ほんひらだより

この世界はすべて感謝です…なぜならば、それをできれば毎月ここで書き綴っていこうと思います。よろしかったらご覧ください。

特攻隊と家康

2013年04月14日 | 日記
庭先では、土の中よりぬっと頭をもたげニョキット芽を出しているなるこユリ、季節は巡ってきています。
桜も散り、アメリカ産の花水木が咲く頃なのに、今日はなんて冷たい風が頬を打つのでしょう。
あの東日本大震災よりこの11日で二年一カ月が立ちました。

先日、古い本を開きましたら、作家の山岡荘八先生の講演で「徳川家康」執筆の動機について聞いた事がありますと。
先生は戦争中、大本営の報道班員として、沖縄の特攻隊を取材されました。
この時、少年航空兵たちと起居を共にして、その純真さに驚き、まるで神の国へ来たような気さえしたと語られました。
まだ、二十歳前後の学徒であります。この年若い学徒たちが、わずかの月日の間に、こんなにも人間的に成長するものであろうか、又命をかけるということがこんなにも人間を成長させるものであろうかと、頭の下がる思いがしたともいわれました。
少年航空兵たちの日常生活は、実に明るく朗らかで、明日、身を鴻毛の安きに置く人間とはさらさら思えませんでした。しかもみな心から助け合っています、いよいよ出撃命令が下り、往きだけの油を積んで出発という時が来ても、「山岡さん行ってきます。あとよろしく頼みますお元気でね」と、ポンと肩を叩いて笑って飛び立って行きました。
そして若い生命を、やおら敵艦にぶつけて、皆死んで行ったのです。この無条件に明るい彼らの日日が不思議で仕方なかった先生は、ある日彼らに、この戦争の勝敗を尋ねてみました。すると、みなこの戦争は、負けると答えたそうです。
「じゃなぜ、負けることを知りながら、死を覚悟してこの特攻隊に志願したのですか。また死を前にして、なぜそんなに明るくしていられるのですか」、そう尋ねてみると、彼らは、等しくこう答えたといいます。
「日本がこのまま戦いに敗れれば、世界から四等国、敗戦国と蔑まれるでしょう、しかし近い将来必ずまた平和な時が来て、再び、日本が立ち上がる時がやってくるでしょう。私たちはこの日のために、日本民族がすばらしい魂の持主であるということを、全世界の人々に誇示しておきたいのです。
それが復興の時に大きく役立つと信じるのです。だから私たちは、あとに残る親や兄弟のために喜んで死んでいけるのです」
 国のため、民族のためにいつでも命を捧げることのできる日本人の魂というものを世界に示しておかなければ、
いつまでたっても日本の復興は、おぼつかない、と言ったというのです。
先生はこの時、この特攻隊員の尊い祖国愛、兄弟愛、というものをなんとしても、後世に伝えていかねばならないという
責任を、痛感されたといいます。そしてこのかき立てられた思いが、やがて[徳川家康]を書く動機につながったということでありました。と、書かれてありました。

東日本大震災でも、消防団の方など責任を預かっていた人々が我を省みず、津波で尊い生命を犠牲にされています、
人々の思いやりある心、優しさ、世界中から寄せられた、人と人の絆に思いをはせ、人間同士、たすけ合って暮らす陽気ぐらしが神の望みと申されます。犠牲になった方々の魂のためにも、一日も早く立派な復興を成し遂げられますようお祈り申し上げます。
東日本大震災のことは忘れず、後世に伝えていかなくてはなりません
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4月 たんぽぽ

2013年04月06日 | 日記
一昨夜からの雨がひっきりなしに続き川辺の桜も散り、花筏となり寒さの中を楽しませてくれています。
低気圧が関東に近づき春の嵐が襲来、新品のスーツの新入生の華やいでいる4月ですが、大変な一日です。
今年も東日本大震災被害地にもこれから桜が咲き揃う時期になりました、明るい春がそこまで来ています。
今日も穏やかな一日を送られますこと一日も早い復興を祈ります。(4月2日3日のことです)今日は土曜日
夕方より雨がザンザンと音を立てています。





なんにもないところの元初めの神様のお話をNO45に続きます。
親神様は、私たち子供の陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたいと、思われたのでございますが、
良く思案をさせて頂きますと、人間身のうち、つまり身体を初め、この世の一切のものは、
人間が陽気ぐらしをさせて頂き易いように、御創り頂いていることに気付かせて頂きます。
先ず世の中を見渡してみましても、私達の暮らしに必要な一切のものは、みな無料で、別に税を払うのでもなく、
お与え頂いているのでございます。水は天から自然にお与え頂き、お米も農家の方が眠っている間にも、
ぬくみと水気の五分五分のご守護によってお育て頂いているのでございます。日頃、美味しく頂いておりますお魚も、
これはお互いが海に餌をまいて苦労して育てたものではなく、天然自然にお与えを頂いているのでございます。
私達は日常生活にお金を以って物をあがなうことをいたしておりますので、
ついその奥にある親神様の大きなご守護を見逃し勝ちでございまして、そのおめぐみに御礼申し上げる心を
忘れ勝ちでございます。 他人さまに一つ物を頂きましても、有難うとお礼申し上げておりますのに、
日日の暮らしを一切お世話になっている御両親にはどちらかと申せば、御礼申し上げる姿がなかなか見えないように思われます、余り大きい恩にはそれに甘えなれて仕舞いやすいものでございます。又、私達が日頃便利に使わせて頂いている道具類でも、
そのもとの原料は、これみな人間がつくったものではなく、例えば鉄道の線路一本も、もとはと申せば、
すでに親神様が山奥深くおつくり頂いて置いて下された鉄の原料があったればこそ、
私達が手を加えて使わせて頂いているのでございます。
親神様が、私達の陽気ぐらしのためにお計らい下されてあることなのでございます。
次回に続きます、どうぞよろしく。
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