのは夢と希望を持たせる事だとね」
洪医師は説得するように、
洪 「大川さん、それは解釈が違う。たしかに泥棒にも一分の理があるかもしれない。が、丸の内のGHQ本部に殴り込みをかけるなどとは、それはちょっと頂けないなあ。患者には刺激が強過ぎる」
肥田は洪医師を睨(ニラ)む。
肥田「君は日本がこのままアメリカの意の儘(イノママ)に成り下がって良いとでも言うのか!」
洪 「いや、それとこれは違う。これじゃあ本当のヤルカ会談だ」
三人「は? ・・・」
堀田「とにかく、僕がシナリオを書きましょう。どうですか?」
周明「面白い! 任せる。徹底的に面白い脚本を書いてくれ」
洪 「おいおい。付いて行けないぞ。オレはもう戻る。いいですか、これは、あくまでも小説ですからね。くれぐれも皆さんの気持は入れないで下さいよ」

       S65
○「岡田 滋」の病
岡田が廊下の窓から西空を見ている。
周明がそっと近づく。
周明「夕日が綺麗ですねえ」
岡田が周明のその声に驚く。
岡田「うッ! 貴様(キサマ)は誰だ?」
周明「いや、一〇二号室の大川周明と言います」
岡田は周明をじっと見詰め、
岡田「大川? ・・・死神か」
周明「死神? ハハハ、そう云う者ではない」
岡田「・・・? ・・・大川周明・・・。何処かで聞いた事があるぞ。何か用か?」
周明「用? いや、そんな大それた用ではない。私も夕日を見ていたいのだ」
岡田は、また窓の外を眺める。
岡田「・・・南方の夕日は綺麗だ。故郷(フルサト)を思い出す」
周明「フルサト? ・・・何処ですか」
岡田「鹿児島四五連隊だ」
周明は少し驚き、
周明「鹿児島ッ! 第六師団でしたか」
岡田は周明を睨(ニラ)む。
岡田「貴様(キサマ)も九州か」
周明「私は山形生まれの熊本育ちです」
岡田「貴様は山形か。で、どこで編成された」
周明「編成? ああ、この病院で」
岡田は、また周明を睨む。
岡田「貴様も狂ってるのお。・・・まあ良い。戦線もこんな展開になってしまったら、狂うなと言っても無理な話だ」
周明は夕日を見ながら静かに一言、
周明「・・・戦争は負けましたぞ」
岡田「負けたか。だからどうした。俺は国には戻らない。俺は敵前逃亡者だ」
周明「何をおっしゃる。あなたは今も戦っているじゃないか」
岡田「うん? 面白い事を言うヤツだ。俺は脳の病だ。励ましても無駄だ」
周明は怪訝な顔で岡田を見る。
周明「自分の病(ヤマイ)が分かってるらっしゃるんですか?」
岡田「自分の事は自分が一番良く分かる。俺は敗残兵で多くの部下を見殺しにしてしまった。戦場を逃げて帰って来たんだ。だから、此処に居るのが一番なのだ」
周明はそっと岡田の淋しそうな横顔を見る。
周明「・・・、岡田さん、そんなに自分を責めなさんな。生きて国に戻れたのも何かの運命(サダメ)です。天は残された者に重任を下す。我々の祖国を今一度、蘇(ヨミガエ)らさなくては」
岡田「大川と云ったな。貴様は患者か?」
周明は明るく、
周明「患者? ハハハ、私は患者にされたんですよ」
岡田「された? 面白い事を言う気違いだ。俺の部屋は一〇六だ。一緒に来るか!」
周明「いや、今日の所は遠慮して置きます。今度は私の方からお邪魔します。お邪魔でなければ」
岡田「ジャマ? 邪魔ではない。何も御構いは出来ないが、朝倉に言って茶と菓子ぐらいは出してやろう」
周明「ああ、そりゃあ有り難たい。ハハハハ」
周明は自分の部屋に戻ろうとする。
と、一〇三号室のドアーが開き、堀田が寝巻きを抱えて出て来る。
堀田「あッ! 大川先生」
周明「おお、堀田くん。風呂か。今日は誰と」
堀田「杉浦さんです」
周明「杉浦?」
堀田「一〇四号室の杉浦誠一と云う患者さんです。戦争画家だった方ですよ」
周明「画家? 戦争画家ですか・・・。で、例の小説の方は順調に進んでますか?」
堀田「大分進みました。多分、面白い作品に成りますよ」
周明「そりゃあ良かった。是非、後で読ませて貰いましょう」
堀田「だめです。トップシークレットですから。洩れたら終身刑に成ってしまう。ハハハハ」
堀田は二人の前を通り過ぎ、奥の風呂に向かう。
岡田は周明を見て、
岡田「先生? アンタは先生か。ノイローゼにでも成ったのか」
周明「ノイローゼ? そう言えば 戦争ノイローゼ かもしれないな」

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-24 | レーゼ小説

       S56
○タイトルは「七人の大義」
内村院長が東大の講義から戻って来る。
院長室で白衣に着替える内村院長。
畑婦長が内村院長の上着をロッカーに仕舞う。
畑 「大川さんがとても世間の事が気に成ってるらしいんです」
内村「・・・裁判の件だろう」
畑 「多分」
内村「新聞も東条以下六名の戦犯記事以外はほとんど載せてないな。今の所、新聞もGHQの検閲下にあるからね」
畑 「あの戦争もたった二年で随分遠くに行っちゃったみたい」
内村「それで良いんだよ。いつまでも過去の事を引き摺っていても仕方が無い」
畑 「でも、お国の為に亡くなった方はかわいそうですわ」
内村「それはそれだ。しかし今は、日本の復興の為に生き残った国民達が歯をくいしばって頑張らなくては、英霊達に申し訳ないじゃないか」
畑 「そうですね。主人も生きていたら同じ事を言うでしょうね」
内村「畑さんのご主人は海軍の軍属だったね」
畑 「はい。高千穂丸と云う病院船に乗って居たのですけれど、フリピンのセブという島の沖合いでアメリカの潜水艦に沈められてしまって・・・」
内村「そうだったのか。皆んな同じ様な境遇の人ばかりだ。その人達の為にも頑張ろうじゃないか。私達の仕事は健康を取り戻す事も重要だけれど、荒廃した患者の心に、いや国民の心に明るい生きる夢を持たせる事が今一番の使命だ」
畑婦長は気丈に、元気良く、
畑 「はい!」
音 「コンコン」
ドアーを叩く音。
朝倉看護婦が院長室に入って来る。
朝倉「失礼します。コーヒーをお持ちしました」
内村「おお、有り難う」
朝倉「プディングを作ってみたんです。召し上がれ」
内村院長は朝倉看護婦の顔を見て、
内村「君は夢を与えるねえ。実に良い。今は食い物が一番希望を与えてくれる」
朝倉「有り難うございます。光栄ですわ。それから大川さんが院長とお話がしたいとおっしゃっています」
内村「そう。じゃッ、これを食べてから・・・」
内村院長はコーヒーを飲み、美味そうにプディングを食べ始める。
 
       S57
○廊 下
内村院長が大川の病室を覗き窓から見て、ドアーを叩く。
音「コンコン」

       S58
○一〇二号室
机の前で静座しながらコーランを読んでいる周明。
周明「はい。どうぞ!」
内村院長がドアーを開けて顔を出す。
内村「ハハハ、いや~、先生、体調は如何(イカ)ですか」
周明「おお、院長。すこぶる快調です」
内村「それはそれは、何よりだ」
内村院長が部屋に入る。
内村「で、どうしました?」
周明は内村院長の眼を探るように、
周明「えッ?! ああ、いや、実はですね。・・・私の事を少し聞きたくて」
内村「ほう。先生の事・・・」
周明「悪い事でも良い事でも、噂でも良い。何か耳に入った事を聞かせてくれませんか」
内村院長は周明を見て、
内村「・・・裁判の件ですね」
周明は俯く。
周明「・・・」
内村「先生が此処に来られて一年ですね・・・。東京裁判は最終段階に入った観が有ります。・・・今、新聞を騒がせている事は東条以下六名のA級戦犯判達です。判決後の刑の執行がいつになるかがね・・・」
周明「・・・」
内村「幸か不幸か、大川先生の法廷での言行はマンガやコラムの欄に掲載されているぐらいです」
周明は大きく溜息を付き、両手で頭を掻く。
周明「マスディア(世間)は私を葬り去ろうとしていると云う事ですな・・・」
内村「いや、それは違います。いまだ町は荒廃しきって戦争の傷跡だらっけです。アメリカ軍が交通整理をして居るし、治安は不安定この上なく悪い。新聞も労働者の集会も総て検閲、監視状態にあります。アメリカはこの荒廃の状況の中で、赤(共産党)がはびこる事を一番恐れているのです。いまだに大陸から引き上て来る者や、シベリアから復員してくる元兵が沢山おります。中には敗戦に慣れてない者、収容所で洗脳された者も居ます。そんな中で世間は大川先生の言行に 賛同共鳴している国民も決して少なくはない。都会などはまだ良い。田舎は後継者を失って大変な事態に成っています。大川先生は思想家です。今、日本で一番不必要な者は思想家なのです。ですから、もう少し此処で時を稼いで下さい。先生を必要とする時が必ず来ます」
周明「院長は、これから私はどうなると思いますか」
内村「学会で梅毒性精神疾患の件で質問してみました。一般的には実に難病の範疇に属するものです。したがって大川先生が判決に関わる事はまずないでしょう。多分、不起訴、無罪放免でしょう。その後、日本の警察の監視下に置かれる・・・。まあ、此処は治外法権! 病院ですから安心して下さい。ハハハ」目を瞑(ツム)り、黙って内村院長の話を聞いている周明。 
周明「・・・」
内村院長は机の上に置かれた、良く読み込まれた分厚い単行本を指差して、
内村「何をお読みですか?」
周明「ああ、コーランです」
内村「コーラン? ちょっと見せてもらっても宜しいですか?」
周明「どうぞ」 
内村院長は分厚い本を手に取り、ページを開く。
内村「・・・ほう。・・・経ですね。インド語?」
周明「アラビア語です。イスラムの経典です」
内村「イスラム?」
周明「そう。イスラムとは平和を意味します。そしてアッラー。太陽に帰依すると云う事です」
内村「なるほど。これからの日本に魅力的な宗教かもしれませんな」
周明「凄い宗教です。日本神道に通ずるものがあります。私はこの経典を翻訳し、国民に紹介しょうと思っているんです」
内村「ほ~う・・・。素晴らしい! 是非やってみて下さい。私が出版費用を賄いましょう」
周明「そうですか。院長が出資者に成ってくれのなら嬉しいですね。ハハハハ」
内村「おッ!? 先生、笑いましたね?」
周明「ええ? ・・・笑いました」
内村「先生の笑顔を見たのは始めてだ。一日に三回はその笑顔を作りましょう」
周明は内村院長を見て、
周明「うん? ああ、そうですね。肥田君も同じ事を言ってました。一日に何回笑ったか日記に付けなさいとね」
内村「それは良い事です。ハハハハ」
周明「ハハハハ」
一〇二号室から二羽の笑い鳥が元気良く飛び立つ。
昭和と云う時代が、少しずつ落ち着いて行く光景である。

       S59
○一〇一号室
健康的な朝日が、一〇一号室に射している。
肥田が畳の上に下帯一枚で大の字に寝ている。
頭上に数十冊の書籍、新聞、チラシ、赤鉛筆が散乱している。
周明は少し開いたドアーの隙間から部屋の中を覗く。
周明がつぶやく。
周明「・・・? だらしないなねえ」
周明は大きく咳払いをする。
肥田がむっくり起き上がり、周明を見る。
肥田「・・・おお、君か。入って来い」
周明は呆れた顔で部屋に入る。
周明「何んだ。いつから君はそんなだらしなく成ったんだ」
肥田は身の周りを見る。
肥田「? 何処が?」
周明「君の姿だよ」
肥田「ああ、これか。
肥田は自分の姿を見て、
肥田「ハハハ。これは俺のあみ出した精神解放術だ」
周明「精神解放術?」
肥田「そう。自分の経験的に抑制された道徳や行為を総て捨て去り、一度、幼児期状態に戻す。それによって精神の抑圧を解放し、気分を再び明るくさせるのだ。それには太陽の適度な紫外線が欠かせない。これを光合成と云う。人間も植物も同じだ」
周明「それにしても下帯一枚とは・・・、看護婦が見たらどう思うかね」
肥田「大丈夫だ。俺は脳病患者ではない」
周明「そうか? ・・・なんだか患者よりも患者らしく見えるぞ」
肥田「見方はそれぞれだ。それよりこの解放術を洪くんに教えてあげたい。実に爽快になれるぞ。ハハハ。あッ! そうだ。この間、猪一郎(徳富蘇峰)から手紙が届いた。君の事が書いて有った。なにやら君は無罪放免に成りそうだ」
周明「やはりそううか。先日、院長もそんな事を言っていた」
肥田「連合軍は君の法廷での言行に、よほど恐れをなしたのだろう」
周明「連合軍? ・・・それより、最近、朝の体操を部屋から見ていると実に面白い。院長も積極的にやっているし、すこぶる評判も良いぞ」
肥田は嬉しそうに、
肥田「そうか。それは良かった」
周明「鮫島さんは便秘が治ったと言っているし、畑さんは女学校の制服が着られる様に成ったと喜んでいる。院長などは五十肩が何処かに飛んで行った、なんてはしゃいでいたぞ」
肥田「女学校の制服?」
ドアーをノックする音。
音 「コンコン」
鮫島「失礼します」
顔を上げる鮫島看護婦。
肥田のあられもない姿を見て鮫島看護婦が、
鮫島「キャッ!」
胡坐をかいていた肥田が急いで正座し鮫島看護婦を迎える。
肥田「あッ、失敬! どうぞ、どうぞ」
鮫島看護婦は目を瞑(ツム)る。
鮫島「いや、また後で来ます。失礼しました」
肥田「?、そうですか。それじゃあ、また。お待ちして居ます」
鮫島看護婦はドアーを閉めながら、
鮫島「・・・釣鐘が風邪ひきますよ」
肥田「ツリガネ?」 
肥田は下帯を見て、
肥田「ああッ! こりゃまた。ハハハ。釣鐘か・・・なるほど。これは研究の一環なんですよ」
鮫島「研究?! で・す・か・・・」
鮫島看護婦が一〇一号室を出て、一〇四号室に向かう。

       S60
○廊 下
一〇三号室から堀田が出てくる。
堀田「あッ、サメ(鮫島)ちゃん。昨夜の酢豚、酢が強よ過ぎじゃない。アサ(朝倉)ちゃんに言っといてよ」
鮫島「糖分を控えめにしてあるんです。アナタだけですよ、病院の食べ物に文句を言う患者は」
堀田「患者? 僕は患者じゃないぞ。囚人(シュウジン)だ」
鮫島「ああ、そうでしたね。堀田さんは護送車で来たんでしたね。失礼しました」
そう言い残し一〇四号室に向かう鮫島。

       S61
○一〇四号室
部屋のドアーは開けっぱなしである。
一〇四号室から鮫島看護婦の元気な声と、杉浦の怒鳴り声が聞こえてくる。
鮫島(声)「杉浦さん! 起きて下さい。お熱と血圧の時間ですよ」
杉浦(声)「うるさいッ! ほっといてくれ」


               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-23 | レーゼ小説

       S47
○イメージ
靖国神社の大鳥居が首藤の身体に覆(オオ)い被(カブ)さって来る。
首藤「あ~ッ!」
首藤(M)「・・・俺はもう日本人に嫌気がさした・・・。中将が師団を見捨てて芸者と・・・」
首藤は突然、大声をあげる。
首藤「クソーッ! ああ~、いやだ嫌だ。もう、イヤだ~ッ!」
首藤(M)「関特演(関東軍特殊演習)からビルマまで、俺は上官を必死に支え作戦を補佐して来た。その総司令官が事も有ろうに芸者と逃亡、途中、大将に昇進するとは・・・。あ~、嫌だイヤだ。兵は飯も喰えずに戦って居るのに。士気が揚がる訳がない。日本人とは、かくあるものか。あ~、もう、イヤだ。俺は誰も信じられない。河辺(河辺正三・最終階級陸軍大将)は融通の利かない男だった。その後に来た木村(木村兵太郎・陸軍大将)は、事ある毎に (常在戦場! 余は常に兵と共に在り。日々是、決戦で在る!) と。あの野郎、ナポレオンの様な奇妙な台詞(セリフ)を吐く男だった。三万もの兵を置き去りにして、いったい誰が責任を取るのだ。大義とは、忠義とは、皇軍とは・・・。あ~、もう嫌だ・・・。頭が変に成って来る・・・」  
頭を掻き毟(ムシ)る首藤。

       S48
○廊 下
鮫島看護婦が首藤の怒鳴り声を聞き、廊下を走って来る。
ドアーを開ける鮫島看護婦。

       S49
○一〇五号室
鮫島「首藤さん! 大丈夫ですか」
首藤は急いで煙管(キセル)を寝巻の袖口(ソデグチ)に隠し、座り直す。
鮫島「どうしました、大声を出したりして。悪い夢でも見たのですか?」
首藤は黙って俯(ウツム)いている。
鮫島「難しい事を考えてはだめですよ。あなたにも明日が来るのですから」
首藤「・・・」
鮫島「あッ、それからコレ」
鮫島看護婦は入口の畳の上に一通の封筒を差し出す。
鮫島「首藤さんにお手紙が届きましたよ」
首藤の顔が少し動く。
鮫島「・・・此処に置きます」
首藤は見て見ぬふりをしている。
鮫島看護婦は、首藤の丹前の袖から立ち上がる煙を見て、
鮫島「あッ、煙草を吸う時は火の元に注意して下さい。袖から煙が出ていますよ」
首藤「!? ・・・アッ! あーッ!、あ~アッ」
鮫島看護婦はドアーを閉めて戻って行く。
首藤は袖を手で叩きながら、
首藤「クソー、クソー。イヤだ、もう~ッ!」
畳の上の封筒に目をやる。
封筒に手を伸ばす。
首藤は封筒の裏側を見る。

       S50
○田上源 内(タガミゲンナイ)
首藤「タガミゲンナイ? ・・・ゲンナイ?」
首藤は封筒の口を切り、中の便箋を取り出す。
一枚目に杜甫の詩「春望」が達筆な朱文字で書いてある。
「國破山河有 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心峰火連三月 家書抵萬金 白頭掻更短 渾欲不勝簪」 (上等兵)
二枚目に髪の毛の束と爪が貼り付けてある。
首藤「? タガミ上等兵・・・。思い出せない」
首藤は封筒の中をもう一度覗いて見る。
底に小さな紙片が見える。 
取り出す首藤。
首藤「巣鴨の刺抜き地蔵の御影?・・・。タガミゲンナイ・・・。ビルマか? ノモンハン・・・」
天井から蜘蛛が糸を引いて降りて来る。
首藤「・・・あッ、ソロバンのタガミ! あいつはノモンハンのハルハ河の畔(ホトリ)で俺が荼毘(ダビ)に付してやった兵隊だ。暗算に長けた良い男だった。それにしても死んだ兵隊があの世からこの俺に手紙をよこすとは。よっぽどこの世に未練があるのだろう・・・」
首藤はシミジミと便箋と爪と髪の束を見る。
何処と無く良い香りの漂う便箋である。
匂いを嗅ぐ首藤。
首藤「・・・あの世とはかような臭いのする所か。ああ、良い臭いだ。こんな良い臭いのする所なら俺も早く行こう。おい、田上!俺も直ぐに行く。俺の事は気にせず、成仏しろ。待ってろよ・・・」
首藤操六の病は「ピント」がずれてしまう精神の病「統合失調症」である。
首藤は畳の上に大の字に倒れ、目を瞑(ツム)る。
手には「田上源*内」の便箋が握られている。
この日から、首藤は自分の「死の処し方」を真剣に模索し始める。

       S51
○ある日の朝
周明は廊下の慌しい足音で眼が覚める。
首藤がストレッチャーに載せられて運ばれて行く。
畑婦長、朝倉看護婦が必死に首藤に声を掛ける。
朝倉「首藤さんッ! しっかりして下さい」
畑 「聞こえますか、首藤さんッ!」
周明がドアーを開ける。
周明「何か遭(ア)ったのですか?」
畑婦長がストレッチャーを押しながら、
畑 「一週間、物を食べなかったんですッ!」
周明「・・・助かりまか?」
洪 「分かりません」
ストレッチャーがけたたましい足音と共に廊下を走り去る。
周明の声が廊下に響く。
周明「死なせないで下さいッ!」
岡田が、その声が聞こえたのか病室の中から大声で叫ぶ。
岡田「捧げ筒~ッ! 貴様は良く戦った。天皇陛下バンザ~イ!」
山田が突然ドアーを開ける。
音 「ガラガラッ!」
山田「うるさいッ! 気違い」
杉浦もドアーをそっと開けて、
杉浦「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・」
山田「チン~。はい、行ってらっしゃい。良いわねえ、素敵な所に行けて」
山田は神経質そうにドアーを閉める。
音「バンッ!」
岡田は相変わらず病室で怒鳴って居る。
岡田「死ね~ッ! 全員玉砕だ~!」
岡田が大声で歌い始める。
岡田(歌声)「海行ば~、水浮く屍~、山行ば~、草むす屍・・・」
隣の病室から山田の怒鳴る声。
山田(声)「お黙りッ! 精神病ッ!」
周明は呆れた顔でドアーをそっと閉める。
病室の中央で座禅を組み直し、また瞑想にふける。

       S52
○処置室
洪医師が首藤の寝ている様な顔を見て、
洪 「・・・呼吸は停止しているようだな」
朝倉「はい」
洪 「脈は?」
朝倉「脈も停止しておりました」
洪医師、首藤の頚動脈に指を添えながら、
洪 「絶食してから何日目だ?」
朝倉「ちょうど一週間です」
洪 「・・・ダメかもしれないな」

       S53
○朝 食
陽も昇って、病院の屋根にはいつも見る雀が、雛(ヒナ)に餌を食べさせて居る。
病棟も朝食の時間である。
朝倉看護婦が朝食を運んで来る。
朝倉「失礼します。 朝食をお持ちしました」
周明「おッ、うん」
朝倉看護婦はアルミのトレイに載せた四品を、畳みの上に置く。
周明「あの患者は回復しましたか」
朝倉「ああ、首藤さんですか? 点滴を打ったら回復しました」
周明「それは良かった」
朝倉「それが・・・、本人は不満らしいんです」
周明「不満? やっぱり死にたかったのですか」
朝倉「そうなんですよ。もう、これ以上自殺者を出したくないですわ」
周明は驚き朝倉看護婦を見る。
周明「そんなに居るのですか・・・」
朝倉「昨年は女子と男子で十二名でした。そのほか、他殺が二人」
周明「他殺?」
朝倉「錯乱状態で患者が患者を殺してしまうんです」
周明は深くため息を吐(ツ)く
周明「・・・あの患者は何故死にたくなったんでしょう・・・」
朝倉「さあ、先日珍しく首藤さんにお手紙が届いたんです。その日から絶食し始めたんです」
周明「ほう」
朝倉「何しろ首藤さんは、言葉を忘れた患者さんですから」
周明「言葉を忘れた?」
朝倉「そうです。ビルマ戦線に従軍した後、少しおかしく成って、終戦から本格的に症状が現れたのです。院長が首藤さんの大切にしている軍隊手帳を見たらしいんです。そこに木村兵太郎と云う上官の悪口が沢山書いてあったと言ってました。相当、怨(ウラ)んでいた様です」
周明「木村兵太郎? ・・・法廷で私の斜め前に座っていた戦犯だ」
朝倉「ああ、きっとその方です。首藤さんは当時はすごく偉い兵隊さんだったらしいんです。ある日、ビルマのなんとか云う河の近くで、精一杯戦っていた時、一番偉い上官の木村さんと云う方が女性と逃げちゃったらしいんです。どうも、発病の原因はその辺にあるみたいなんです」
周明の表情がこわばる。
周明「それが原因で・・・」
朝倉「えッ? それがー・・・、そうでもない様なんです」
周明「そうでもない?」
朝倉「あの手紙の中に爪と髪の毛が入っていて、それが関係しているんじゃないかと院長がおっしゃっていました」
周明「爪と手紙が入っていた?!」
朝倉「ええ。詳しい事は大川さんの方から院長に聞いて下さい。それじゃッ、失礼します。あッ、血圧の薬は忘れずに飲んで下さいね」
朝倉看護婦が部屋を出て行く。

「参 考」
*内 「家内または妻の事である」

       S54
○悪い夢
山田が夢で魘されている

       S55
○イメージ
大海原に延々と連なる艦また艦。スクリューの音が力強く波間に響く。
南方の島(ガダルカナル島)に、第三八師団の兵員と物資を運ぶ起死回生の海軍輸送船団の雄姿である。
山田の乗る 駆逐艦「涼 月(艦長杉谷長秀中佐)」が輸送船の側面を護衛しながら全速で「Sの字」走航をしている。
突然、後方の艦で爆発が起こる。
駆逐艦 「涼月」の艦上が急にざわめき始める。
*宮下「潜水艦やーッ!」(河内弁)
山田の神経質な声。
山田「くッそ~・・・、ヤッタワネー。おぼえてらっしゃい!」
手摺りを叩き、タラップを駆け降りる山田。
山田「宮ちゃん、水雷ッ!」
宮下が元気良く、
宮下「サイな~ッ!」(河内弁)
山田が伝声管を握って、杉谷艦長に「黄色い声」で確認をとる。
山田「艦長ーッ! 発射準備完了ッ! いつでも良いわよーッ」
伝声管から杉谷艦長の声。
杉谷(声)「ヨッシャ~。 待てや~・・・」
スクリューの音が不規則に変化しながら停止。
音 「ゴーッ、ゴ~・・・、ゴー~ッ ・・・・」
山田「まだよ、マダマダッ・・・」
杉谷艦長が伝声管から気合の入った黄色い声。
杉谷「テーッ!」
山田は胸に十字を切り、空を睨む。
山田「宮ちゃん! 神サンが見てるわよ。発射ーッ!」
一斉に艦上から「水雷(スイライ)」が発射される。
後方の駆逐艦の艦上からも、水雷が飛んで行く。
暫くすると、轟音と共に海中で水雷が爆発する。水柱があちこちの海上から起こる。
山田は双眼鏡を覗いている宮下に小声で、
山田「・・・ど~お? 当たった?」
宮下は小声で、
宮内「・・・油は~・・・見えヘンなぁ・・・」(河内弁)
山田「・・・まだこの辺に居るはずよ。隠れたってダメッ!」
伝声管から杉谷艦長の押し殺した声。
杉谷「音を立てるなッ! 音探を使っているんだぞ。バカタレが~・・・」
すると、前方の艦から爆発音。
音 「ドッガーン~・・・」
宮内「!、アカン。カマ欽(山田)ハン、こりゃアキマヘン。囲まれてマッセ」(河内弁)
伝声管から杉谷艦長達の声が微(カス)かに聞こえる。
杉谷(小声)「・・・鮫(サメ)に囲まれてるようだ」
音探兵(小声)「真下深度八十に一~(ヒト~ツ)ッ!」
杉谷(小声)「真下?・・・ 取り舵いっぱい~、微速前進、ヨーソー・・・」
音探兵(小声)「艦長。この下ッ! 居ます・・・」
杉谷(小声)「よ~しッ、この下~・・・」
伝声管から杉谷艦長の声。
杉谷(小声)「深度八〇! 水雷用~意・・・」
杉谷艦長の気合いの入った号令が。
杉谷「テーッ!」
水柱が数本上がる。
暫くすると、大量の油が浮いてくる。
山田「ヤッターッ! 宮ちゃん、今夜は菊正(酒)ヨ~」
宮内「カマ欽さん、あまいデヨオー。サクラかも知れヘンデー」(河内弁)
山田「サクラ?」
宮内「イタチの最後ッ屁や。燃料の栓抜いたとチャイまっか~」(河内弁)
杉谷艦長の冷静な声。
杉谷(声)「船影が消えた。ゴオーチン(轟沈)ッ!」
山田「ヨッシャ、サクラ咲くヤー!」
途端、「涼月」の船主に轟音と共に火柱が上がる。
宮内「あッ! やっぱりサクラや。あかん、逃げるが勝ちや」(河内弁)
艦が急速に傾く。
スピーカーからまた、杉谷艦長の冷静な声。
杉谷(声)「総員退避せよ~! 艦を捨て退避~・・・」
宮内「アカン。アキマヘン。勝ち目アラヘン。カマ欽さん、逃げまヒョ!」(河内弁)
山田「逃げまヒョ言うたカテ、この辺の海って鱶(フカ)だらじゃない」
宮内「ドナシマヒョ。後門の虎、前門の狼ですワ」(河内弁)
山田「宮ちゃん、イチかバチか。こうなったら鱶(フカ)の餌(エサ)になりましょう。アンタ、生きてたら川崎のこの住所に手紙でも書いて」
山田は海軍手帳を開き一枚引きちぎり、鉛筆で急いで住所を書く。
宮内「そんな、淋しい事言わんといてナー」(河内弁)
山田「ウルサイッ! 行くわよ。せ~の、あッ、アタシの手を握ってて」
宮内「カマ欽さ~ん、これやったら特赦(トクシャ)なんかにならん方がよかったワ~」(河内弁)
山田「ごちゃごちゃ言ってないで、行くわよッ! イチニーの鱶(フカ)の餌ッ!」
山田は大声で泣き出す宮内の手を握り、海に飛び込む。
鮫島看護婦が山田の身体をゆすっている。
鮫島「山田さん! ヤマダさん! 大丈夫ですか? 山田さ~ん」
山田が目を覚ます。
山田「あッ! ・・・此処は何処? ・・・アタシは誰?」
鮫島「夢を見てましたね。こんなに汗をかいて」
山田は深く溜息をつく。
山田「・・・、鱶(フカ)の餌ッ! 怖かったわ~」
鮫島「フカの餌? 鮫(サメ)じゃないのですか?」
山田「鱶(フカ)よ、鱶(フカ)。鮫より、ず~と怖いわ」
鮫島「?・・・。どんな夢を見たのですか?」
山田「潜水艦に周りを取り囲まれて、「涼月」の鼻先に魚雷が命中したのよ。冗談じゃないわよ」
鮫島「リョウゲツ?」
山田「アタシの職場」
鮫島「ああ、軍艦でしたね。へ~。で?」
山田「それで? ・・・思い出せない。何か・・・海に飛び込んだみたい。クワバラクワバラ」
鮫島「あッ、ごめんなさい。無理に思い出さなくても良い事よ」
山田「ああ、イヤだイヤだ。戦争なんてもうウンザリ。アタシ、よく生き残ったわ。皆んな、魚の餌や土の肥(コヤシ)になっちゃったんだもの。人間なんてエゴの塊よ。何で死にに行かなければならなかったのかしら?頭の良い学生も沢山居たのよ。とっても空(ムナ)しいじゃない。アタシって、誰と戦っていたのかしら。アメリカ兵なんて見たことないのよ。いつも、弾や魚雷と戦っていたの。バッカみたい」
鮫島「・・・。で、ミヤちゃんて誰ですか?」
山田「ミヤちゃん? 誰それ」
鮫島「魘(ウナ)されながら、ミヤちゃんミヤちゃんて言ってましたよ?」
山田「えッ!? ・・・思い出せないわ。きっと魚の餌になった人でしょう。どうでも良いわ。昔の事は思い出さないようにしているの」
鮫島「山田さんて何んと無く素敵な人ですね」
山田「お世辞使ってもダメよ。あッ、それよりあの下着どうなったの?」
鮫島「ああ、もう少し待って下さい。アメリカ製のナイロンだから時間が掛かるの。メリヤスなら私の使ってないブラを差し上げましょうか」
山田「そんな安物、要(イ)りませんッ!」

「参 考」
*宮下 昇一等水兵「娑婆で、運良く特赦の恩恵を受け海軍に入隊した大阪河内出身の前科者」

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-21 | レーゼ小説

       S41
○渡り廊下
大風呂敷を背負った肥田が人目を気にしながら足早に渡り廊下を渡る。
一〇六号室の岡田がそれを見て、怒鳴る。
岡田「おいッ、軍医! ドロボーだッ! 貴様(キサン)等、脇が甘いぞ。巾着は身に付けとけ!」
内村院長がその声に気付き、渡り廊下を見る。
内村院長が突然、大声で、
内村「おお、肥田さ~んッ! 越して来ましたかー」
肥田は内村に軽く会釈をして急いで東病棟に消えて行く。

       S42
○一〇一号室
肥田は一〇一号室のドアーを開けて、大風呂敷を部屋に降ろす。
溜息を吐き、部屋を見渡す。
ネズミの糞(フン)だらけである。
肥田「・・・う~ん、良い部屋だ・・・」
肥田は早速、風呂敷の中の行李を開け、箒と雑巾を取り出す。
急いで簡単な掃除を済ますと、行李の中から一本の「掛け軸」を取り出す。
部屋を見回し上座の柱にその掛け軸を掛ける。
紐を解くと、中から「達磨」の一筆描きが。
肥田はそれを観て軽く座禅を組む。
ドアーをノックする音。
音 「コンコン」
肥田「うん?」
ドアーが開いて周明が入って来る。
肥田「おお!」
周明「待ってたぞ。これで私は、いつでもこの世を捨てられる。隣に禅僧が間借りして来たんだからね」
肥田は周明を見て、
肥田「おいおい。俺はお前に引導を渡しに来たのではないぞ。救いに来たのだ」
周明「ハハハ、気休めはよせ」
肥田「いや、これは本当の話しだ。猪一郎(徳富蘇峰)に聞いた話だが、君は気違いだから不起訴になるだろうと云う話だ」
周明「猪一郎翁がそんな事を・・・。でも判決はまだ先だろう」
肥田「それがな、連合軍にインドの判事が居ってね。ウエップと揉(モ)めてるらしいんだ」
周明「揉(モ)めている?」
肥田「おお、戦争に犯罪人なんて有り得ない。戦争の勝ち負けは腕力の強弱と同じで法律に基づく正義とはまったく関係ないと言っているんだ。中々の理論家だ」
周明「? それは何と云う判事だ?」
肥田「パールとか言っていたな。連合軍を向こうに回して論理で戦っているツワモノだ」
周明「パール? ・・・聞いた事があるな」
肥田「ビルマ戦で日本軍と共にイギリスと戦ったらしい」
周明「ああ、あのチャンドラの独立軍に居たのか。それは心強い。真(マコト)のアジア人だ」
肥田「だから、例の平和に対する罪や人道に対する罪を事後法だと言っている。このパールと云う男はイギリスによる自国(インド)の植民地支配に心底憤慨しているらしい。まあ、欧米人があまり好きではないようだ。戦争の原因を作ったのも欧米人に有り! とも言っている。だいたいピカドンは何の為に竹槍一丁の日本人の上に落としたのか? この件も追求したらしい。そんな最中に君が出廷して君の説を法廷で淘淘(トウトウ)とやられたら、裁判の意味が無くなってしまう。だから君を病気療養中と云うことで不起訴にし、法廷に出したくないのだ。何しろ連合軍はこの裁判を早く終わらせたいようだからね」
ドアーをノックする音
音 「コンコン」
肥田「はい!」
開けっ放しのドアーの入り口に、洪医師が立っている。
二人を見て、
洪 「居た居た。いや~、さっき院長に聞きましてね。実に心強い。早速、明日の朝から例の肥田式体操をやってもらいましょう」
肥田「ハハハ。肥田式ね。合い分かりました」
肥田は改まって洪医師を見る。
肥田「今日からお世話に成ります。宜しくお願いします」
洪 「いやいや、こちらこそ」
肥田は部屋の周囲を眺めて、
肥田「・・・素晴らしい部屋です。さすが開かずの間だ」
洪 「は?」
周明「二、三日、開けっ放しの部屋にして置いたからね。少しは臭いも薄れたでしょう」
洪は柱の達磨の掛け軸を見て、
洪 「おおッ! ボーディダル(菩提達磨)じゃないですか。落ち着くなあ・・・」
周明「法の番人だね」
そこへ、内村院長が顔を出す。
周明「おお、院長。どうぞどうぞ」
内村院長は肥田を見て、
内村「先生! お待ちしてました。最近腰が痛くて、あのラジオ体操に付いて行けない。困ったもんだ」
洪医師はきつい目で内村院長を見る。
洪 「気合が入って無いからですよ」
肥田は内村院長を見て、
肥田「・・・ちょっとそこにうつ伏せになって下さい」
内村院長は驚いて
内村「えッ! ここでですか?」
畳みにうつ伏せになる内村院長
内村「こ、こうですか? ・・・治りますか?」
肥田は内村院長の腰の上にまたがり、両手を腰に添え暫く気を整える。
肥田「ハ~ッ・・・!」
そして、開いた片手を腰の付け根に、「イヤッ」とばかりに押し付ける。
内村院長が奇妙な声を発する。
内村「アッ! イッ、アヤ~ッ」
肥田「・・・治りました」
肥田がゆっくり内村院長の腰の上から身体を退ける。
内村院長はゆっくり起き上がり腰をさする。
内村「・・・」
肥田「どうですか?」
内村「? ? 治った。治ったぞッ! ・・・凄い。・・・奇跡だッ!」
肥田「ハハハハ。そんな事は軽い」
内村院長は感心したように肥田を見る。
内村「いや~、良い人が入院してくれた」
洪 「でしょう。私は一目見て分かりましたよ。この方は尋常ではないと云う事がね」
周明「狂人ですよ」
内村「狂人? なるほど。この病院にピッタリだ」
夕方、病棟の廊下が騒がしい。

       S43
○廊 下
岡田と山田が喧嘩をしている。
岡田「何を? 貴様(キサン)!」
山田「キサン? アンタ、ふざけちゃいけないわよ。手を持って来いとか突撃だとか。戦争は終わってんのよ。煩(ウルサ)くて眠れやしないじゃない。アンタだけの病院じゃないのよ。いい加減にして頂戴ッ!」
岡田は怒りに手が震え、頬が紅潮している。
岡田「・・・貴様(キサン)・・・オマエは連日の激戦で頭がおかしくなったんだ。少し休め。お~いッ、軍医を呼べーッ!」
岡田の大声が廊下に響く。
渡り廊下を隔てた西病棟(女子病棟)から笑い声が起こる。
堀田が部屋のドアーをそっと開けて廊下を覗く。
山田「激戦? アンタ、本当に戦ったの? 本当に戦った人はこんな所には居ないのッ! 皆、靖国神社ッ! バカッ! 気違いッ!」
岡田「バカ?! くッ、くそ~・・・。貴様(キサン)、上官を侮辱したな! 軍法会議だ。貴様のような兵は皇軍に非ず。俺がこの場で処するッ!」
山田「おお、やって貰おうじゃないの」
山田は廊下に座って諸肌(モロハダ)を見せる。
肩から背中にかけて見事な「鯉の滝登り」の刺青がさしてある。
そこに不似合いな、乳バンド(ブラジャー)のストラップラインがくっきりと残る。
山田「さあ! スッパリとやって頂戴! さあ・・・」
赤い乳バンド(ブラジャー)が廊下に落ちる。
岡田はたじろぐ。
岡田「貴様(キサン)~、ヤクザ者(モン)かッ! 弾を使うのはもったねえ。刀の錆にしてくれる」
岡田は廊下の隅に立て掛けられた箒(ホウキ)を取り、自分に気合を掛ける。
岡田「キエ~ッ!」
廊下に座った山田は岡田を見る。
山田「バカ、田舎芝居やってるんじゃないわよ。そんな物(モン)でアタシの鯉太郎が切れるもんなら、あッ、切ってみろ~!」
岡田は苛立(イラダ)ち、目を見開いて、
岡田「何~ッ!」 
西病棟から黄色い声が。
女患者(声)「よッ、日本一! 影か柳か~勘太郎さんか~」
堀田がドアー陰で覗きながら笑って居る
洪医師が廊下を走って来る。
箒(ホウキ)を振り上げている岡田を見て怒鳴る。
洪 「あッ、岡田さん。ダメッ! 何をしているッ!」
洪医師が岡田と山田の所に走り寄る。
洪 「岡田准尉! 落ち着きなさい。ホウキ、いや、刀を下ろしなさい」
岡田「おお、軍医か。この男は気が触れてしまった。早く処置してくれ!」
諸肌を見せて腕を組んでいる山田が、吐き捨てる様に、
山田「ケッ、よく言うよ。こんな気違いが隣に居たんじゃ、アタシの化粧ものらないよ」
洪 「? そんな事はないんじゃないか。今日の山田さんはとても綺麗だよ」 
山田は振り返って洪医師に熱い視線を送る。
洪医師がたじろぐ。
洪 「あッ、いやッ、山田さん、とにかく部屋に戻ろう」
山田「いいわよ。さッ、行きましょう」
洪 「いや、私は岡田さんと少し話があるんだ」
山田は妖艶な眼差しで洪医師を見る。
山田「え~? ・・・そう。じゃッ、あ・と・で・・・」
洪 「うッ ・・・うん? そッ、そうだね」
洪医師の背筋に悪寒が走る。
山田が上着の裾をズボンに押し込み部屋に戻って行く。
岡田は握った箒(ホウキ)をジッと見て、
岡田「・・・俺の部隊もあんな奴(ヤツ)ばかりに成ってしまった。満州から転進してきた時は戦意も高かったのに・・・。今じゃ、元ヤクザまで女々しく成ってしまった」
洪 「気にするな。身体(カラダ)に障るぞ」
岡田「俺がもし国に帰る事が出来たら、皇居に乗り込んでやる。天皇に一言、御箴言(ゴシンゲン)したい事が有る」
洪 「おお、それは大事(オオゴト)だな。で、どう云う事だ」
岡田「軍医、お前も来るか」
洪 「勿論、ご一緒しましょう。アンタには私が必要だ」
岡田「そうか。それじゃあ、頑張って生き延びよう。切腹覚悟の一世一代の大仕事だ。しかし、こんな所では話せない」
洪 「そうか。その方が良い。飯でも食べて今日はゆっくり寝なさい」
岡田「うん? ・・・そうだな。お前も大変だが、国に帰るその時まで頑張ろうじゃないか。ハハハ」
岡田は握った箒(ホウキ)を放り投げて部屋に戻って行く。

       S44
○一〇七号室
山田の部屋のドアーがそっと開く。
妖艶な目つきの山田が洪医師を見詰めて、
山田「・・・どお、終わった? タケさん・・・来て・・・」
山田欽五郎は、実に恐ろしい「性同一性疾患(オカマ)」である。

       S45
○あの世からの手紙
一〇五号室の無言の部屋に、首藤が横に成って居る。
首藤は今日もうす暗い部屋で、悩んでいる。
首藤(M)「俺は何故、こんな時代に生まれて来たのだ。子供の頃から何年もかけて親に叩きこまれた忠義と孝行と云う精神。それがたった一年で何処かに消えてしまった」

       S46
○イメージ
首藤が陸大の中庭で直立不動で軍人勅諭を大声で読んでいる。
首籐「一、軍人は忠誠を尽くすを本分とすべしッ! 一、軍人は礼儀を正しくすべしッ! 一、軍人は武勇を尚うべしッ! 一、軍人は信義を重んずべしッ! 一、軍人は質素を旨とすべしッ!」

首藤は部屋の中央、一畳の畳に身体を横たえ朝飯(アサメシ)に付くバット(タバコ)の巻紙を外している。
少しずつ貯め込んだ煙草を煙管(キセル)に詰め、隠し持っていたマッチの擦り紙に「マッチ棒」を擦(コス)りつける。
音  「ジッ!」
しみじみと一服する。
首藤「・・・プウ~・・・」
首藤(M)「俺は誰に忠誠を尽くしていたんだろう・・・、誰に礼儀を正していたんだろう・・・、誰の為に武勇を勝ち取ろうとしていたんだろう・・・ 誰の為に信義を重んじていたんだろう・・・、誰の為に質素にしていたんだろう・・・、木村の野郎は何故、芸者とトンズラしたんだろう・・・」
溜息を深くつき、目を瞑(ツム)る首藤。
難しい病(難病)である。

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-20 | レーゼ小説

       S34
○無言の部屋
中庭に鮫島の奏でるショパンの「別れの曲」が中庭に流れる。
一〇五号室。
ここにも「心の病」に臥せってる男が居る。
朝倉看護婦が通称「無言の部屋」に朝食を運ぶ。
ドアーをノックする朝倉看護婦。
音 「コンコン・・・」
返事が無い。
ドアーを開ける。
部屋の中は朝にもかかわらず薄暗い。
鉄格子の窓には新聞紙が張り詰めてある。

       S35
○首藤操六(統合失調疾患・元参謀副長・遠藤憲一)
朝倉「首藤さん、ご飯ですよ」
部屋の中ほど、タタミ一畳に寝巻き姿の男が端座(タンザ)して居る。
首藤操六と云う男である。
首藤「・・・」
朝倉「十分したら下げに来ます」
朝倉看護婦は部屋の隅に盆に載せた朝食を置いてドアを閉める。

       S36
○一〇五号室
盆の上には「麦飯、汁、香の物、メザシ、生卵 灰皿、灰皿の上にはバット(タバコの銘柄)が一本とマッチ棒一本」が置いてある。
首藤は座をくずし、右手で盆を部屋の中央に寄せる。
暫く合掌すると、汁を麦飯にかけ、香の物、メザシを夢中に胃の中にカッ込む。
最後に、殻になった飯の器に生卵を割って一気に喉に流し込む。
所要時間は三分、実に単純な「作業」である。
首藤は灰皿を取り、盆をドアーの近くに戻す。
部屋の中央、一畳に座り直し、姿勢を正す首藤。
西の壁に名刺大の「小さな紙」が貼ってある。
その紙には「忠義」の二文字が「血書」で書いてある。
首藤はその貼り紙を眺め、タバコを口に。
灰皿に貼られた「火付け紙」にマッチ棒を擦り付ける。
首藤は渋い顔で、美味(ウマ)そうにバットを一服。
この男、当初は自分の「頭がオカシイ」と言って、この病院に入院したが、本当に「オカシくなり」、東棟に移された。
此処に移されて半年、首藤はこの「作業」を崩さない。
薄暗い部屋で、一日を「無言」でを過ごしている。

       S37
○イメージ
首藤がこの症状を発症したのは昨年(昭和十九年)の九月頃?から、らしい。師団の「残兵三四〇〇名」がビルマの山谷を彷徨、シッタン川を渡り、タイに転進する際、兵の半数以上が雨季で増水した川に流されてしまた。その結果、師団全体の統率がまったく取れなく成ってしまった。「統率の均等が保てなくなった大きな要因は他にもある」。イラワジ河西部で、強力なイギリス軍の混成部隊と果敢に戦闘中の第二八軍(四〇〇〇名)が急に戦闘意欲を無くしてしまったのだ。いわゆる、戦闘意欲の背景には上官の命令により目的構成され、その内訳(ウチワケ)は絶対かつ天皇の命に値する「実に重い」もの、まさに「忠義」の二文字に支えられている。しかしこの時期、かの方面軍総司令官「*木村兵太郎中将」が、あることか、綾乃(アヤノ)と云う芸者を連れて「雲隠れ」してしまったと云うのである。首藤はこの事実を知りながら、軍の上級指揮官達に必死に隠していた。だが、噂は「イギリス軍俘虜」により強烈に、隅々の日本兵達に蔓延して行った。

*「首藤の以下、数十名の渡河の映像が映し出される」
首藤は部隊移動の渡河の際(サイ)、鉄帽を流され流木で後頭部をイヤと云うほど打ってしまう。
「気を失って浮遊する首藤・・・」
首藤が気が付くとメーホーソンと云う町の、寺の中の「兵站病院」に居た。首藤は着衣が妙に軽い事に気付く。衛生兵に聞くと、上着(階級章付き)以外すべて「追いはぎ」に盗られ、あられもない姿で川岸に「寝て居た?」と言う。この時から・・・、いや、「その時」から、首藤はすべてに「シラケ」てしまった。らしいのである。

陸軍大学で徹底的に叩き込まれた「忠義」と「ドイツ式作戦攻略術」。
一、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。?
一、軍人は礼儀を正しくすべし。・・・?
一、軍人は武勇を尚ぶべし。・・・?
一、軍人は信義を重んずべし。・・・?
一、軍人は質素を旨とすべし。・・・?
現在、首藤はこの精神病院で、あらん限りの精神力をもって、この「忠義」の二文字を支えに心の治療を行っているのである。

「参 考」
*木村兵太郎「中将・後に極東裁判で絞死刑。指導者として、いい加減の極みの御仁(男)であった」

       S38
○山田欽五郎(性同一性疾患・元海軍一等兵曹・柄元 明)
一〇七号室の病室のドアー枠に「山田欽五郎」の名札が掛っている。
娑婆では川崎の港湾労働者を束ねる 「山田組会長の息子」 である。
戦時「カマキン」と呼ばれ、駆逐艦「涼月」の艦内で非常に恐れらていた「男?」である。

山田欽五郎氏のカルテ(本人聞き取り)から。
「一年前の四月七日、戦艦「大和」を護衛中、米艦載機の魚雷を受けて艦首を失うが、運良く佐世保に帰還。その直後、艦は沈む。が、山田は九死に一生を得て、戦後、故郷川崎に戻る。某日、大森の銭湯(朝日湯)にて着替え中、乳バンド(ブラジャー)を巻いている本人を番台の主人が見付け、この病院に「措置療養」する事に至る。そして、暫くして東病棟に・・・」

「十時三十分」
院長回診の時間である。
内村院長が、洪医師、畑婦長、朝倉看護婦、鮫島看護婦を引き連れて一〇七号室まで来る。
内村院長は金網入りのドアーの覗き窓から部屋の中をそっと覗く。
と、山田も部屋の中から覗き窓を覗く。
内村院長は驚いて顔を逸らす。
山田が力強くドアーを開ける。
音 「ガラガラ」
山田「やめて下さいッ! 院長たらぁー。もう、水臭いんだから~」
内村院長は取り繕(ツクロ)いながら、
内村「アッ、いあ、失礼。畑くんが言うんでつい・・・」
畑婦長は驚き、内村院長を見て、
畑 「は~あ?!」
内村「イヤッ。まあ。で、どうです? 調子は」
山田は腰を前後させ、妙な返事を返す。
山田「う~ん・・・。すこぶる快調! どうぞ、入って。散らかってますけど」
山田の病室に足を踏み入れる内村院長。

       S39
○一〇七号室
部屋の中を見回す内村院長。
部屋の中は蒲団がきちんと畳まれて塵一つ無い。
内村「・・・山田さんの部屋はいつも綺麗だねえ・・・」
山田「ヤダ、先生~。お世辞使っても何も出ないわよ。さあさあ、畑さんも朝(アサ)ちゃんも鮫(サメ)ちゃんも入って」
洪医師だけは、廊下で天井の一点を見詰め、入らない。
化粧の臭いのする部屋。
山田は洪医師を無視して、ドアーを激しく閉める。
音 「バンッ!」
洪医師は廊下で、一〇七号室のドアーをキツイ眼で睨む。
山田「良かったわ。今日は朝から淋しかったの。何かお話しして行って」
内村「えッ!? あッ、そ、そうだね・・・」
内村院長が山田の顔を見る。
内村「・・・今日は雰囲気が違うね」
山田「ベニを引いたの」
山田は柱に下がった鏡を覗く。
山田「どお? この色?」
内村「えッ?! いや、山田さんにピッタリだ。唇が突き出ているようだ。ねえ、畑くん」
畑婦長は目を逸(ソ)らしながら、
畑 「エッ、あッ、まあ。・・・そう・・ですね」
山田「や~だ、院長たら~。それじゃヒョットコじゃない。・・・あッ、そう! この前、朝倉さんに、この雑誌お借りたわよね」
山田は朝倉看護婦に「アメリカの婦人雑誌」を見せる。
朝倉「ああ。何か良いモノ有りました?」
山田は、シオリを通したページを開き、指をさしながら、
山田「どお? この下着・・・」
畑婦長が開いたページを覗く。
畑 「ええッ! こんな派手なの誰が着るの?」
山田「派手~? お尻がスッポリ入って良いじゃない?」
朝倉看護婦は雑誌の下着の色を見て、 
朝倉「山田さんて赤が好きねえ」
山田「赤は魔よけッ! アタシが助かったのも紅い袴下(コシタ)を穿いてたからよ」
畑婦長は驚き、
畑 「そんなの穿いて戦争したのッ!」
山田「何か文句あるの?」
山田はキツイ眼で畑婦長を睨む。
畑 「いや、別に・・・。それはそうと、ねえ。これは・・・」
朝倉「良い色ね。桃色・・・」
山田「アタシは赤ッ!」
鮫島「派手ッ!」
山田「何言ってるの、アタシよ。この位ツケなくちゃ。此処を出たら思いっ切り派手な物を付けて歩きたいの。アタシの夢(ユメ)! ね~え、院長?」
内村「うん? うん。まあ、素晴らしい夢だ。私も見たいねえ」
鮫島「ええッ?! 院長、大丈夫ですか?」
内村「いや~、山田さんの夢だ。大切に叶えてやらないと」
山田は、また柱の鏡で自分の顔を映し、「カツラ」を直す。
鏡を見ながら山田が
山田「院長、隣の男、煩(ウルサ)くて。手が無い手が無いって、バカみたい。しっかり付いているじゃない。頭がおかしいんじゃない」
内村「そうだねえ。あの人は病気だからねえ。しかたがないよ」
洪医師が廊下の「覗き窓」から山田の病室を覗いている。
山田「手が無いくらいで騒ぐなって。アタシの乗ってた船なんて舳先が無くなっちゃったのよ。部下の水兵がヤギの糞みたいにポロポロと海に落ちて行っちゃったわ。アタシの好きだった男も落ちて沈んじゃった・・・。今でも思い出すと胸が締め付けられる思いよ。でもしょうがないわよね。アメちゃんだって彼氏を亡くした人が沢山居るんでしょう。戦争だもの・・・。でも、アタシは負けないわよ! この赤いアメちゃんの下着を付けてもう一度戦うの。彼氏の仇(アダ)をうってやるわ。院長、アタシと一緒に戦いましょッ!」 
内村「・・・うん? あッ、そうだね。私もこれを着て戦うか」
内村院長の指の先に、ヤンキー娘が付けた赤いガードルの写真が写っている。
畑 「院長、赤は魔除け。院長もそれを付けたら勇気百倍ですッ! 主人の敵(カタキ)をとって下さい」
内村「よし、山田さん! 私もこれを注文しよう」
山田「院長、素敵! 大好き」
山田の内村院長を見る目が燃えている。
それを見ていた鮫島看護婦が、
鮫島「二人ともいい加減にして下さい」
洪医師が廊下から「覗き窓」を覗き、笑っている。
この「山田欽五郎」も一応、病に臥せっているのである。

       S40
○天皇に御箴言(ゴシンゲン)
朝、病棟の中庭で院長の許可を受けた患者達が「男組」「女組」に別れて元気良くラジオ体操をしている。
高台で音頭をとるのはいつもの洪医師である。
東病棟、一〇六号室の鉄格子窓から番犬のように怒鳴って居る男が。
あの岡田である。
岡田「コラッ! 貴様(キサン)等、デレデレやってんじゃねえ! 気合を入れろ!」
「女組」から笑い声。
女組「ハハハハ」
洪医師の気合の入った声。
洪 「オイッチニ-サンシー、オイッチニーサンシー。腕を大きく上げて~!」
岡田が鉄格子を両手で握り、
岡田「オイッ、そこの衛生兵! 腰を入れろ! ・・・そうだッ!」
「女組」の患者のから黄色い声が。
女 「先生、入れて~ッ!」
「男組」から罵声と笑い声。
男組「ダハハハハ、オイッ、野村! 入れてやれヤ」
内村院長はいつもの様に畑婦長の後ろに隠れ、ラジオ体操を適当に・・・。

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-19 | レーゼ小説

       S24
○廊 下
廊下をふらついている岡田。
岡田がまた独り言を喋り始める。
岡田「此処に残るのは欠損者と病弱者と頭のイカレタ者だけだ。お前達はこれからの戦(イクサ)に足手まといに成る。もう皇軍にあらず! 各自、手榴弾か、弾一発を選べ! 生きて虜囚の辱めを受けず! 最後の国に対するご奉公は死を以て善(ヨシ)とすべし。解ったか。以上ッ!」

       S25
○一〇二号室
三人が一〇二号室で耳を澄まして聴いている。

       S26
○廊 下
岡田が廊下に座り込む。
岡田「石井、聞くな。無駄だ。俺達は武装解除されたんだ。もう、戦争とは関係ない。部隊長は気が狂ってる。二十三名の兵隊を転進させても日本は勝てる筈がない。いずれ全滅だ・・・石井、抗命してこの島で生きよう。いつかきっと助け舟が来る」
岡田は床(ユカ)を拳(コブシ)で殴り、急に泣き出す。
岡田「泣くな石井! これが運命(サダメ)だ。こんな時代に生まれた俺達の運命(サダメ)だ。とにかく生きるんだ」
岡田の声が聞こえなくなる。
暫くして鈍い音がする。
音 「ドン!」
岡田「チクショウ、俺は夢を見ているのか。死神が目の前に見える。こんなに死神がはっきり見えると言う事は・・・。よし! 今ある敵は、あの死神だ。石井、全員に気合を入れよ! 石井! イシイは何処だ。アメコウの肉を持って来い。ハハハハ。ハハハハハ」

       S27
○一〇二号室
肥田が周明を見て、
肥田「戦争病か?」
堀田「ニューギニアの生き残りですよ」
肥田「ニューギニア? ああ、あそこも酷(ヒド)い。よく生きて帰れたな」
堀田「生きて帰れても廃人です。まだ、戦争をして居るじゃないですか。あの時、自殺した方が良かったかもね」
周明「ようやく帰国しても自分の居場所さえ分からない。何んて事だ」
堀田「もう一人、同じような患者が居たらしいですよ。でも風呂場で自殺したらしい。見事な死にっぷりだったとか言ってました」
肥田「見事な?」
堀田「東に向いて天皇陛下万歳と大声で気合を入れて、寝巻きの腰紐で首を・・・」
肥田「ほう」
堀田「この病院は月に一人位の割合で患者が死んで逝きます」
周明「そうだったのか」
堀田「隣が一番多かったらしいです」
肥田「隣と云うと、一〇一号?」
堀田「あまり多いんで、開かずの間にしてしまったそうです」
肥田は少し驚いて、
肥田「なんだそれはッ!」
肥田は周明の顔を見る。
周明「・・・そうだったのか」

       S28
○廊 下
廊下で岡田の身体が更に萎(チジ)んで居る。
岡田「トシコ・・・もう少しで会えるからな。ヨシオや伯母さんは元気か? トシコ・・・」
廊下が静かに成る。
すすり泣く声が聞。
岡田が泣いているのである。
岡田「もう直ぐ帰るからな。トシコ、トシコ」
廊下に子供の様にうずくまる岡田。
岡田「・・・今、帰る・・・」
朝倉看護婦が廊下を走って来る。
俯いて座っている岡田の傍に来て、いつもの芝居をうつ。
朝倉「岡田准尉立ちなさい!」
岡田「おお、来てくれたか。俺の左腕を持って来い! 突撃だ。お前も俺に続け!」
朝倉「分かりました。さあ、行きましょう」
岡田「よしッ! 身体を起こしてくれ」
朝倉「はい!」
岡田と朝倉看護婦が岡田の病室に戻って行く。

       S29
○一〇二号室
肥田「・・・下士官だったのか」
堀田「自分は学徒兵だと言っています」
肥田「学徒兵? 大学は」
堀田「朝倉が九州帝大だと言ってました」
周明「九州帝大? ・・・」

「参 考」
五族協和「日・漢・朝・満・蒙」

       S30
○芝居の部屋
朝倉看護婦が岡田の病室を出て、一〇二号室を覗く。
周明、肥田、堀田の三人を見て、
朝倉「あら、皆さんで。そろそろお昼ですよ」
堀田「ええ! そんな時間ですか? で、今日のメニューは?」
朝倉「コロッケを作ってみたんです」
堀田「コロッケ?! 良いですね。で、デザートは?」
朝倉「プディングです。ちょっと甘みを抑えた」
堀田「朝倉さんを奥さんに持った男は幸せだなあ。ハハハハ」
周明は肥田を見て、
周明「この方は朝倉さんと云って料理も担当している方なんです。彼女は西洋料理の達人です」
肥田「西洋料理ッ?! 私はスキ焼きぐらいしか食べた事がない」
堀田「スキ焼きは西洋料理じゃないですよ」
朝倉「そうだッ! 夜はスキ焼きにしましょうか」
堀田「一本付けてくれる?」
肥田「ええッ! この病院は旅館のようだな」
朝倉「冗談じゃないです。早く良くなって出て行ってもらわないと。入りた患者さんが沢山居るんですから」
肥田は驚いて、
肥田「そんなに気違い病院に入りたいヤツが居るのか」
朝倉看護婦は肥田の顔を睨み、
朝倉「この病院はそんな患者さんだけではありませんッ!」
肥田「失礼した。よしッ! 私は隣の開かずの間に住む事に決めた。人間は体力と気合だけでは生きられない。適度な滋養の三位一体で健全な発想が育まれるのだ」
堀田「それが、有ればあの戦争に勝てたでしょね」
肥田「おお、まさにその通りッ! 兵に滋養、国に物資! 飛行機には燃料ッ!」
周明「その通りッ! 私の思想の根底に流れている物は・・・?」
周明は肥田をジッと見詰めて、
周明「その三位一体とはちょっと違うな」
三人「ハハハ」

       S31
○廊 下
声 「ア~ッ!」
突然、廊下に悲鳴が。
畑婦長が慌てた表情で廊下を走って行く。
朝倉「あら? 何かあったのかしら」
朝倉看護婦は急いで部屋を出て行く。

       S32
○一〇四号室
病室のドアー枠に「杉浦誠一」の名札が掛っている。
畑婦長がドアーを開ける。

       S33
○杉浦誠一(分裂患者・元従軍画家・イッセー尾形)
茶碗が割れて、畳みのあちこちに血が飛び散っている。
腕に破いたシーツを巻いて、蒲団の中で臥せっている男が。
杉浦である。
杉浦は高齢の「分裂病」である。
傍(カタワ)らに、血の付いた茶碗の欠片(カケラ)が。
畑 「杉浦さんッ! どうしました? 大丈夫ですか!」
鮫島看護婦が畑婦長の後を追うように「治療箱」を持って、部屋に入って来る。
杉浦「ダメだ。 ・・・姉(ネエ)さんを呼んでくれ。僕はもうダメだ」
鮫島看護婦と畑婦長が顔を見合わせる。
朝倉看護婦が遅れて部屋に入って来る。
朝倉「・・・」
鮫島「・・・茶碗を割って腕を切ったのね」
畑 「・・・」
鮫島看護婦は急いで治療箱を開け止血、包帯を巻いてゆく。
補助する朝倉看護婦。
畑婦長は飛び散った畳の血を拭きとっている。
暫くして、洪医師が部屋に入って来る。
洪医師は杉浦を見て優しく、
洪 「杉浦さん、どうした・・・」
洪医師は包帯で厚く巻かれた腕を見る。
畑婦長を見て、
洪 「ヤッてしまったか」
畑 「はい」
洪医師は杉浦をジッと見る。
洪 「・・・」
杉浦は洪医師を一瞥して、
杉浦「・・・先生、僕はもうダメです」
洪 「・・・そうか。もうダメか」
杉浦「・・・」
洪 「何処がダメなんだろうなあ・・・」
杉浦「僕はとうとう飯が喉に通らなく成ってしまった」
畑婦長は朝倉看護婦を見て、
畑 「杉浦さん、昼食は?」
朝倉「オカワリもしました」
畑 「?」
洪 「・・・杉浦さん。死にたく成ったのか」
杉浦は首を縦に振る。
杉浦「・・・先生、姉さんを呼んでくれ。遺言を伝えたい」
杉浦の「姉」は空襲で亡くなり、今は居ない。
洪医師は丁寧にゆっくりと、杉浦の話しを聴いてやる。
洪 「・・・そうか。分かった。鮫島さん、姉さんに連絡してくれないか。少し、*煙突の中を掃除しよう」
鮫島「はい」
鮫島看護婦は部屋を出て行く「芝居」をする。
洪医師が杉浦の傍(カタワ)らに座る。
洪 「姉さんは三鷹に居るんだよね」
杉浦「・・・はい」
洪 「今日中(キョウジュ)うには此処まで来られないかも知れないぞ」
杉浦「そうですか・・・。先生?」
洪 「うん? どうした・・・」
杉浦「僕は寂しくてやり切れないのだ。僕は何の為に生きているんだろう」
杉浦の記憶の中に、また「孤独の虫」が針を刺す。
畑婦長と朝倉看護婦が杉浦の傍に座り、話しを真剣に聴いている。
洪 「何の為に生きている? ・・・それは、私も分からないな。医師の立場から言うと心臓が動いているから生きている。何の為と云うと、それは哲学的な問題だね・・・」
杉浦は、洪医師を黙って暫く見て居る。
杉浦「僕はこの一ヶ月、誰とも話しをしてない・・・」
杉浦は「鬱状態」 である。
洪 「そうか。今日は私がゆっくり話しを聴いてやろう」
杉浦「・・・わるいねえ」
洪 「気を使うな。人間は話をしないと、つまらない事を考えてしまうものだ」
杉浦は鉄の格子戸の外を眺めながら、
杉浦「僕の家は三鷹だ」
洪 「そうだったねえ・・・」
杉浦「僕には息子が八人居る」
洪 「八人か。ほう」
洪医師は今日もまた、杉浦の「同じ話し」を聴いてやる。
洪 「それで?」
杉浦「皆、兵隊に取られた・・・。僕の家は空襲で焼けてしまって今は無い」
杉浦の記憶が一瞬蘇る。
洪 「なるほど。でも、それはアンタだけじゃない」
杉浦「それは分っている。だから今、頼れる者は姉と先生だけなんだ」
洪 「・・・」
杉浦「もし、息子達が戻って来ても僕は再会出来ないだろう」
杉浦は、枕もとのスケッチブックの上に置いてあるセピア色の写真に眼をやる。
「写真」には家族が楽しそうに写って居る。
杉浦は写真を手に取り、洪医師と畑婦長に見せる。
杉浦「・・・こんな時も在った。七年前の写真だ」
朝倉看護婦がそっと割り込んで、写真を覗き見る。
朝倉「・・・良い写真ですねえ・・・」
杉浦「僕は何の為に一生懸命、絵を描いて来たんだろう。それも、戦争の絵を・・・」
三人は真剣に杉浦の聴いている。
杉浦「・・・すべてが夢の中に居るようだ」
洪 「いや、現実だ。すべてが今に続いている。受け止める勇気も必要だぞ。勇気が無くなると動物は精神が弱る。人間も同じだ。死神が覗くのだ」
杉浦「それは分かっている。僕も旅順の生き残りだ」
洪 「旅順? アンタは画家ではなかったのか」
杉浦「? 誰が言った」
この会話は入院当初と変わらない。
洪医師の返答も、変らない。
この後、杉浦は号泣する。
これも当初から、変らない。
この病室は「芝居の部屋」である。
杉浦「先生、家に帰りたい。息子達に会いたい。僕の生還した姿を家族に見せたいのだ」
杉浦の記憶は断片的でバラバラである。
洪 「うん? うん」
畑 「杉浦さん?」
杉浦「うん?」
畑 「明日、帰りましょう。私も一緒に行きますわ」
杉浦は畑婦長を見て涙ぐみ、
杉浦「・・・そうか」
と、突然、杉浦の顔色が変わり嬉しそうに饒舌に喋り始める。
杉浦「僕の家は駅前の時計屋でね。杉浦時計店の看板があるんだ。隣が果物屋で前が肉屋なんだ。肉が美味しいんだよ。肉を買ったら果物を買うんだ。バナナをね。母さんに買ってもらうんだ。それから、皆で食べるんだ。食べながら兵隊達の戦ってる姿を描(カ)くんだ。弾が飛んで来て、皆んな死んで行くんだ。怖いんだぞ。・・・可哀そうだよ」
畑 「そうですか。分かりました。明日は皆んなと会えますよ」
杉浦は明るく、
杉浦「先生、僕は希望が湧いて来た。早く荷物を纏めなきゃ」
洪 「そうだな。私も手伝うぞ」
杉浦「ハハハハ。僕は帰れる。明日は帰れるぞッ!」
杉浦の記憶は、断片の繋ぎ合わせである。
畑 「さあ、明日の為に今日は早く寝ましょう」
杉浦は子供のような笑顔を畑に見せ、蒲団を被る。
そして、大声で、
杉浦「うん。よ~し、僕は寝るぞッ!」

「参 考」
*煙突掃除「催眠療法・患者の心身に詰まった物を取り除く治療」

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

松沢病院の思想家(七人の大義)

2019-05-19 | レーゼ小説

       S20
○戦争は終わっていない
院長室で内村院長が背広の上着を脱ぎ、白衣に着替えている。 
ドアーをノックする音。
音 「コンコン」
内村「はい」
畑 「失礼します」
畑婦長がドアーを開けて入って来る。
内村院長はロッカーに上着を仕舞い、備え付けの鏡で身形(みなり)を整えている。
鏡に映った畑婦長を見て、
内村「・・・大川さんに面会人だって?」
畑 「あら、院長、ご存知でしたか」
内村「今、朝倉さんが伝えてくれた」
畑 「そうなんですよ」
ドアーのノック音。
音 「コンコン」
内村「どうぞーッ」
鮫島看護婦がコーヒーを盆に載せ静かに院長室に入って来る。
内村院長は畑婦長を見て、
内村「で、何と云う方だ?」
鮫島看護婦がテーブルにコーヒーを置く。
畑 「肥田と云う方です」
内村「ヒダ?」
内村院長はソファーに座り、コーヒーをゆっくりと一杯飲む。
内村「・・・」
鮫島「そうなんです。徳富蘇峰さんに聞いて訪ねて来たらしいんです」
驚く内村院長。
内村「徳富蘇峰!? ・・・ヒダとはもしかして肥田春充の事か?」
畑 「そうです。院長、ご存知で」
内村「ああ、勿論。肥田式強健術をあみ出した戦時下の大物だ」
畑  「大物?」
内村「そう。彼のような逸材は二度と出まい。で、もう帰ったのか」
畑  「いえ、まだ居ます。洪先生が立ち会って、大川さんの部屋で訳(ワケ)の解らない事を話しています」
内村「訳(ワケ)の解らない事? ハハハ。そう・・・じゃ、私も挨拶に行ってみよう」
鮫島「あの方、浮浪者って言ってましたよ」
畑  「浮浪者!? 放浪者よ。浮浪者と放浪者では全然違うわ」
内村院長はコーヒーを鼻から噴き出す。
内村「プッ、ハハハ。そうだね」
鮫島「あら、そうかしら。私どう見てもあの方、浮浪者にしか見えないわ」
畑  「洪先生が朝のラジオ体操の先生にしたいらしいです。何んだかあの方をとっても買(カ)ってるたみたい。面白い体操を教えてくれるらしいですよ。その体操をすると一週間でどんな病気もたちどころに治ってしまうんですって。ガマの油売りみたいな人・・・」
内村「ラジオ体操の先生? 洪くんは何も解ってないなあ。ああ云う投げ槍のレベルだから南方戦線に回されたんだ」
鮫島「洪先生ったら、肥田さんが家が無いので病棟の一〇一号に間借りをさせるって言ってました。あんなネズミだらけの物置部屋に・・・」
内村「間借り? 困るねえ。彼はいつもそう云う事を独断で決めてしまう」
内村院長はソファーを立ち、ブツブツ言いながら院長室を出て行く。
顔を見合わせる畑婦長と鮫島看護婦。
鮫島「あの人、どう見てもそんな大物に見えないわよ」
二人「ね~え」

       S21
○渡り廊下
内村院長が渡り廊下を歩いて来る。
声 「戦争なんてものを、戦勝国の判事に裁かれてたまるかッ!」
肥田の気合の入った大声が東病棟内に響き渡る。
その大声に立ち止まる内村院長。
それに続いて、岡田の怒鳴る声が。
声 「その通りッ!、ふざけるなアメコー!」
肥田の声が急に静まる。
暫くして肥田の声が、
肥田「・・・此処は脳病院だったな。ハハハハ」
笑う肥田。 
洪 「いや、精神病院だ」
声 「此処は野戦病院だッ! しっかりしろッ!」
中庭に岡田の気合の入った声。
肥田 「?? ・・・」
内村院長が、周明の病室の開いたドアーを、ノックする。
音 「コンコン」

       S22
○一〇二号室
病室の中の三人が、ノックの先に立つ内村院長を見る。
洪 「! おお、院長! 良い所に来た。肥田さんの話を聞いて下さい」
内村院長は、八畳間の中ほどに座る汚い姿の肥田を見て、
内村「・・・肥田さん? ・・・ですか。・・・初めまして院長の内村と申します」
肥田「お邪魔してます。大川先生の同志、肥田春充です」
周明「同志なんて・・・。ただの親友ですよ」
内村「まあ良いじゃないですか。じゃ、失礼して・・・」
内村院長は洪医師の隣に座る。
内村「どうぞ。お話を続けて下さい」
肥田は内村院長の顔を一瞥して静かに話しを続ける。
肥田「私は一番汚いのはアメリカだと思う。不戦を掲(カカ)げて指導者に成り上がった男が大東亜の内戦に介入、わが国を経済的に孤立させ、宣戦布告のカードを引かせた。私もアメリカの策略に乗るな。乗ったら日本は大負けすると、あれほど東条に説いた。結局、私と大川君の意見が反映されず、日本は三百万もの犠牲者を出して大敗してしまった。あの時、対米戦に持ち込まず、アジア各国と交渉によりの資源を共有したていたなら、日本はアジアの指導者に成っていただろう」
周明が重い口を開く。
周明「植民地化すると云う事は対話等では出来ない。*東亜新秩序などと詭弁に満ちたスローガンを掲げ近衛の世間知らずが国民を煽り、力を以て領土を広げると云う関東軍ッ! これは、内乱を企てるどころではないッ! 侵されたら守る戦争に他ならない。しかし、インドのガンジーを見よ。彼は暴力に対応する非暴力と云う力でインドを解放した。しかして、これこそインドの仏教哲学の賜物(タマモノ)である。・・・。話を戻すが、もしインドが日本を中心としたアジア連邦共和国であったなら、英国はインドを植民地化出来なかったであろう。・・・私は大アジア主義を唱えた。そもそも、西洋の列強諸国は古来侵略によって国を広げて来た。アメリカは、日本を徹底した敗戦国とし、将来の極東アジアを見据えて、侵略の足掛かりにするつもりだ。この裁判での*共同謀議など、でっち上げの即席立法である。国際法で、戦争など裁けるものではない。戦争犯罪なんて罪は無い。勝てば官軍、負ければ賊軍ッ! A級戦犯などは連合軍の 取りあえずのさらし首の様なものだ。内村さん! 私をもう一度法廷に戻してくれ。私の戦争はまだ終わっていない」
内村「・・・さあ、それはどうでしょうね」
周明「何故ですか! 私はこの通り正常です。裁判には耐えうる身体です。国家の存亡の危機に、この様な脳病院に隠遁(イントン)させられ生きながらえようとは微塵も思いません。主張すると云う事は人間に与えられた最後の権利じゃないですか。私はアメリカを私の理論で敗退させてみせる。私は今こそアジア主義の為に身を捨てる覚悟は出来ています。人権や自由だと大きな事を言いながら、ポツダム宣言を受諾する寸前に原爆を落とす。それも、二発も落としておいて。・・・我々日本、いや、アジア民族を侮蔑軽視しているとしか思えません。このまま時代が進めば、アジア諸国は完全に米英に植民地化されてしまいます」
肥田は急に話題を変える。
肥田「ところで君の病名は何と云うのだ?」
周明「うん? それは・・・言えないッ!」
肥田が内村院長を見る。
内村「? 難病だ」
洪医師が口を滑らす。
洪 「梅毒性の精神病だ」
肥田「梅毒ッ!?」
内村院長は洪医師をきつい目で睨む。
洪医師は内村院長のその眼を見て咳払い。
洪 「オホン! いや・・・もう治っているようだ」
肥田「?」
内村院長は膝で洪医師の脛を小突く。
洪 「が、再発の可能性も有る」
肥田は周明を見て、
肥田「君は身に覚えはあるのか」
周明「無礼な詮索をするな。総てウエップの策略だ。私をあの公判に出すのが怖いのだ」
肥田「共同謀議の中に思想家は入れたくないのか?」
周明「そうではない。彼等はこの裁判を早く終わらせてケジメをつけたいのだ。私が加わると、裁判を長引かしてしまう。彼等にとって裁判の内容なんてどうでも良いのだ」
内村「・・・よし! 先生がそこまで言うのなら私が正式な診断書をGHQに提出してみよう。医師に知り合いが数人いる」
周明「・・・宜しくお願いします!
内村院長は洪医師を見て、
内村「と云う事で、洪先生もう良いでしょう。肥田さんが大川さんの知り合いだと分かったのだ。別に危害を加える為に来た人ではなさそうだ。戻りましょう」
洪 「うッ、まあ、・・・そうですね。あッ、それから」
内村「分かってます。さっき鮫島さんから聞きました。さあ、行きましょう」
洪「えッ? あッ、はあ・・・」
二人は部屋を出て行く。

「参 考」
*共同謀議「二人以上の者が犯罪(戦争)の実行を相談合意すること。 共謀とも云う。戦犯者達は共謀して行ったこの平和に対する罪(戦争責任)を贖う責任が生じる。が、裁くのは戦勝国である」

*東亜新秩序「日中戦争下に日本が唱えた日・満・華を軸とした自給的ブロック。その基本は、長期化する日中戦争を収拾するために第一次近衛文麿内閣が一九三八年(昭和十三)十一月三日に発表した「東亜新秩序建設声明」にある。政治・経済・文化などにわたる日・満・華の互助連関の樹立を新秩序の根幹としたが、日本のアジア諸民族への侵略、支配を正当化するものであった。以後、南方進出の積極化に伴って拡大され、二年後の一九四〇年七月に第二次近衛内閣が発表した「基本国策要綱」に至っては、「八紘一宇の精神」に基づき、日・満・華を中心に南洋地域を包含した自給自足体制の確立という「大東亜新経済秩序」そして「大東亜共栄圏」の主張にまで拡大される」 抜粋

       S23
○ノモンハンの教訓
堀田が一〇二号室を覗く。
堀田「賑やかですね」
周明が振り向く。
周明「おお、堀田くん! 聞こえたか。皆んな、声が大きいからね。入らないか」
堀田「じゃ、失礼して」
堀田が部屋に入って来る。机の前にキチッと正座する堀田。
肥田を見て、
堀田「? 面会人ですか」
周明「うん? あッ、紹介しょう。こちら 肥田春充くんだ」
堀田「初めまして、堀田善衛です」
周明は堀田を紹介する。
周明「堀田くんは隣の住人です。大陸からの引揚者なんですよ。今は作家の卵・・・かな?」
むッとした顔で周明を睨む堀田。
肥田「大陸? 何処に居たのですか」
堀田「上海です」
肥田「上海? で何を」
堀田「国際文化振興会の上海事務所に・・・」
周明はそれを聞いて驚く。
周明「国際文化振興会!? 何んだ、君はそんな所に居(オ)ったのか。いやいや、私はただの引き上げ者かと思ってたよ」
肥田「国際文化振興会と云うと、君は海軍だったのか」
堀田「いや、僕は軍人じゃないですよ。でも、肥田さんは良くご存知ですね」
肥田「うん? ・・・うん」
周明「海軍と云う所はスマートだ。そう云う財団を作り情報を集めている。表面的はそんな名前を付けているが、実態は海軍軍令部の中国情報班の巣だ」
堀田は胡散臭そうに周明を見る。
堀田「大川さんて何者ですか」
周明「私は、ただの彫刻家だよ」
堀田「それは嘘でしょう。さっき隣の部屋で聞こえましたよ。あの大川周明氏でしう」
肥田「そう。戦争の証明者だ」
周明「証明ではない! 立証だ」
堀田「戦争の立証ですか。敗戦国に立証の権利なんか有るんでしょうかねえ」
周明「敗戦国だからこそ立証するのだ」
肥田「その通り!」
周明「堀田くん、君が君の作った花壇の前で私に話たね」
堀田「え?」
周明「今は柵だけだけど、その内に雑草が生え、名もない花が咲き、立派な花壇になる」
堀田「ああ、哲学の花壇ですか。あの花壇の根底に流れているのは共生と云う清水(シミズ)ですよ。いろんな雑草が、いろんな生き方をして、いろんな花をさかせ、思い思いの季節に枯れて行く」
周明「共生と云う清水(シミズ)? ・・・なるほど。私は王道楽土、*五族協和を唱えて友人の石原莞爾君と壮大な理想国家構築の為に動いたのだ。しかし、軍部は統帥権を盾に、侵略を目的とした行動に日本の方向を変えてしまった。日独伊の三国同盟など、もっての外だ。この同盟を結べば五国協和が米英相手の世界戦争に成ってしまう。世界戦争などに成れば、石原が予言したように殲滅戦争に成る事は明らかである。私は戦争を起こす為に、満州にこのスローガンを掲げたわけではない。あくまでもアジアを、日本中心とした新秩序共同体に築きたいが為だ。それは、あのまま時代が進んだら、アジアは西欧の列強諸国によりすべて植民地化されてゆく事は火を見るより明らかである。まあ、遅かれ早かれアジアは醜い侵略戦争の渦の中に巻き込まれて行っただろう。それが為に、五族協和を以て、西欧諸国の侵略に対抗する力を創ろうとしたのである」
堀田「しかし、その考え方は非常に危険で利用されやすいのではないですか?」
堀田はさっそく噛みつく。
肥田「列強に対抗するには抑止力が必要だ。その抑止力が日本の強力な軍部である」
周明「それは違う。強力でない軍を強力にする事だ。軍を拡充し装備を充実させる事によって抑止力が備わる。ノモンハンなど勇み足極まりない。一個師団をも消費して、その結果得たものはあまりにもお粗末な装備の差である。そんな装備力で世界を相手に戦争を挑むなど無謀どころか狂気に近い。結局、連合軍に大敗してしまい、五族協和どころか日本が最も嫌(キラ)ったアメリカの植民地に成ってしまったではないか。彼等は宣戦布告無しで戦争を仕掛けたという事で大義名分を保ち、日本にやりたい放題の事をした。広島や長崎を見ろ! まさに、石原の言ったホロコーストの典型に成ってしまったではないか。二十万の犠牲で満州を安定させるどころか、三百万もの犠牲で国を破綻させてしまった」
肥田「その通りッ! だから私はあの時、死を覚悟で東条に抗議したのだ」
堀田「う~ん。・・・戦争を正当化してるようにしか聞こえませんね。詰まるところ戦争を前提の事じゃないのですか」
周明「君の批評は勝者の理論だ。私は正当化などしていない。戦争を抑止する為の理論だ。西欧はアジアの資源を求めて鵜の目鷹の目で狙っていた。アジアには無限の資源が眠っている。君はそれを忘れている。それを聞いたら堀田君の考えが変わるだろう」
堀田「資源?」
周明「そう。仏領インドシナ半島には石油、石炭、鉄、ニッケル、ボーキサイト、錫、石炭、ゴム、綿花、茶 木材、それと、米、砂糖。何と言っても人材と云う資源がある。その資源を求めて西欧は三百年も前からアフリカ、アメリカ、北、南アジア、南洋の島々、中国、琉球、日本迄も遠征しょうとしたではないか。要するに欧州は世界を征服しようとしていたのだ。そこに理論なんかはない。あるのは欲のみである。旧約聖書に、まだ言葉が一つだった頃、天までとどけと バベル(混乱) なる塔を拵(コシラ)えた。しかし神の怒りに触れ、一つだった言葉を神はバラバラにしてしまった。考えや思いが伝わらなく成ったのだ。勿論、世界もバラバラになり、今日の創りに至ったとある。それを彼等は、彼等の宗教に反して世界を今一度、一つの言葉にして統一しようとしているではないか。列強が弱小国を植民地化し宗教を押し付け、教育と云う名の下に総てを侵略する。これは、如何なるものか」
堀田「・・・」
周明「戦争とは、昔から資源と人材の奪い合いである」
堀田「満州進攻もその事からですか」
肥田「勿論!」
周明「進攻ではない! 進出だ。昭和五年、堀田くんがまだ中学の頃かな。日本、いや、世界の経済に大恐慌の嵐が吹き荒れた。それに加え米仏から不戦条約なる物を押し付けられ、アメリカは日本の中国国民革命への武力干渉から日本軍の不穏な動静を予見、更なる軍縮を強要した。ロンドン軍縮条約である。これこそ我が国に対しての内政干渉ではないか。日本は中国の共産主義化を押さえる為に満州国を日本の理想国家の模範に創り上げようとした。中国の反日分子はアメリカにこの醜聞実態を報告、日本を更に人道的に問題有りの烙印を押した」
堀田「戦争の予兆のような観が有りますね」
肥田「観(ミ)かたは自由だ。日本国家、国民の為だ。それをしなければ日本は破綻(ハタン)する」
周明「日本の経済はまだ米国に依存していた。しかし、米国は徐々に日本貿易の蛇口を閉めてきた。国内は大不況に更に拍車が掛かった。軍部はこの頃からアメリカを意識し始めた。士気は大いに上がっていた。私は東条に何度も言った。一時の感情で挑むべきではないと。東条は一時(イットキ)は私の話も聞いてくれ、数日悩む日もあった。アメリカと戦うのなら現兵力国力の最低五倍は必要だ。鉄も石油も米すらも行き渡らない現状で対戦を挑むべきではない。確かに憤(イカ)りは解る。しかし、一億国民を戦争に駆り立てる事はやるべきではない。中国を安定させてからでも遅くは無い筈だとね」
肥田「その通りッ!」
周明「軍部は戦争をやりたくてしょうがなかったのだ。何しろ日本は神国、負けたことが無い国だからね。しかし、アメリカとの戦争は中国軍との戦争ゴッコどころではない。ノモンハンの教訓をまったく悟ってない。陸海空軍の三軍を作り、波状攻撃の作戦を企てる。短期決戦、最小の経費で最大の効果をもたらす。敵を知り己を知る。これこそ孫子の兵法である。それが出来なくて世界大戦など挑めない。一対一の刀の切り合いではないッ! 東条は希代稀なる阿呆男だ。思想も作戦も行き当たりばったりだったじゃないか。私はあの時、東条を殺しておけば良かった」
肥田が膝を叩き大声で、
肥田「その通りッ!」
堀田「大川さんは満州事変から戦争が始まったとは思わないのですね?」
周明「思わない! 満州と対米戦は根本的に違う。しかし」
突然、廊下から、例の岡田の独り言が聞こえて来る。
岡田(声)「石井兵長! 船は見えるか。・・・この根っ子は喰えるのか。・・・ああ、昨日のあの肉は旨かったなあ・・・。兵長! 船はまだか。皆で、国へ帰ろう。死ぬなよ、死んではだめだ! 皆で一緒に帰るんだ」
三人は急に話を止める。

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

幽鬼兵(仙台若松歩兵第29連隊)

2019-05-12 | レーゼ小説

   幽鬼兵Esperanza

     登場人物表

 日下勇作(早坂中隊 陸軍少尉・戦死・幽鬼兵) 
 緒方隆弘(早坂中隊 陸軍軍曹・戦死・幽鬼兵)
 
第2師団若松歩兵第29連隊岸本部隊早坂中隊(9人)
 早坂嵩雄(陸軍大尉・戦死 幽鬼兵)
 高橋竜吉(陸軍軍曹・戦死 幽鬼兵)
 野村晋介(陸軍伍長・戦死 幽鬼兵)
 菅井信次郎(陸軍上等兵・戦死 幽鬼兵)
 佐籐 勇(陸軍上等兵・戦死 幽鬼兵)
○河野源太郎(陸軍上等兵)
 岡田卓巳(陸軍一等兵・戦死 幽鬼兵)
○森 秀雄(陸軍二等兵)
 渡辺悟一(陸軍二等兵・戦死 幽鬼兵)

第2師団新発田歩兵第16連隊岡田部隊児玉中隊(9人)
 佐々木誠(陸軍准尉・戦死 幽鬼兵)
○関元雄三(陸軍曹長)
○福原源次(陸軍軍曹)
 斎藤順次郎(陸軍上等兵・戦死 幽鬼兵)
○大宮 滋(陸軍上等兵)
 濱田健作(陸軍上等兵・戦死 幽鬼兵)
 浅田菊雄(陸軍一等兵・戦死 幽鬼兵)
 鈴木平蔵(陸軍一等兵・戦死 幽鬼兵)
 井上博道(陸軍二等兵・戦死 幽鬼兵)

第12師団久留米歩兵第48連隊橋本部隊相沢中隊(6人)
○木原猛夫(陸軍少尉)
 西山 徹(陸軍軍曹・戦死 幽鬼兵)
 市村金太(陸軍上等兵・戦死 幽鬼兵)
 山本権助(陸軍上等兵・戦死 幽鬼兵)
 野々宮 博(陸軍一等兵)戦死 幽鬼兵)
○木村武治(陸軍一等兵)

最後の早坂中隊残存兵(7人)
○木原猛夫(陸軍少尉・昭和二一年生還)
 関元雄三(陸軍曹長・ニューギニアにて戦死)
 福原源次(陸軍軍曹・ニューギニアにて戦死)
 河野源太郎(陸軍上等兵・ニューギニアにて戦死)
 崎田春雄(陸軍上等兵・ニューギニアにて戦死)
 木村武治(陸軍一等兵・ニューギニアにて戦死)
 森 秀雄(陸軍二等兵・ニューギニアにて戦死)

その他
 三上八郎(一木支隊 陸軍上等兵・ニューギニアにて戦死)
  菊池源一郎(川口支隊隊長・陸軍中佐・ニューギニアにて戦死)
 沢田神治(川口支隊・陸軍大尉・ニューギニアにて戦死)
 藤田元一(川口支隊・陸軍中尉・ニューギニアにて戦死)
 野村信吉(川口支隊・陸軍二等兵・ニューギニアにて戦死)
 矢野周作(矢野奇襲部隊隊長・陸軍少佐・ニューギニアにて戦死)

 木原佳子(誠の妻)
 木原憲雄(誠の長男)
 木原淳子(憲雄の妻)

 敗残兵A
 敗残兵B
 敗残兵C
 敗残兵D
 敗残兵E
 敗残兵F

 水 兵A
 水 兵B
 水 兵C
 水 兵D
 水 兵E
 水 兵F

参考 イメージキャスト(仮)
 日下勇作(少尉) 未 定
 緒方隆弘(軍曹)  未 定
 早坂嵩雄(中尉) 遠藤憲一
 佐々木誠(准尉) 未 定
 野村晋介(伍長) 野村由幸
 木原猛夫(少尉)  滝籐賢一
 関元雄三(曹長)  石倉三郎
 福原源次(軍曹) 板倉創路
 大宮 滋(上等兵)杉村蝉之介
 木村武治(一等兵)片桐 仁
 森 秀雄(二等兵)北村有起哉
 三上八郎(上等兵)品川 裕
 菊池源一郎(中佐)佐野史郎
 沢田神治(大尉) 光石 研
 藤田元一(中尉) 津田寛治
 矢野周作(少佐) 松重 豊

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

幽鬼兵(仙台若松歩兵第29連隊)

2019-05-12 | レーゼ小説

  この作品を令和天皇に御献上致します。

      S156
○10隻の駆逐艦(内周囲に5隻の警戒駆逐艦)
岬に向かって、5隻の船影が音も無く接近して来る。
日本海軍の駆逐艦(救助艦隊)である。
駆逐艦、岬から少し離れた所に錨を下ろす。
各船から数10艘のカッター(小舟)が下ろされる。
暫くして上陸網が下ろされ、水兵達が急いでカッターに乗り組む。
後に沢山の陸軍奇襲部隊兵がカッターに乗り込む。
力強く、カッターを漕ぐ水兵達。
カッターは岬に向かって進んで来る。
静かに見守る岬の敗残兵達。
泣いてる兵隊。
拳を固く握る兵隊。
唇を噛みしめる兵隊。
俯く兵隊。
座り込み合掌する兵隊。

      S157
○断崖の小さな砂浜
断崖の下に無数のカッターが着岸する。
陸軍の奇襲部隊の兵士が数10名、素早くカッターから飛び降りる。
狭い砂浜から水兵の呼ぶ声。
水兵A「お~い! 居るかーッ。皆んな集まってるか~ッ! 迎えに来たぞーッ!」
一斉に、岬の下から叫ぶ兵水兵と奇襲部隊の兵隊達。
兵隊達「お~い、お~いッ! 来たぞ~」

      S158
○矢野奇襲大隊の上陸
矢野少佐(矢野周作)大隊長を先頭に、足早に岬を登る3百の兵隊達。
矢野が岬に立つ。
菊池と向き合い、挙手の敬礼をする矢野。
矢野「奇襲隊の矢野です。御苦労様でした。攻撃を代わります。ゆっくり御休み下さい」
菊池「ご苦労。もう一度やるのか?」
矢野「いえ、我々は残兵を救う為の捨石部隊です」
菊池「ステイシッ!」(驚く)
矢野「岬には3日後の2月4日と7日にもう再度、撤収部隊が来ます。我々はかく乱部隊です。この後、大隊をもって飛行場に強襲をかけます。ガダルカナルの残兵は大至急、撤収して下さい」
菊池、矢野大隊長を見詰めている。
菊池「・・・」
また、頭上にゼロ戦の編隊が飛行場に向かって飛んで行く。
菊池、上空のゼロ戦を見て、
菊池「あのゼロ戦も俺達を救助に来たのか?」
矢野「そうです」

      S159
○ガダルカナルの残兵が岬の下の砂浜に降り始める。
矢野大隊の軍服とガ島の残兵の軍服が「対照的」である。
野村幽鬼兵」、木原に安全な降り口を指で示す。
木原「中佐、こちらが安全です」
菊池「よしッ! 全員その少尉の後に続け。足元に気を付けろよ」
残兵達「はい・・・」
残兵達は整然と順序良く木原少尉に続く。
泣きながら進む残兵達。

      S160
○断崖の下の砂浜
カッターの水兵達が3人、残兵達に手を差し伸べる。
水兵A「ご苦労さん。良く頑張った」
水兵達、泣いている。
水兵B「足元に気を付けろよ。帰れるぞ」
水兵C「焦らなくて良い。全員乗れる。全員連れて帰る。・・・そう、そうだ。ゆっくりとな・・・」
順序良く、痩せた残兵達がカッターに乗り込んで行く。
残兵を満載したカッター、次々と岸を離れる。
カッターの中から先行の残兵の声、
声 「お~い! 先に行くぞー。気を付けて来いよ~」
水兵B「残兵を降ろしたら直ぐに戻って来る。大丈夫だ、待ってろ~ッ!」(叫ぶ)

      S161
○幽鬼兵達が残兵を順序良くカッターに乗せて行く。
早坂幽鬼兵や佐々木幽鬼兵や野村幽鬼兵、西村幽鬼兵や数10の幽鬼兵達が残兵達に指示をしている。
関元や福原達も手際よく残兵達をカッターに乗せて行く。
何艘ものカッター、水兵の力強いオール捌(サバキ)きで駆逐艦に向かう。

      S162
○矢野奇襲大隊が整然と飛行場に向かう
飛行場から聞こえる連射砲音と機銃音。
3機のゼロ戦、空中から滑走路に向けて爆弾を落として行く。
飛行場から数本の煙りが上がる。
他のゼロ戦は空中を駆け巡り、20ミリ機関砲を米軍兵舎に向けて撃って行く。

      S163
○太陽が熱く照らし始める
菊池部隊の最後尾の兵隊がカッターに乗り込もうとする。
残兵F、振り向いて、
残兵F「伍長殿。先に乗って下さい」
野村幽鬼兵「俺は良い。構うわずに早く乗れ!」
残兵F「? 乗らないのですか?」(不思議そうに)
野村幽鬼兵「良いんだ。まだやり残した事が有る。行けッ!」
残兵F、怪訝な顔をしてカッターに乗り込む。
残兵Fが振り向く。
残兵F「? 伍長殿! あれ?・・・伍長殿? ・・・何処に行ったんだ?」

      S164
○最後のカッター
菊池、周囲を確認してカッターに乗り込む。
水兵D、挙手の敬礼で砂浜に立つ。
水兵D「ご苦労様でした。菊池部隊は以上でありますかッ!」
菊池「うん?」
菊池、傍に居る木原を見て、
菊池「おい、少尉」
木原「はい」
菊池、もう一度、木原に確認する。
菊池「隊を先導してくれた、あの准尉と軍曹は乗ったのか」
木原「えッ!? あッ、はい。乗ってる筈です」
菊池「・・・そうか・・・」
菊池、水兵Dを見て、
菊池「以上だ」
水兵D「はいッ! 出発します」
最後のカッターが岸を離れる。

      S165
○最後のカッター内
菊池、木原を見て、
菊池「キサマ等は第2師団だな」
木原「はい。早坂中隊です」
菊池「キサマの部隊はいったい何人残ったのだ」
木原「7人・・・でしょうか」
菊池「? さっき佐々木とか云う准尉に再度確認したら32とか言ったぞ」
木原「・・・」
菊池「まあ良い。何処かに乗ったんだろう」
菊池達を乗せたカッターが海原を進む。
痩せた菊池、迎えの駆逐艦を見ながら、
菊池「・・・此処の戦いは悲惨だった・・・」(ボソッと)
木原「えッ? ・・・はい」

      S166
○救助の駆逐艦
最後のカッターが駆逐(アキクモ)に横付けする。
網梯子(アミハシゴ)を残兵達が必死に登り始める。
負傷兵を支える残兵達。
負傷兵の手を引く残兵達。
負傷兵H「すまんのう。指を飛ばされてしまって・・・」
残兵J「何を言ってる。一緒に帰るんだ」
残兵I「ほら、右足だ。右足を上げろ。 ・・・そうだ・・・」
負傷兵G「すまん。すまん・・・」

      S167
○駆逐艦艦上
艦上の「菊池中佐、木原少尉、関元曹長、福原軍曹、河野上等兵、木村上等兵、大宮一等兵、森二等兵」が手すりに捕まり、今、来た岬を見ている。
菊池、岬で手を振る数10人の残兵達を見付ける。
菊池「あッ、まだ兵が居るッ! 戻れッ! 彼等を乗せなければ!」
水兵F「だめですッ! 陽が昇っています。午前中に撤収を終了せよとの命令です」
菊池、水兵Fを睨み、
菊池「キサマ、仲間だぞ。戻れッ! 艦長を呼べッ!」
水兵F「だめです!」(鋭く)
木原「おい、水兵ッ! 頼む。もう一度戻ってくれ」
水兵F「だめです! 戻ったら、全員やられます。3日後にもう一度、救助隊が来ます。そちらに任せましょう」
木原「頼む! 頼む。何とか戻ってくれ・・・」
関元達6人「お願いです。仲間なんです。戻って下さい。あの兵隊達は・・・命の恩人なのです」(懇願)
菊池「・・・諦めよう。彼等には申し訳け無いが・・・」
菊池、じっと岬の砂浜を見詰め、唇を噛みめる。
関元達6人は砂浜に立ち、挙手の敬礼をし、幽鬼兵達に合掌する。
4隻の駆逐艦のスクリュー音、不規則に唸りだす。
音 「ゴッ、 ゴー~ッ~ッ、ゴ~~~~」
木原少尉達を乗せた駆逐艦が船主を返し、徐々に速度を上げて行く。
すると、一隻の警戒駆逐艦が急に船主を返し、ガ島の岸に近づいて行く
それを見ていた菊池が、
菊池「? ・・・あの艦は何をしているんだ」(怪訝に)
水兵F「?? 分りません」
木原「・・・やられるぞ」

      S168
○一隻の警戒駆逐艦
暫くすると、島に近づく警戒駆逐艦の拡声器から、
音声「コノフネハ日本ノ船デアル! 誰カ居ルカ。乗リ遅レタ者ハ居ナイカ!3日後二、モウ1度エスペランサ岬二、迎二来ル。コノフ船ハ、日本ノ船デアル。3日後二モウ1度エスペランサ岬二迎二来ル。安心シテ出テ来イ。兵ヲ救出二来ル! 3日後二モウ1度、エスペランサ岬ニ、日本ノ船ガ迎二来ル!」

      S169
○駆逐艦
「一木支隊三上上等兵」が、拡声器からの「その声」を聞いて驚いて、
三上「ああッ! おおッ! ・・・お~い! 迎えに来たぞ~ッ! お~い。此処に居るぞ~ッ! 出て来~い」(叫ぶ)
艦上の残兵全員が号泣しながら砂浜の残兵を大声で呼ぶ。
砂浜を走って追いかける数百の「幽鬼兵」達。
幽鬼兵達も必死に手を振る。
艦上の三上、指をさし水兵Fに、
三上「おいッ! あそこに沢山の残兵達が追いかけて来る! おい! あれ、あれが見えるだろう。あそこだッ。あそこに、・・・見えるだろう。あそこに居るぞッ!」(叫ぶ)
艦上の水兵F、
水兵F「? 見えないじゃないか。何処に居る? 誰も追いかけて来ないぞ」
三上「オマエにあれが見えんのか。まだあんなに残ってるじゃないか」
水兵F「・・・、? あッ! あれは! あれは残兵か?・・・」

三上「見えるだろう。ほら、あそこに! あそこにも! おいッ・・・お~い・・・川村~、成田~、柴田~、平山~、工藤~・・・」
三上、手摺(テスリ)を拳(コブシ)で叩き、号泣しながら必死に叫ぶ。
三上「お~~い。迎えに来るからな~、必ず・・・必ず来るぞ~ッ!」
三上、汚れた手拭いで泪を拭いて、あの時上陸した「あの砂浜」を見詰めている。

      S170
○原住民の監視兵(朝・ヤシの木陰・原住民・無線機)
砂浜のヤシの木陰に隠れ、原住民の見張りが米軍に無線機で連絡を取っている。

見張り「A Japanese destroyer is approaching east coast !」
*テロプ「日本の駆逐艦が東海岸に近付いて来るッ!」

      S171
○無線機(UP)
米軍の応答が無い。

      S172
○ヘンダ―ソン飛行場米軍キャンプ内
通信士が見張りの無線を受信して、急いで上官に伝えに行く。

米兵「A Japanese destroyer is approaching  east coast !」
*テロプ「日本の駆逐艦が東海岸に接近しているそうです」

上官「How many ships are seen from there ?」
*テロプ「何隻だ」

通信士「One boat sir. They have come to help the soldiers who stayed.」
*テロプ「1隻です。日本兵を救助に来ている様です」 

上官「Rescue?・・・ I'm made the thing which wasn't heard . Stop departureand arrival of an airplane.」
*テロプ「救助ッ? ・・・すべての航空機に伝えろ。駆逐艦が居なくなるまで待機するように」

通信士「Stand by? ・・・Yes sir !」
*テロプ「待機? ・・・分かりました。待機させます」

      S173
○最後の言葉
残兵回収を確認に廻る1隻の警戒駆逐艦。
拡声器から艦長の声。
艦長「皆んな、よく戦った。戻ったらこの武運は必ず上申する。これで、この艦は島から離れる。3日後に必ずもう一度エスペランサに来る。・・・ガダルカナルの英霊を讃える・・・
艦上の沢山の残兵達と水兵達が不動の姿勢でガ島に向かって挙手の敬礼をする。
総ての艦上の兵が「号泣」している。
三上、砂浜に向かって有りっ丈の声で叫ぶ。
三上「お~い、死ぬんでないぞ~・・・迎えに来るからな~~~・・・」

      S174
○遠ざかる駆逐艦
全速力で帰路につく駆逐艦。
船内に響く規則正しいエンジン音。
音 「ゴ~~~~・・・・」

      S175
○静まり返った幽鬼兵の島「餓島」
数百の傷病兵が残された餓島(ガダルカナル島)

      S176
○あれから35年(8月15日・お盆・仙台・木原 誠の実家)
墓参りから戻った木原の家族達。
寡黙(カモク)な木原、茶を啜りながら庭の植木を眺めて居る。
家族、膳の周りに集まって来る。
木原の妻(佳子)が、
佳子「・・・お疲れ様でした」
息子の木原憲雄(ノリオ)が木原を見て、
憲雄「父さん。あの寺、軍人の墓が多いね」
木原「うん? ・・・そうだな・・・」
憲雄「立派な墓だねえ。・・・フィリピンやニューギニアで亡くなったって書いてあったよ」
木原「そうか・・・」
憲雄の息子(3歳)、物差しを持って家族の周りを走り回る。
子供「トツゲキ~!」
憲雄の妻(淳子)が、
淳子「やめなさいッ! 静かにして。・・・本当に・・・。昨夜(ユウベ)、テレビでやってたから真似してるのよ」
佳子、憲雄を見て、
佳子「今度は何処(ドコ)の港に着いたの?」
憲雄「うん? 枕崎だ」
佳子「枕崎? ・・・いつまで居られるの?」
憲雄「11月まで。ニュージーランドだからな。・・・3か月交代だよ」
佳子「ニュージーランド? そんな所に行っているの。前の南米航路は?」
憲雄「去年で終った。会社任(マカ)せだ。肉の調達次第だからね。・・・あッ、父さん! 俺達ね、ニュージーランドに行く時ソロモン諸 島を通るんだ」
木原、ソロモンと云う言葉に聞き耳を立てる。
憲雄「ソロモン諸島の島の間にアイアンボトムと云う海峡が在るんだ」
木原「・・・」(UP)
憲雄「その海峡の底には旧日本軍の戦艦や戦闘機が沢山沈んでるんだ」
木原「・・・」(UP)
憲雄「でね。父さんも戦時中、南方の島に行ってた云うから知ってると思うけど、そこにガダルカナルと云う島が在るんだ」
木原「! ・・・」(UP・驚くが、表情を変えない)
憲雄「でね・・・。これ、俺だけじゃないんだよ。夕方赤道を過ぎて深夜にその島の近くを通ると、・・・砂浜に沢山の火の魂が見えるんだよ」
木原「・・・」(UP)
憲雄「その火の魂は日本の船の乗り組み員しか見えないらしいんだ。俺達は毎回、船に日本酒と花を積んで行くんだよ。そして、そこを通る時は必ず日本酒、花、タバコをその海峡に撒(マ)くんだ。・・・あの辺の島には沢山の浮かばれない日本兵の英霊達が居るらしいよ。・・・帰りたいんだろうなあ・・・」
木原「・・・」(UP)
憲雄「でね、その島から働きに来ている労働者が、ニュージーランドの港に居るんだよ。その人から聞いた話だけど、雨の夜、日本の兵隊達が沢山隊列を組んでホニアラ空港に向かって進んで行くんだって」
木原「ホニアラ?」(UP)
憲雄「昔、現地の人はルンガ飛行場って呼んでいたらしよ」
木原「・・・」(UP)
木原、一点を見詰めている。
眼に涙が溢れている。(UP)

               おわり

                                           
*テロプ「戦後七三年 未だ還らぬ戦友達に」
「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」

日本第二国歌「海行かば」
海行かば ( If I go away to the sea, )
水浮く屍 (I shall be a corpse washed up, )
山行かば (If I go away to the mountain, )
草生す屍 (I shall be a corpse in the grass,)
大君の辺にこそ死なめ (But if I die for the Emperor, )
かえりみはせじ (It will not be a regret. )
       大伴家持(万葉集)

この作品をソロモン諸島に散った数万の英霊に捧ぐ。
そして、
       「令和天皇」に

「ガダルカナル戦線」で生き残った兵隊達は「転進」と称し、この直後、「ニューギ ニア戦線」に投入される。
生還者は数少なく、戦後72年、これ等の島で兵隊達が如何にして戦い、生き残ったかを語る者は少ない。 

この作品は、2014年(平成26年)の執筆になります。

この作品は、著作権を放棄したものではありません

コメント

幽鬼兵(仙台若松歩兵第29連隊)

2019-05-11 | レーゼ小説

  この作品を令和天皇に御献上致します。
 
      S144
○消え去る幽鬼兵達
幽鬼兵達、月夜の闇の中に消えて行く。

      S145
○翌 朝(波の音・カモメの声)
木原「おい、起きろ。関元ッ!」
関元、頭をゆっくり回しながら、
関元「・・・あ~あ、良く寝た。・・・昨夜(ユウベ)、変な夢を見ましたよ」
木原「あれは夢じゃない。皆が知らせに来てくれたんだ。起きて早く一木の生き残りに知らせるんだッ!」
関元「えッ! あれは正夢(マサユメ)ですか?」
木原「冗談言ってる場合じゃない。五日後だッ! 早く行け」
関元「行けって言っても、何処に・・・」
木原「飛行場だ!」
関元「そんな・・・」
木原「皆んなを起こして手分けして探すんだ。俺は先に行くぞ」
関元「ま、待って下さい。おいッ! 皆んな、起きろッ!」
残兵5人、眠い眼を擦りながら起きる。
福原「いや~、昨夜(ユウベ)変な夢見だぞ・・・」
河野「えッ? 俺もです」
3人「俺も」
関元「夢じゃない。本物だッ。早く起きろッ! 行くぞ」
福原「何処へ?」
関元「良いから俺に続けッ! 後で話す」
6人の残兵達、武器をぶら提げて走って関元の後を追う。

      S146
○一木支隊の残兵を探す7人
ヤシの木陰に7人が集まっている。
関元「・・・アイツ等、何処(ドコ)に隠れているんでしょう」
木原「・・・。飛行場近くの穴グラと言ってたな。よしッ、此処からは手分けして探そう。昼に成ったらあのヤシの樹の下に集まれ」
6人「はい」
散開して、走って捜しに行く木原達7人。

      S147
○太陽が真上に上がる
福原、ヤシの根元に座っている。
木村が戻って来る。
福原「どうだった?」
木村「分りません。分かる様な所には居ない筈です」
福原「そうだな。・・・」
木原が戻って来る。
福原「あッ、少尉ッ! どうでしたか?」
木原「居ない。関元と大宮は?」
福原「まだ戻って来ません」
暫くして、関元と大宮が戻って来る。
関元「いや~、分りませんなあ。穴グラなんてあちこちに有るし、友軍の砲撃で、ほとんどのヤシがすっ飛んじまって。随分、遠くまで見えるんですが・・・」
大宮「夜まで待ちますか」
木原「バカ者ッ! キサマは生きて帰りたくないのかッ!」
大宮「ハイッ! 帰りたいです」
木原「・・・後は、河野と森が頼みか」
河野が戻って来る。
木原「居たか」
河野「居ません」
木原、腕時計を見る。
木原「・・・森か・・・」(ボソッと)
森、なかなか戻って来ない。
関元「来ないなあ。アイツ、やられたか・・・」
暫くして、息を荒げながら走って来る森。
河野「あッ、来たッ! 戻って来ました」 
森、木原の前に立ち敬礼をする。  
森 「すいません。遅れましたッ!」
木原「おお。心配したぞ。どうだった・・・」
森 「居ましたッ!」
全員「 居たッ!?」(驚く)
どよめく、6人。
木原「伝えたか」
森 「ハイッ! 多分、今日中には島に残る全兵に伝わる筈です」
木原「そうか。よしッ! 俺達は先に岬に向かおう」
6人「ハイッ!」

      S148
○1万人の敗残兵
ヤシの林を、敵機に見つからないように急ぐ木原達。
木原「・・・森、島にはどの位の残兵が居るんだ」
森 「ハイッ! 一木の兵隊が言うには1万以上は居るだろうと云ってました」
全員、驚嘆する。
関元「いッ、1万以上ッ!? そんなに居るのか?」
河野「誰とも会いませんねえ。・・・いったい何処(ドコ)に隠れて居るんでしょう」
森 「山の方に居るらしいです」
木原「山? オーテン(アウステン)山か? ・・・あそこは敵機の爆撃でハチの巣だろう」
森 「北側の川沿のマタ川(マタ二カウ川)に陣を構えてると言ってました」
関元「何を食ってるんだ?」
森 「・・・病人だらけで弾も米も薬も少なく、まさに生き地獄だと言ってました」
木原「・・・岬まで来れるんだろうな・・・」(心配そうに)
森 「・・・」(黙り込む)
6機編隊を組んだ米軍の戦闘機(F4Uコルセア)が戻って来る。
関元、悔しそうに空を見上げて、
関元「クソ~・・・。ラバウルのゼロ戦はどうした。百機は在ると言ってたじゃねえか」
木原「何処かで戦っているんだろう。俺達の為に・・・」
福原「少尉。ここから先は断崖ですよ。ジャングルに迂回しましょう」
関元「ジャングルか・・・。背嚢が重いのう」
木原、関元の背嚢を見て、
木原「キサマは詰め過ぎだ」
関元「腹が減っては戦(イクサ)が出来ませんからねえ」
森 「腹がイッパイでも戦(イクサ)が出来ませんよ」
6人「ハハハハ」

      S149
○オーテン(アウステン)山北側の陣
負傷兵・看護兵・栄養失調兵・狂気兵。
川口支隊の敗残兵達が撤収の準備を急いでいる。

      S150
○菊池大隊本部藤田中尉(藤田元一)
朝・大洞窟・6百人の敗残兵達。
藤田「急げ! 乗り遅れるぞ。おい、キサマ! 荷物は軽くしろと言ったじゃないか」
兵隊A「ハイッ!」
藤田「全員、階級章を外せ。狙われるぞ」
兵隊達「ハイッ!」
藤田「負傷兵や病人は此処に残れ。手榴弾と弾を置いて行く」
傷病兵A「連れて行って下さい」
藤田「・・・キサマ、歩けるのか」
傷病兵A「大丈夫です!」
傷病兵A、壁の38銃を取り必死に寝床を立つ。
藤田「・・・岬は遠い。着く前に死ぬぞ」
傷病兵A「構いません。連れて行って下さい」
あちこちから、傷病兵達の声。
傷病兵達「お願いします。ワタシも連れて行って下さい。置いて行かないで下さい」
藤田「・・・キサマ等を連れて行きたい。しかし、俺達全員、4日後までに岬に着かなければ全員が餓死か玉砕なんだ」
傷病兵達、涙を流し藤田を見る。
藤田の眼から涙が溢れ出る。
藤田「・・・堪えてくれ。キサマ達の事は必ず故国(クニ)の家族に伝える。すまない。・・・すまない。運命だと思って諦めてくれ」
傷病兵達、全員が号泣する。
狭い空き地、大勢の敗残兵が整列している。
将校達が兵隊達の前に立ち、点呼を取る。
1人の骨と皮の兵隊(工藤信吉二等兵)が、38銃を杖代わりに立っている。
将校の1人「沢田大尉(沢田神治)」が、
沢田「おい、キサマ、歩けるのか」
工藤は元気良く、(カラ元気)
工藤「ハイッ! 歩けますッ!」(有りっ丈の声で叫ぶ)
気丈に38銃を肩に背負う工藤。
沢田、工藤を見詰めて、
沢田「・・・良いんだな」
工藤、歯をくいしばり(涙を堪えながら)
工藤「ハイッ! 工藤は大丈夫でありますッ! お願いしますッ!」
痩せた高級将校菊池中佐(菊池源一郎)が号礼をかける。
菊池「全員揃ったか。・・・これから撤退する。生きて戻るッ! 前の者に遅れるな。良いかッ!」(気合い入った声)
全敗残兵達が最後の力を振り絞る。
全残兵「ハイッ!」
菊池「よしッ! 行くぞッ!」(叫ぶ)
菊池大隊、6百の敗残兵達が長い長い列を組んでジャングルの中に消えて行く。

      S151
○深夜の菊池大隊
菊池「・・・おい、この方角で間違いないだろうな」
藤田、菊池の傍に来て図嚢カバンから地図を出す。
懐中電灯の灯りを照らし、方位計を地図の上に置く。
藤田「・・・間違いないと思います・・・」
菊池「この先から川の流れる音が聞こえる。地図には川なぞ描いてないぞ」
藤田、耳を澄ます。
藤田「・・・。そうですねえ・・・。迷いましたか?」
菊池「バカ者ッ!(怒鳴る)6百の兵が付いているんだ。しっかりしろッ! あと3日しか無いぞ」
藤田「ハイッ!」(大声)
沢田、後ろから走って菊池の傍に来る。
沢田「報告しますッ! 兵がどんどん増えています」
菊池「何ッ!?」
沢田「ジャングルの中から合流してる様でありす」
振り向く菊池と藤田。
遥かに続く敗残兵の長い列。
菊池「・・・」
藤田「・・・」
菊池、ふと月夜のジャングルの奥を見る。
丸山道の林の中に、「2つの人影」が立って居る。
菊池「おい。・・・あそこに兵隊が居るぞ」
沢田、眼を凝らし銃を構え近付く。
沢田「ヤマッ!」
兵隊「・・・カワ」
沢田「カワ?」
藤田、菊池の傍に来て、
藤田「味方ですかねえ・・・」
菊池「?・・・」
2人の兵隊、菊池の傍に近寄って来る。
2人の兵隊は立ち止り、菊池に挙手の敬礼をする。
兵隊A(幽鬼兵)「第二師団・岸本部隊・早坂中隊・佐々木 誠准尉です!」
兵隊B(幽鬼兵)「同じく野村晋介伍長です!」
佐々木幽鬼兵「此処からは先は私達がご案内します」
菊池、呆気に取られて2人を見ている。
菊池「・・・岸本部隊? 俺達より後発だな。早坂中隊は何人残った」
佐々木幽鬼兵「32です。一部はエスペランサに向かってます」
菊池「32?・・・無傷か」(驚く)
鮫島幽鬼兵「いえ」
菊池「負傷兵も先行してると云うのか?」(怪訝な顔)
佐々木幽鬼兵と野村幽鬼兵は無言。
2霊の幽鬼兵「・・・」
佐々木幽鬼兵は菊池を見て、
佐々木幽鬼兵「急ぎましょう。時間が無い」
佐々木幽鬼兵、サッサと先行して行く。
菊池、立ち止まって佐々木幽鬼兵の後ろ姿を見ている。
藤田、野村幽鬼兵に尋ねる。
藤田「・・・野村伍長は何処に居たのだ」
野村幽鬼兵「浜です」
藤田「浜? あそこで?」(怪訝)
藤田、野村幽鬼兵の全身を見る。
藤田「・・・怪我は無いのか?」
野村幽鬼兵「ハハハ、怪我だらけですよ」
藤田、不気味な眼で野村幽鬼兵の「汚れてない軍服」を見る。
藤田「・・・? キサマ、それで怪我をしてるのか? 歩けるじゃないか」
野村幽鬼兵「ハハハ。そうですね」
藤田「??・・・」
菊池と佐々木幽鬼兵、歩きながら話している。
菊池「戦闘は無かったのか?」
佐々木幽鬼兵「・・・」
菊池、先を歩く佐々木幽鬼兵の「新しい軍服」を見ている。
菊池「! オマエは・・・」
佐々木幽鬼兵「・・・中佐! 私はあなた達を1兵たりとも残さずさこの島から撤退せる責任が有ります。黙って私達に付いて来て下さい」
菊池「・・・」(不気味そうに佐々木幽鬼兵を見ている)

      S152
○エスペランサ(希望)岬へ
細いジャングルのケモノ道を、やつれた負残兵達が「蟻の行列」の様に長く延びて進んで行く。
シンガリに付いている西山幽鬼兵。
西山幽鬼兵「おい、遅れるな。頑張れ。しっかり付いて行け」
「蟻の行列」にまぎれ、必死に疲れ果てた兵隊達を支えている幽鬼兵達。
幽鬼兵A「頑張れ、頑張れ。皆で故国(クニ)へ帰るんだ
兵隊達、泣いている。
敗残兵達がどんどん膨れあがる。
皮だけの1人の負残兵、後ろの骨だけの「丸腰の負残兵」に話しかける。
皮兵「おい! オマエは何処の部隊だ」
骨兵「石井部隊だ」
皮兵「石井部隊? 何人残った」
骨兵「29」
皮兵「29? 上陸時は」
骨兵「3百」
皮の兵隊は驚いて
皮兵「3百で29か・・・。大変だったのう」
骨兵「・・・何日もろくな物喰ってねえんだ。あまり話しかけないでくれ」
皮兵「そうか。・・・よかったら、これを喰え」
皮だけの兵隊が雑嚢から干した 煮干(ニボシ)の様な物を取り出す。
皮兵「喰え」
骨兵「? スルメか」
皮兵「乾燥トカゲだ」
骨だけの兵隊は、表情も変えずにジッと 差し出された「黒いトカゲ」 を見ている。
骨兵「・・・」

      S153
○夜が明けて来る
ジャングルの隙間から、岬が見える。
佐々木幽鬼兵「中佐。・・・あそこがエスペランサです」
俯いていた菊池、顔を上げ眩しそうに岬を見る。
菊池「おおッ!・・・岬か・・・」(驚く)
後ろの敗残兵隊達、菊池のその「声」を聞いて顔を上げる。
兵隊C「岬だッ! エスペランサ(希望)が見えたぞ」
敗残兵達がどよめく。
瞬時に最後尾の兵まで伝わる。
敗残兵達の顔色が変わる。
兵隊達「・・・」
負傷兵、力の無い声で、
負傷兵D「バンザイ・・・万歳。もう少しだ・・・もう少しだ」
兵隊E「戻れる。・・・生きて戻れる。助かった。俺達は生きて戻れるッ!」
涙を流すの敗残兵隊達。
兵隊達の進む脚に力が入る。

      S154
○ゼロ戦の編隊(早朝)
突然、上空にゼロ戦が4機編隊でヘンダーソン(ルンガ)飛行場に向かって飛んで行く。
上空を見上げ、どよめく負残兵達。
飛行場の方角から、機関砲の発射音が鳴り響く。
続いて第2波のゼロ戦が3機、飛行場に波上攻撃をかける。
敗残兵達「バンザーイ。頑張れ~。ヤッツケロ~ッ! ぶッ潰せーッ!」

      S155
○エスペランサ岬(朝)
疲れ果てた負残兵達の群れで、岬はどんどん膨れ上がって行く。
ヤシの樹に原住民が2人、拘束されている。
先に到着していた木原、菊池に不動の姿勢で「挙手の敬礼」をする。
木原「早坂中隊木原猛夫少尉です。ご苦労様でしたッ! 船がもう直ぐ来ます」
菊池「ハヤサカ中隊? 船がもう直ぐ来る? キサマ達は無電機を持っとるのか」
木原「いえ。情報が入って来るのです」
菊池「ジョウホウ?
木原「今、此処で話しても中佐は信じてくれないと思います」
菊池「? 何だそれは」
突然、関元が叫ぶ。
関元「あッ! 木原少尉。来ました! 日本の船です」(大声で)
岬に集まった全ての敗残兵達がどよめく。
全兵隊「来たッ? 来たッ! 帰れる。来たぞ~ッ!」(どよめく)
敗残兵隊達、咽び泣いている。

               つづく

この先品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

幽鬼兵(仙台若松歩兵第29連隊)

2019-05-10 | レーゼ小説

  この作品を令和天皇に御献上致します。

      S135
○雨上がりの砂浜
日本の輸送船が破壊され、砂浜に難破している。
小さな日本軍の戦車が、砲塔を飛ばされて腹を向けて横たわっている。
砂浜のあちこちに、日本軍のあらゆる兵器のスクラップが放置されている。
不思議と、日本兵の骸は1つも見当たら無い。
7名の残兵を、真っ赤な焼けつく様な夕陽が照らす。
森 「熱いなあ・・・。水が欲しい・・・」
突然、雲の間から米軍機(F4Uコルセア 5)、編隊を解(ト)いで着陸体勢に入る。
関元「あッ、木原さん! 見つかります」(叫ぶ)
木原「林に入れッ! 急げ~ッ!」(叫ぶ)
7名、砂浜を走ってヤシの木陰に隠れる。
7人「・・・」
木原少尉が空を見詰めている。
関元、木陰から、
関元「・・・しかし、誰とも会いませんねえ。日本兵は俺達だけですかねえ」
木原「俺達の連隊だけでも3千。内、上陸したのが・・・」
暫くして、ヤシの木陰から7名が出て来る。

      S136
○ドラム缶
木村、砂浜を眺めている。
木村「少尉殿ッ! この辺・・・随分ドラム缶が流れ着いてますね」
木原少尉が、難破した輸送船を見ながら、
木原「あの輸送船の物だろう」
木村、砂浜にドラム缶を見に行こうとする。
木原「おい、狙撃されるぞッ!」
木村「ちょっと見てきます」
木原「木村ッ!」
木村「分かってます」
暫くして木村が戻って来る。
木村「少尉殿。ドラム缶の蓋が壊(コワ)されています」
森 「誰かが開けたんじゃないですか」
一瞬、全員が目を見合わす。
河野「居ますよッ! 俺達だけじゃない」
木原「おい、もう一度見て来い」
木村「はいッ!」
木村、38銃を砂浜に置き、中腰でドラム缶に向かって走って行く。
木村、「・・・あッ! 米だ。木原少尉、中に米が散らばっています」(叫ぶ)
木原「何ッ!」
関元「ちょっと行ってきます」
急いでドラム缶に走って行く関元。
関元「あッ! 木原さん、食料ですよ。このドラム缶は全部、物資ですッ!」
木原、走ってドラム缶の傍に行く。
それに続いて残りの残兵達が重い38銃を肩に、ふらふらと砂浜を走って行く。
茫然とドラム缶の周りに立ちつくす木原達。
関元「見て下さい。このドラム缶の蓋は木です」
福原、近くに放置された円匙(シャベル)を拾って、ドラム缶の蓋を叩き壊す。
中から物資が覗く。
福原「おおッ! 米に缶詰め、塩に味噌、タバコに・・・あッ! 菊正(酒)に足袋、褌(フンドシ)まで! こりゃあ、俺達の為に援軍が海に投下したんですよ」
関元「・・・俺達は見捨てられたんじゃねえ。援軍はそこまで来てたんだ!」
木原、俯いて泪を流す。
木原「・・・よしッ! 頑張ろう。食料はこれで揃った。皆で帰るんだ」(生き生きと)
福原、近くに点在する蓋の壊れたドラム缶を見て、
福原「しかし、あの辺のドラム缶は何故、蓋が壊されてるんでしょう。・・・あ~ッ!
俺達の様な残兵がまだ何処かに居るんだ。木原さんッ! 残兵が居ます。何んとか会えないもんですかねえ」
木原「うん。一晩此処の居れば会えるかも知れん。残兵もこの食料を漁りに来てるいに違いない」
関元「よしッ! 決めた。今夜は此処で夜営しましょう」

      S137
○満天の星
7人の残兵がヤシの根元に寝転び、星を見ている。
関元「・・・星に成りてえなあ」
木原「そうだなあ。星に成れば俺の家も見えるんだろうなあ・・・」
福原「森、今日は何日だ」
森 「分りません。・・・」
大宮「戦争何んてバカらしいですねえ」
河野「・・・内地はどうなってるのかなあ・・・」(懐かしそうに)

      S138
○一木支隊の残兵
砂を踏む音。
音 「サクッ、サクッ、サクッ・・・」
木原「シッ、誰か来るぞ!」
関元、体勢を立て直し38銃を構える。
7人が息を殺す。
関元、小声で、
関元「ヤマッ!」
黒い影が小声で、
影の声「・・・タニ」
関元「タニ?・・・おい、何処の部隊だ」(小声で)
人影「一木!」
木原「一木(イチキ)? 一木支隊か!」
人影「そうだ。キサマ等は」
木原「丸山師団、早坂中隊!」
人影「丸山師団? おおッ! 迎えに来てくれたのか」
嬉しそうに立ち上がる人影。
木原「違う。俺達は残兵だ」
月明かりに照らされ、3人の影が近づいて来る。
髭がのび、南京袋(麻ブクロ)を手に持っている。
3人とも丸腰(マルゴシ)である。
木原、立ち上がり挙手の敬礼をする。
木原「早坂中隊木原猛夫少尉ッ!」
影の兵隊の1人、木原がの前に進み出る。
兵 「一木支隊三上八郎上等兵ですッ!」
三上、ボロボロの木原の軍装を見て、
三上「? 将校殿でいらっしゃいますか?」
木原「うん? うん」
三上「あッ、失礼しました!」
木原「・・・オマエ等、3人だけか?」
三上「いえ、私し等入れて12ッス」(東北弁)
木原「12? よく生きていたな」
三上、恥ずかしそうに、
三上「飛行場の近くの穴グラに待機スてたんス。野ネズミッすよ」
木原「野ネズミ? ・・・俺達も同じ様なものだ。飛行場で川口隊が最後の突撃した事は覚えているか」
三上「ああ、雨の夜でスたね。覚えてますよ」
木原達7人と三上達3人が砂浜に座る。
三上「いや~、俺達も突っ込もう思ったんスけど武器は揃ってねえし、何スろ腹が減って、気合が入らねえんスよ」
木原「・・・何を喰っていた」
三上「最初はネズミです。その内、たまらなくなってアメ功のテントにもぐりこみ・・・コレです」
三上、人指し指(ユビ)を曲げてコソ泥の表現する。
関元「ハハハ、考える事は皆んな同じだな」

      S139
○一木清直 隊長の最期
三上(一木支隊・三上八郎上等兵・旭川第28連隊)が、月に照ら海を見ながら、
三上「・・・一木隊長殿が、敵が攻めて来た途端、通信兵に玉砕を打電させ、お先に拳銃で頭を撃ち抜いて逝っちまったんです・・・。これじゃあ、指揮が取れるは訳が有りませんよ。後に残された兵隊は、皆んなばらばらにトンズラです。トンズラって云っても何処へも行く所もねえス・・・」
木原「・・・まあ、この島じゃ一木隊長殿の方が良かったかも知れんの。生きてりゃ地獄、死ねば天国だ」

      S140
○エスペランサの情報
三上「ところで、少尉殿達はどうスて此処に?」
木原「エスペランサと云う岬に行くんだ」
三上「エスペランサ? この先は断崖で、ジャングルを通らなければ行けませんよ」
関元「おまえ、エスペランサを知ってるのか」
三上「勿論です。あそこには米軍の小さな見張り台が有りまスてね。土人が日本軍の艦船を見張ってンです。無電機を置いてね。・・・また何んでエスペランサに?」
木原「援軍が救出に来るんだ
三上達3人がどよめく。
三上「えッ! ほ、本当ですかッ! いつ?」
木原「分らない。・・・だが確実に来る」
三上「何処ッからの情報ですか?」
木原「オマエ等に言っても分らん」
三上「? でも、それは早く皆に知(ス)らせなければ」
木原「オマエ等の部隊以外に、残兵は居るのか」
三上「まだジャングルの中に沢山居る筈です。時々、仲間が情報を持って来ますから」
関元「何ッ! 本当か。オマエ等だけじゃなかったのか」(驚く)
木原「で、この情報は全員に伝わるのか」
三上「そんな話スは直ぐ伝わりますよ」
木原「そうか。・・・俺達は此処に当分居る。おまえ等も時々此処に来るな?」
三上「勿論スよ。餌(エサ)は此処にしか有りませんから」
木原「よし、連絡を取り合おう。その日が分ったら直ぐに伝える。残兵達全員に知らせてくれ」
三上「分りまスたッ!」(元気よく)
三上、姿勢を立て直し、木原に敬礼をする。
木原「よしッ! 早く餌(エサ)を持って部隊に戻れ」
三上「ハイッ! 失(ス)礼すます」
三上達3人、急いで蓋の開いたドラム缶の食料を南京袋に詰め込む。

      S141
○砂 浜
夕飯(メシ)の支度をしている7人。
ドラム缶を覗く森。
森 「あッ、マッチが有りました」
木村、海水を入れた飯盒を持って来る。
それを見て福原が、
福原「・・・塩水で飯を炊くなんて生まれて初めてだぞ」
木原「俺達が此処でやってる事はみんな生まれて初めてだよ」(捨て鉢に)
関元「へへ、まったくですわ。ここで生き延びられたらどんな所でも生きられます」
木村「俺達は人間ですか」
全員が笑う。
7人「ハハハハ」

      S142
○夕飯の後
ヤシの根元で一服(タバコ)している7人。
木原「・・・米が上手く煮えてなかったな・・・」(ボソッと)
関元「そうですか? 腹が減ってたから分らなかったです」
木原、関元を見て、
木原「・・・」
木村が突然、
木村「あの~・・・さっき、水を汲んでる時から気に成ってたんですけど・・・」
関元「何んだ」
木村「あそこに誰か居る様な気がしてしょうがないんです。それも、1人じゃない」
全員、木村の指先を見る。
関元「ああ、あれは壊れた戦車だ。気にするな」
森、ジッと見て、
森 「あれ・・・? 動いていますよ」
木原「・・・? おい、森、見て来い」
森 「あッ、はい!」
森、38銃を構えてそっと砂浜を進む。

      S143
○幽鬼兵達が砂浜に並ぶ
暫くして、森が叫ぶ。
森 「少尉殿~ッ! 皆んな、此処に居ますよ~」(叫ぶ)
木原と関元と福原、顔を見合わせる。
関元「皆んなって誰だ・・・?」(小声で)
森の喜ぶ声。
森 「早坂中隊殿が居ます。中隊の皆んなが此処に集まってますよ~」(叫ぶ)
木原「ええッ! まさか・・・」(信じられない)
関元「先に逝った連中がですか?」
森の叫ぶ声が続く。
森 「早坂中隊長殿、高橋軍曹殿、佐々木准尉殿、野村伍長殿、・・・あッ、木村上等兵殿、西山、石井、飯田も、林、渡辺ッ! おい、オマエ等、俺達の後ろに居たのか・・・。少尉殿ッ! 早く、早く来て下さい。全員此処に居ます」(叫ぶ)
木原達6人、38銃を肩に掛けて立ち上がる。
関元、眼を凝らして黒い塊(カタマリ)を見ている。
木原「・・・おいッ! 行ってみょう」
木原を先頭に、7人がそっと黒い塊(カタマリ)に向かう。
木原が驚いて、
木原「あッ!」(叫ぶ)
早坂幽鬼兵を先頭に、一列に並んだ幽鬼兵達。
木原を見て優しく笑っている。
木原「おッ、おい。中隊だ! 中隊が此処に居る。早坂中隊が全員此処に集まって居るッ!」(叫ぶ)
関元や痩せた残兵達、「故中隊」を見て驚いて立ち尽くす。
木原は暫く、次の言葉が出ない。
木原「・・・」(唖然として)
早坂幽鬼兵は木原を見て、
早坂幽鬼兵「どうした・・・」(優しく)
木原「はッ、早坂中隊長以下・・・英霊に敬礼ッ!」
7人全員、不動の姿勢で挙手の敬礼をする。
幽鬼兵達、何も言わず7人を見ている。
幽鬼兵達「・・・」
早坂幽鬼兵「おい。・・・もう良い。此処には階級何んか無い。在るのは思いだけだ」
木原「えッ? ・・・ハッ!」(納得した様に)
木原が直る。
6人、敬礼を解く。
木原、早坂幽鬼兵を見詰め、
木原「一緒に逝けなくてすいません。」
早坂幽鬼兵「・・・バカな事を言うな。此処で遭(ア)った事を伝えろ。生きて生きて生き抜くんだ。キサマ達の周りには、これだけの幽鬼兵が憑(ツ)いている。・・・もうこれ以上、キサマ等を死なせはしない」
佐々木幽鬼兵「俺達はこの島で永遠に戦います。故国(クニ)に戻ったら俺達の事を必ず家族に伝えて下さい」
西山幽鬼兵「頼みます・・・」
木原「俺達に捕り憑いて一緒に故国(クニ)に帰りましょう」
幽鬼兵達全員、優しく淋しげに笑って、木原達7人を見る。
渡辺幽鬼兵 「・・・」
全幽鬼兵達「・・・」
すると、佐々木幽鬼兵が1歩前に出て来る。
佐々木幽鬼兵「あと5日(2月1日)したらエスペランサ岬に救助部隊が来ます。間違えないで下さい。5日後です!
早坂幽鬼兵「この島にはまだ多くの残兵が居る。速やかにエスペランサに集めろ。時間がないぞ。1兵たりとも、この島に残すな」
高橋幽鬼兵「皆さん、無事に撤収して下さい」
早坂幽鬼兵「木原! 頼んだぞ。必ず故国(クニ)の家族に伝えてくれよ」

                つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント

幽鬼兵(仙台若松歩兵第29連隊)

2019-04-30 | レーゼ小説

  この作品を令和天皇に御献上致します。

*(テロップ)「1942年10月(ガダルカナル島)」

      S1
○ガダルカナル西海岸(砂浜・早朝)
帝国海軍の駆逐艦が西海岸を囲む。
空には米軍の航空機が、編隊を解(ト)いて攻撃をかけてる。
数十隻の日本海軍大発(上陸用舟艇)が砂浜を強襲する。

      S2
○第2師団(早朝・砂浜・仙台若松歩兵第29連隊早坂中隊の突撃開始)
砂浜に無数の米軍の砲弾が着弾する。
音 「ドドド・・・ン・・・」(SE)
早坂崇雄中隊長(大尉)が立ち上がり、抜刀する。
早坂「・・・トツ、ゲ~キ~」(悲鳴の様に)
猛突進して行く早坂中隊(40)。
早坂の血走った目。(UP)
発狂の声、声・・・声。(SE)
米軍の砲弾と銃弾の嵐。
連隊旗の先端に、銃弾が当たる。(UP)
音 「ピシー・・・」(SE)
バラバラに粉砕、飛び散る「菊の御紋」。
兵隊達、見る見る内に倒れて行く。

      S3
○早坂中隊(「日下勇作少尉」以下12の突進)
日下達(12)が猛然と砂浜を走る。
周囲から上がる悲鳴の声・声・声。(SE)
日下の足元、突き刺さる銃弾。
音 「パシュッ、パシュッ」(SE)
銃弾が肩を掠める。
砂の窪みに身を伏せる日下。
鉄帽の隅に当たる銃弾。(UP)
音 「ピシッ!」(SE)
その弾、背嚢に刺さる。(UP)
音 「ピスンッ」(SE)

      S4
○砂の窪み(「緒方善吉軍曹」・32歳)  
男(緒方善吉)が窪みに飛び込んで来る。
緒方「少尉ッ! 大丈夫ですか」
日下「おお。緒方ッ! オマエは」
緒方「私は大丈夫です。(笑いながら) これを持ってますから」
緒方、胸ポケットから「小さな人形」を取り出す。(UP)
日下「? お守りか」
緒方「女房が作ってくれたんです」
日下、緒方を見て、
日下「・・・大切にしろ(笑う)。先に行くぞッ!」
日下、ふたたび体勢を整え、突進して行く。(後姿)

      S5
○倒れる日下少尉
日下、突然、砂浜に昏倒する。(UP)

      S6
○日下の傍に走り寄る、緒方。
緒方の声「少尉ッ! 日下少尉」
日下、気が付く。
緒方「大丈夫ですかッ!」
日下「!? どうした」
日下の上半身、紅の液体に滴(シタ)って行く。(UP)
日下「(血を見て)クソ~ッ、やられたか・・・」
緒方「衛生兵ッ! 日下少尉負傷! 衛生兵~ッ!」(叫ぶ)

      S7
○地獄の砂浜(彼方まで広がる無数の日本兵の骸)
周囲から、絶叫の声。
声1「やられた~ッ! お~い、助けてくれー。衛生兵ッ! 石田上等兵負傷!」
声2「足ッ、足をヤラレタ。早く来い。チクショウッ!・・・チクショウ・・・ダメだ・・・ねえーッ! 足がねえ・・・おい、足、アシ・・・」(片足を捜す負傷兵)

      S8
○転がる片腕
倒れた日下の足元に、片腕が飛んで来る。(UP)
片腕を見詰める日下。(UP)
日下、緒方を見て、
日下「・・・俺に構うな、早く行けッ!」
緒方「少尉! そこの岩陰に隠れましょう」
緒方、日下の腕を強く引く。(UP)
日下「・・・俺はどこをやられた」
緒方「肩あたりです。掠(カス)り傷ですよ。大丈夫ッ!」
日下「行けッ。俺に構うなッ!」
緒方「此処を動かないで下さい。(薄笑いを浮かべる) 必ず後で迎えに来ます」
緒方、砲弾と銃弾の猛嵐の中に消えて行く。(後姿・UP)

      S9
○惨状
砂浜を振り返る日下。
銃弾の飛ぶ音・砲弾の炸裂音・直撃弾に当たり瞬時に消える兵隊。

      S10
○日下のモノローグ
日下(M)「此処まで来る間に潜水艦にヤラれ、ようやく島に辿り着いて、数百歩走ってヤラれる。敵なんぞ1人も見てない。弾も撃ってない。久しぶりに大地を、足を使って走っただけだ」
日下の頭の中、丸山師団長の言葉が過(ヨギ)る。

      S11
○イメージ
駆逐艦「ユウギリ」。甲板上に完全装備の全兵隊が集まる。
丸山政男(師団長)の訓示。
丸山「これよりルンガ飛行場奪還作戦を開始する。死しても百鬼となり目的を敢行すべしッ!

      S12
○日下の傷
日下、胸元から紅の液体が噴き出す。
音 「ドボッ・・・」(SE)
日下(M)「くそ~弾の野郎。こんなチッポケな野郎に俺の命をやれるか」
日下「クッソ~!」(絶叫)
日下(M)「・・・このままでは俺も骸(ムクロ)になる。何んとか敵を1人でも仕留めなくては・・・」

      S13
○頭部が飛ばされても走る兵隊
第2陣の部隊が日下の傍を猛然と走り去る。
日下の目の前で3人の兵隊が倒れる。(UP)
1人、一瞬で頭部が無くなる。(UP)
その兵隊は頭部が無くなっても、暫く手足は走っている。(UP)

      S14
○日下の「死の概念」(血だらけの姿)
日下(M)「クソ~、死んでたまるか・・・」
日下の胸元から紅の液体が「排気ガス」のように噴き出して来る。(UP) 
頑張って立ち上がる日下。(UP)
鉄帽にまた「何か」が当る。(UP)
日下「あッ?」
日下(M)「・・・死・・・ヌ・・・」
日下、気が徐々に遠のいて行く。

      S15
○イメージ(日下の過去の思い出)
「頭の中を奇妙な思い出が錯綜して行く」
*故郷・子供の頃・両親の顔・山・川・赤飯・・・。

      S16
○テロップ
「日下勇作陸軍少尉(ガダルカナル島西海岸四百メートル先にて戦死・亨年22歳)」

      S17
○2人の日下(日下勇作の骸)
数分、経つ。
故日下勇作少尉の骸(ムクロ)の傍に、もう1人の日下(魂)が立っている。
日下(魂)、自分の骸(ムクロ)を見て居る。
日下(M)「・・・俺が・・・2人居る? ・・・」

      S18
○日下勇作魂兵の誕生
日下(魂)、周囲を見る。
銃弾や砲弾が異常に「遅く」飛んで行く。
米兵、前方のトーチカから日下の骸(ムクロ)に向かって機銃を掃射している。
数発の弾が故日下少尉の骸に命中する。
日下(魂)、自分の骸の軍装を解いで身に纏う。(CG)

*「日下勇作魂兵の誕生」である。

不思議と「軍装は新品」に変わっている。(UP)
日下魂兵、周りを見回す。
骸がそこら中に転がっている。
数人の日下の様な「」が茫然と自分の骸を見詰めている。
暫くすると「魂達」、自分の骸から軍装を剥いで身に纏う。
魂は「魂兵」に変わったのである。
魂兵達、陽炎(カゲロウ)の様に突進して行く。
日下魂兵(M)「死して百鬼となり目的を敢行すべし・・・。日下少尉は死んだ。・・・俺(魂兵)は死なない? 2度と死なない。いや、生き返らない・・・」
日下魂兵、自分の骸(ムクロ)に合掌する。
日下魂兵(M)「オマエはよく戦った。後は俺が永遠に戦ってやる。百鬼となって・・・」
砲弾や銃弾が日下魂兵の中を通り過ぎて行く。

      S19
○トーチカ(米兵2)
日下魂兵、米兵の居るトーチカに入る。
米兵(2)、必死に機銃を撃っている。(銃口UP)
日下魂兵、トーチカの窓穴を覗く。
米兵達、緒方を狙っている。
日下魂兵(M)「・・・こいつ等を殺(ヤ)らねば、緒方が殺(ヤ)られる」
日下魂兵、米兵のホルスターから拳銃を引き抜く。
日下魂兵(M)「? 抜けない。・・・そうか、俺は死んでいるんだ。どうすれば良い・・・」
日下魂兵、大声で緒方を呼ぶ。
日下魂兵(M)「オガタ~ッ! ・・・」(声が無い)
緒方に銃弾が当る。
血が空中高くほとばしる。
緒方、宙を手で掴みながら何かを叫んでいる。

      S20
○日下魂兵と緒方の魂
日下魂兵、いつの間にか緒方の傍に立っている。
緒方、暫く手足をバタつかせている。
暫くすると・・・動かなくなる。
緒方の骸から白い透明な液体が出て来る。
液体が地上に立ち上がる。
日下魂兵(M)「・・・魂だ。緒方の魂だ・・・」
緒方(魂)、茫然と自分(故緒方善吉軍曹)の骸(ムクロ)を見ている。

      S21
○緒方魂兵の誕生
暫くして緒方、骸(ムクロ)に変わった自分の身体から軍装を解いて自分(魂)に纏う。

*「緒方善吉魂兵の誕生」である。

日下魂兵、緒方魂兵に話しかける。
日下魂兵「緒方、俺だ」
緒方魂兵、日下魂兵に気付き振り返る。
日下魂兵「・・・やられたな」
緒方、何かを喋る。
緒方魂兵「・・・」
日下魂兵(M)「・・・聴こえない・・・。そうか、この世界には音が無いんだ。と云う事は緒方には俺の声は聴こえて無い。でも、俺は緒方の姿が見える。緒方も俺は見えてる筈だ」
日下魂兵、緒方魂兵に林の方をゆび指す。
緒方魂兵、頷(ウナズ)く。

      S22
○米兵と格闘
日下魂兵と緒方魂兵が弾の中を走る。(UP)
2~3歩走っただけで数百メートル先の林に着く。
眼の前を米兵達(3)が銃を構えて通り過ぎて行く。
1人の米兵、振り返り日下魂兵を見る。
緒方魂兵、猛然と飛び掛かる。
必死に米兵の首を絞める緒方魂兵。 
緒方魂兵「・・・?」
米兵、何も無かったかの様にその場を立ち去る(UP)
日下魂兵、緒方魂兵に近付き手で「無駄だ」と云う仕草をする。
緒方魂兵、今の自分が解ったらしく、日下魂兵を見て笑う。
2つの魂兵、川の傍に来る。
日下魂兵達よりも先に突進して行った兵隊の骸が草むらに散らばっている。

      S23
○作戦会議(7つの魂兵)
川岸。
5つの魂兵達が集まっている。
日下魂兵は緒方魂兵に向こう岸を指さす。
緒方魂兵、頷く。
一瞬にして2つの魂兵、川を渡っている。
集まっている5つの魂兵達。
5つの魂兵達、日下魂兵達の軍服の階級章を見て「挙手の敬礼」をする。
日下達7つの魂兵、草むらに腰を下ろしてこれからの作戦を練り始める。
日下魂兵、身振り手振りで案を探(サグ)る。
日下魂兵「とにかく、銃が使えない。しかし、弾が当たっても俺達は死なない。人間には自分達が見えない。俺達には力が無い・・・。如何に敵を粉砕するか・・・」
魂兵A、起立して手振りで話し始める。
魂兵A、襟の階級章と軍隊手帳を開いて、部隊名と名前を見せる。
魂兵A「今野中隊石川誠一と申します」(UP)
日下魂兵「・・・」 
石川魂兵「林に火を点けたら如何ですか」(声無し)
緒方魂兵「火をどうやって点(ツ)ける。もし点いても友軍も焼け死ぬぞ」(声無し)
石川魂兵「?・・・。ハイッ!」(声無し)
日下魂兵、周囲に散らばった友軍の骸を見る。
日下魂兵「此処に集まった7人は朽ち果てない荒武者の仏の姿だ。軍服を纏った魂兵である。どうすれば、米兵達をこの島から退去させる事が出来るか。俺達は敵兵を殺す事は出来ない。勿論、友軍を守る事も出来ない。そして、・・・もう、2度と生きた自分や故郷に戻る事も出来ないのだ」

               つづく

この作品は、著作権を放棄したものではありません。

コメント